2015年7月27日月曜日

もし啓発活動が実を結んだら

20××年、地道な啓発活動が実を結び、一般の人の多くが自閉症、発達障害について知り、偏見のない世の中になった。
そんな社会では、どんなことが起きるのだろうか?

自閉症や発達障害による機会の不平等はなくなった。
そうなると、残るのは、"その人"ということになる。
その人にどんな能力があり、どういった人物なのかが問われるようになる。

どんな道を選び、どんな人生を歩むかの選択肢は、自分たちの手にある。
でも、それは同時に、自己責任も手に入れることになる。
自分の選択によって幸せになることもあれば、不幸になることもある。

合理的配慮は、障害による不利益を無くし、平等な機会を与えてくれる。
しかし、豊かな生活、幸せな人生を保障してくれるものではない。
世の中の人たちが、障害について知り、理解してくれることが、自分自身の幸せに直結しているわけではない。

20××年が、いつくるのかはわからない。
もしかしたら、近い将来なのかもしれないし、生きている間に見ることができない世界なのかもしれない。
ただ1つ言えることは、啓発が進めば進むほど、「じゃあ、あなたはどうなの?」というように個人が強く問われるようになるということ。

豊かな生活と幸せな人生は、あっちから歩いてはこない。
どんな社会になろうとも、自分自身で掴むしかない。
啓発がいくら進んだとしても、働く能力と体力がなければ働くことはできない。
周囲に迷惑をかけてしまう人は、どのコミニティーの中でも豊かな生活を送ることはできない。
つまり、別の言い方をすれば、社会の理解が得られようが、得られまいが、豊かな生活を送れる人はいるし、幸せになれる人はいるということ。

私は、まず個人が学び、成長することが第一であり、その人の幸せに直接つながると考えている。
そして、社会の中で輝く人達が増えることが真の啓発活動であり、社会を変えていく力を持っていると信じている。

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