本物の見抜き方!?

講演会の最後に行われることの多い「質問コーナー」
現在、自分が関わっている子どものことを尋ねる参加者に対して、「〇〇しなさい」「××はすぐにやめること」などとアドバイスする講演者を見ると、私は頭の中に「?」が浮かんでくる。

「どうして実際に見ていない人の支援について、言い切ることができるのだろう?」
すべての支援は、対象の人を評価することから始まるのに。
その評価が人から聞いた話だけで終えてしまって、正しい支援方法を導くことができるのかな。
逆に、それができたら天才!
自閉症の人は、環境に大きく影響されるし、過去の記憶が消せないという特性もあるよね。
自閉症の人の行動の背景には、その他多くの要因が影響しているはずなのにね。

「支援がうまくいかなかったときの責任はとってくれないよね?」
もし、アドバイスされた支援が対象の人に合わなかった場合、支援者はどう思うだろう。
「あの先生が言ったアドバイスだから・・・」と言って、合わなかった支援をやり続けるかもしれない。
支援方法以外に問題を見つけようとするかもしれない。
そうなったら、いつまで経っても解決しないんじゃないかな。

「支援者を育てることにつながるのかな?」
講演するような人が一人ひとりのところに行って、実際に支援することは現実的に無理。
だったら、日々の支援に直接携わっている人を育てることが役目になる。
「〇〇しなさい」では、その支援に関してはうまくいくかもしれないが、別の人や事柄に応用することは難しい。
第一、支援者が自分の頭で考える機会を奪うことにならないかな。
支援者が対象の人を直接評価し、そこから何がその人に合っているかを導く過程で、支援者自身が成長していくと私は考える。

私が聞いていて素晴らしいなと感じるアドバイスは、「支援の方向性を具体的に示す」アドバイス。
質問者からの話を聞き、自分の経験や知識から考えられる要因や支援方法を導き出し、具体的に提示していく。
あくまで、どの支援方法を取るかは、実際に支援する人が選択するようにしておく。
そうすれば、支援方法を選択する過程で、対象の人のことを考えることになるし、例え選んだ支援方法が合っていなかったとしても、別の支援方法を考えることにつながっていくと思う。
私はネームバリューよりも、どんなアドバイスを行うかに注目する。

自閉症支援では、自閉症の人たちをより良い方向へ"導く"という表現が使われる。
支援者のことも、より良い方向へ導ける人が本物の専門家である、と私は思います!!

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