2016年12月28日水曜日

「児童デイをやりませんか?」と言われて

児童デイと言えば、「一緒に児童デイ、やりましょう」とか、「大久保さんも、児童デイを起ち上げられたら」とか言われることがあります。
また「見学に来てほしい」とか、「アドバイスください」などというのもあって、実際に伺ったこともあります。
でも、児童デイを起ち上げる気もないし、(今のところ)業務提携した児童デイはありません。


児童デイをやりましょう系の人達は、だいたい顔に『金』の文字が書かれています。
人と建物さえ確保できれば、簡単に儲けられる、というのが頭にあるのでしょう。
そうですよね、1日1万円の公金で、オープンすればお客さんの方からやってくる状態ですから。
商売すること自体は悪いとは思いませんが(私も商売してますし)、商売する気で児童デイをやるなら、ちゃんと商売の勉強されてからお越しくださいね、って感じです。
ただ単に、私の経験、私の名前、私のお客さんを当てにしてすり寄ってくる人が多すぎです。
「支援は大久保に任せておいて、自分はお金儲けを…」というのがバレバレ。


そうは言うものの、今の事業を起ち上げる前は、児童デイの形態も考えなかったわけではありません。
一緒にやろうとする仲間もいたので、どうしようかなって思うこともありました。
でも、私は経営者にはなりたくなかったし、組織を作るつもりもなかった。
ただ「自閉症の人と直接向き合って支援がしたい」という想いが強かったのです。


私は経営の勉強などしたことがありませんし、商売はズブの素人です。
それに組織を作れば、人を育てなければなりません。
この仕事をしていて思うのですが、支援者を育てるなんていうのは無理な話です。
育ててもらおうなんて思っている人は、ハナから育たないし、自分で育っていこうと思う人しか育っていかない、と考えています。
だいたい支援というのは、センスです。
いちいちアセスメントシートを取りだしてアセスメントしているような人に、支援者は向いていないのです。


人と人とが向き合う仕事なんです。
同じ人でも、同じ状態ということはありません。
刻一刻と変化しますし、その人の持つ資質や成長する力、課題や未来の姿などは目に見えないものです。
常に変化し、目に見えないものを援助する仕事である支援者は、勉強して、資格を取ってうまくなるようなものではありません。
もちろん、知識と技能を獲得していくことは大事ですが、それ自体が目的ではなく、センスを磨くことが目的だと思います。


私は経営の素人で、支援者を育てることは無理だと思っています。
ですから、児童デイを起ち上げるつもりはありません。
業務提携した児童デイがないというのも同じ理由で、私がポッと行ってアドバイスしたり、実践したりしても、ただのモノマネにしかなりません。
「こう実践していたから」「こうアドバイスされたから」といって、常に変化し続ける子どもさんに同じ支援していたらダメでしょ。
私も日々支援していますが、訪問するまでは「こんなことをしよう」と頭にあっても、本人と会った瞬間に内容を変えたり、順番を変えたり、実践していく中で本人の反応を見て変化させます。
まあ、当然といえば、当然のことなのですが。
私は間接的にだったとしても、子どもさんのマイナスになるようなことはしたくありません。
あとは、見学した児童デイで「我が子を通わせたい」と感じたところがなかったのも大きな理由ですね。

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