2013年10月3日木曜日

"拒否"も教えよう

近頃、息子は明確に"拒否"を表現するようになりました。
食べたくないもの、やりたくないことに対し、顔を背けたり、バイバイと手を振ったり、「ナイ」と言ったりします。
以前ですと、不明瞭な言葉を発するか、泣き出すか、そのままなされるがままの息子。
今振り返ると、親の私たちは息子の意思にそぐわないことをたくさんしていたのだと思い、反省しています。
時々、拒否の連続で大変なこともありますが(笑)、以前よりもお互いのコミュニケーションがスムーズになれたので、今の方が良かったと思っています。

時々、自閉症の人たちに"拒否"の表現を積極的に教えようとしない支援者を見かけます。
確かに私の息子のように、明確に拒否が表現できるようになると、「あれもヤダ、これもヤダ」というように、支援者側がやってほしいことも拒否されてしまうということがあります。
しかし、明確で、相手に伝わる"拒否"の表現手段を手に入れなかったとしたら、どうなるでしょうか?

きっと以前の息子のように、不明瞭な言葉を発し続けるか、泣き出すか、そのままなされるがままになるでしょう。
想像するだけでも、拒否が伝わらないストレス、やりたくないことをやらされるストレスの大きさがわかります。
私が支援してきた強度行動障害を持つ人たちも、うまく要求や拒否が相手に伝えられないと、自傷行為が出たり、激しく泣き出したりする、といった方もいました。
その方たちに適切な表現の仕方を教え、自分の気持ちが相手に伝わる経験を積み重ねていくように導いていくと、自傷行為などが減った方も多くいました。
私は彼らから、自分の気持ちが相手に伝わらない辛さがどれほど大きいものか、教わったように思います。
また、自分の気持ちが「相手に伝わった」という喜びの経験を積み重ねていくことが、コミュニケーションが苦手な自閉症の人たちにとっても、大きな意義を持つことも教わりました。

いくら"拒否"の表現を教えなかったとしても、本人たちの内面にある"拒否"の気持ちまではなくなりません。
明確で適切な"拒否"ができないなら、彼らは自分なりの拒否の仕方で表現するだけです。
ですから、相手に伝わる拒否の仕方、適切な手段の拒否の仕方を教えることが大切だと思います。

もし、「拒否ばかりして困る」と言うのなら、本人たちが拒否する内容、活動の見直しをしてみませんか?
もともと明確で、わかりやすいことに対しては、真面目に取り組む自閉症の人たちです。
自閉症の人たちに拒否されるということは、「どこかわかりづらい部分がある」というメッセージです。
自閉症の人たちの"拒否"は、支援の質の向上につながるきっかけを作ってくれる、と私は考えています。

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