2016年7月20日水曜日

両親の監督責任が問われた裁判

「両親は監督義務を怠った」というのが、東京地裁が出した答えでした。
2013年、当時小学2年生だった女児が、上級生の女児から脅され、マンションの屋上から飛び降り、重傷を負った事件。
その加害者の家族に対し損害賠償を求めた裁判で、慰謝料など1,025万円の支払いを命じる判決が昨日、言い渡されました。

この判決に関しては、今朝の新聞やネットニュースの記事で読みました。
しかし、その伝え方に違和感を持ったんですね。
やっぱり「発達障害」「アスペルガー」っていう部分を削ってるんですよね。
紙面の関係かもしれませんが。
でも、昨日の判決の肝は、加害者の両親に監督責任を認めたこと。
裁判長の判決理由でも、発達障害の診断を受けた点、他者が思い通りに動かないと怒りを持つという傾向について述べられていましたね。
だったら、きちんと伝えるべきだと思います。
「他者が思い通りに…」っていうことだけ記してあって、発達障害の部分がなかった記事もありました。
また加害者の女児が聴覚障害を持っていた点は書いてあったのに、発達障害は書いていないのも。
聴覚障害は良くて、発達障害はダメな理由は?って思いますね。
ギョーカイ団体の力の差??

このようにギョーカイのプレッシャーなのか、自主規制なのかはわかりませんが、私は事実をきちんと伝える必要があると思います。
それは今、どこかで被害に遭っている人達のために。
我慢する必要はないんです、加害者に障害があったって。
学校とかでも、何かトラブルがあっても「あの子には障害があって…」みたいな対応されて、共生という名の元に被害児が我慢するし、加害者の方の保護者には曖昧に伝えられる。
また同じ障害を持った子同士でも、「お互い様」といってうやむやにされる。
こんなこと、どこでもある話です。

今回は、加害者の年齢と障害が考慮され、本人の責任は問われませんでしたが、はっきりと親の責任が認められています。
つまり、相手に障害があったとしても、被害を受けた側は被害者になるのです。
当然といえば、当然なのですが、それを認めようとしない人達がいます。
健常者から障害者に対する虐待や差別は大騒ぎするのに、立場が逆になる場合はだんまり、または「偏見がー」を続ける人達です。
でも、この人達がいくら頑張ろうとも、被害を受けた人が被害者であり、加害者、またその保護者は責任を取る必要があると明言されたのです。
ですから、もし我慢している人、泣き寝入りしている人がいたら、このニュースを知ってほしいと思うのです。

報道の仕方、裁判長の判決理由の文言が、徐々に変わってきています。
以前よりも、発達障害、アスペルガーなどをはっきり表現するようになったと思います。
それは同じような事件が続くことへの社会からの憤りが背景にあると解釈しています。
「一歩間違えば…」「このまま大きくなったら…」「もうそれは犯罪でしょ」なんてことは、日常茶飯事です。
でも、私も発達障害の方達と関わる仕事をしている以上、体をはってでも止めなければいけません。
第一に、被害者を生まないために。
今回、判決が出された事件で被害に遭われた女児の身体的、心理的苦痛は想像するに耐えません。
どれだけ怖かったことだろうと思います。
そして、私が関わっている人達の中から加害者を出さないために。
「被害者も、加害者も生まないために行動する責任がある」というメッセージが、保護者にも、支援者にも伝えられた判決だったのではないでしょうか。
これから、保護者はもちろん、支援者を相手にした裁判も出てくるかもしれません。

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