2016年12月6日火曜日

そろそろ「早期療育」の結果が出る頃では?

そういえば、そろそろ“早期療育”の結果が出てもおかしくない頃ですね。
私が学生だった頃、「早期療育で、子どもの将来が変わってくるんですぅ~」「日本でも早期療育を~」なんて言われ始め、実際にせっせと診断し、せっせと療育をやっていましたから。
もう15年くらい経ちますので、成人している人達もいるはずです。


「早期療育のおかげで、私は一般就労できました!」
「早期療育のおかげで、息子は支援者の手を借りず、自立して生活できています!」
という言葉は聞こえてきませんね。
私が知る限りでは、早期療育を受けてきたお兄ちゃん、お姉ちゃんたちは、どっぷり支援に浸かってしまっている。
自立どころか、支援、または支援者から抜け出せなくなっている人ばかりです。


確かギョーカイ連中が「早期療育をー」と叫んでいたとき、「将来の自立につながる」と言っていました。
でも、全然自立してないじゃん。
むしろ、どっぷり浸かって、「支援がなきゃダメ」みたいな体になってるんじゃん。


何を始めるにも、「まずはソーシャルストーリーを書いてからじゃないと~」とか、「活動のスケジュールを用意して~、手順書も、COMカードも」とか、「問題が起きたから、〇〇さんに相談しなきゃ~」とか…。
本人もそうだし、親御さんもそう。
あることが当たり前になって、ないと不安になる。
これでは、どんどん可能性は狭まるばかりで、ギョーカイの言う「自立」ではなく、本当の「自立」は遠のいていきますよね。
これがギョーカイが訴えてきた早期療育の結果なんです。


ギョーカイが早期療育をして何を得たか?
そう、長く付き合えるお客さんですね。
早期療育とは、自分たちが支援で関われる期間を伸ばし、他の機関、人達にお客さんを奪われないようにするための(姑息な)アイディア。
簡単に言えば、親も、子も、よく分かってないうちに唾をつけておこう、ということ。


「子どもの将来、支援がなくとも、支援が必要でもより少なく生きていけるように」が早期療育の目的であり、社会全体にとっても意義のあることなのです。
それが、自分たちのギョーカイを永らえるためしかなっていなかったとしたら…言語道断ですね。
こんなことをしていたら、社会からそっぽを向かれ、結局、自分たちの首を絞めるだけ。
まあ、そもそもギョーカイという小さな世界の尺度だけで生きている人達には、社会のニーズには応えられないか(ブ)
最初から彼らに“自立のための”早期療育は無理な話だったのです。


いま、社会の中で活き活きと生活している若者たちをみると、みなさん、早期療育を受けてこなかった人ばかりです。
というか、受けていたとしても、療育から離れていって、どっぷり浸からなかった人たち。
ですから、将来の自立に必要なのは早期療育ではないんですね(もちろん、早期からの発達&成長は必要ですよ)。
いくつになっても、発達するし、成長します!


今思うと、ギョーカイが言っていた「早期療育」の意味に気づけるかどうかが、運命の分かれ道だったような気がします。

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