2015年8月24日月曜日

放課後、校門の前にズラッと並ぶ児童デイの車

もうすっかり夏は去ってしまいましたね。
朝晩は寒いくらいですし、日中も25度を超えなくなりました。
そして、先週から北海道の子ども達は2学期に突入しています。

学校が始まれば、また放課後、校門の前に児童デイサービスの車がズラッと並びます。
10年前、私が学生だった頃は、4年間、ほぼ毎日、どこかしらのお宅に訪問し、子ども達の放課後の余暇支援を行ってきました。
「たった1時間でも、手を貸してもらえると、本当に助かります」なんていう心の叫びに近いような言葉を聞いてきた私ですので、「今の親御さんは恵まれているな」と思う反面、多くの学齢期の子ども達が車に乗り込む姿に違和感を持たずにはいれません。

私の抱く違和感には、2つの理由があります。
1つ目は、親御さんが子どもと接する時間が減ること、見える場面が限られること。
ある学校の先生が、「個別支援ミーティングをやっても、学校で取り組んでほしい目標も、将来の希望も"わからない"と答える親御さんが増えた」と言って嘆いていました。
これでは個別支援ミーティングにならないと。
もちろん、学校側にも改善すべき点はあると思います。
でも、朝、学校に登校させたら、夕方まで帰ってこなくて、あとはご飯食べて、寝るくらいの毎日。
目標も、将来も考えられないのは、無理のないことなのかもしれません。

そして、もう1つは、「親御さんは、自分のお子さんが、その児童デイでどうやって過ごしているかを知っているのだろうか?」ということです。
私もいろいろなところに見学に行きました・・・以下自粛。
子ども時代の頭が柔らかい時期には、多くの刺激を与え、学ぶこと、成長することを重視してほしいと思います。
子ども時代に、時間つぶしをする時間はありません。
ですから、どういった内容か、スタッフはどういったスキル、経験を持った人かをきちんと確かめる必要があると思います。

「うちの児童デイ、構造化してるんです♪」なんて喜んでいる場合ではありません。
大事なことは、構造化ではなく、何を学んでいるかです。
この地域特有の洗脳から脱する必要があります。
税金が投入されいますので、どこも個別支援計画のようなものを作成し、見せられると思いますが、文章では何とでも書けるのですよ。
文言に騙されてはいけません。
表面的な支援や文章に惑わされず、実際の姿を見て確認すべきです。
そうしなければ、子ども達の貴重な時間がどんどん無くなってしまい、我が子の未来の選択肢を狭めてしまう結果になっていまいます。

私も、いろいろな方から「児童デイを起ち上げたらどうだ」「力を貸してくれないか」などと誘われます。
でも、ただのお金儲けを考えている人に手を貸すのは嫌ですし、個人契約で徹底的に支援できる今の形の長所を失うのも嫌ですので、すべてお断りしています。
あとは、どうせ、近い将来、ふるいにかけられ、精査されると思っているので、どっちにしろ今は手を上げる時期ではないと思います。
だって、詳しい金額は書けませんが、1日、1人の子どもが数時間利用するだけで、すごいお金が税金から出るのですよ。
掛ける金額に対する効果が釣り合っておらず、若者たちがよく言う「コスパ」が悪過ぎます。
専門的なスタッフを集めて一所懸命やる事業所も、お金儲けのために預かっているだけのところも、内容は関係がなく、同じ金額が貰えるのです。
経済が小さくなり続ける日本に、現状のまま、児童デイを支え続けることは不可能です。

レスパイトの観点からも、親御さんが子育てを抱え込んでしまわないためにも、児童デイが果たす役割は小さくないと思います。
しかし、児童デイも、学校も、その他の療育機関も、お子さんを24時間、365日支援することはできません。
また、この人たちは、お子さんの将来に関する責任は誰も持ちません。
ですから、どこかに任せっぱなしにせず、親御さんが責任を持つこと、そして責任を持って選択していくことが大事です。
社会が変わろうとも、お子さんが将来、力強く生きていけるような土台となる学びの機会、成長する機会を与え続けて欲しいと願っています。

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