2014年7月5日土曜日

療育は理想主義ではなく、現実主義で

私は、社会に対してはいろいろと理想を持っています。
いつか自閉症の人たちが、自分が自閉症であることをオープンにすることが自然にできる社会になってほしい!
そのためには、てらっこ塾の活動を通して、療育の有効性や自閉症の人たちの強み等、発信していくことが大事だと思っています。

しかし、社会や未来については理想主義である私も、実際に療育で個人と向き合うときは、かなりの現実主義になります。
療育の目標にすることは、今、その本人が困っていること、身に付けたら良いことに取り組みます。
いつ目標のゴールになるか分からないようなことは、目標にすら挙げません。

何故なら、今まで中途半端な取り組みをされた結果、ぐちゃぐちゃになってしまった自閉症の人たちを多く見てきたからです。
定型発達の人であったのなら、取り組みが中途半端になっても、そのあとは自ら学び、進んでいくこともできます。
しかし、自閉症の人たちの場合、自ら計画を立て、実行していくことが苦手だったり、学ぶことの意図が読みづらく、そのために動機づけが難しかったりするため、中途半端に終わったものは、そのまま停滞するか、自分なりの解釈で学習を進めてしまうことがあります。
結果として、取り組んできたことが身につかないだけではなく、適さない行動や考え方を身に付けたり、頭の中が中途半端な教えばかりになり、整理が付かない混乱状態になってしまうことがあります。

支援や療育に関わる人間が、個人の考え方や経験に頼ることなく、一定の専門性を持っているのなら、取り組みが継続され、中途半端に終わることはないと思います。
しかし、今の日本ではすべての支援者に標準化された研修や方法はなく、独自で勉強するか、経験でなんとなく支援するか、というのが現実です。
ですから、始めから継続した取り組みは難しいと考え、自分が担当しているときに、自立まで完結するような療育を行うことが良いのだと考えています。

今、子どもが7歳で、どうやって18歳のときの目標が立てられるのでしょうか?
思春期の様子や環境の変化、本人の成長、ニーズなど、そのときにならなければ誰もわかりません。
一気にときが進むことはないのです。
将来は、今日1日の積み重ねから成り立ちます。

短いスパンで、今、本人が必要なことを、今、取り組みます。
できる、できるが増えていき、将来の自立的な生活へとつながっていく。
今、生きづらさを感じているのなら、将来、生きやすくなっているわけがありません。
「未来を考える暇があるのなら、今、その本人が生きやすく、自分の生活が豊かになるような療育を!」と考え、てらっこ塾の活動を行っています。

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