2016年6月3日金曜日

情報提供に、支援者の価値観はいらない

「なんか、みんなから見られてる気がするんです」と言ってきた学生さん。
「見られている気がするんじゃなくて、見られてるんだよ」と、私は即答。
そして、ちゃんと説明します。
「独り言を言いながら笑っていたら、周囲の人からは気持ち悪く見えるから」
「急に立ち上がったら、周りの人は驚くから」
「顔を揺らしたり、腕をフニャフニャ動かしていたら、奇妙に見えるから」

本当はみんなから見られているのに、「いいや、気のせいだよ」「みんな、見てないから」と言うのは、適切な支援じゃないですよね、特に自閉症の人達の。
「見られていないのに、見られてる感じが続く」って本人の頭の中を混乱させたり、別の機会に指摘されて、本人が傷ついたり…。
事実を伝えないのは、問題の先送りであり、支援者の逃げですね。
だって、事実を掴み損ねるのが、自閉症の人達ですから。
「良い情報も、悪い情報も、きちんと教えて欲しい」という本人たちからの訴えを聞いたことはありませんか。

(自称)障害を持った人達の立場に寄り添う優しい支援者は、奇妙に見える仕草を指摘しないでしょう。
そして、本人がわからないところで、周囲の人達にこう訴えます。
「独り言を言うのは、頭の中で処理できない情報を整理しているのです」
「決まったフレーズを自分で言って、それを聞くことで、ストレス状態から自分を守ろうとしているのです」
「身体を突然動かしたり、同じ動作を繰り返したりするのは、本人の意思とは別の反応なんです」
だから、「理解してください」と言い、奇妙に思うこと自体をコントロールしようとする。
どう感じ、どう思うのは、その人の自由なのに。
こうやって、周囲の人達の“見て見ぬふり”を促進させ、ますます障害を持った人との間の距離を作っていく結果になるのです。

「行動が気持ち悪く見える」って言うのは、事実であり、本人にとって必要な情報です。
自分の行動が周囲から気持ち悪く見えるという事実を知れば、みんながいるところでは止めよう、別の行動で代替しよう、という工夫が生まれ、以前よりも、自分も、周囲も、生きやすくなるのですから。
こういったポジティブな変化に繋げることこそが支援なのです。
周囲の人間をコントロールしようとするのは、支援とは呼びません。
本人の成長につながらないから。

ただでさえ情報を掴み損ねてしまう人達に、良い情報だけ偏って伝えるのは、誤学習のもとです。
そして、誤った優しさから真実を捻じ曲げ伝えるのは、本人たちにとって最悪な行為だといえます。
間違いを指摘されて悲しむことよりも、事実を知らず間違える悲しさの方が大きい人達です。
「あなたは気持ちが悪い」というのは人格否定ですが、「あなたの行動は気持ちが悪い」というのは情報提供であり、成長を支援することです。
抜け落ちた情報が手元にあれば、彼らは自分の頭で考え、成長していける人達、というのを我々は忘れてはいけません。
冒頭のような指摘されたあと、彼も「そうなんすか。じゃあ、人がいるところでは気を付けま~す」という感じでしたよ。

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