2015年4月7日火曜日

ブログ300号を機会に私が伝えたいこと(後半)

当事者の人や家族にとって不幸なことは、「選択肢がないこと」だと考えています。
自分が住む場所に1つだけショッピングモールがあれば、それだけで充分かと言われれば、そうとは言えない人もいるでしょう。
スーパーの方が落ちついて買い物できる人もいれば、個人商店のような小さなお店の方が店主と話ができて良いという人もいるはずです。
なかなか手に入らない果物が、八百屋さんに置いてあったということもあるでしょう。

選択肢があるということは、選択する楽しさがあるということです。
選択肢があるということは、自分により合うものを探すことができるということです。
選択肢があるということは、お互い対等な関係になることができるということです。

学生時代から、ずっと問題意識を持っていたことが、この選択肢が限られているということです。
これは全国的に言えることだと思いますし、そう言えるのは道外からの問い合わせや相談が私のようなところにも来ているという現実があるからです。
私は地域の1つの選択肢になれることを目指しています。

もし戦うべき相手がいるのでしたら、それは反対する人たちではなくて、無関心な人たちだと思います。
いろいろな反対意見を述べる人は、「どうにかしたい」「より良くしたい」と心から願っている人たちです。
真剣に考えているからこそ、課題が見えてくるということもあります。
自閉症の人たちの幸せを考えていない人は、意見など述べず、関わりを持とうとしないはずです。
イベントに共感し、参加する人たちは好意的な意見を言うのは当たり前なのですから、その陰に隠れている人たちにスポットライトと支援を届けることを私は行っていきたいと考えています。

今年の自閉症啓発デーは、これだけ賛否両論が飛び交うのですから、成功と言えるのではないでしょうか。
賛成する人も、反対する人も、真剣に自閉症の人たちについて考え、どうすれば多数派にとっても、少数派にとっても、より生きやすい社会になるかを考えたのです。
中心的に関わっている人たちが熱くならなければ、平熱の人たちに温かさが伝わらないはずです!

自分に対し反対意見を述べられることは、感情を揺さぶられても仕方ないことです。
でも、反対意見がある、反対意見が述べられる、という状況は、より発展していける土壌と可能性があることを示唆しています。
相手の言葉のみをとって反応するのではなく、どうしてこのような意見を述べているのか、その背景となるその人が行っていること、行ってきたことなどもきちんと踏まえて正しく解釈する必要があると私自身は考え、実践しています。

少数派の人たちの支援に携わっているのですから、少数派の意見に耳を傾けること。
世の中に多様性の意義を伝えているのですから、意見の多様性を認識し、真摯に向き合いきちんと受け入れること。
こういったことをこれからも大切にし、行動に表していきたいと考えています。

最後になりましたが、いつもブログを読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます。
ブログを始めた当初から、考えるきっかけの1つになればと思って書いてきました。
もちろん、共感できなかったとしても、共感できないという意見を頭に浮かべた時点で、その事象を深く掘り下げ考えたということになると思います。
これからも前向きで、読んでくださる方たちが少しでも明るくなるような文章を書いていければと思っています。
そして文章の着想につながる経験を私に与えてくださっている皆さまに心より感謝申し上げます(現在、300タイトルで、26,000以上の閲覧回数でした)。

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