2015年7月27日月曜日

「自閉症の人は視覚優位」と言うのでは粗い

「自閉症の人は、視覚優位」というのは、支援に携わる人の中では何の疑いもない常識になっている。
自閉症支援についてトレーニングを積んだ人でなくても、「文字で書いた方が良いんだよね」「わかりやすく色分けしたりすると良いんでしょ」と言う。
衝立と絵カードがあれば、何となく「自閉症支援やってます」みたいになる。

でも、私は「自閉症=視覚優位」の表現の仕方に粗さを感じる。
聴覚優位の自閉症の人もいるし、視覚的な情報に圧倒されて辛いという人もいる。
それに視覚優位の人でも、それぞれに違いがあるだろう。
視覚的に理解するのが得意だけど、記憶しておくのが苦手。
反対に、見たものは記憶として残りやすいが、理解するのには向いていない。
また、目に入ったすべてのものに注目がいく人もいれば、特定のモノにのみ、視覚的な強みが発揮される人もいる。
こういった様々な視覚優位な人がいるし、同じ人でも自分の状態によって差が生まれてくるはず。
ずっと視覚的に理解し、記憶してきたが、別の方法があることを知らなかったり、成長とともにいろいろな部分が発達し、変わってくることもあるだろう。

近頃、感じるのは、視覚化する効果は、脳の空きスペースを作るという面。
視覚化するというのは、頭の中にその情報を置かなくて済むということ。
外付けハードディスクみたいに。
空いた分を使って、物事の関係性を理解したり、新しいことを勉強したり、溜まっていた情報を処理したり。
視覚的な支援でポジティブな反応があった場合、こういった面も考えられるのではないかと思っています。

そろそろ「視覚化すればいいんでしょ」のレベルは卒業ですね。
その人にとって、視覚化する意味や効果は、どういった面で見られるのか。
それをしっかり見極める"目"が必要になってると思います。
「見せればいい」のではなく、「どう見せるのか」「本当に視覚化が有効か」というアセスメント力が求められています。

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