2014年1月29日水曜日

評価に"笑顔"の文字が・・・

よく「一日、よく笑って過ごしていました」「調理学習の時間も笑顔で活動をすることができていました」というように、子どもが笑っていることが注目されます。
ときに、子どもの学習の様子を示した評価の記述の中にも"笑う"という表現が使われます。
しかし、子どもの学習の評価に"笑う"という概念は不適切だと私は考えています。

自閉症の人たちの場合、本当に快の感情から笑っているかは分かりません。
周囲から見たら、笑っていて楽しそうに見えることも、本人としたら困って笑っている場合もあります。
0か、100かで、物事を捉えやすい自閉症の人たちは、自分の微妙な感情を表現することが苦手です。
また、目に見えない自分の感情を表現すること自体も苦手なため、うまく自分の感情が表せずに笑ってしまっている場合もあります。
ですから、自閉症の人が笑っているからと言って、その活動が楽しくて笑っているとは限らず、反対に困っていて笑っている場合もあるのです。

また、支援者としても"笑う"ことに注目しすぎることは危険だと言えます。
笑うことばかりに注目してしまうと、どうやったら子どもが笑うか、に意識が向かいやすくなってしまいます。
笑う=学習意欲が高い=学習効果があるなどと、支援者の頭の中に、誤った図式ができることもあります。
子どもがその活動に意欲的に取り組んでいるかは、活動に臨んでいる時間やその活動を選択する回数などから評価します。
子どもにその活動の学習効果があるかは、自立度や速さ、回数、量などから評価します。
つまり、"笑う"という抽象的なことで評価をしてしまうと、支援者の主観が入りやすく、別の支援者が支援を組み立てる際に、再現することができない意味のない情報になってしまいます。

学習や活動に子どもたちの興味を惹く事柄を取り入れることは重要です。
また、学習以外の時間は、子どもたちの反応を引き出す働きかけは重要だと思います。
しかし、評価はあくまで客観的にしなければなりません。
それでなければ、支援者が変わるたびに、支援はゼロから始めなければなりません。

子どもが笑っていることは、支援者として嬉しいこと。
でも、本当に心から笑っているか、自分の気持ちを十分に表現できているか、はわからないという視点は持っておかなければなりません。
教える側に客観的な視点がないと、結局は思い付きの支援、療育となってしまいます。
それは、子どもたちの真の笑顔につながらないことを意味しています。

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