2015年12月25日金曜日

問題行動は治すべき対象です!

不自由さのない大久保です。
好き勝手に発言できていますから(笑)
変なギョーカイやバックが側にいないということは、すべて自己責任という大変さもありますが、身軽さもありますね。
まあ、問題発言をしているつもりはありませんがね。

問題と言えば、今年も問題行動をメインにした依頼が多くありました。
だいたい支援者会議でも、メインは問題行動です。
問題行動がなければ、わざわざ会議まで開きませんよね。

親御さんとお話ししていても、ときに支援者と話をしていても、違和感を感じることが多いです。
それは、問題行動と障害特性の曖昧さ。
問題行動への取り組みの際、出てくる氷山モデルが混乱させているのかもしれませんね。
確かに問題行動の根底には、障害特性が関係する部分があります。
でも、だからと言って、問題行動=障害特性ではありません。

問題行動は、問題行動です。
障害特性ではありません。
ですから、見逃しも、許容も、ないのです。
あるのは、周囲への悪影響と、その人の責任、あとは改善、消去という選択肢のみです。

問題行動は、障害特性だと誤って解釈しているのか、それとも問題行動はどうにもならないと思っているのか、それはわかりませんが、結構勘違いしている人が多いですね。
足の不自由な人が杖を振り回して、他人をケガさせたら、それは問題行動だと捉えますよね。
足が不自由なのは、障害かもしれませんが、暴力を振るうのは別問題です。
同じように、目が不自由な人が暴言を吐いたら、咎められて当然のこと。
もし支援を受けていたら、どうにかそういった行動を止めさせるはずです。

でも、発達障害の人が暴力を振るったり、ネット上で悪口を書き込んだりしても、御咎めなしなのはおかしなこと。
社会性の違いや、適切に想像することの苦手さという特性が関係しているかもしれませんが、だからといって問題として扱われないのはおかしいですね。
ましてや支援する立場の人間が、見て見ぬふりというのは、職責放棄としか言えません。

支援者と呼ばれる者なら、全力で問題行動を治さなければなりません。
そして治すために、氷山モデルの水面下の部分、つまり特性と関わる部分へのアプローチを行うのです。
あれは、問題行動=障害特性ということを表しているではなく、水面下の部分へのアプローチが結果として問題行動の改善につながることを表しているのです。

ちょこっと勉強して、知ったつもりでいる支援者が多すぎます。
だから、そういう支援者には
「問題行動は、障害特性ですかね?」
「診断基準に、問題行動の記述ってありましたっけ?」
と尋ねるようにしています。
そうすると、相手からは、大久保が社会性のなくて、問題行動をしているように見られる。
そして、こういった誤った解釈をするような人間には、障害を持った人たちの問題行動を治すことも、私の問題行動を治すこともできません(笑)

5 件のコメント:

  1. 息子が休みで外泊しに帰ってきました。
    今朝新しい人がお金のことでスタッフさんに喰ってかかっていた話をしてくれました。
    「あれはないと思う…」と…。
    「あなたも相当酷かったよね」と私。
    「そうだね…」と息子。

    こうやって本当の気持ちをフランクに言い合える日が来るなんて あの当時は思ってもいませんでした。
    大久保さんに 個人的に相談に乗って頂くまでは…。

    あれがつい3~4ヶ月前なんて信じられないです!
    色んな事があったので長く感じるのかも知れませんが 本当にあの時は息子が「雪かきのボランティアをしてみようかな…」なんて口にするとは夢にも考えませんでした。
    (^^;

    本当に感謝しています。
    実践経験のある大久保さんと知り合えて良かったです。

    まだまだ…ですが 息子のこれからの成長が楽しみです。

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    1. toscoさんへ

      冒頭のやりとりを微笑ましく読ませていただきました(笑)
      以前よりも、自然な親子関係が築けているようで嬉しく思います。
      そして、そうやって他人の行いを見て、自分を振り返られるようになったことは、大きな成長ですね。
      他人の行動を感情的にではなく、客観的に見られるようになったのは、息子さん自体に余裕が生まれたからだと想像できます。
      これからは「人の振り見て我が振り直せ」で、どんどん学んでいってほしいと思います。

      初めてお会いしたのが、昨年のちょうど今頃ですね。
      何だか、ずっと前に感じるくらい別人のように成長されたと思います。
      「雪かきのボランティア」って前向きな発言ですね。
      息子さんは、人の役に立つということが最大の養生になる方だと思いますので、どんどん行動することで、元気になっていってほしいと願っています。
      まだまだ若いですから、来年も益々の成長を期待しています!
      こちらこそ、若者の前向きな一歩に関わらせていただき、ありがとうございました!!

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  2. 何故人は生きていますか?
    何故人は死にますか?
    何故人は苦しみますか?
    何故人は悲しみますか?
    何故人は殺されますか?
    何故人は従いますか?
    何故人は受け入れますか?
    何故人は拒否しますか?
    何故人は信じますか?
    何故人は・・・

    キリが無いですよね
    この回答

    今日これに関して自問自答し続けました

    結果答えは出ませんでした
    幾千もの答えが出たとしても
    それに該当する答えはありません

    何故でしょうか?

    ここでも何故って出ましたね

    人に聞くとき
    何故こうしないといけないのですか?
    と言われると回答に困りますよね?
    回答がある場合は別です

    例としてバスのルートを知りたい場合
    何故このルートは正しいのか?
    と言われれば地図を出せば答えは大体見つかります

    でもない答えの質問をされると答えようがないですよね?

    そうしたら人はどうしますか?

    さっきの何故のキーワードはそれですよね?
    じゃあ最初の
    何故人は生きていますか?
    って言われたら答えれますか?

    いくつか挙げると
    人を悲しませないため
    産まれてきたから
    生きたいから

    そういう答えは出ますけど
    肝心の唯一正しい答えは出ませんよね?

    誰が知っていますか?

    知っているなら教えて下さい
    その人を

    生きる理由って
    子孫を残すとか悲しませないとか
    本人のこと度外視していることも多いですよね
    そういう人のプレッシャーって感じたことありますか?
    楽しいとか嬉しいっていう感情が持てなかったら
    正直生きていてもただの屍にしか感じません
    いつか楽しいとか感じるそういう日が来る
    いつ来るんですか?
    10年後ですか?100年後ですか?
    今の生活はまさにそんな感じです
    因みに楽しいことをしようとすると止められます
    それよりも現実を見ろって言われますけど
    現実どうなんですか?

    自分はこの世の中に産まれてきて
    後悔しています

    こういう事いうと大半から批判や苦情とか来ますけど
    じゃああなたが自分になって同じ体験してくださいっていったら
    皆さんどう反応しますかね?
    そんなのできねーじゃんで終わりですよね?
    じゃあ自分の気持ちなんて分かりませんよね?
    なのになんで分かる振りをするんですか?
    そんなのされたくないです

    まだ書きたいことはこれの10倍はありますけど一旦終わります
    キリが無いんで

    当事者からの質問でした

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    1. たっくんさんへ

      問いには、2種類あって、「答えが用意されている問い」と、「答えが用意されていない問い」がありますね。
      たっくんさんは、「答えが用意されていない問い」について自問自答を繰り返したのだと思います。

      では、「答えが用意されていない問い」の答えは誰が知っているのか?
      それは、自分自身だと思います。
      親でも、過去の偉人でもなく、他の誰かではありません。
      自分が歩んできた人生を振り返ったとき、その中に答えがあるのだと、私は考えています。

      生まれた国、時代も違えば、環境も、家族も、経験も、一人ひとり違います。
      まったく同じ視点に立って自分以外の人のことを想像できる人間などいませんね。
      だから、他人のことなんか、本当にわかる人はいません。

      「答えが用意されていない問い」を他人に尋ねたとき、相手は「自分だったら、こう思います」という話をします。
      その人が尋ねられた時点で、今までの自分の人生を振り返って出た答えです。
      ですから、あくまでも、尋ねられた相手の個人的な見解です。
      しかも、尋ねられた相手にとっても「答えが用意されていない問い」なので、今後変わるかもしれない暫定的な答えです。
      その暫定的な答えが、自分が求めていた答えとバッチっと合うことなんてないでしょう。
      つまり、その答えは、自分で「答えの用意されていない問い」の答えを見つけるための"参考"です。
      その相手の人は、"答え"を言っているのではありません。

      「答えの用意されていない問い」の答えは、自分の人生の中に隠れていると思います。
      10歳なら10歳の答えがあり、20歳は20歳の答えがある。
      その時々で、答えは変わるものです。
      「なぜ、人は生きるのか?」という答えの用意されていない問い。
      それは自分の人生を生き抜いたときに、やっと答えが見つかるのかもしれません。
      人生の途中では、まだわからない経験と情報がたくさんありますから。
      いくつもの「答えの用意されていない問い」の答えを見つけること自体が人生といえるかもしれませんね。

      「みんなが答えを教えてくれない」
      「自分でも答えが見つからない」
      それは当然なこと。
      だって、みんな同じように明確な答えなど持っていないまま、生きているのですから。
      一人ひとりが自分の人生の歩みの中で、「こうじゃないかな」などというように想像し、見つからない答えを考えるのですから。

      たっくんさんは、どのようなときに、このような自問自答を行うのか、考えてみるとよいかもしれません。
      今の生活が充実している人は、あまりこのような自問自答はしないと思います。
      つまり、今の生活に不満がある場合に自問自答を行う。
      だったら、明確な答えのない問いに答えるよりも、今の生活の不満をどう解消するかに目を向けた方がよいかもしれません。

      また、自問自答を繰り返すというのは、頭が行っていることです。
      頭ばかりが活動している状態ですので、どんどんネガティブな方向へと進んでいく可能性が高くなります。
      ですから、「考えるな」とは言いませんが、身体も動かし、バランスをとる必要があると思います。
      もし考えるのなら、歩きながらでも考えてみてください。
      そうすると、頭と身体が活動し、バランスがよくなるので、頭の中がすっきりしてくると思います。

      「なんでわかる振りをするんですか?」は、相手があなたのことをわかりたいと思うから、わかる振りをするのだと思いますよ。
      相手のことをどうでも良い人間だと思っていれば、最初から対応しないと思います。
      それか、わかる振りをしているのではなく、「(私ならこう思うよ)答え」というカッコの部分が抜けているのかもしれませんね。
      そして、もし分かる振りをされたくなかったら、「分かる振りをしないで」と言えばよいです。
      それもコミュニケーションであり、行動です。
      自分で行動しないと、動いていかない未来もありますから。

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  3. また 同じことを言っていますね
    理解したかな…と思ったら また同じことを言ってくる。
    「楽しいことをしようとすると止められる…」
    相手も楽しいと思ってますか?
    相手のことも考えて下さい。
    “自分“が辛い
    “自分“が楽しくない
    “自分“が…
    また自分中心になってますよ
    そこを考えて下さいね

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