"特別"の意味

今日の朝日新聞に、代筆支援を受けて、高校受験、大学受験をし進学できた人の記事が載っていました。
大学のセンター試験で特別な措置を受けるには、診断書と受験生の実情を詳細に示す書類が必要とのこと。
しかし、申請通りの配慮(ex.試験時間の延長、別室での受験など)が認められないケースもあるということです。
2007年から特別支援教育が始まったが、学校への機器の持ち込みや入試での個別対応が広がっているとはいえない現状が報告されていました。


"特別"という言葉を聞くと、
「優遇されている」
「ずるい」
「平等ではない」
など、マイナスのイメージを思い浮かべてしまうのは日本人特有かなと思います。
日本は島国で、和を尊ぶ文化です。
こんな文化的背景も、個人のニーズに合わせる特別支援が広がっていかない一要因かなと思います。


書くことが苦手ならパソコンを使えばいい。
黒板の字が追えないなら、黒板の写真を撮ればいい。
話すことが苦手なら書いて伝えればいい。
話を聞くことが苦手なら、録音すればいい。

アメリカのように、個人の"特別"なニーズに応えられるシステムが確立されると、もっと才能が開花できる人たちが増えていくのではないでしょうか?
そのために、私は"特別"という言葉をプラスのイメージにしたいと考えています。

"特別"は集団を乱すマイナスな言葉ではなく、
"特別"は個人の可能性を広げるプラスの言葉!
「学びたい」という思いがある人なら、誰でも教育を受けられるチャンスを!!

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