2015年5月11日月曜日

辛い出来事を凍結して自己防衛してきた人たち

「周りの視線が気になる」
「イジメられた経験から、制服姿の学生を見かけると、息苦しくなる」
「家族を連想させるものを見ると、当時の記憶を思い出してしまして辛くなる」
などと話をしてくれる自閉症の人は少なくありません。
てらっこ塾を利用してくれる方の中にも多くいます。

私は医学的な判断をすることができません。
こういった事象をトラウマというのかもしれませんし、フラッシュバック、精神疾患の1つ、自閉症の人に見られる長期記憶の特性というのかもしれません。
ただ、そういった方たちと接して感じることは、今、まさにその出来事が起きているような印象を受けます。
過去の出来事のはずなのに、それが"過去"になっていないような。

こういった悩みを持たれている方に対して、何か教育的なことをしようとしても、なかなかうまくいかないことがあります。
どうしても、その辛さが現在の生活全般に影響を与え続け、新しいことを身に付けたり、学ぼうとする段階にいけないことがあります。
そんな中で取り組みを行ったとしても、結果が伴わないことがあることも、私自身、多々経験しました。
ですから、この今の生活に影を落とす過去の出来事をまずは、どうにかしないといけないという気持ちでいます。

私は、こういった方とセッションを行う場合、本人に無理が出ない範囲で、当時のことを質問し、自分自身の言葉で説明してもらうことをしています。
この目的は、過去の出来事を現実と分離させ、過去の記憶にしてもらうことです。
自分が経験したことを他者に話す場合、自然と客観的に話すようになります。
何故なら、その過去の出来事は、自分しか経験していないからです。
そのため、他人に話すときは、相手に分かってもらうために、状況や場面などの情報を客観的に説明する必要が出てきます。
そうしているうちに、過去の出来事を客観的に捉えることができるようになり、徐々に現実に起きていることではなく、過去の出来事だったんだと捉え直すことにつながっていくと考えています。
自分で客観的に過去の出来事として捉えることができるようになれば、その出来事は過去の記憶へと移っていくのだと思います。

このような考えのもと、実際に話してもらうことを繰り返していくと、「以前よりも、楽になった」「もう過去の出来事に捉われることはないですね」と言う方もいます。
そのような状態までいけば、本来、その人が持っている資質や学ぶ力が自然と出てくるように感じます。
そこから、私の本来の目的である指導が始まります。

これは、いろいろな専門家の方の講演を聞いたり、専門書を読んだり、自分自身が経験したりしたことから導き出した方法です。
もっと良い方法があるかもしれませんし、誤った方法かもしれません。
今の自分の中ではベターな方法だと考えています。
ただ、はっきり言えることがあるとすれば、話をしてもらうときに、教訓めいたことを言ったり、「そんなのは、もう過ぎたこと」などと、現実に辛い思いをしている人を傷つけるようなことを言ったりしないことが重要だと思います。
そんなことをしてしまうと、更なる無力感を生んだり、再びその出来事を自分の中で凍結してしまい、過去の記憶にすることができなくなったりしてしまう危険性があるからです。

この文章を書いていても感じますが、今まで出会った人、現在、支援している人の中に、このような苦しみを持っている人は少なくないですね。
現在進行中で、上記の取り組みをしている人も複数います。
みんな、そのとき、苦しみから逃げるため必死に選択した自己防衛の方法だと思います。

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