2013年8月27日火曜日

「ロボットみたいな支援」と見られないように

「ロボットみたいな支援」だと、構造化された支援が見られてしまうには、支援者側にも問題がある。
構造化された支援は、自閉症本人のためのものである。
それが支援者側に構造化された支援があると「ロボットみたいな支援」に見えてしまう。

支援者が構造化された支援を、自閉症の人たちをコントロールするためだけに使っていると、「ロボットみたいな支援」に見えてしまう。
自閉症の人たちは、支援者が提示した構造化された支援からはみ出すことを制止される。
指示された通り、提示された通りに動くしか選択肢がないのなら、そこに本人の意思が入る余地がなく、ただ決められた通り動いている、ということになる。
それはまさしく「ロボットみたいな支援」である。

では「ロボットみたいな支援」にならないにはどうしたら良いのだろうか。
それは「選択」と「悩み」の要素が必要である、と私は考えている。
「選択」があることでどちらが良いか、どのような方法が良いか、「悩み」があることでどのように対処して良いか、自分で考えることになるし、主体的に行動することにつながる。
つまり「自分で考える」という要素を入れることにより、構造化された支援は自閉症本人のためのものになり、自ら行動することを助ける道具になる。

構造化された支援によって、自閉症の人たちが学びやすい状況を作り出し、主体的に学ぶことができるようになる。
見る側も、見せる側も、本質を見抜く力が必要である。
印象だけで、物事の良し悪しは決まらない。

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