2015年12月22日火曜日

信頼関係を築くことが目的になるのか

「まずは信頼関係を築くことから始めましょう」
「信頼感を持ってもらえれば、こちら側の話を聞いてくれると思います」
「信頼関係が構築できたら、好転していきますよ」

「信頼」という言葉をあちこちで耳にします。
ボーと聞いていれば、本当に「そうだな」なんて思ってしまう便利な言葉です。
対人関係で、「信頼なんていらない」とは言えませんもんね。
だから、聞いている方も、スッと受け入れてしまう。
でも、「信頼」って何でしょうかね?

つい最近、「もう家族だけでは限界です」という相談がありました。
家庭内暴力もあり、もうどうしようもなくなっている、と。
で、最初に相談した支援機関の人が何と言ったか。
「まずは本人に話を聞いてもらうためにも、担当者と"信頼関係"を築けることを目指していきましょう」と。
いやいや、もう限界だからSOSを出しているのです。
そんな悠長なことを言っていたら、家族みんな総倒れになりますよね。
第一、どうなったら「信頼関係が築けた」と言えるのでしょうか?
「〇回、面談したら」とか、具体的な期間を示せるでしょうか?
いつになるかわからない"信頼関係"を待つことをこの状況の家族ができると思いますか?

軽々しく「信頼」という言葉を使う人は、ただ具体的な戦略、方略を持っていないだけです。
だから、便利な「信頼」という言葉を使うのです。
大事なことは、瞬時にゴールまでの支援のストーリーを創造し、今できるベストの選択を行うことです。
できることからまず行う。
解決が早いところから手をつける。
治しやすいところから治す。
これが基本です。
こういった積み重ねが、本人をラクにし、結果として信頼関係につながるのだと考えています。
何も手が打てないのに、「信頼関係」なんて築けるわけがありません。

上記の相談があった方は、支援機関の方針を聞いて、すぐに信用できないと判断しました。
それで、伝手をたどって私のところまでいらしたのでした。
別に私の自慢をしているのではありません。
結局、口だけの人間が多すぎるのです。
私のところに来る前に、その支援機関が行動を起こせていたら、もっと早く本人、または家族がラクになれたかもしれません。
ラクにならないまでも、伝手をたどって、の部分は省略できたのです。
それだけでも、家族にしたら大きな負担ですから。

人と接する仕事をしている人間は、言葉が大事です。
でも、その言葉は行動が伴って初めて意味があるのです。
きれいな言葉は、誰にでも言えます。
「愛」とか、「夢」とか、「絆」とか、「友情」とか言っているところに限って、愛・夢・絆・友情がなかったりします。
「一緒に頑張っていきましょう」とか、「協力しますから、何でも言ってください」とか言う人に限って、実際は役に立たなかったりします。

言葉に輪郭を持たせるのは行動のみ。
流ちょうな話術でも、豊かな表現力でもありません。
言葉で勝負している人間の言葉が、ただの音になっていることが残念で仕方がありません。
こういったことを「信頼」という言葉を聞くたびに、感じてしまいます。

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