2016年6月7日火曜日

「エビデンスがー」という人は、食べログを見なきゃ食事場所を決められない人と同じ匂いがする

首長に関わらず、セコイ人は好きではありませんね。
お金の使い方は、その人の人柄が表れます。
ケチケチしている人は、きっと他人のため、社会のためになるような大きな仕事はできないでしょう。
お金なんて持っているだけでしたら、ただの紙切れです。
おしりを拭くなら、トイレットペーパーには勝てません。
無駄遣いする必要はありませんが、生きた使い方をしなければなりませんね。
必要なときに出し惜しんだり、集めることばかりにとらわれている人間は、自分で自分のケツが拭けない人。
つまり、自分自身で判断し、結果を受け止めるだけの度量がなく、人としての土台が安定していないんだと思いますね。

自閉症ギョーカイでも、「エビデンスがー」という人がいます。
エビデンス、つまり、「科学的根拠がないものはやらない」「科学的根拠が認められたものだけを信じる」と言うのです。
でも、そう言っている人達は、どうやってその療育方法が「科学的根拠がある」という結論が出たのか知っているのでしょうかね。
「エビデンスがある」=「すべての人に効果がある」ではないことは知っているのでしょうかね。

「エビデンスが―」と言う人は、食べログで星とコメントを見て食事に行く場所を決める人と同じ匂いがします。
自分の舌と直感で判断すれば良いものを他人の評価に頼るのです。
それは「失敗したくない」「自分で責任を取りたくない」「美味しくなったとき、食べログのせいにできる」という心理が見え隠れします。
自閉症療育だって一緒。
自信&自身の無さや信念の無さ、「どうにかしよう」という想いよりも、自己愛の方が勝っているのです。
こんな人には、支援者を名乗る資格がないと思いますね。

「エビデンスがー」と言って、エビデンスのある療育方法をしているはずなのに、全然効果が得られていない支援者なんて、あちこちにいますね。
つまり、エビデンスがその子の成長を担保するわけではないのです。
大事なのは、目の前の人なんです。
人間の発達、成長には、食事、睡眠、排泄、運動、勉強、遊び、生活環境、人との関わりなど、様々な要因が絡み合っています。
エビデンスがある療育だけが、その人の発達と成長を決定するわけではないのです。
そんなこと、考えれば一瞬で分かるものです。
それでも「エビデンスが―」と言い、こだわっている人とは、自己愛の人なのでしょう。

他人を支援するっていうのは、ときに、自分を投げ打ってでもやらなければいけないことがあります。
そんなとき、自己愛の人はブレーキをかけ、その場で立ち止まってしまいます。
他人を支援するというのは、それだけ責任の重いことをやっているのです。
支援は結果がすべて。
その結果をすべて受け止められるような人間でなければ、いろいろなアイディアを自らの意思で取捨選択し、組み合わせて、その人に最適な方法作り上げることはできないと思います。

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