2016年6月15日水曜日

「信頼関係のある支援」ってなんだ?

親子でも、本人と支援者でも、支援者同士でも、「信頼関係を築きましょう」と言われる。
問題が起きれば、「信頼関係が築けていないから」と言われ、順調にいってれば、「信頼関係ができているから」と言われる。
親子では幼少期から信頼関係を築くように促され、他人との間でも、新しい関係が生まれれば、まずは信頼関係を築けることが大事と、支援の始まりが信頼関係の構築から始まる。
でも、どうやったら信頼関係が築けるのだろうか?
そもそも信頼って何?

信頼も、信頼感も、目に見えないもの。
それをどうやって自閉症の人たちに理解してもらう?
というか、支援者の方だって、どうすれば信頼関係が築けるか分かっていない。
だから、やみくもに何でも要求を受け入れたり、とにかく遊びまくったり、注意はしないで褒めて伸ばそうとしたり、顔を見合わせれば無駄にハイタッチしたり…。
みんな、良く分かっていないから、てんでんばらばらな行動をとる。

「見えないものは、ない」人達に、支援者自体が分かっていな信頼感を教えることも、築くことも難しい。
でも、私も対人援助の仕事をしている以上、相手との間に信頼感を育む大切さは感じている。
信頼感と言うべきか、安心感みたいなもの。
支援が安心感包まれている雰囲気があると、落ち着いて支援できるし、落ち着いて成長することができる。

では、その空気感をどう作っていくのか?
他人に対し、信頼感、安心感を持てるときとは、予測ができることだと考えている。
「たぶん、自分がこういったら、相手はこのように言うだろうな」
「自分が嬉しいときには、こういった反応をし、自分が落ち込んでいるときには、ああやって反応するな」
というように、相手の反応が予測できると、信頼感、安心感を感じることができる。
相手がどうくるかわからない、相手の考えが分からない、というときには、どちらも感じることができないだろう。
つまり、予測できる関係性になることが、お互いの信頼感、安心感を深めていくことにつながると、私は考えている。

親子の関係性の中では、特に自分が失敗したとき、落ち込んだときに、「お母さんは、お父さんは、必ず守ってくれるだろう、味方でいてくれるだろう」という予測が立つことが、信頼関係につながるといえる。
親が感情的であったり、一貫性のない反応であったりして、いつまで経っても返ってくる反応が予測できない状態であると、信頼関係を築くことは難しい。
生まれてから一番身近で、初めの人間関係で信頼感を感じられないと、内面の土台は育たないし、他人ばかりの社会に対して不安感を持ってしまう。
だから、親子の間でお互いのことを予測できる状態になるまで、経験を共有することが大事になる。

本人と支援者の間でも、基本的な考え方は同じ。
支援という場で、お互いが顔を合わせるわけだから、支援の場で相手のことを予測できる状態まで持っていく。
それには、意図のわかる明確な支援を行う必要があるし、その前に支援者自身の中に支援のしっかりした幹を持っておく必要がある。
支援の準備をしている状況で、その場にいなくとも本人の話を聞いただけで、本人の映像が浮かぶような状態になると、安心感のある支援関係を築いたといえる。
お互いが予測されやすい支援、予測しやすい支援と感じられたのなら、それは信頼感、安心感に包まれた支援だったと評価して良いだろう。
こうなれば、結果もおのずと良くなる。
相手の反応が予測できない、自分の反応を予測されていないということは、信頼関係が築けていない証拠でもある。

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