2016年1月29日金曜日

自分を癒すために支援している人

タイトルの通りなんですが、多いんですよね~、支援者と呼ばれる人の中には。

自分が子どもだった頃にしてほしかったことを、子どもの支援を通してやったりとか。
人から認められたい、頼られたい、必要とされたいみたいな感情を満たすために、弱い立場の人の支援をやったりとか。
親にとって良い子でい続けるために、兄弟児から支援者になったりとか。

別に良いんですよ。
どんな動機だって。
自分を癒すためだって。
支援を受ける側の人が成長し、幸せになれれば。

でも、こういった欲求を持って支援者になっている人って、満たされないことが多いんですよね。
どうしてかって?
それは、他人だから。
自分を投影している人は他人。
他人だから必ず自分の欲求を満たしてくれるような行動をする訳ではない。
支援しているのは兄弟ではなく、他人だから。
なかなか欲求は満たされないし、癒えてもいかない…。

支援について助言や意見をもらったときの反応に違いが表れるような気がしますね。
こういった欲求のない支援者は、自然と耳を傾けます。
こういった欲求のある支援者は、拒絶反応を見せます。
あくまで支援についての助言だったり、意見だったりするのに…。
まるで自分自身を否定されたの如く感情を表出させるんですね。
こういったときに"重なり"を感じます。
また、自分の周りに支援を受ける側の人たちを集めたり、お気に入りの人やこだわる人を決めている支援者も可能性は高いと感じます。
自分の空間というか、自分の環境を作ってるようにも見えますね。

「自分自身を重ね合わせているな」
「自分の気持ちが満たされたくて、この仕事をしているな」
という自覚を持つことが大事だと思います。
この自覚がなければ、どんどん欲求が高まり、行動がエスカレートしてしまうから。
この自覚がなければ、支援者として技量を高めていくことに意識が向かないから。
「自分は正しいことをやっている!」
「自分はこの人のためを思ってやっている!」
このような人は、プロにはなれないですね。
変化がないですから。
つまり、支援者としての成長がないので。

支援者とは、自分ではなく、"他人"の生活や発達、成長を支援することですよね。
当たり前のことなんですけど、ここにズレが生じている人って少なくないんです、特別支援業界。
高齢者とか、病気の人とかは身近に感じますが、障害を持った人となると、どうしても一般の人からは遠くなります。
ですから、結果的に身近に障害を持った人がいたとか、自分が当事者、自分が弱い立場を経験したから、同じような人を…ってなりやすいですね。
だからこそ、自覚が大事だと思います。
自分を癒しつつ、仕事としても役割を果たし、というのが理想かもしれません。
この業界に入って10年以上。
支援者から出ている空気を読むのも特技になりました。

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