2014年7月4日金曜日

"見守り"も支援していることになりますよ

"見守り"が手助けの一種だということに気が付いていない支援者は意外と多い。
「見てくださいよ。ほら〇〇くん、一人でカレーが作れるんですよ」
本人の様子を見てみると、側に支援者が立っており、その支援者自体がヒントになってしまっている。
ときどき、小さく指さししたり、顔の表情を変えてヒントを与えている場合も(笑)
「自立してます」という支援者に限って、自分が大きなヒントを出していることに気が付いていないことが多い。

本人が「自立した」と評価できるのは、支援者が誰もいない状態で、一人でその活動が行えることを言う。
誰も台所にいない状態でカレーが作れれば、自立であり、側で支援者が見守っていれば、それを自立とは言わない。

「側で見守っていないと危ないじゃないですか」と言うなら、そもそもその活動を目標に挙げ、自立させようとすることに無理がある。
自分で危険を回避できることも活動の中に含まれるし、療育すべき点である。

成人したとき、ずっと側に支援者がいるわけではない。
支援者とセットの活動は、支援者がいないと"できない"ということになる。
だからこそ、支援者の見守りがなくても、一人で活動ができるようになることが目標となる。

「見守っているだけだから支援していない」ではなく、「見守っていることも支援に入る」という認識を持ってほしい。
それは自閉症の人の目から見ると、支援者も環境の1つであり、その活動の一部として捉えてしまうからである。
自閉症の特性を踏まえると、どうしても見守りも支援、ヒントの1つと言わざるを得ない。

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