2017年6月22日木曜日

自立が生き延びることにつながる我が子と、自立させないことが生き延びることにつながるギョーカイ

ギョーカイが嫌いなもの。
それは、親の持つ本能であり、主体性である。


親は、我が子に迫った危険をいち早く察し、その危険から我が子を守る行動をとる。
これは、高等な脳があるからではなく、経験したから成しえるものでもない。
親の持つ本能が発動したのだ。
同じように、我が子を自立させる、一人で食べ物を取り、命を永らえる方法を身に付けさせるのも、学習や文化の継承などといった薄っぺらい話ではなく、本能によるものである。


ギョーカイは言う。
「一生治りません。生涯に渡る支援が必要なんです」と。
これは、親の持つ本能の否定である。
親の本能は、我が子の自立へ向かって動き始めている、それは受精した瞬間から。
しかし、ギョーカイは言葉や文字などの人工物を使い、その本能を止めようとする、それが間違いだと学習させようとする。


いつしか自分の内側にある本能に蓋がされ、見て見ぬように、気づかないように、と学習した親、ギョーカイという文化に適応した親は、主体性を失っていく。
そう、主体性のはく奪こそ、ギョーカイの最終目的である。
親の主体性ほど、ギョーカイにとって邪魔なものはない。


親が主体的に行動し始めたらどうなるか。
我が子に必要な療育を選び、不必要な療育を捨てることになる。
そもそも巷にあふれる何とか療法は、一人の子の成長と発達を完全に満たすたすものではないのだ。
だから、どんな療法も、いつかは捨てられる運命にある。
この“捨てられる”ことをギョーカイは恐れる。
ギョーカイとは、使い続けられることで、生き延びる存在なのである。
だから、自分たちの行いの不完全さ、本能に反する動きを隠すために、親の主体性を奪おうとする。


親が自分たちに我が子を完全に預けてもらうことこそ、ギョーカイの繁栄に必要なことである。
不完全なもの、本能に反することをやり続けるために、その本能自体を野蛮なものと学習させ、主体性を取り上げる必要がある。
親には見て見ぬふりをしてもらいたいのだ。
「先生にお任せします」と言ってもらいたいのだ。


本能を発揮させる親は、ギョーカイの行いが、我が子の自立から遠ざけていることに気が付く。
「このまま、言いなりになっていれば、我が子は支援がないと生きられない人間になる。一生自立することができなくなる」
本能で行動できる親は、我が子が苦しむ様子を見て、「そのままでいい」「これも障害だから」などとは決して言うことはない。
自然と、その苦しみをとるために、行動しているものだ。
また、自立を阻むものから我が子から遠ざけ、できる限り、生きる術を教えようとする。


自立させることが生き延びることにつながる我が子と、自立させないことが生き延びることにつながるギョーカイ。
結局、ギョーカイのやっていることは、親の本能から子どもを自分たちの手の中に奪うことである。
親が主体的に、本能に従って行動すれば、そもそもギョーカイの存在価値などはないのだ。
我が子に発達の凸凹があれば、その凸凹に合わせて生きる術を教えるのが親であり、我が子を生き延びらせるために心血を注がせるのが本能である。


発達援助とは、親の本能に沿った子育ての姿である。
食べられない物ばかりだと、健康に支障がでる。
だから、偏食を治す。
二足歩行が難しかったら、移動するのにも、仕事をするのにも、不具合が生じる。
だから、前の発達段階からやりなおし、きちんと二足歩行ができる身体を育てる。
生き延びるために、自分の足で自立して生きていけるようにすることこそ、発達援助。
これは親の本能と同じ方向を向いている。
発達援助とは、治った時点で、その援助が必要なくなった時点で、完成を見る。


ギョーカイは、本能と真逆の方向を向いて行動している。
それが自分たちを生き永らせる道だから。
そのために、「一生治りません」と言い、生涯に渡る支援を親に飲みこませ、我が子を変えるよりも、社会や環境を変えるべきだと説く。


あなたの周りにいる支援者は、親の持つ本能と同じ方向を向いているだろうか。
そして、あなた自身、自分の内側にある本能にきちんと目を向けることができているだろうか、その本能に従って子育てができているだろうか。
そこに「発達障害だから」「自閉症だから」「重度だから」という言葉が入る余地はない。

2017年6月15日木曜日

就学時検診を受ける前に知っておいてほしいこと

教員になりたての友人が、よく言っていました。
学校の先生同士の中にも差別意識があるって。
通常級の先生が上で、その次が支援級の先生、最後が支援学校の先生。


友人は保守的な地域で教員になったから、そんな風に思う教員もいるのかな、とは思いましたが、それが学校間の異動にも表れていると友人は言います。
通常級の先生が、支援級へ、支援校へ、異動希望を出せばすぐに通る。
だけれど、一度、支援学校に赴任したら、そこから支援級はもちろん、通常級なんてほぼ不可能、と。


そういえば、この友人以外にも、通常級と支援級で先生になりたい人、支援級と支援校で先生になりたい人は、入り口に気を付けないといけない、とみんな話していましたね。
まあ、もう10年以上前のお話なので、当時と状況は変わっていると思いますが…。
今では、センター機能と呼ばれている支援校の先生が、そのノウハウ、専門性を伝えるために、支援級へ異動することも活発になり、その力をいかんなく発揮され、支援級が見事に支援校みたいになっていますしね。


以前にも支援級について書きましたし、昨日も支援級から通常級へということを書きました。
その意図は、就学前にきちんと実態を知り、我が子の選択について考えて欲しいからです。
私の息子もそうですが、翌年の4月に就学する子は、秋頃に就学時検診があります。
ここで「発達障害が疑われる」と言われる子が、最近グッと増えた気がするのです。
知り合いの保育士さん達も同じことを言っていました。
ついこの前までは、そんなことは言われなかっただろう、と感じる子までもが、「発達障害の疑い」と言われ、「検査を」「診断を」「支援級へ」となっています。
特別支援という名称に変わったことや、よく耳にする「発達障害」という言葉によって、社会の受け取り方、認識のハードルが下がったからでしょうか。
それともリスク回避のために、早々と支援級を勧めているのでしょうか。
その理由は分かりませんが、どんどん就学時検診で引っかかる子が出てきている。


就学時検診で引っかかる子の中には、それまで発達障害と思われたり、気づかなかった子が少なくない状況です。
「そのとき(就学時検診)、初めて“発達障害”ということを知りました」と言われる親御さんは、私のところにくる方の中にも多くいるのです。
つまり、何の知識もない状態で、いきなり「発達障害」「特別支援教育」が突き付けられることもあるということ。
まさに丸腰で、特別支援という線路の前に、親子共々、突然立たされる、というようなものなのです。
ショックや悲しみなど、いろんな感情が渦巻く状態の親御さんに、特別支援という線路に「進みません」と言うことも、他の選択肢を選択することも難しい場合があります。
最初から「発達障害」と診断する病院を勧められているのですから、言われるままに検査に行けば、当然、正式な診断名を受け取ることになります。
もうその時点で、特別支援の線路の上を進んでしまっているのです。


冒頭でお話しした学校間の異動のように、支援級から通常級への転籍は、とても大変であり、難しいことなのです。
いくら本人が成長し、通常級で学べる準備が整っても、そちらの方がより良い学びの場になると本人も、親御さんも考え、希望したとしても、途中からというのは大変です。
ただ単純に、本人が成長し、治れば良いというお話ではありません。
そこには、学校という組織と文化、制度と対峙しないといけないのです。


通常級在籍の子が「発達障害の疑いかも」「支援級へ」と言われ、「このまま通常級で学んでいきたいんですけど」という依頼が私のところにきたときは、正直少しホッとします。
しかし、支援級在籍の子の親御さんから「通常級で学べるように支援してほしい」という依頼がきますと、私の身体の丹田に力が入るのです。
この依頼を受けるということは、より強い覚悟と胆力が必要になります。
当然、依頼を受ける私だけではなく、親御さんにも私と同じくらい、いや、それ以上の覚悟と胆力を求められます。


詳しいことは書けませんが、現在進行形で支援級から通常級を目指している方たちもいます。
本人の発達のヌケを育て直すだけでなく、支援級ルールの解毒、勉強する姿勢、足りない分の教科学習などを行う必要がありますし、それだけではなく、学校側へのアプローチもしていかなければならないのです。
何度、通常級から支援級へ行くのは、あっという間なのに、反対はこれほど大変なのか、抵抗に合うのか、と思ったか知れません。


結局、学校に入ってからでは、敷かれた特別支援という線路から降りるのは大変なのです。
多くの親御さんが、「就学前の進路選択のときに戻りたい」と言います。
そして、幼稚園、保育園にいる間に、発達のヌケを埋めておきたかったと言うのです。
ですから、就学時検診の前に、こういった事実を知っておいてほしいと思います。
もちろん、私が支援してきた子、見てきた特別支援、当地の様子がすべてではないと思いますが、それに近いことが、全国でまだ繰り返されているかもしれません。


私は、通常級でも、支援級でも、きちんとその子に必要な学校での学びが行われるのであったら、どちらでも構わないと考えます。
でも、どうも支援級の中には、「支援級から通常級へ」という雰囲気が感じられない、より良い学び、選択肢を、という熱が感じられない。
むしろ、できる子は、困難が多い子に合わせ、またお世話係になり、福祉の中でかわいがられる子、適応できる子が目標、目的、理想の子ども像であるように感じてならないのです。


まだ秋までには時間があります。
この数か月間でできることは多々あります。
学校に行って治すより、学校に行く前に治した方が良いです。
お子さんに発達のヌケを感じるのでしたら、そのヌケを育て治す方法があるのです。
全部治せなかったとしても、治りやすいところから治しておく。
そうしておくと、秋の就学時検診が違ってくると思います。


明らかに就学時検診の様子が変わってきています。
明らかに「発達障害の疑い」と言われる子たちが増えてきています。

2017年6月14日水曜日

いざ通常学級へとなると、決まって出される警告

支援学級在籍の子が、通常学級で学べるくらいの段階までくると、どうして「友達関係でうまくいかないかも」と言ってくるのでしょうかね。
「いじめられるかもしれません」
「友達ができないかもしれませんね」
「仲間外れにされちゃうかも」
「うまくかかわれなくて、トラブルが起きるかもしれませんよ」
「転籍しちゃうと、あなたの子に、先生一人つきませんよ~、お母さん」って…。


1つの学校の、一人の先生が言っているのでしたら、「その子のことを思って心配されているのだな」とも思うのですが、どの学校の親御さんも「こうやって言われたんです」と言うもんだから、裏を読みたくなるのです。
支援学級から通常学級へ行った子が、必ずいじめのターゲットにされるとも言い切れませんし、通常学級に通う子たちの中でもいじめは起きています。
それに、いじめられる方ではなく、いじめる方に問題があるのだから、それを支援学級に通う子に言って、暗に「やめときなさい」というのはおかしな話。


支援学級から通常学級へ転籍しようとする子が、いじめっ子、乱暴者だったら、止められるのもわかりますが、いじめられる可能性は、他の子と同じはずなのに、「いじめられるかもしれません」と言うのは、ただ脅しているだけ、ただ転籍させたくないだけ、と考えてしまいます。
「いじめられるかもしれないから、支援学級で」という主張は、その子が学校でより良く学ぶ機会を奪うことと同じだと思うのです。


学校というのは、やはり教科学習が基本中の基本だと思います。
小学4年生くらいの学力をもてるかどうかが、子ども達の将来の可能性とリスクに関わってきますので、障害の有無、通常学級、支援学級に関わらず、このくらいの学力をしっかり養うのが大事だといえます。
ですが、どうも学校という文化は、「お勉強ができて、友だちがたくさんいる」という子を目標としているような気がします。
確かに、地方公務員になるには、お勉強ができて、友だちがたくさんいる人の方が良いでしょう。
でも、それは狭い仕事観ですね。


別に友だちがたくさんいなくても、しっかり任された仕事を行うことができれば、働くことができますし、生活していくこともできます。
友だちだって、学校という年齢と住む地域で決められた狭い集団の中でできなくとも、趣味を通して縁が生まれる中だってあります。
たとえマニアックな趣味だったとしても、マニアックな趣味同士でつながれば良いのですから、無理やり狭い学校の中で友だちができなくたって構いません。
大事なのは、しっかり学べるかどうかだと思いますし、学べる姿勢をきちんと養えるかだと思います。
支援学級から通常学級へ行っても、45分、50分、しっかり授業を受け、学ぶことができれば、それで良いのでは、と思うのです。
友だちができるかどうか、いじめのターゲットにされるかどうかは、通常学級で学ぶことの判断とは別問題だと考えます。


以前にも書きましたが、この地域の文化、また支援学級へ支援学校の先生がどんどん入ってきてからというもの、支援学級が支援学校化しているような気がしてなりません。
極端に少ない教科学習の時間。
個々に合わせたカリキュラムではなく、クラスの中で一番困難が多い子に合わせたカリキュラム。
そして、お世話係とかいう意味不明な係に、「もう清掃会社に就職内定ですか?」というくらい行う清掃活動と、「もうネジ工場に就職内定ですか?」というくらい行うネジ回しの課題…。


学校の中に支援学級があるというのは、通常学級の子たちとの交流が強みのはず。
支援学級で学んでいたけれど、成長と共に「通常学級の方がより良い学びができるかも」となれば、どんどん通常学級に行けば良いと思います。
行ってみて、まだ足りない、難しい部分があれば、それが新たな課題になり、勉強すればよいだけの話。
うまくいかないこと、失敗したことは成長の糧になるのですから、それをさせずに機会を奪うことは、その子の学ぶ権利を奪ったのも同じだといえますね。


通常学級で、集団の中で、同世代の子の中で、学ぶための準備ができた子には、どんどんチャレンジしてほしいと思います。
今まで、そういった応援をし、現在、通常学級で学んでいる子ども達がいますが、みなさん、伸びやかに学校生活を送っています。
「同じ年齢の子がたくさんいる方が楽しい」
「いろんな勉強ができるから楽しい」
と言う子もいます。
冒頭の「いじめられるかも」と言う大人よりも、子どもの方がずっと柔軟ですね。
中に入ってしまえば、入ってきた子も、入ってこられた子も、自然と馴染んでいくものです。

2017年6月13日火曜日

今さら言われても…

発達障害は治る時代になったのだから、私は「治る」という言葉を使います。
「治る」という言葉は、親御さんにとって希望を感じられる言葉ではありますが、使うのに躊躇する言葉でもあります。
何故なら、入り口で突き付けられた「治りません」という言葉が、魚の小骨のように喉元に引っかかっているから。
声に出して叫びたいけれど、違和感がある、取れない。
そんな印象を受けます。


私は、親御さんの喉元に刺さっている骨を取るようなことはしません。
だって、そんな骨なんか、初めからないのですから。
「喉に骨が刺さっているに違いない」
そのように頭が思うから、違和感を感じるのです。
同じように「治らない」と思うから、「治る」という言葉に違和感を感じる。


この違和感をとる方法は、とても簡単です。
発達のヌケを見抜き、そこから育て直せばよい。
たったこれだけです。
子どもが良い方向へと変わっていき、長年、悩んでいた症状が収まる。
そして、自らの足で学び、成長していく姿が見られたとき、いつの間にか喉にあった違和感がなくなり、自然に「治る」という言葉が出てくるようになる。
子どもの治る姿が、違和感に実態がないという事実を証明します。
親御さんとの会話の中、「治る」という言葉が流れるように行き来しだすと、「このご家庭は、治るが自然な言葉になったな」と嬉しく思い、また安心します。


一方で、どうしても「治る」という言葉を使わない人達がいます。
その人達を見ていると、ずっと喉に違和感があったために、その違和感が当たり前になった人のようです。
ハナから「自閉症は治るわけないでしょ」「治らないから、障害でしょ」という感じの人です。
何を言っても、何を見せられても、「治らない」という視点から世の中を解釈します。
その人達から言わせると、治った人は、もともと自閉症、発達障害ではなかった人になります。


しかし、このように「治る」という言葉を使わない人達の中に、「治る」を懸命に否定する人達の中に、本当は「治る」という言葉を使いたい人がいることがわかりました。
ずっと「治りません」という言葉を必死に飲みこんできた人です。
苦しいけど、それしか方法はないと思って生きてきた人。
治らないんだから、必死に支援、必死に制度、必死に啓発というように、ギョーカイが示してきた理想の親御さん像を目指してきた人。


こういった人は、「治る」という言葉を流れるように使う私を見て、否定的な言動と表情をします。
でも、その目だけは悲しそうな目をするのです。
その目は、私にこのように語るのです。
「もうやめて。今さら言われても…」と。


学生時代、20代の頃、応援してくれた方達、そして事業立ち上げを心から応援してくれた方達。
そんな人達の中からも、私が「治る」という言葉を使い始めてから、すうっと離れていく人が出てきました。
言葉では「治るんだ」「すごいね」「これからの子たちは、どんどん治っていくと良いね」と言われますが、目が笑っていないのです。
そうです、目が「今さら言われても…」と語り掛けてくるのです。


治らない時代を必死に駆け抜けてきた親御さんにとって、「治る」という言葉は、治さなかった自分の子育ての否定というよりは、抑えていた感情の蓋を取られるようなものなのでしょう。
喉に手を突っ込まれて、「ほら、喉の中に骨なんか刺さっていない。違和感の正体は、「治らない」と思い続けていたあなたの頭が作りだしたものだ」と言われる。
それに対し、「私だって「治らない」という言葉を必死に飲みこんできた。本当は治したかったし、治ってほしかった」という感情のやりとりが伝わってくるのです。
そして、目は「今さら言われても…」と最後に告げる。


成人した方の親御さんの中にも、「治る」という言葉を信じ、今から治すために動き出す人もいます。
しかし、どうしても今日、今から動けない人がいる。
「治りません」という言葉を必死に飲みこんできた人であり、治らない時代に理想とされていた姿を追い求めてきた人。
こういった人達から聴こえてくる「今さら言われても…」という言葉に、私はこう返そうと思います。
「発達のヌケを育て直すには、“遅すぎる”というのがないのです。今日、今から治すためにできることがある。それが治すための発達援助の魅力です」
というように。

2017年6月10日土曜日

支援がないから絶望するのではなく、希望を打ち砕かれるから絶望する

「我が子の障害に悩んで…」
「我が子の将来を悲観して…」
流れてくるニュースの中に、こういった言葉が入っていることがある。


こういったニュースを見聞きすると、ギョーカイは決まって言う。
「支援があれば…」
と。


しかし、流れてくる情報を集めると、まったく支援がなかったようには思えない。
日本には乳幼児健診があり、就学時検診もある。
早期から支援を受ける機会に恵まれているともいえる。
また、子どもの発達が気になった際、相談できる機関は各都道府県、地域に存在している。
だから、「まったく支援がなくて」「まったく支援を受けられなくて」ということは考えにくい。


ギョーカイの言う「支援があれば」こういった不幸な出来事、また悲しむ親御さんが減るのだろうか。
むしろ逆ではないかと思う。
我が子の発達に心配し、相談した際、生涯に渡る支援の話をされたら、どうだろう?
「そうか、我が子を生涯に渡って支援してくれるんだ」といって、明るい気持ちになるだろうか。
「親の育て方のせいではありません」といわれ、「あ~、私の育て方が悪いわけじゃなくて安心した」となるだろうか。
たとえ安心したとしても、それは自分以外に原因があったという事実が知れたことに対する安心である。


ギョーカイというのは、良かれと思ってか、「生涯にわたって支援しますよ」「親御さんのせいではないんですよ」と言う。
でも、どちらの言葉も、親御さんの心配の根本である「我が子の発達」を解決したことにはならない。
結局、彼らの言葉は、その場の慰めであり、「あなたの子は治りませんよ。だから、お母さん、気持ち、考え方を変えましょう」と言っているにすぎない。


我が子の発達が心配になった親御さんは、最初から「生涯に渡る支援」を求めて相談にはいかないだろう。
まず考えるのは、我が子の課題の解決であり、発達の遅れがあれば、それを治してほしいという願いを懐き、そして、「専門家に相談すれば、なんとかしてくれる」という希望を持って相談室の戸を叩くはず。


だから私は、支援がなかったから、親御さんが思い悩み、悲劇を生みだしているとは思わない。
むしろ、支援はあったのだと思う。
そう、希望の持てない、希望を打ち砕く支援&支援者が。
本当の悲劇は、唯一、助けてくれると思った存在である“専門家”と呼ばれる人から「治りません」「一生涯、支援が必要なのです」というメッセージを受け取ることだと思う。


我が子の自立を願わない親などいないはずだ。
親は、子どもより先に死ぬことを前提に生きる。
自分が死んだあと、赤の他人の手を借り続けなければ、私の子は生きていけない、ということを知ったとき、絶望が生まれるのだ。


発達障害は治る時代になったのだ。
だから、必要なのは、支援の数でも、潤沢な予算でも、福祉施設の枠の広がりでもない。
発達にヌケや遅れがある子を育て直す発達援助であり、「我が子が治るかもしれない」という希望である。
希望の持てない支援がいくらあっても意味がない。
自分たちの食い扶持と引き換えに、本人や家族の希望を打ち砕くような支援、支援者ならない方がましなのだ。


この地域にも、事件やニュースにならないまでも、ギョーカイの支援によって希望を打ち砕かれ、辛い思いをしている人達がいる。
藁をもすがる思いで相談される親御さんに対し、専門家と言うんだったら、治さなければならないのだ。


「発達のヌケは、あとから取り戻せますよ」
この一言で、相談に来られた親御さんは、パッと明るい表情になる。
だから、私は「発達障害は治ります」と言い続け、実践し続けようと思う。

2017年6月8日木曜日

出世欲を持つ支援者

どんな仕事でも、「出世したい」「有名になりたい」「地位や名誉が欲しい」という欲を持っている人がいるものです。
こういった立身出世を夢見ることは否定されるものではなく、それが仕事人、社会人として自分を高めていくための力になるのなら、大いに結構だと思います。


特別支援に関わる者の中にも、当然、このような想いを持った人がいます。
ただ特別支援という仕事は、何か物を売ったり、作ったりという具合に、数値や形で結果が表せるものではありませんので、出世欲を持った人は悶々とし、道を誤ることが少なくないようにみえます。


学校の世界で出世といっても、教頭、校長になるくらいで、他の大多数の先生は、地位も、給料も大差はありません。
指導や生徒を成長させるのが長けているから管理職になれるわけではなく、管理職試験を受けて、合格した先生が管理職になります。
しかも、ある程度、年数を重ねないと、管理職になる権利すら与えられない。
ということは、その数十年の間、目に見える形で出世したい人は待ち続ける必要があります。


福祉の世界の出世というのは、これまた管理職になるくらいのものですが、福祉施設の管理職は名ばかり店長のようなもので、社会的地位があるわけでも、給料が良いわけでも、講演会を開けるような場があるわけでもありません。
ですから、福祉系で立身出世をしたければ、講演会を開いたり、啓発したりして地域に顔を出す機会の多い&有名支援者と顔見知りになれる何とかセンターの仕事に就くか、自分で事業所を起ち上げ、代表になるかになってきます。
または、有名支援者と呼ばれる人の元に行き、出世の機会を伺う、暖簾分けを狙うという方法もあります。


以前から私は言っていますが、支援者というのはインチキ商売なのです。
支援者の力で、課題が解決できたのか、発達&成長できたのか、本当のところはわからないですし、確かめようがないのですから。
どの人にも、課題を解決する力、成長する力、発達する力、自然治癒力というものがあります。
その内なる力が発揮されることで、望ましい姿へと変化することができる。
そのきっかけに支援者がなれることもあるかもしれませんが、実際は、内なる力が発揮された瞬間に、たまたまその支援者がいた、ということもあるのです。
支援者が、その人の内側に入って動かすことはできません。
つまり、支援者にいくらウデがあろうとも、主体はその人自身です。
ですから、どこまで行っても、100%支援者の成果にはならないのです。


自分の成果を味わいたい人、おのれの立身出世を目指す人は、特別支援の世界と相性が悪いように思えます。
このような人は、同僚や管理職、親御さんや外部の人間に“見える支援”、“見せる支援”をする傾向があります。
仰々しい支援グッズを作るのも、横文字に、専門用語を多用するのも、周囲に見せるための支援。
そこに透けて見えてくるのは、子どもの成長ではなく、支援している自分の姿を見て欲しいという欲求です。
自分たちで組織を起ち上げ、自分たちの何とかメソッドを作り、資格や認定書、ライセンスのやりとりごっこをするのも同じこと。
子どもの成長だけを純粋に願い、未来の社会を担い、作っていく若者たちを育てる、という想いと使命感に満ち溢れている支援者であったら、組織や資格を作ったり、やりとりごっこをしたりする時間は、すべて子どものために使いたいと思うはずですから。


支援者は、知識と技術、経験に価値があり、お金が発生するのだと考えています。
ですから、これらを磨き、本人や親御さんが利用しやすいように、ニーズが満たせるようにしておくことが責務です。
自分の出世欲は第一に満たすべきものではありませんし、そのためにひと様の生活、人生を使ってはならないのです。
国立の支援学校に異動願いを出し、そこで授業の準備はしないで、とにかく論文を書くために生徒をモルモットのように使う人。
とにかく有名支援者に近づいて、おこぼれを貰おうとする人。
出世のために、見せる支援をやろうとする人…。


物やサービスを作り、それを売って、お客さんに喜んでもらおうとする仕事は、その行為自体がより良い社会になるための営み。
だから、目に見える成果と社会貢献が重なり合いやすく、出世欲が良い方向へ向かう原動力になり得る。
しかし、支援職というのは、その人との関わりの中に仕事があり、成果の決め手はその人自身の行動によります。
よって、支援者は出世欲がおのれを高める力にならず、それがあることで却って道を誤らせてしまう危険性があるのだと思います。


大きくなり過ぎた出世欲、立身出世を夢見たばかり、道を踏み外した支援者をみてきました。
出世欲が強い人、コントロールできない人は、支援職は止めた方が良いと思います。
また、見える成果でしか、自分の価値に気づけない人も。
誰に評価されるわけでも、誰に認められるわけでもなく、「未来の社会を作る子ども達、若者たちを育てる」という信念の元、コツコツと準備し、おのれを高めていける人、それに価値を見出せる人が支援職に向いていると思いますし、それが支援者という仕事が果たす社会貢献だと考えています。

2017年6月3日土曜日

治さない方が差別である

「治す」と言うと、「差別だ」と返してくる人がいる。
どうして“治す”と“差別”になるのだろうか。
むしろ、治さない方が差別だと思う。


だって、病気の人に、「病気は治しません」「病気のままでいてください」と言ったら、病人は病気のままでいればよいんだ、ということになる。
治る方法があるのだったら、治さなければ、それこそ、差別になるだろう。


このような不思議な言動が、特別支援の中では恥ずかしげもなく、堂々と市民権を得ている。
しかし、治すと差別は、私の中では結びつかない言葉。
だから、私は考えた。
そういう人達の“治す”という概念が、私とは、一般社会の人達とは異なるのだ、と気が付いた。


差別というのは、マイノリティーの人達に向けられることが多い。
また、マイノリティーという存在を否定することに差別が生じる。
そうか、彼らの指す“治す”というのは、存在の否定という意味合いを含んでいるのかもしれない。


「治す」「治る」状態とは、変わること、変化することを意味する。
しかし、変化することに、より良い方向へ変わることに、どうして否定が入るのか、最初はわからなかった。
変わることに、否定はいらない。
現状を起点とし、変化すればよいだけのこと。
つまり、現状との繋がり、今の姿、自分との繋がりの中で変化が生じる。
だが、彼らはどうも変わるには、現状の否定から出発せねばならない、または現状の否定、今の自分自身の否定を受け入れた先に、初めて一歩が踏み出せる、と考えているのかもしれないと思った。


「治すのは差別だ」「治るのは差別だ」と、わけのわからないことを言う人達の顔ぶれを見ると、「周囲から否定された子どもの頃の自分」を背負って生きている人が多いような印象を受ける。
子どもの頃はみな、親から、教師から、大人から、いろいろなことを言われる。
「あれがダメだ」「これがダメだ」「ここを治せ」と大人から言われるのは、子どもの日課のようなものである。


親子間でしっかり愛着形成がなされていれば、いちいち「あなたの存在を否定しているのではなく、その行為の過ちを、また将来、より良くなってほしいから、言っているのです」と言わなくても、子どもは察することができる。
しかし、愛着形成の段階に脆弱性があると、注意されることを自己否定と捉え、変わることを恐怖と感じる。


自分という存在が無条件に愛され、受け入れられるという実感を得られなかった子どもは、自分に投げかけられる言葉、一つ一つに反応し、背中を緊張させる。
だから、彼らは変わろうとしても、実際に変わったとしても、愛情を受け取れなかった、ありのままの自分を受け止めてくれなかったという経験から、反射的に変化することにネガティブな感情を懐いてしまう。


「変化することは、今の自分、過去の自分を否定することから始まる」と考えるのは、誤学習である。
変化には、否定は存在しない。
あるのは、過去の自分、今の自分から続く歩みだけである。


支援職というのは、目の前の人が変わることを援助する仕事である。
変化を促す人間が、変化に対し怯え、ネガティブな感情を懐くのであったら、それは役割を果たせないことになり、支援職失格を意味する。
よく「自分も同じような体験をしたから、気持ちがわかる」などと言って、支援職に就こうとする人間もいるが、そういう人は、共感すること、相手を無条件に受け入れることを仕事だと勘違いする。
ただ共感する、受け入れるだけだったら、ボランティアで良いし、身内や友だちで構わない。
支援職とは、変化を起こすプロのことであり、発達障害の人達と関わる者であれば、治る方向へ変化させること、治すことこそが仕事である。


「治すのは差別だ」と言う支援者は、治そうとする人に向けて、その言葉を発しているのではない。
本当は、子どもの頃、自分に変わることを促してきた大人に向けて叫んでいるのだ。
彼らは「治すのは差別だ」と言っているのではなく、「僕のことを否定しないで」「私のことをありのまま受け入れて欲しかった、ただ存在を認めて欲しかった」と言っているのだ。


支援職とは、このような歩み、基底欠損を抱えたまま大人になった者たちが集まる仕事でもある。
しかし、支援を求める人達は、より良い未来を求めているし、社会も現状維持ではなく、変化を求めている。
支援者の中には、子どもの頃の自分を支援している人間が少なくない。
だからこそ、「治すのは差別だ」という支援者に近づいてはいけないのだ。