2017年4月27日木曜日

確認できるところから、そこにつながっている見えない部分を視る

相談者から「モロー反射が統合できていなくて…」「呼吸が深くできないんです」「背中が固くて困ってます」と言われれば、そこまで難しくはありません。
ですが、実際は漠然とした表現で、それぞれの言葉と概念に乗せて相談者の口から発せられます。
例えば、学校内での問題として、「授業に集中できない」「宿題をやろうとしない」「クラスの子の声、音にびっくりしてしまう」「学校に行いきたがらない」「文章問題がまったくダメ」「グループ学習が難しい」などがあります。
悩みの数は、相談者の数だけあって、その表現の仕方も、見る“眼”によって異なるのです。

そんな抽象的で、主観によって表現される相談に対してどう対応するか?
支援者には、大まかに分けて3パターンがあります。

まず、どんな相談がされても、いつも言うことがだいたい同じ、という支援者。
「そのままを受け入れましょう」「無理はさせない」「周囲の理解が大事」「子どもに寄り添いましょう」「視覚化して伝えましょう」など。
こういった支援者は、相談者の言葉の前に、自分の答えが決まっています。
つまり、相談者の悩みはどうでもよくて、「頼ってもらうことが嬉しい」「過去に自分が言ってもらいたかった言葉を言うことで、自分自身を癒したい」「主義主張が決まっている」というのが、背景にありますね。
このレベルの支援者は、支援者ではなく、自分が支援を受ける立場の人。

次に、相談者の言葉に対して、そのまま返答してしまう支援者。
問題の背景は別のところにあるのに、相談者の表現のまま、噛み砕くことなく飲みこんでしまう。
そうすると、対処療法にしかならず、根本に届く支援はできません。
対処療法に、対処療法を重ねていき、結局、行き当たりばったりの支援に。
一時的に解決したように見えるけれど、時が経てば、再び問題が出てくる。
このレベルの支援者は、勉強すれば誰でもなれるくらいの人。

そして、3つ目のパターンの支援者が、本物のプロフェッショナル。
治すことができる支援者です。
言葉で表現された相談内容を、言葉以外から読み解く支援者。
現在までの育ちの歩み、発達過程、将来の姿まで、表面に出ている部分から見えないものを辿ることのできる支援者こそ、専門家であり、お金を貰って良いレベルだと思います。
また、この支援者は「人を育てる」人だといえます。

対処療法はいくらやっても、対処療法にしかなりません。
言葉に言葉で対応しても、言葉以外は変わっていきません。
問題の根っこを掴み、そこから育てなおしていくことが、時間がかかるように見えますが、一番の近道だと思います。
この仕事を続けてきて思うのですが、発達障害の人達は支援が必要な人ではなくて、育ち直しが必要な人達である、と思います。
彼らが欲しいの支援ではなく、学び直す機会であり、抜けた育ちを埋める時間ではないでしょうか。
そのためにも、本人や家族の方達には、支援者を見る目を養っていただき、また自分たちも問題の根っこを掴む努力をしていただきたいと思います。

「自分に必要な学びは何か?」
「自分の歩みの中で、足りなかった発達段階は何か?」
支援ではなく、育ちを求める人が増えることが、治る人を増やすことにつながると思います。
私自身も、見えないものが視れる職業人になれるよう学び続け、自分を厳しく育てていかなければならないと考えています。

2017年4月25日火曜日

相談は大脳皮質から発せられるけれども…

「季節の変わり目に翻弄されて…」と、「新年度が始まったから、これを機に」ということから、この時期は相談が多くなります。
で、その相談のほとんどは、大脳皮質からの相談ですね。

人間関係の悩み、仕事の悩み、不登校やひきこもり状態の悩み、自分の思考の悩み。
「〇〇ができるようになりたい」「通常学級で学び続けたい」「問題行動を無くしたい」という願い。
いずれもヒトらしい、ヒト特有の、ヒトの悩みであり、願いです。

こういったヒトの悩みに対し、人は人として悩みを解決し、人として願いを叶えようとします。
しかし、大脳皮質から発せられた相談に、大脳皮質で応えようとしても、答えは出ないことがあります。
そうです、相談の根本は、もっと奥深くに存在しているのです。
社会を切り取り、問題を切り取り、捉えるのは大脳皮質で、表現されるのも、大脳皮質を通して。
ですから、大脳皮質の問題であり、大脳皮質にアプローチすることが解決につながると自動的に思ってしまうのです。

私のところに来る相談は、そのほとんどが直接的なものではなく、紆余曲折を経てのものです。
医師や保健師、相談機関、学校に相談し、それでも結果として表れてこない、違和感を感じる。
そういった場合、いわゆるセカンドオピニオンのように、私のところにいらっしゃいます。
大脳皮質で切り取り、処理し、表現した相談に対し、大脳皮質に対するアプローチを受けてきた。
しかし、問題の根っこは、そこじゃないんですよね。

習慣を変えるのは、難しいことです。
考え方を変えることは、とても難しいことです。
他人を、社会を変えることは、限りなく難しいことです。
でも、身体を動かすことは難しくない。
今日から、この瞬間からやろうと思えば、やれます。

身体からのアプローチの素晴らしいところは、すぐに、自分一人でできること。
しかも、大脳皮質同士のやりとりでは、お互いの概念の差によって、すれ違いが起きやすいけれど、「肩甲骨を動かしましょう」「呼吸が深くできるようにしよう」「このような動きをしてみて」など、とっても具体的で、「これならできるかも」という意欲につながりやすい。

「自分のありのままを受け止めましょう」と言われても、「はぁ~、具体的にどうしたらいいのさ。いつまでやればいいのさ」ってなりませんか?
そういったアドバイスって、どんな支援者でも、機関でも、書籍や講演会でも、繰り返されてきたことですね。
自分たちで「自閉症の人は、具体的に捉える人達なんです」と言いながら、抽象的なアドバイスを繰り返す支援者たち…。
身体アプローチの方が、よっぽど具体的で、自閉っ子に分かりやすい。
ですから、私は相談の際、その根っこを掴むことに力を注ぎますし、考え方、習慣、社会を変えるよりも、本人が容易にできることを勧めています。

それにしても、「社会を変える」っていうのは、悩んでいる本人の切り取り方、認知に合わせて、他人や地域、社会を変える、ということですので、つくづくおかしな、現実離れした方法だと思いますね。

2017年4月23日日曜日

なぜ、ギョーカイは身体アプローチを好まないのか

聴覚過敏の子に対して、いまだにイヤーマフと視覚支援、精神安定剤って・・・。
これは私が学生時代から行われていた3つ。
もう15年くらい経つのに、そこから抜け出せないのはどうしてでしょうかね?

イヤーマフや耳栓って言うのは、刺激を遮断しようというもの。
視覚支援と精神科薬は、不安になると、より刺激に過敏になるから、少しでも気持ちを穏やかにしようとするもの。
いずれも対処療法であり、本人の外側に存在するものですよね。
でも、聴覚過敏は、その子の身体、内側で起きている。
だったら、治療の対象は、その子の身体に決まっています。
とってもシンプルなことであり、どうして本人の外側でごちゃごちゃしているのかって感じです。

ギョーカイ人って、外でごちゃごちゃするのは好きだけれど、「身体を育てる」みたいなアプローチを好まない傾向があるように感じます。
私が見てきたギョーカイの世界では、こんな理由が考えられますね。

◎身体へのアプローチは、本人が主体であり、自分でも、家族でも、できちゃうから。つまり、ずっと支援できないのが嫌、「僕が支援したから、あなたは成長したんだよ、キリッ」ができないのが嫌。

◎カッコいい視覚支援やグッズは作っただけで(結果が伴わなくとも)、「すごい」と思われやすい支援者にとってインスタントな自己肯定感を高める方法だが、身体アプローチは本物の“うで”がいるし、時間がかかることもあるので嫌。

◎自分の持っている免許や資格に縋っている支援者は、それがなくてもできちゃう方法が嫌。

◎そもそも自分の身体、健康に無頓着な支援者が多い。ジャンクフードが好きな支援者、偏食、運動をしない、嫌いな支援者が多い(当社調べ)。

◎逆にゴリゴリ体育会系の支援者は、トレーニングをしても同じようにできるようにならないだろうと思って諦めているから、やること自体が嫌。自分の身体とこの子の身体はまったく別もの。身体同士の認識の開きが大きい。

◎自分が専門とする療法以外の方法はやりたくない。

◎人の支援ではなく、“発達障害の人”を支援したいから、THE療育みたいな方法以外、興味ない。

まあ、まとめると、愛着障害を持っている支援者という人達にとって、外でごちゃごちゃする方が、支援をやっている感もあるし、ある意味、やっているだけで「ちゃんと支援している」と見られやすいから、他人から見える支援の方が好みなんだと思いますね(視覚支援がウケたのは、愛着障害を持つ人が多いから←暴論)。
それに身体って、みんな持っているし、一見すると、発達障害の人達も自分と同じように動かせている。
だから、敢えてそこを取り上げて、アプローチしようとは思わない、またその重要さに気づきさえしない人が多いんだと思います。

もういい加減、対処療法でどうにかしようとする時代は止めにした方が良いと思うんです。
治らない時代は、対処療法で有難がられたかもしれませんが、今は身体を育てる素晴らしい知見、実践を行っているプロフェッショナルがいて、どんどん治っていく人がいるのですから。

もういい加減、自分の専門、枠組みの中で、どうにかしようとするのは止めた方が良いと思うんです。
こういった「治す実践」が行われているのに気が付いているはずなのに、「いや、あれは違う」「もともと発達障害じゃないしー」「エビデンスがー」などと、クダラナイことを言っていないで、本人のためにより良い方法をどんどん取り入れ、実践していけば良いと思うんです。
どうもギョーカイ人というのは、障害者萌えをしている輩が多い。
「障害者しか愛せません」「THE自閉症支援がやりたいんですぅ~」みたいなのが少なくないですね。
人を支援するのが支援者のはずなのに、障害を持っている人を支援するのが支援者だと勘違いしている人が、本人が歩む“人として”の発達、成長を阻害しちゃうんですね。

目の前に聴覚障害の子がいたら、その子の身体から、内側から発せられる苦しさに目を向け、それを治してあげたいと思うのが、人を支援する支援者ではないでしょうか。
「聴覚過敏か。よしよしイヤーマフをつけさせて、スケジュールを詳しくして、はっきり見通しを持ってもらおう」と思うこと。
この違和感、ズレに気づける人は、自分の身体がしっかりしている人だと思いますね。

そーいえば、昔、某有名支援者が当地に来て講演会した次の日から、(当時)養護学校の子ども達のほとんどがイヤーマフをつけるようになったという事件(?)出来事がありましたね。
アセスメントよりも、本人のニーズよりも、某有名支援者の「欧米ではイヤーマフを・・・」の方が強かった時代。
当然、いきなり耳につけるようになった物体を子ども達は外すし、投げるし、振り回すし・・・で、学校の先生たちが困っていましたが。
でも、何よりも困ったのは、「某有名支援者が言ったんですよー」と言って、先生たちの話を聞こうとしなかった親御さんだったと教えてくれた先生がいました。
身体が賢い人は気が付いてたはず。
対処療法&某有名支援者に熱狂していた時代がまだ続いているとは思いたくないですね。

2017年4月21日金曜日

発達は子どもの権利

昨日届いた花風社さんの新刊『人間脳の根っこを育てる』を読み、考えさせられたことがあります。
それは、本人の身体、動き、発達のレベルに合わない援助も、その人の主体性を奪うことになる、ということです。

先日、私はツイッターで「発達は子どもの権利。たとえ親であっても、その権利を奪ってはならない」とつぶやきました。
悲しいことに、子どもが「重いままでいい」「治らなくてもいい」「自立しなくてもいい」などと思っているのでは?と言動から感じてしまう人がいます。
悲しいことに、本人の言動、表現ではなく、大人が何を発達させるか、何を指導、支援するかを決めてしまう人がいます。
悲しいことに、本人のニーズから方法を導くのではなく、自分が指導、支援したい方法の中のみでニーズを満たさせようとする人がいます。
このような人達と出会うたびに、上記の言葉が溢れ出てくるのです。

大人が皆、受精した瞬間から発達の道を歩み続け、大人になったのと同じように、子どもたちもまた生物として発達の道を歩み続ける。
まだ目の前にいる子は発達の途中かもしれないが、発達のヌケや遅れを持っている子かもしれないが、発達の権利は他の誰のものでもなく、その子自身が持つものです。
周囲の人間によって「発達するかどうか」「何を発達させるか」「どう発達するか」を決めるのは、その子の主体性を奪うことになります。

子どもが発達するのは当たり前。
子ども自身が、発達したいところから、させたいように発達させていけば良い、そんな風に私は思うのです。
ですから、子どもに関わる者は、年齢や学年、周囲の想い、支援の得手不得手ではなく、その子の発達段階を大切にし、そこから始めていくことが、発達という子どもの権利、子どもの主体性を大切にする援助だといえます。

仕事の依頼や相談には、本人以外のニーズが含まれます。
当然、本人の周りにいる人達の想い、願いがそこにはあります。
しかし、それはあくまで本人以外のニーズです。
依頼の連絡をくれたのは家族かもしれませんが、私の仕事は本人のニーズを満たすための援助をすること。
ですから、本人のニーズと反するものであれば、「依頼は受けられません」と断ってきました。
それは本人の発達の権利、主体性を一番に考えると、心に決めたから。

でも、それだけでは不十分。
本人の表現するニーズだけではなく、本人の身体から、動きから発せられる発達レベルを的確に受け取り、発達段階に沿った援助ができなければ、それも上記の"悲しいこと"と同じように、子どもの権利と主体性を奪うことにつながる。
そのようなことを考えるきっかけを花風社さんの新刊からいただきました。

2017年4月20日木曜日

「人間脳の根っこを育てる~進化の過程をたどる発達の近道」(花風社)を読んで

最後に特別支援くさい本を読んだのはいつだったかな。
そんな風に思うくらい何年も、購入していないし、読んでもいませんね。
でも、花風社さんの本だけは、いつも新刊を心待ちにし、何度も読み返します。
それは、花風社さんから出版される書籍が実践的であり、今日からできることであり、治す本だから。
そして、発達障害の人を育てるための本ではなく、人を育てるための本だから。


今回、出版された書籍は、栗本啓司さんの3冊目になる『人間脳の根っこを育てる~進化の過程をたどる発達の近道 』という本です。
過去の書籍同様、著者の栗本さんが長年積み重ねられてきた実践、経験、知識が詰まっていますし、こういった視点を得ることで、多くの人達が遠回りせず、発達という道へと歩を進めることができます。


ギョーカイ本の多くが、著者自身、またそれを手にしたギョーカイ人が気持ちよくなるためのものとは異なり・・・
ギョーカイ本の多くが、大したネタでもないのに、いかにも素晴らしい独自の知識、知見のように表し、しかも小出し→「詳しくは、講演会、研修会、ライセンスを取ってね」とやるのとは異なり・・・
花風社さんの浅見さん、著者の栗本さん、二人のプロフェッショナルが、本気で発達障害の人とその家族のために、本気で発達障害を治し、自立した人生を歩んでもらうために生みだされた本だと、私は読みながら感じました。


これから仕事ですが、この本から教えていただいた視点「進化と発達の過程をたどる身体育て」を意識しながら接していこうと思います。
そして、何度も読み返し、周辺にある知識も深めていくことにより、無意識で発達援助ができることを目指していきたいと思っています。
大脳皮質のみに働きかける療育と同様に、立位からの身体アプローチで、その人は良いのだろうか?
その前の発達段階、発達のヌケの部分へのアプローチ。


発達障害の人を支援したがるギョーカイ人にない視点を栗本さんが持っているのは、栗本さんが実践家であり、人を育てる仕事をしてきたから。
人を大切にする方だからこそ、受精から始まる人の発達を大事にされ、そういった視点で発達援助をされているのだと思います。
だからこそ、発達障害としてギョーカイ人が臨むように育つのではなく、栗本さんが援助されている方達は人として育っていく。
当然、みなさん、人として発達し、治っていく。
だって、人の発達をたどる援助だから。


昨年、二人目の子が生まれ、間近で進化の過程と運動の発達を見ることができています。
また上の子の通う保育園は、生物の進化、特に脊椎動物の進化の過程で必要であった運動を取り入れた保育を実践しているところなので、人間脳の根っこを育てるという意味がより良く実感できます。
日々の子育てにも通ずるところからも、発達障害のままでいることを周囲から求められる支援ではなく、発達障害の子だって、人として発達する支援の方が発達の"近道"に違いないですね。


何度も読み返し、多くの人に紹介していこうと思う本でした。
今回も、栗本さんの叡智あふれる本を世に送りだしていただいた花風社さんに感謝です。
一人でも多くの方が手に取り、読み深めていただければ、今日から変わっていける人達が増え、未来の子ども達、親御さん達の道標になると思います!



2017年4月10日月曜日

私だったら、お土産は受け取らないな~

私が医師だったら、そして診断名をつける仕事をしていたら、本人や親御さんからモノは受け取らないですね。
「どこどこに行ったときのお土産です」とか、「お世話になっているので、皆さまでどうぞ」というくらいのものでも、ゼッタイに、私なら。
だって、身体的な障害とは異なって、発達障害の診断って人の意思が入りこめる幅があるんですもん。
当然、人が行うことですから、ミスも起きるでしょう。
また本人やご家族の状況、医師の考え、思いなどが、ある種の空気感を生むこともありますよね。


「スペクトラム」ということからも分かるように、自閉症、発達障害の人がピョンと離れて存在しているわけではなく、みんなつながっているわけです。
それに発達のヌケを埋めたり、成長したりすると、どんどん症状は良くなるし、治る人も出てくる。
これは当然の話というか、自然な話。
みんな生きているんだし、脳には可塑性という特徴があるんだもん。
ある有名支援者が「良くなることはなくて、悪くなるのが一般的。だから、現状維持できているだけでも儲けものだと思いましょう」と語っていましたが、学生時代の私でも、これが営業トークか、本気で言っているかは分かりませんでしたが、「現状維持のための支援」なんて馬鹿げていると思いましたよ。


学生時代と言えば、いろんな発達検査を見させてもらいましたが、こんなに検査者の意思が入るものなら、あんまり意味がないな、と思って見ていましたね。
あるとき、「今の行動を評価してみろ」と言われるから、見たまんま評価すると、「それは厳し過ぎる」って良い評価に変えられちゃった。
あとから聞いたら、前回、検査したときと同じだと、支援の効果が疑われるからだって。
だから、大きく成長はないけれど、ちょっと成長した感じにするのがミソらしいですよ、奥さん。


また話が逸れちゃいましたけど、とにかく私なら情が入りこまないような対策をする。
「重いように書いてください」という方も方だし、「重めに書いておきましたよ」という方も方。
子どもそっちのけで、大人同士がこういったやりとりをするのは憤りを感じます。
ペン先で、一人の子の人生を変えちゃうかもしれないことをやっているのです。
それに支援サービスの量、免除や補助とも関わってくる。


数年前、「耳が聞こえない」「目が見えない」って、実際とは異なる診断書を出して、不正をはたらいていた医師と患者が捕まったのもありましたよね。
実際よりも症状が重いように書いて、行政に提出したら、これも数年前の事件と同じ話じゃないですかね~。
「児相の評価と、ドクターの評価が違うんです」と言われる親御さんは結構います。
減らしたい方と増やしたい方のせめぎ合い。
まあ、だいたいは児相の方が、本人のことを客観的に見てますね、直接モノを貰っていない分(ブ)


"イシ"によって、実際と異なる診断、評価を受けることにどのような意味があるのでしょうか。
発達のヌケを埋め、成長し、良くなったり、治ったりした子は、むりくり診断基準の中に押し込めない方が良い、と私は思いますね。
治ったのなら、治った人生を歩んでいけばいい。
それなのに周りの大人が「ねえ、治ってないよね。治ってないって言ってぇ~~~」って、子どもの可能性を奪っているようにも見えます。


意思の入った診断書より、客観的な評価の方が、本人の、親御さんの頑張りへとつながると思います。
実際、手帳の再判定で「交付対象外」とされたご家族が目の色を変えて、将来のために一生懸命頑張るってことがありますから。


意思が入る余地があるものだったら、なるべく意思が入らないような対策を取る。
それがプロという者。
患者の好き嫌いがペン先に影響を与えるから、ゴマを摺って持ち上げたり、青くしたり、お土産を渡したり、言いたいことを遠慮したり・・・、結局、子どもではなく、大人の顔を見るようにさせちゃうんですね。
これじゃあ、良くなるもんも、良くなりませんわ!

2017年4月4日火曜日

私が新社会人だった頃の思い出話

入社式のニュースを見て、「若いな~」と思った今朝。
こういう風に思った時点で、自分が年を取ったことに気が付きます。
私も12年前は、新社会人。
まあ、3月から"研修"ということで働いてはいましたけれど。


大学の卒業式の日だけは休みを貰い(?)、参加。
周りはキラキラしていたけれど、すでにいろいろ目にしていた私にとっては、4月から先生になる仲間が別世界の人達に見えました。
でも、教師を目指して入学した大学。
今日晴れて卒業し、4月から教師になる同期たちから見れば、「お前の方が別世界の人間だぞ」と思われていたことでしょう。


別世界の人間と見ていたのは、同期たちだけではありませんでしたね。
学生時代、現役の学校の先生たちと関わることが多かったので、卒業前にあいさつに行くと、当然進路を訊かれます。
「小学校に行くの?特学?それとも養護学校?赴任地は?」
それに対し「先生にはなりません。施設職員になります、しかも入所施設」と言うと、だいたいの方が絶句。
施設名を言うと、「大丈夫なの?」と心配される始末。
同じ系列の施設の中でも、飛び抜けて大変&同じ法人の職員からも「あそこだけは行きたくない」という施設でしたから。


目的と覚悟を持って赴任希望を出した施設だったので、私はこのようなリアクションがきてもなんとも思いませんでしたが、「"あんなところ"は止めた方が良い」と言われた時には、仏の私もさすがにカチンときましたね。
それは私の進路が否定されたからではありませんよ。
それを言った先生は、「あんなところ」と言った施設に、学校の子ども達を入所させていたからです。
「"あんなところ"という場所に、何人、子ども達を入所させたんだ。自分たちが対応できなくなったからって、親御さんにプレッシャーを掛けて。"あんなところ"と思うのなら、しっかり教育しろよ」


卒業後、特別支援の教師となった友人に、このときの話をすると、学校内には施設を下に見る空気がある、と教えてくれました。
まあ、これは働ていて、私自身もヒシヒシと感じることでしたので、怒りの感情は湧いてきませんでしたが、これじゃあ、「教育と福祉の連携、協働」なんてムリムリと思いましたね。
学校の中には、福祉職員のことを「教員免許がなくてできる仕事」「高卒でできる仕事」と思う人がいる。
一方で、福祉職員も(私が現場で思っていたこと)、「日頃は下に見ているくせに、自分たちでどうしようもなくなったら、あとは福祉で」と無責任に、他人の人生を投げてしまう人達と思っていました。


あるとき、幹部の人と話す機会があって、同じように上記の話をすると、「小学校から高校まで12年間も、人も、金も、普通校の子どもたちよりも多く使って教育して、結局、問題行動が治らない、施設しか行き場所がない、なんて馬鹿げた話だろ、大久保君。アメリカだったら、そんな学校は訴えられるぞ」と言っていました。
今、思いだしながら文章を書いていますが、こういう人がまだ施設にいた頃は、施設の中にも本人の視点があった、と思いますね。
本人の視点がなくなったから、支援者、経営者のための施設、福祉になった・・・。
ああ、横道に逸れちゃいましたね。


思いつくままに文章を書いてしまい、まとまりの無いものになってしまいましたが、新社会人を見て、「若い」と思った時点で、自分もおじさんの仲間入りだということと、今はどうか分かりませんが、学校の中には福祉を下に見る人もいる。
一方で、福祉の方も、「俺たちよりも、人も、金も、職員の権利も、有休も、自由もある学校なんだから、しっかりやってくれよ、可能な子は福祉が必要ない子に育てろよ、福祉以外の選択肢を作れよ」と思うことがある。
そして、12年前、私に「あんなところ」と言った先生は、今では立派な管理職になられている。
まあ、生徒のことを威圧して言うことをきかせていた先生も、晴れて管理職試験に合格されたということが新聞紙上で分かり、さすが見る目があるね、道教委さまってことが言いたかったんですね、今日は(笑)

2017年4月2日日曜日

頑張る想いを奪うのではなく、頑張る想いに応えていく


通知表に書かれた『進級おめでとうございます』という担任の先生からのメッセージ。
「〇年生になったんだよ」と言い、誇らしげな表情で、私に見せてくれました。
取り組みを始めて、半年間。
本当に頑張ったと思います、本人も、親御さんも。
私も依頼されたことに応えられ、ホッとしました。
依頼は「このまま、通常学級で勉強がしたい」というものでした。


この半年間、本人にも、親御さんにも、私が多くの要求をしました。
成長、発達の妨げになるような要因を排除してもらい、「快食、快眠、快便」と規則正しい生活習慣に努めてもらいました。
また、勉強できる脳と身体作りのために、必要な遊び、運動を意識してやってもらいましたし、勉強の体勢ができたあとは、自分で勉強する習慣作り→単独での家庭学習を目指し、取り組みをしました。
あれだけ「支援級へ」と言っていた学校も、3学期になってテストの点数が上がったことと、家庭学習のドリルとノートを見て、冒頭のような判断へとなったのだと思います。


所詮、私は週に1回の人間です。
ですから、私は1つのきっかけにすぎません。
このご家庭の場合、本人も、ご家族も、「変わるための努力をした」そのことに尽きると思います。


今日で事業を起ち上げて5年目になります。
その間、いろいろな依頼がありましたが、ハナから他人に変えてもらおうと思っている人には、未来を変える力がない、と感じます。
そのような雰囲気があった方には、「依頼を受けることはできません」と断ったこともありますし、途中で止めたこともあります。
結局、自分の未来を変えるには、自分自身で行動するしかありません。
自分を発達、成長させたいのなら、自分自身の身体を通して刺激を受け取るしかないのですから。


今日、通知表を見せてくれた本人と親御さんの表情を見ると、事業が続く限り、本人とご家族の「頑張りたい」という想いに応えていきたいと改めて思いました。
障害があることが頑張らなくて良いということにはなりませんし、診断名をつけることで他人が、その人の「頑張る」を奪ってもいけないと思います。


私は、頑張る姿を間近で見させてもらい、心が動かされることがありますし、いつも以上に一生懸命に、また実力以上の力が引き出された経験もあります。
それは私がこういった仕事をしているからではなく、人と人との間で自然と生まれるものだと思います。
人は頑張る人が好きですし、頑張る人を見ると、自分も頑張ろうと思う、それが自然な姿です。
ですから、私が頑張りたい人の"頑張る"のきっかけになれれば、その人を理解したい、応援したい人が増えることにつながりますし、ひいては自閉症、発達障害の理解が広がることにつながるのだと思います。


今日もまだ寒い一日でしたが、小さな春を見つけました。
自然な色こそ、美しいですね。
5年目も、"治す"にこだわって仕事をしていきたいと思います。
励まし、お祝いのメッセージをたくさんいただけて嬉しかったです。
日々の精進を怠らず、一人でも治る人が増えるよう私自身も頑張っていきます。


2017年3月30日木曜日

「やり切りたい」という想いを晴らす


「やり切りたい」と思っているのは、子ども達だけじゃない、親御さん達も。
私のところにいらっしゃる親御さん達からは、「我が子のためにできることをしたい」という想いの"強さ"を感じます。


この想いの強さは、「動物の本能」から出発している。
でも、その本能に何かが覆いかぶさったとき、想いがより強くなるのだと感じます。
「我が子のためにできることをしたい」という言動の背景に、やり切ることを否定された過去が見えます。


ある人は、診断と同時に「一生治りません」と。
ある人は、「この子が普通学級に行くことはありません」と。
ある人は、「頑張らせるのはかわいそうです。無理させたら二次障害になりますよ」と。
ある人は、「将来は作業所でゆっくり働き、施設で過ごすのがこの子の幸せです」と。
ある人は、「あなた達、親が亡くなったときのことを考えているんですか」と。


「私達は、お母さんの味方です」
「困ったことがあれば、何でも言ってください」
「一緒に、この子の成長と幸せのために頑張りましょう」
支援者の甘い言葉は、やり切ることを否定したあと、ささやかれます。
そして、親御さんは無意識に、彼らの敷いたレールの上に乗ってしまうのです。


敷かれたレールの上を進むのは、ラクなことです。
だから、そのまま歩み続ける人もいます。
一方で、そのレールから降りる人もいます。
降りた人は主体性と選択肢を取り戻せます。
でも、降りる際、レールの上にいた分だけの「やりきれなさ」を抱えている。


私が関わっている親御さんで、「やりきれなさ」を両手いっぱいに抱えてきた方がいます。
この方は、10年以上、ずっと敷かれたレールの上を歩いてきた人です。
子どもの成長と将来の可能性のために動きたかったという想いに蓋をして、ずっと環境調整と「理解をー」に力を注いできました。
でも、レールの上から外を見ると、治っている人達が見える。
直接、子どものために力を注いでいる親御さん達がいる。
そして、レールの先には支援者が待ち構えている終着駅がおぼろげに見えてきた。
この親御さん、お子さん(もう青年ですが)と2年ほどの付き合いになりますが、10年分の「やりきれなさ」を二人とも晴らしているような姿が見えます。


私は、本人への援助だけではなく、親御さんの持つ「やり切りたい」という想いにもできるだけ応えていきたい、と思っています。
何故なら、我が子のためにできることをやり切りたかった親御さんが、やりきれなさを抱えたままでいる姿を見ているからです。
それは、昨日、一昨日とブログに書いた道へと、お子さんを送りだされた親御さん達。
もちろん、納得して福祉の道へと送りだした親御さんもいます。
でも、私の知る親御さん達の中には、福祉の道へ送りだした今、我が子に対してやりきった感を得られていない方がいるのです、お子さんが穏やかな生活を送っているかどうかに関わらず。


ですから、今、子育てをされている親御さん達には、やりきった感を持って、将来、我が子を社会へと送りだしてもらいたいと思うのです。
我が子の成長と自立のために、本能のまま、動いてほしいのです。
診断と同時に、子どもの未来が決まることなどないのですから。
より良い未来を形作っていくのは、支援者の言葉ではなく、本人とご家族がやり切ったかどうか、だと思います。

2017年3月29日水曜日

「どうせ福祉だし」

内側から溢れ出る想いを必死に指が追いかけていた。
そんな風に綴ってできたのが、昨日のブログだった。
あっという間の出来事であり、気が付いたら『公開』のボタンを押していた。


一晩経って、その理由に気が付いた。
私は、またあの言葉を聞いてしまったのだ。
そう、この地域に充満していた言葉。
「どうせ福祉だし」


決して口から出てこない言葉。
でも、それぞれの腹の中には存在している。
「どうせ卒業後は福祉だから」
「結局、福祉のお世話になるんだから」


初めて、その言葉を聞いたのは、学生時代、養護学校の補助をしていたときだった。
ボロボロの教材。
いつも同じ活動。
逸脱や問題行動に対処しない教員たち。
「本気で、子ども達の将来を考えて授業をしているのだろうか」
学校に行くたびに思い、大学に戻るたびに、友人と話をしていた。


同じころ、ボランティアで関わっていた子が、休みのたびに当地の大きな施設へ短期入所していた。
まだ小学校に入学したばかりなのに、「高等部を卒業したら、入所施設に入るから」と、そのための練習をしていると言う。
ただの学生だった私には、小学校に入学したばかりの子の12年後の進路が、すでに決まっているかのような話ぶりに違和感があった。


あるとき、私は気が付いた。
学校に行っても、ボランティアで親御さんと会っても、講演会、勉強会に参加しても、「福祉」という言葉が出てくることを。
大学進学で、当地に来た私にとっては、また学生時代まで障害を持った人と意識して関わったことがなかった私にとっては、この地域の文化に気が付いていなかったのだ。


この地域には、古くから施設の存在が近くにあった。
それは物理的にも、心理的にも。
半世紀も前から続き、とても規模の大きい施設。
利用者だけでなく、そこで働く職員もたくさんいる。
この地域に住む人間なら、一度は見聞きしたことのある存在であり、ずっと前からこの地に根付いていた施設。


学校でも、家庭でも、講演会でも、「その施設に入れれば、一生安心」という言葉を幾度となく聞いた。
この地域に住む関係者たちの頭の中には、その施設、福祉という存在があるのだとわかった。
みんな「自立的な生活を」と口では言いながら、身体は施設の方を向いている、そんな感じがした。


大きな福祉施設があることも、必要な方達が利用することも、問題だとは思わない。
しかし、あまりにも施設の存在が大き過ぎて、また身近で、自然過ぎた結果、施設に入ることが当たり前になってしまったことに問題の発端を感じる。
同時に、その施設の元職員として、本当は必要のない人、学び、成長すれば、もっと違う選択肢があった人までも、年代に関わらずどんどん受け入れてしまったことに施設側の過ちがあると思う。


「その施設に入れば、一生安心」という営業トークと治せなかった支援者たち、そして一生懸命学校で教育を受けたり、家庭で子育てされたりしてきた若者たちが、どんどん施設へと入っていた結果が、いつしか「どうせ施設だし」という言葉を生みだしてしまったのだと思う。
この言葉は、支援者から、親御さんから、地域の人達から、熱を奪っていく。


研究の目的も担う養護学校は、普段の授業から熱を奪い、研究のための授業に、つまり己の出世のために熱を使うようになった。
家庭で起きた問題行動も、しつけと言えることも、「私が何とかしなければ」という想いから熱を奪っていった。
地域住民との間でトラブルが起きたとしても、「施設の人」ということで、同じ地域の人間だという熱を奪っていった。


結局、この地域の特別支援に勢いがあった時期は、治せない時代であり、ただ施設内で適応できるための「構造化された支援」がブームになっただけの話である。
でも、今は違う。
治せる時代になり、また福祉以外の選択肢が増えた時代である。
福祉に頼らなくても、自立できる人達、幸せになれる人達が出てきたのだ。
高等部卒業後、作業所に行って、福祉施設に入れば、万々歳という時代ではない。
それなのに当地は、未だに「どうせ施設だし」という言葉が熱を奪い続けている。


教育大の同級生たちは、私を見て、「学生時代と変わらないね」と言う。
私から見れば、学生時代、「あんな教師にはなりたくないね」と話していたあのときの教師と同じ目に、「君たちが変わったんだよ」と思う。


私は今も当地に存在している「どうせ福祉だし」という言葉と闘い続けているのかもしれない、と思った。
関わっている子ども達の通知表、地域の若者たちの進路状況に触れ、福祉に入るための教育、頑張っても、頑張らなくても、結局、みんな行くところは福祉、という現実から、きっと「どうせ福祉だし」という言葉を聞いたのだろう。
「どうせ福祉だし」は、本人から発せられる言葉ではない。

2017年3月28日火曜日

ローカル福祉施設への供給の場

特別支援教育には、こんな雰囲気がある。
小学校は、勉強。
中学校は、勉強よりも作業。
高校は、とにかく作業。
「現場実習に行って、とにかく経験を積ませるんだ」という学校の姿を見ると、そこは学校ではなく、そこは学びの場ではなく、そこは就職予備校であり、当地で言えば、福祉施設への供給の場に見えてくる。
特別支援"教育"が根本的な学びを大切にしなくて、どうするんだ。


同世代の子どもたちよりも、発達、成長の速度がゆっくりな子ども達。
もっとゆっくり時間をかけて、それこそ、定型の子ども達よりも1.5倍、2倍の時間をかけて、根本的な学び、基礎的な学びを積み重ねていけば良いのに、と私は思う。
それなのに、「18歳卒業→福祉施設」という逆算から、学んでいる途中の子がいるのにも関わらず、「はい、中学生になったから、作業学習ね」「はい、高校生になったから現場実習ね」と、彼らの持つ手から鉛筆を取り上げる、そんな感じがする。


「18歳で進路を決めなくてはならない」
というのは、ローカル福祉業界の営業戦略。
そうやって順番待ち、利用者数を確保しつつ、新しい通所施設やグループホームを作るための根拠と安心を得ているだけ。
こんなことに教育がプレッシャーを感じたり、慌ててしまったりしてはならない。
本当なら一般就労できる可能性があった子も、より自立的な生活ができた子も、18でというか、12歳くらいで、ぶちっと教育が切れてしまうもんだから、ローカル福祉業界の敷いたレールの上に乗ってしまうのだ。


通所施設とグループホームは、別々のようで実際には分かれてはいないことが多い。
「一般就労しつつ、グループホームを利用したい」というニーズには応えていないのが現状(ローカルの場合)。
だいたい通所施設を利用している人の中から、新しいグループホームの利用者を集め、優先させる。
自分のところの通所施設を利用していない"外部"からの受け入れは、待機者名簿の最後方へ。
「(外部から)入りたければ、多額の寄付金を」というのも一般的な話。


今月は、当地の進路状況の話を聞いたり、通知表を見せてもらう機会が多かった。
「高校卒業後、すぐに福祉施設に入るための教育?」
「作業をするための学校?」
毎年のことだが、そんな"?"が浮かぶ1ヶ月だった。


私は、知的障害を持つ子にも基礎となる学力を身に付けさせてもらいたいと思う。
また特別支援教育全体として、もっと「人を育てる」ことを大切にしてもらいたいと願う。
作業学習をいくら積み重ねても、作業所で働く力は身につくかもしれないが、人としての成長と発達にはつながらないこともある。
とにかく学校は、本来の教育を行ってほしい。
今のように、学校がローカル福祉施設への供給の場になっているように見えてしまうのが、私は悲しい。

2017年3月22日水曜日

本来の成長の流れに戻るための支援

仕事とは面白いもので、一人、私の支援が必要なくなると、二人、新規利用の問い合わせがくる。
で、私が誰も卒業させられていない間は、新規利用の方がこない…。
私の支援がいらなくなった人が、知り合いなど、新しい人を紹介して連れてこられることは皆無なので、本当に不思議なものです。
お客さんを増やすことが目的ではありませんが、「誰かが見ている」という"眼”を感じながら、支援がいらなくなる支援のために、私の仕事に励んでいます。


私の仕事は「支援が必要なくなる支援を行う」というものですから、新規で利用される方にはその旨を伝えています。
「私はずっと支援するつもりもありませんし、支援し続けることもできません」と最初にお話しします。
大切なことは、自ら成長できる段階までいくことです。
それを私は、「その子の本来の成長の流れに戻った」と表現しています。


他の支援者と話したことがないのでわかりませんが、初対面のとき、私はその子の状態、発達段階の他に、「本来の(成長の)流れってどんな感じだろう?」と見ます。
発達の遅れやヌケ、症状や過去の学習の影響で、本来の成長、発達の流れに乗っていけないから支援が必要なのだと捉えています。
そこには大前提として、「どんな人の内側にも、成長、発達させる力を持っている」という信念があります。
「もし本来の流れに乗ったままだと、今頃はこんな姿かな。中学生、高校生、大人の頃ははこんな姿かな」と空想します。


「何かができるようになる」「問題、課題が解決する」というのは、私が考える支援の目的ではありません。
あくまで、それらは成長の流れに乗るための前段階の行為。
本来の流れに戻りさえすれば、あとは本人が治し、本人が成長させていくのです。
ですから、流れに乗る前までが私の仕事になります。


支援に携わっていると、ある瞬間、「流れに戻ったな」と感じることがあります。
それは初対面のときに見えたその子の本来の成長の流れです。
そして、本人と親御さんに「そろそろ卒業のときがきましたね」とお話をします。


これも面白い話で、「卒業」の話を切りだすと、本人は「わかりました」ですとか、「私もそう思っていました」ですとか、「もう大丈夫です」と言います。
一方で、親御さんの方が「もうですか」「もう少し」などと言われます。
こういった姿を見るたびに、子ども自身は、自分の状態と自分の成長の流れがわかっているのだと感じます。
なので、やっぱり私の役割は、「その前まで」だなと思うのです。


「卒業があるから新たな出会いがある」
そんなことを仕事をしながらも感じています。
そして「卒業させられるから私の仕事が続く」という誰かの"眼”を感じながら春の気配を感じる今日この頃です。

2017年3月14日火曜日

支援者の描く自閉症像に寄っていく子

これは私の感覚のお話です。


「THE自閉症支援みたいな支援を幼少期から受けている子が、どんどんTHE自閉症っぽくなるようになる」
そんな風に感じることがあります。


確かに自閉症の器質があり、その特性も出ているけれど、その子には自然な雰囲気があった。
でも、THE自閉症支援を受けてるうちに、その子自身がTHE自閉症に近づいていくような感じがあります。


THE自閉症支援も、経験の少ない、発展途上の、白いキャンパスを持つ子どもにとっては、重みのある刺激であり、重圧感のある環境です。
そういった刺激と環境の中で過ごせば過ごすほど、脳は与えられた場所でより良く適応しようと形作り始めます。
自閉症の特性を持つ脳が、THE自閉症へと歩み始める瞬間です。


THE自閉症へと歩み始めた脳は、THE自閉症支援の中で動きが出てきます。
しかし、その一方で、その子から自然な雰囲気が失われていきます、勢いが失われてきます。
コミュニケーションカードが上手に使えるようになると、自然な会話から遠ざかっていくのが、その典型です。
「衝立の中は落ち着くが、居心地が悪い」
「スケジュールがあると安心できるが、生活が窮屈だ」
子どもの中には、このような違和感を感じる子もいます。


THE自閉症支援は、提供する側にその"不自然さ”の認識がないと、THE自閉症支援に酔うという現象が起きます。
THE自閉症支援を提供する→THE自閉症支援に適応する→ますますTHE自閉症支援を提供する・・・。
専門家ではなく、支援マニアになっていく人は、このスパイラルにハマった人間です。
子ども自体がTHE自閉症に適応していっている姿を「自分の支援がうまくいっている」と勘違いするのです。
そして、知ってか知らずか、その子を自立から遠ざけていきます。


THE自閉症支援に適応した子どもは、成長するにつれてTHE自閉症支援を求めるようになります。
それが成人の場合、社会という自然な環境の中で過ごすことの方に違和感を感じるようになるのです。
「支援を受ければ受ける程、自立できない、就職できない」という現実と無縁とは言えないでしょう。


「自閉症として成長したいのではなく、一人の人間として成長したい」
「特別支援が社会に適応できる子ではなく、特別支援適応の子を作っている」
理想と現実です。


自然な雰囲気を持つ自閉っ子には、自然な援助を行い、不自然な雰囲気を持つ自閉っ子には、まず不自然さからの脱却を目指します。
THE自閉症支援を止めた途端、発達が自然で伸びやかになった子も少なくありません。
適応支援と発達援助の違いです。


私がお会いする子の中には、支援者の描く自閉症像に寄っていく子がいるように感じます。

2017年3月13日月曜日

湧き出る想いは「成長の出発地点」

その子から湧き出てくる想いが、成長のきっかけになる。
私はそう思って、子ども達と関わっている。


ある子は、「勉強がわかるようになりたい」と言った。
医師も、担任も、支援者も、みんながみんな「それは無理だ」と言ったが、私は掴んだ成長の端っこを離す気はなかった。


私は勉強できる身体作りと、勉強する習慣作りをお手伝いした。
あれから半年。
この子は、勉強の準備ができた身体で、毎日、コツコツと家庭学習を続けている。
100点の答案はもう少し先になりそうだが、それでも訪問するたびに、嬉しそうに答案を見せてくれる。


「勉強がわかるようになりたい」という湧き出る想いが満たされていくと、成長が枝分かれしていくように感じた。
「はい」か「いいえ」、単語だけのやりとりだったのが、自然な会話ができるようになった。
周囲の子と喧嘩ばかりしていたのに、毎日、一緒に遊ぶ約束をするような友だちができた。
家でお手伝いをするようになり、夜は自ら布団に入るようになった。


子どもはときに、湧き出る想いを表現することがある。
それを聞いて「何故?」「急に?」「難しいんじゃない?」と、頭が反応する。
でも、そこには字面からは読み取れない表現が重なりあっている。


子どもというのは、何をすれば、自分が成長、発達できるか、を知っている。
一見すると、突拍子なく、現実離れしているように感じることでも、その子にとっては、それが答えなのだ。
子ども自体も頭では分かっていないかもしれないが、その子の身体がそう言わせている、ということもある。


子ども達の湧き出る想いを両手で掬うことができているだろうか。
湧き出る想いは、成長の出発地点を教えてくれる。

2017年3月1日水曜日

万年野党(ブ)

スキャンダルや問題が起きると、俄然やる気を出す。
自分が攻撃されない立場で、ただ批判を続けているときが一番輝いて見える人たち。
それが万年野党の証ともいえますね。
自分たちが与党になった姿を想像させられない人達には、社会からの支持を集めることができません。


ギョーカイ人の言動、振る舞いを見ていると、「自分たちが与党である」と思っているのかな、と感じます。
確かにギョーカイ内では与党かもしれません。
でも、社会から見たら、あなたたちは正真正銘の万年野党なのです。


「社会の理解ガー」と言っているときというのは、彼らが輝いている瞬間でもあります。
社会を敵に見たて、「私達は、自閉症とその親御さんのために闘っている!」「社会という敵から、理解を手に入れるんだ!」という自分たちの姿に酔いしれているのです。


いつも思うのですが、「社会の理解ガー」という人達、もし社会が理解しちゃったらどうするのでしょうかね?
国民のほとんどが、自閉症、発達障害について知識をもっている。
街で、職場で、学校で、彼らを見かければ、「あ~、自閉症ね」「あ~、ADHDね」って、すぐにわかっちゃう時代が来たら…。
そんな時代がくれば、真っ先にいらなくなるのが「社会の理解ガー」と言っている人達ですよね。
だって、「私達だって自閉症、発達障害については知ってるよ。だから、専門家だったら、改善しろよ、治せよ」ってなるに決まっているからです。


そんな声が聞こえてくれば、スキャンダルがなくなったときの万年野党のように、一気に輝きを失います。
「ほら、社会は理解したよ、自閉症、発達障害について知識を持ったよ。次は、あなた達の力が試されるのですよ」
そうやって、ただ文句を言って酔いしれていればよかったときとは異なり、ぽんっと政権を渡されると、あたふたするのが目に見えています。
「社会の理解ガー」という声以外に、彼らに武器は持っていないのだから。
破れかぶれで、政権をとっても、次は「合理的配慮ガー」と声を上げ始めるかもしれませんね(ブ)


社会に子ども達を送りだす仕事をしている人間が、社会を敵に見立てて主張している時点で、完全にアウトだと思いますね。
そもそも社会を敵にしないと、自分たちが輝けない、価値が見えない、という時点で終わってます。
腕や実力がない人間が、何かを敵に見たてて存在意義を感じよう、自己責任から目を背けよう、とするのは、どんな世界でもよくあることです。
社会が理解したあとは、それこそ、今以上に腕と実力が問われる時代になるのです。
とにかく「理解ガー」と言っていれば良いだけの時代ではなくなるのです。


ギョーカイは完全に“終わり”という道へ歩み始めているのだと思います。
本来なら、腕の良い治す支援者が、少数精鋭でいればよかった。
でも、おのれの愛着障害故に、人を集め、組織を作り…そこには、腕の悪い支援者、人のためと言いつつ自分のために支援者をやろうとする人間まで集めてしまった。
そういった仲間を養うために、治す方向ではなく、「理解ガー」とやってきてしまった。


彼らが求めるように、社会が理解してしまったら、もう理解のための支援者は用済みになる。
そして、社会からの声、「治せない支援者は去れ」ということになり、ギョーカイはTHE END。
またそれとは別に、社会から「理解はいいから、まず治せよ」と言われてしまえば、おまんまの食い扶持が確保できずに、ジリ貧になり、ギョーカイはTHE END。
結末は一緒ですね。
違うのは、一気に潰れるか、じわじわと潰れるかの違いだけ。


あなた達が求めている社会、「自閉症、発達障害に理解がある社会」が本当にやってきても、ギョーカイのあなた達は大丈夫なの?
でも、もしかしたら、「自閉症、発達障害に理解がある社会」が来ないことを知ってて、「社会の理解ガー」ってやってるのかな?
もしかしたら、どっかの万年野党みたいに、パフォーマンスでやっているんじゃない?


正直なところ、私が「社会の理解ガー」を支持しないのは、また嫌悪感を懐くのは、彼らがパフォーマンスで「社会の理解ガー」とやっているように見えるから。
本気で、社会が理解すれば、自閉症、発達障害の人達が幸せになる、と思って行動しているのなら、まだ愛しがいのある人達だと思う。
でも、自分たちの宣伝と生きながらえるために、自閉症、発達障害の人達を使っているとしたら、それこそ真のバカ、救いようのないバカだと私は思うのです。

2017年2月24日金曜日

偽りの代弁者と真の代弁者

7年間という限られた月日ではあったが、寝食を共にし、親以上に長い時間を彼らと過ごした。
ほぼ毎日のように彼らと顔を合わせ、一緒に過ごしたが、一度たりとも彼らの口からこの言葉を聞くことはなかった。
「社会を変えて欲しい」


私がいた施設は、知的障害の重い人が多く、明確な言葉を発せられない人も少なくなかった。
だから当然、認知の面でも、言葉の面でも、「社会を変えて欲しい」という人がいなかった、とも言える。
でも、例え、重度の知的障害を持とうとも、強度行動障害があったとしても、明確な音声言語を持たなかったとしても、彼らの望みの中には、「社会を変えて欲しい」という想いがあったようには感じなかった。


彼らは、明確な意思表示をしなくとも、支援者に「一人でできるようにしてほしい」「わかりやすく伝えて欲しい」「行動障害を治してほしい」「少しでもラクになりたい」と日々、伝えてきていた。
重度の知的障害がある子も、一日中、支援者の手を借りて生活することは望んでいなかった。
できることなら、自分一人の力でできるようになりたい、という想いを持っていた。


強度行動障害の子も、好き好んで頭を床に打ち付けているのではなかった。
好き好んで、固執しているのではなく、やむにやまれぬ事情により固執し続けていた。
彼らの希望は、止められるのなら自傷も、他害も、固執も、大量の精神科薬も、やめたかったし、自分の生活は自分の力で行えるようになりたかった。
そして、穏やかな気持ちと身体で夜の眠りにつきたい、というものだった。


社会を本気で変えようとすれば、人の一生をかけても成し得ないものである。
「私の人生は辛かったけれど、社会が少しでも良くなったなら良かった」と言う子がいるだろうか。
そして、それを喜び、望む親がいるだろうか。
どの子も、社会が変わるために生まれてきたのではない。
自分の人生を輝かせるために、そして自分の資質をより良い社会へと活かすために生まれてきたのである。


「社会を変える」という主張を聞くたびに思う。
それは本人たちの言葉ではない、と。
「社会を変える」と言うのは、いつもきまって…
仕事の範囲を増やしたい人間
自分の中に“受け入れられた感”を持たずにきてしまった人間
自分自身に原因があることに気づけない、気づこうとしない、認めたくない人間
本当の意図が想像できずに鵜呑みにしてしまっている人間
ばかりである。


ギョーカイは自分たちを当事者の“代弁者”だと位置づけ、社会に変わることを求める。
だが、一部の高機能の当事者と、その多くが嫌々啓発活動に参加しているという親御さんの声だけを取り上げることが、当事者の代弁者と呼べるのだろうか!?


はっきり言おう。
私が施設で共に生活していた重い知的障害を持った彼らも、今、関わらせてもらっている彼らも、「社会を変えて欲しい」などとは言っていない。
彼らが求めるのは、少しでもラクになること、自分でできることを増やしたいこと、問題や課題は治したいことである。


真の当事者の代弁者と言えるのは、「社会を変えて欲しい」と言う人間ではなく、「成長したい」「治したい」という人のことを指すのだと私は思う。


1つ前のブログに頂いたコメントから浮かんできた文章です。
以前、ギョーカイ型啓発活動に参加されていた方からの貴重な体験談と、親御さん達へのメッセージです。
是非、お読みください。

2017年2月21日火曜日

不自然さからの開放

10年前だって、20年前だって、治る方法が分かっていれば、親御さん達は、そちらの方へとエネルギーを注いでいたと思います。
ただ知らなかったから、支援グッズを作ったり、地域を変えようとしたりしていただけでしょう。
どう考えても、我が子が苦しんでいたら、我が子にできないことがあったら、それをどうにかしたいと思うのが、自然な感情です。
それは動物を見れば、わかります。


動物は、我が子が苦しめば、寄り添い、その痛みを和らげようと行動します。
動物は、我が子にできないことがあれば、特に生きる上で必要な力は、何度も何度も教えようとします。
どちらも学習ではなく、内側から湧き出てくる行動、つまり本能がそういった行動に駆り立てるのでしょう。


支援グッズを作るのも、地域を変えようとするのも、人間特有の行動です。
本来なら、子どもがより良く変わるために動きたかった内なるエネルギーを、知識によって、専門家という社会的権威によってストップをかけていた状態、それが10年前、20年前の多くの親御さん達だったような気がします。
だから、不自然に見える親御さんが多かったのでしょう。


不自然と言えば、「社会を変える」「地域を変える」というのも、不自然な行動です。
何故なら、人間以外の動物は、環境を変えることをしないから。
動物は、環境を変えるのではなく、適応することを選択します。


「自閉症の人のために環境を変える」というのもそうですが、誰かを中心に周囲の環境を変えようとするのは、そもそも無理があります。
永遠に環境を変え続けることは不可能ですし、たった一人で生きているのならまだしも、周囲には、地域には、社会には自分以外の人が大勢いるのです。
また、どう考えても、周囲を変えるよりも、自分が変わった方が早いですし、効率的です。
動物(ヒトも含む)は、環境を変えるという選択は取りませんでした。
動物は、環境に適応することによって、長らく生き延び、繁栄を続けたのです。


私は、特別支援の世界に入っておよそ20年のときが流れています。
この20年間、不自然さと異様さを多く感じてきました。
その一つ、親御さんに付きまとっていた不自然さと異様さは、人間脳を知識と専門家でいっぱいにし、その下の脳の部位を抑え付けていた表れだったように思います。


動物としての本能(脳)は、苦しむ我が子の側に寄り添いたかった、その苦しみを和らげるために行動したかった。
このままでは、自立して生きていくことが難しいと感ずれば、どうしても生きる術を身につけさせたかった。
環境を変えるよりも、本人を変えることによって、生きていく環境の中で適応できるようにしたかった。


「治る」というのは、まだ信じられていないこともあるし、知られていないこともある。
しかし、この「治る」をその目で見て、感じることができれば、知識と専門家で留めていたストッパーが外れ、人間脳よりも深い部位が共鳴し、動き始めると思います。
一度解放された本能(脳)は、誰も止めることができません。
それが動物としての自然な生き方であり、生き延び、繁栄するための戦略だから。


3つ続けて、ブログで過去を振り返ってみました。
振り返って思うことは、どの時代の、どの親御さんも、我が子のために一生懸命だったのは変わりがないこと。
ただ「治らない自閉症」が前提だったから、支援グッズと地域を変えるという方向へエネルギーを注いでしまっていた。
そして、そのエネルギーを注ぐ方向が不自然だったために、「本人をより良く変える、発達&成長させる」という本質的な部分から遠ざかってしまっていた。
しかし、「治らない自閉症」という前提が変わった今、多くの親御さん達が本能(脳)のまま、我が子のために行動できるようになると思っています。
ですから、「子ども達の未来はきっと良くなる」「その子ども達が、地域、社会をより良いものへと発展させてくれる」という明るい気持ちで私はいます。


そんな私にできることは、「治る」をその目で見て、感じてもらうこと。
頭でっかちになった親御さんには、本能(脳)を呼び起こすためのお手伝い。
まっさらな親御さんには、本能(脳)を開放し、伸び伸びと子育てをしてもらうお手伝い。
それに、ギョーカイが行う親御さんへの不自然さの要求をぶっ潰していくこともやっていかねばならないですね、子ども達、親御さん、そして社会のために。

2017年2月20日月曜日

「治らない」という前提が変わったんだから、エネルギーを注ぐ方向も変えるべきじゃないの!?

「そういえば、どの子もたくさん支援グッズを持ち歩いていたね」
前回のブログで登場した親御さんと“治す”について話していたときに出てきた言葉です。


「今は治る時代になってきたんだね。あの当時は、お医者さんも、先生も、支援者さんも、みんな“治らない”って言っていたから、どの親御さんも必死で支援グッズを作っていたよね」


そうです、そうでした~。
あの当時は、自閉症は治らない障害でした。
3つ組はもちろんのこと、感覚過敏や睡眠障害は治らないというか、それがあるから「自閉症なんだ」と言われていましたね。


治らない障害だから…
「周りが支え、頑張るんだ!」
「歩けない子の車いすのような視覚支援を作るんだ!」
「自閉症の人が生きやすくなるような社会、バリアフリー化が必要なんだ!」
そうそうこんなことが声高々に叫ばれていた時代があったっけ。


不治の病的な立ち位置に置かれていた自閉症。
そんな中でも、「治るもんなら、治したい」という自然な感情を持っていた親御さん達はいましたね。
だからこそ、本当なら治すために使いたかったエネルギーを当地なら“視覚的構造化”という方へと注いでいたのでしょう。
じゃらじゃらとズボンから下がっていたCOMカード、事細かく示されていた一日のスケジュール。
「あんなに下げていたら、活動に支障が出るよね」ってくらい持ち歩いていた支援グッズは、行き場のないエネルギーの象徴だったように思えます。


今、思い返せば、異様な“熱”が当地を包んでいたように感じます。
本気でノースカロライナのような地域を目指していた“熱”。
治らない自閉症の人達が生きやすくなるには、地域自体を変えるべきだという方向へとエネルギーが進んでいた。
「どのお店にも、COMカードが置いてあったらいいよね」
「自閉症の人が働きやすいように、どの職場でも、スケジュールとカムダウンエリアは必須よね」
「聾の人の手話通訳のように、自閉症通訳者を公共施設に配置しよう」
・・・(苦笑い)


治らない自閉症のために、私たちができること。
それは「十分な支援グッズを用意することだ」「地域を変えることだ」
そんな親御さんの想いと、自分たちの繁栄のために自閉症支援を広める必要のあったローカルギョーカイが手を組んだ。
そうです、治らない自閉症だったときは、親御さんも、支援者も、それで良かったのです。


しかし、時代は変わりました。
治る時代、治す時代に変わったのです。
“治らない”という前提があったから、せっせと支援グッズを作り、夢のまた夢みたいな自閉症を中心とした地域づくりにエネルギーを注いできた。
でも、“治る”自閉症になった今、注ぐべきエネルギーの方向性は、目の前の子を治すこと。


風の噂では、未だに「視覚支援」と「自閉症の人が生きやすい地域づくり」に熱量を上げている人達がいるそうです。
そういった人達が、みんながみんな、「自閉症は治らない」と信じているようには思えませんね。
たぶん、今までに注いできた熱量を思うと、なかなか進路変更ができない人がいるのでしょう。
たぶん、ギョーカイとどっぷり手を組んじゃって、抜けられなくなっている人がいるのでしょう。
たぶん、子どもが変わることよりも、子どものために頑張っている自分に酔ってしまっている人がいるのでしょう。
たぶん、治らない自閉症のままの方が、自分以外のところに“責任”を追いやることができてラクだと思う人がいるのでしょう。


治らない時代って、ある意味、どの人も支援グッズを頑張って作れば良かったし、夢は大きければ大きい方が良い、ただ夢を追いかけていれば「素晴らしい!」という時代でした。
でも、治る時代って、「治る人」と「治らない人」、「治せる人」と「治せない人」が出てきます。
つまり、結果が見える時代です。


結果が見える時代は、厳しい時代。
本人にとっても、親御さんにとっても、支援者にとっても。
それでも、「自閉症の人が生きやすい地域、社会を作る」という幻想を追いかけるのではなく、その人が成長でき、自立でき、幸せになれる道を追及する今の方が、より良い人生と、結果的により良い社会へとつながっていくのだと思います。
「治らない」という前提が変わったのですから、エネルギーを注ぐ方向も変わらないといけませんね。

2017年2月16日木曜日

「治す」という言葉を気にいってくれた親御さん


昨晩、久方ぶりにある親御さんとお会いしていきました。
「就職できるように頑張りたい」というお話があり、数年前まで関わらせてもらった方でした。
就職したときは、パートで「週20時間まで」という契約でしたが、そのあと、本人の頑張りが認められ、社員さんに登用されたそうです。
今は、しっかり週40時間、きちんと社会保険も、手当ても、有休もあり、その企業の一員として働いているとのことでした。
この若者は、あまりお金に執着がない方で、お小遣いも「いらない」というような人でしたが、「私が頑張って働くことで、税金を納められ、誰かの役に立てる」ということが意欲へとつながっているそうです。


就職して以来、本人とはお会いしていなかったので、この数年間の出来事を一気に話してくださいました。
そして、話は子ども時代へと遡っていきました。
保育園では、言葉を発することができず、いつも教室の片隅で固まっていたこと。
偏食がひどく、ほとんど食べられるものがなかったこと。
衣類へのこだわりがあり、いつも同じ服ばかり着ていたこと。
変化に弱く、新学期がくるたびに寝込んでいたこと。
小学校に上がっても、同級生との違いが大きくなるばかりで、「一生、この子の面倒を見続けないといけない」と夫婦で話していたこと・・・。
だからこそ、今の我が子の姿に感謝の気持ちでいっぱいになるし、「あのとき、諦めなくて良かった」と、しみじみと語られていました。


この親御さんは、いち早くギョーカイの支援が本人の成長と自立へとつながらないことを察し、ご自分で「働ける大人」になるために必要だと思うことをお子さんに教えてきた方でした。
ちょうどこの子が小学生くらいは、当地の視覚支援がイケイケドンドンの時期でしたが、そんなことには目もくれず、週40時間働ける身体作り、教科学習、「これからの時代はパソコンが使えた方が就職に有利」と言ってパソコンの勉強、自立のために料理、洗濯、掃除、買い物の勉強をやってこられました。
教え方も、周りがみんなSSTに、PECSに、構造化でしたが、ただ一緒に根気強く教え続けただけというもの。
でも、親御さんのこの粘り強く、我が子の未来を想う姿勢が、この子の未来を変えたのだと思います。
「就職してから一度も休まず働いている」と言ったときの親御さんの笑顔には、「自分たちが信じてきた道は間違っていなかった」という思いがにじみ出ていたように感じました。


話の後半で、「大久保さんは、今、どんな仕事をしているの?」と訊かれました。
「今、治すための仕事をしています」と言うと、驚いた反応を見せたあと、「“治す”って良い言葉だね」って言っていました。
そして「私の時代も、“治す”という言葉が普通に使われて、治すための支援が欲しかった」と。


そんな親御さんの反応を見て、私は次のようなことを話しました。
「〇〇さんも、子どもの頃、たくさんこだわりもあったし、変化のたびにパニックになってましたよね。偏食だってひどかったし、身体に触れられるのもダメだった。でも、今の〇〇さんにこういった症状がありますか?ないですよね。これって“治った”と言ってもいいんじゃないですかね。治ったから、いろんなことが勉強できるようになったし、身についたし、今、こうして社員として働けれているんじゃないですかね」
この話を聞いて、親御さんは「〇〇(我が子)も治ったんですよね。本当にうれしい」と喜ばれていました。


この子は、幼少期、典型的な自閉症といわれていました。
でも、小学校、中学校、高校へと進む中で、いつしか「グレーの子」と呼ばれるようになった。
そして、今は社員の一人として、毎日、仕事をしている。
労働時間も、給料も、社会保険も、有休も、ほかの社員さんと一緒。
今は誰も、「典型的な自閉症」「グレーの子」とは言わない。
スタッフも、お客さんも、「◯◯さん」と言います。
これって治ったってことでしょ。


昨晩は別れ際に、「大久保さん、これからもたくさん治してね」と言われました。
この親御さんは、「治る」という言葉が気にいったようです。
そして、この親御さんは、言葉こそなけれども、我が子が幼かった頃から、ずっと治したかったし、治すために行動されていた方だと感じました。
この親御さんのように、明るく、そして自然に「治す」という言葉が出る未来にしたい、と思いを強くしたひと時でした。

2017年2月15日水曜日

「理解」という言葉はクセモノ

「理解」という言葉は、相当なクセモノだと思っています。
ぱっと見て、ぱっと聞いて、悪い印象は受けません。
むしろ「理解することは良いことだ」という思いが湧いてくることもあります。
だから、すぅーっと心の中に入ってこようとします。


「理解しよう」と言われると、なんとなく「理解しなくていいじゃん」と言いにくいのが、この言葉の特徴でもあります。
「理解」という言葉には、『正しく知る』という意味がありますので、知らないよりは知ってた方が良い、という生きるための知恵が否定を拒ませます。


しかし、「理解しよう」を「理解して」という言葉に変えると、この言葉のもう一つの顔が出てきます。
そうです、「理解」という言葉には、「察してね」という意味もあるのです。
『他人の気持ちや立場を察する』
ですから「理解して」と言えば、私の気持ち、立場、状況を察して、となります。


自閉症、発達障害について『正しく知る』というのは、私も賛成です。
知ることによって、身近な存在に気がついたり、より良い方法へとつながるきっかけになったりするかもしれませんので。
同じ社会で生きる人達のことを知らないよりは、知っていた方が良いに決まっています。
ですが、もう一つの側面、「察してね」という意味では同意しかねます。


普通の生活をしていれば、あまり使わない「理解」という言葉ですが、ギョーカイ語かなって思うくらい特別支援の世界ではよく出てきます。
診断を受ければ、「家族の理解、周囲の理解が大切です」と言われます。
学校に行けば、先生の理解、同級生の理解となり、社会に出れば、職場の理解、社会の理解が「大切だ~」となります。
しかし、「自閉症は治りません」と言うその同じ口から出てくる「理解」という言葉からは、正しく知ることを謳っているようには聞こえないのです。
どうしても、「自閉症は治らないのだから、察しなさいよ、察してよ」と言っているようにしか聞こえません。


「社会の理解ガー」という言葉を聞くたびに懐く嫌悪感は、一見良いことを言ってそうで、実は「察してよ」と言っている点です。
「自閉症は治らないし、我々も治す気がないから(治っちゃったら仕事なくなっちゃうし)、社会の皆さん、察してください、大目に見てください、譲ってください、予算をください」という方が、まだ潔くて良いですね。
当事者の人の中にも「理解ガー」と言う方もいますが、「(自閉症について)正しく知ってください」というよりも、「(うまくいかない自分を)察してください」と言っているように聞こえっちゃう人もいます。
これでは、多くの人達から賛同を得ることは難しいといえます。


最後に、その人の言う「理解」が、「正しく知る」or「察して」のどちらかを見抜く方法をお教えします。
まず相手がギョーカイ人だったら、99.99999%「察して」という意味です(笑)
これ以外の見抜き方は、「理解」を求められたら拒否してみてください。
そこでその人が怒りださなければ、「正しく知る」ですし、怒りだせば「察して」という意味で間違いありません。
理解したあと、理解した人がどう自閉症の人と関わるかは、理解した人が決めることです。
理解したあと、積極的に関わろうとするのも、関わるのを避けようとするのも、理解した人が決めるのです。
つまり、「理解しない」という選択に対し、ネガティブな反応を示すということは、そこに「察してほしい」「察するべきだ」という思いがあるから。


「理解」という言葉は、クセモノです。
なんとなく正しいことをしているような気がしてしまうから。
なので、私は本人の前でも、保護者の方の前でも、「理解」という言葉は使わないようにしています。

2017年2月14日火曜日

社会が理解しなければ、生きやすくならない!?

函館マラソンのエントリーが完了し、本格的に走る練習を開始しなければ、という気持ちになります。
例年の6割程度の積雪量だった函館は、歩道の雪もだいぶなくなりました。
雪解けの音が聞こえてくると、「走りたい」という気持ちが高まってきます。


雪が解けて聞こえてくるものと言えば、「社会が理解すれば、生きやすくなる!」という言葉ですね。
なんせ年に1度のお祭りですので、ここぞとばかりに自分たちの主張を訴えます。
今くらいがちょうど楽しい時期ではないでしょうか。
学祭でも、本番までの準備が楽しくて、一番の思い出になったりしますから。
当日は、関係者ばかりで、反省会のテーマは、「外部からの参加者をどう増やすか?」
で、「宣伝の仕方を改善しよう」「積極的に協賛者を集めよう」と意見がまとまり、「来年に向けて動き出そう」となるのが、お決まりのパターン。


「社会が理解すれば、生きやすくなる!」という主張を聞けば、多くの人は瞬時に「これは一部の団体のセールストーク」だと気が付くことができます。
まあ、そこまで思わなくても、違和感は感じるはず。
「社会が理解すれば、生きやすくなる」というのをひっくり返すと、「社会が理解しなければ、生きやすくならない」となります。
「えっ、自閉症って社会の誤解や偏見で苦しんでいる人達なの??」
「近頃で言うと、LGBTみたいな感じ~??」
いやいや、自閉症は脳の機能障害だし、発達障害は発達の遅れやヌケがある人達。
ひっくり返して矛盾があるということは、論理的な主張ではなく、主張のための主張ということ。


社会の理解と本人たちの“生きやすさ”が相関関係にないことは、治っている人達を見てきた人間にとっては当たり前で、みんなが知っていることです。
自立した生活が送れるのも、しっかり働けるのも、愛着障害が治るのも、感覚過敏が良くなるのも、社会が理解したからではなく、本人が成長し、発達し、治したから。
今よりも、障害に対する偏見も、誤解もあった時代でも、自立した人はいたし、治った人もいた。
そうこうしている間にも、今、同じ社会の中で、自立する人がいて、治る人がいる。
だからね、しょーもないセールストークしてないで治せよ、というか腐っても支援者だったら、本人たちのプラスになることやりなよ、今、生きやすくなることをしなよ、と思うのです。


雪解けとともに聞こえてくる「社会が理解すれば、生きやすくなる!」という言葉。
「社会が理解してくれなくても、生きやすい人、生きやすくなる人はいる」という事実の前では、むなしいセールストークにしか聞こえません。
だから、社会の人達の心に届かないのです。
真実の言葉は、ひっくり返しても、人の心に届く言葉。
一方通行の言葉ではなく、双方向の言葉、循環する言葉です。


ギョーカイの言葉が社会に届かないのは、ギョーカイからの言葉がいつも一方通行だから。
社会の言葉を聞いていないのです。
社会の声は、自立できる人、働ける人を育て、問題を起こす人は治せ、というもの。
「社会が理解すれば、生きやすくなる!」というのは、自閉症、発達障害の人達ではなくて、我々(ギョーカイ)が主語になっている。
社会の理解という言葉を盾に、講演会、研修会を開いて儲かるのは支援者、合理的配慮、早期療育を受け入れさせ、それで儲けるのも支援者。
自分たちが支援できる機会、入りこめる機会を得たいがための主張はいけません。
だから、いつまで経っても啓発イベントにはならず、関係者が行う関係者のためのお祭り、言うならば、青い学祭(ブ)


始まる前に言ってしまって申し訳ないのですが、関係者しか集まらないのは宣伝の仕方が悪いからではありませんよ。
ましてや予算が少ないから、でもありません。
ボランティアの数が足りないから、でもありません。
そもそもの主張「社会が理解すれば、生きやすくなる!」がギョーカイからの一方通行だから、社会の人達は耳を貸さないのです。
そして、治った人達を見てきた人間、治そうと支援している人間は、青い学祭から距離を置くのです。
ということで、今年も私は目の前の人が少しでも生きやすくなるために、目の前の人の成長と発達のために時間を使おうと思います。

2017年2月7日火曜日

ヒトという土台を養う機会

近所の公園で、工事が行われていた。
そこにあった大きなジャングルジムは、丸太と木の板の山になっていた。


昨年も、近所の別の公園で工事が行われた。
子ども達の遊んだ記憶がたくさん刻まれた遊具たちは、色鮮やかな遊具へと変わっていた。


新しい遊具を見ると、そこには子どもの発達を意識した仕掛けが施されていた。
現在を生きる子ども達に必要な栄養素が計算されている。


役目を終えた遊具たちのように、新しい遊具も“今”の子ども達の発達に寄り添っていくだろう。
しかし、子ども達の本能を満たすことができないと思う。
何故なら、とにかく安全なのだ。


どんどん高い場所へ登っていく。
高いところから飛び降りる。
不安定な場所を駆け上る。
こういった子どもの衝動を満たすための遊具は、どんどん消えていく。


安全な遊具で遊ぶ子は、遊具での動きを身に付ける。
正しい遊具での遊び方、身体の動かし方を学んでいるように感じる。


子ども時代に発達させたいのは、ヒトとしての身のこなし方。
そのために、子どもの内側から溢れ出る欲求を満たす動きが求められる。


子ども達の周りから、ヒトに還る機会、ヒトとして育つ機会が失われていく。
幼いときから、人でいるように求められる子ども達は、どのように発達、成長していくのだろう。


ヒトとしての土台を養う機会をどう作っていくか?
大人が真剣に考えていく必要がある。

2017年2月6日月曜日

胎内と誕生後で、2度進化の過程を辿る

「きみは、お母さんのおなかの中で、こんな風に泳いでいたんだね」
そんなことを言いながら、息子と一緒にお風呂に入る。
ついこないだまで、お母さんの胎内で泳いでいた息子。
今はお風呂の時間に、胎児に還る。


お風呂の中で脱力し、プカプカと身体を浮かばせる。
かと思えば、両手、両足を激しく動かす、身体をクネクネ曲げる。
きっと胎内で、こんな風に外に出るための準備をしていたのだろう。


胎内で過ごした十月十日は準備の期間。
その準備は、進化の過程を辿りながら行われる。
受精卵という細胞の段階から、魚類、爬虫類、哺乳類、ヒトと歩んでいく10か月。
そして、ヒトの状態で産まれ、文化、環境の中で人になっていくのが人間。


私もかつては胎内で過ごした一人。
だから、胎内での10か月を想像してみる。
受精卵の私は、プカプカと母親の胎内で漂っていたのだろう、上も、下も、前も、後もない世界で。
幾度となく、細胞分裂を繰り返していく中で、徐々に上下がわかり、回転を獲得。
回転やねじりが、背骨を動かすことへとつながり、魚類の段階へと進む。
魚類のように背骨で泳ぎの練習。
そうしているうちに、手足という末端ができてくる。
手足が動くようになれば、それを同時に動かして移動の練習、爬虫類のように。
そして、同時に動かしていた手足が、それぞれで動かせるようになり哺乳類の段階へ。
哺乳類の段階までくれば、あとは胎内の外へ出る練習を繰り返し、誕生の日を待つ。


誕生後も、進化の過程をもう一度繰り返すように感じる。
寝がえりは、魚類のようで、ずりばいは、爬虫類のよう。
はいはいは、哺乳類で、よちよち歩きは、ヒトのようだ。
胎内で細胞から魚類、爬虫類、哺乳類、ヒトという過程を辿って準備する。
そして、また誕生後も同じ進化の過程を辿る。


ということは、誕生後の進化の過程を見れば、胎内でどのように過ごしたかがわかるかもしれない。
また誕生後の進化の過程で不具合があれば、「胎内でのやり残し」というイメージで子どもを包み込み、「胎内の分と誕生後の分」と言って2つ分療育すると、発達の課題はクリアできるかもしれない。
「胎内と誕生後、2度、進化の過程を辿る」
最後に浮かんできた言葉は、これだった。

2017年1月28日土曜日

タバコの気配

私はタバコを吸わない。
だから、少しの匂いでタバコの存在に気が付く。


施設で働いていた頃だった。
帰省から戻ってきた子どもからタバコの気配を感じると、すぐに着替えてもらい、その日の入浴はいつも以上に気を使った。
私の個人的な嫌悪感からではなく、「この子をこのままの状態にしていては良くない」という感覚的な行動だった。


ご家庭に訪問したとき、子どもの目の前で、プカプカとタバコを吸っている親御さんに驚いたことがある。
20歳までタバコは吸えないようになっているのだから、子どもの近くでは吸わない方が良いのは明らか。
お子さんの発達について心配している一方で、その子の目の前でタバコを吸っている。
だから私は「お子さんの前ではタバコを吸わないようにしてください」と伝えた。
「なんで、そんなことも言われなきゃならないんだ」と顔には書いてあったが、「わかりました」と返事があった。


子どもは、昨日できなかったことが今日できたり、教わったことがすぐにできたりする。
これは急激に脳が変化している表れ。
ということは、未熟であり、未完成であり、未発達の脳の持ち主なのだ。
子どもの脳は、良い刺激だけではなく、悪い刺激にも影響を受けやすい。
だから私は、子どもの発達に悪影響を及ぼしかねないことは指摘させてもらっている、タバコ以外にも。


脳の機能不全の背景には、発達の遅れ、ヌケだけではなく、脳への悪影響、ダメージという場合も少なくない、と感じている。
子どもの脳から「〇〇をやめてって伝えて」という声が見えることもある。

2017年1月27日金曜日

「支援級へ」が雑過ぎ

この頃、支援学級への勧め方が雑になったような印象を受けます。
もうちょっと昔は、自分のクラスで頑張らせようとする先生も多かったし、塾や家庭教師、家庭学習などを勧めて、学校以外の機会で学力の遅れを取り戻させようとしていた気が…。
でも、近頃は、ちょっと学力で遅れが見られたら「支援級へ」となるし、授業中、フラフラや友だちとのトラブル、学校を休みがちも、全部「支援級へ」。


意地悪な見方をすれば、「多様な学び、ニーズ」という文言を利用して、ただ学級の人数を減らしたいだけじゃない、と思っちゃいますね。
「とにかく支援を受けましょう」という意味ではギョーカイの啓発活動は目的を達成してる。
だからこそ、学校のみなさん、「負けるなよ」「騙されるなよ」「教育をやれよ」「福祉になるなよ」と言いたいですよ。


事業名に「塾」という文字が入っていたり、事業の形態が家庭教師なので、「支援級を勧められました…」「通常学級で学ばせたいです」という依頼がコンスタントにきます。
私の個人的な意見としては、きちんと学力が身につくなら通常級でも、支援級でも、良いと思っています。
でも、実際にお子さんとお会いすると、通常級で学んでいった方が良いと思う子ばかりです。
だって、その子自身のニーズとして個別対応、個別支援が浮かんでこないから。


昨年、LDという診断を受けた子どもさんの相談がありました。
確かに、授業にはついていけてないし、テストの点数もよろしくない。
読むのも苦手だし、書くのも苦手。
でも、テストの答案に書いてあった「なまえ」の文字を見ると、きれいな文字で書かれていたんですね。
これって書くのが難しいんじゃなくて、書く練習が足りないだけじゃない。
そこから毎日、書く練習をしてもらいました。
同じように教科書や本の音読も。
そしたら、ちゃんと書けるようになったし、読めるようになった。
テストの点数も上がったので、それ以降、支援級の話はなくなったし、私の支援も終了です。


私が助言したことは、何も特別な内容ではありません。
字が書けないから、毎日、書く練習をした。
読むのが苦手だから、毎日、音読をした。
ただそれだけ、当たり前のこと。
それを診断基準を満たすからって「LD」とつけた医師も雑だし、「LDなら通常級は無理」と考えた教師も雑。
書く練習をしたけれども、それでも文字が書けない。
読む練習をしたけれども、それでも読むことができない。
いろんな個別な対応、工夫をしたけれども、やっぱりできない。
そこで、「もしかしたら、文字をきちんと捉えられていないかも」などと機能的な問題を疑う。
というのが、自然だと思いますが。


ギョーカイの啓発は、「支援を受けましょう」ばかり。
でも、強調するのは、もっと本質的な部分だと思うのです。
支援が必要な人と、そうではない人の違いこそ、社会に広く伝えるべきことでしょう。
そうしないから、医師も、支援者も、学校も、支援を利用することばかりに目がいってしまう。
さっきのLD(と診断を受けた)の子、お母さんが違和感を感じなければ、主体性がなかったら、そのままLDとして歩んでいったんです。
支援級に行って、本人のニーズとは異なった教育を受けていた可能性があったのです。
まだ子どもとは言え、一人の人間の人生を左右しかねない事象をみんな雑に扱い過ぎ(怒)


今までの経験から、勉強&練習不足以外にも次のような理由が考えられます。
乱れた生活習慣。
睡眠不足。
偏った食事。
テレビやDVDの観過ぎ。
長時間のパソコン、ゲーム、スマホ。
夫婦の不和。
落ち着かない家庭環境。
いじめ。
運動不足。
身体、動きの未発達、ヌケ。
たばこ。


学習に遅れ、集中力の低下、落ち着きの無さ、衝動的な行動などは、脳と関係していること。
脳を育む段階の子どもたちなら、良い影響だけでなく、悪い影響も受け取りやすいのです。
それくらいデリケートな脳をもつ子ども達。
①「子どもに悪影響を及ぼしていることはないだろうか?」と考え、それを絶つこと。
②「遅れを取り戻す方法、成長できる方法はないだろうか?」と考え、その方法を実践すること。
③そして、それでも課題が解決しないのなら、その子の機能的な問題に意識を向けていけば良いのだと思います。
①②をすっ飛ばすのは、雑な仕事だといわれても仕方がありません。


このブログに書いたことは、専門的な内容ではなく、自然に思い浮かぶ内容です。
ギョーカイの啓発のせいで、学校と親御さんが惑わされているだけです。
私が訪問し、偉そうに言うべき内容でも、お金を頂いてやる内容でもありません。
勉強に遅れが見えるのなら、勉強する。
一般的な勉強の仕方で成果が出ないのなら、その子に合わせて工夫する。
子どもに悪影響を及ぼすことは避け、より良く育つ環境を整える。
勉強ができる段階、準備ができていないのなら、その部分を補い、育てる。
「特別支援」という言葉が生まれる前から、親子の間で、学校と生徒の間で、自然にやっていたこと。
人工甘味料みたいなギョーカイの言葉に慣れてはいけません。

2017年1月19日木曜日

「腕を磨く」という意味の違い

「腕を磨く」という言葉から、「新しい技術を身に付ける」「身に付けた技術を向上させる」という風に連想する人が多い…ということに改めて考えてみて、気がつきました。
私は今までもっぱら「腕を磨く」=「視点を増やす」だと思って、支援者という道を歩いてきました。
だって、支援者は自分ではなくて、他人を支援する者だから。


技術は自分に属するものであり、視点は他人に属するものです。
技術が増えれば増える程、自分がより良く見られます。
視点が増えれば増える程、他人がより良く見られます。
いくら技術を持っていたとしても、他人のために活かせなければ、それはただの所有物にすぎません。
でも、視点が増えれば、その人を深く、立体的に捉えることができ、必要な援助の創造へとつながっていきます。


私は研修でも、専門書でも、そこから教わることが具体的になればなるほど、鬱陶しく感じ、自らボヤッと捉えるよう距離をおこうとします。
具体的な手順や方法などは、実際に人と対峙するときに邪魔になるのです。
同じ発達障害でも同じ人間はいないわけで、しかも、その瞬間瞬間で臨機応変な対応が求められる仕事です。
ですから、より具体的な方法が頭に残るということは、無意識に頭の中の方法へと引っ張られてしまう危険性が出てしまいます。
必要なのは、その方法のエッセンスであり、視点です。
エッセンス、視点を自分の中に取り入れることができれば、あとはその人に合わせて援助していくだけなのですから。


物と対峙する仕事の人間は、「腕を磨く」というのは、己の技術を高めること。
それがよい仕事へとつながるから。
しかし、支援者というのは、他人を支援する仕事なので、その他人のことを第一に考えなくてはなりません。
そのためには、その他人を知ること。
ですから、支援者の言う「腕を磨く」は、他人、もっと言えば、人を知るための視点を増やす営みのことを指すのだと私は思うのです。

2017年1月18日水曜日

アセスメントシートが生まれる意味

以前、アセスメントシートを作ったことがあります。
自閉症の特性とか、コミュニケーションとか、遊びとか…。
いろんな文献、研修資料から引っ張りだしてきて、自分たちの組織で使いやすいように、とアセスメントシートをせっせと作った覚えがあります。


アセスメントシートというのは、2つの側面があると思うんです。
それは「視点」と「均質」。
視点については、私の場合は親御さんを意識し、「こんな視点でお子さんを見てみてください」「私達は、こんな部分に注目して支援しています」と分かりやすく伝えることに重きを置いていました。


均質については、なんせ離職率の高い職場でしたので、どんな職員でもある程度はできるように、という目的がありました。
「最低限、ここくらいは見てくださいな」という思いと、外に対して「ちゃんと支援しているよ」と見せかけることが目的でした。
同じシートを使って、どの利用者さんも同じようにアセスメントしていたら、なんとなくやっているように見えますよね、実態はともかく。


本当にセンスがあって、良い支援者というのは、アセスメントシートなんていりません。
有名どころの療法では、必ずと言っていいほど、正式なアセスメントシートがありますが、それは下手くそでもアセスメントできたように感じさせるためのもの。
だって、アセスメントこそ、その人のセンスが問われる部分はないのですから。
そんな支援の入り口のところで、「この療法は、私には無理」と思われたら、その療法を学んでもらえないでしょ、使ってもらえないでしょ、資格取ってもらえないでしょ。


そもそもシートに書き出せるくらいで、アセスメントが終わるはずがありませんね。
生身の人間ですよ。
今、目の前にいるその人を構成しているのは、受精からの歩みであり、環境であり、学習です。
常に揺らぎ、変化が生じ、一瞬として同じ状態のない存在なのですから、いくら事細かく項目があったとしても、そのすべてを網羅することはできませんし、一瞬を切り取ったときから、すでに違う存在になっているのです。


「先行条件」が云々かんぬんっていうのもありますが、それくらい単純化しないと支援ができないという意味であり、ハードルを低く設定して多くの人に使ってほしいという意図が見えますね。
アセスメントシートは、アセスメントを単純化させ、普通の人を支援者にするためのアイディアです。
本来の意味の支援につながるようなアセスメントとはかけ離れたもの。
決してセンスのある支援者のためのものではありませんね。
ナントカ療法を教える側の人間は、いちいちアセスメントシートに書き込みません。
だって、シートができる前から、的確なアセスメントができ、良い支援ができたセンスのある人なのですから。


近頃、つくづく支援というのは、感覚が大事だと思います。
目の前で、その人と対峙した瞬間、その瞬間を的確に切り取れるというか、嗅ぎ分けられるような感覚。
頭で「コミュニケーションのレベルが」とか、「集中のレベルが」とか、「体調が」とか、「過去の経験が」とかやっていたら、支援まで進んでいきませんし、そうこうしているうちに別の存在に変化していますね。
それにその時々で、アセスメント項目の重み、意味合いは違ってきますし。
センスがある支援者とは、その瞬間瞬間を嗅ぎ分けらる感覚の持ち主であり、そこから過去からの物語、未来への物語が描ける人のことだと思います。


「この人、すごいな」と思う支援者って、いちいちアセスメントシートに書き込んで支援するような人ではないでしょ。
アセスメントシートに書いている瞬間、頭の中で考えている瞬間、その人は別の人へと変わっている。
だから、感覚的に掴むことと、過去~現在~未来の物語を描けることが的確な支援へとつながっていきます。
アセスメントシートに真面目に書き込んでいる支援者というのは、そもそも支援者に向いていないのです(ブ)

2017年1月13日金曜日

専門知識を増やすことに突き進んできた結果

ある支援者がこんなことを言っていました。
「この地域には勉強熱心な親御さんが多い。だから、親御さんが知っていることで、支援者が知らないということはあってはならない」と。


この発言を聞いて、みなさんなら、どのように感じるでしょうか?
自分が支援者という立場でしたら、「そうだよな。親御さんに尋ねられたとき、わかりません、とは言えないよな。当然、プロだったら、親御さんよりも専門知識が多くなければいけない」と思われるかもしれません。
自分が保護者という立場でしたら、「仕事としてやっている人間が、親よりも知らないなんてことはあり得ない。たくさん勉強して、専門家として頼れる支援者であって欲しい」と思われるかもしれません。


私は、と申しますと、この一言につきますね。
「くだらねー」
この支援者は、ビジネスの支援者であり、治せない支援者だとすぐに分かりましたね。
こんなくだらないことを堂々と言える姿から、この地域の問題が浮かび上がってきます。
この地域は、時間が止まったままです。
それは、この発言が表すように、支援者も、親御さん達も、誤った方向へと努力を続けてきてしまった結果だと言えるでしょう。


親御さんが知っていることを支援者が知らなくても、どーってことはありません。
そりゃあ、「自閉症って何ですか?」「発達障害って何ですか?」というようなレベルは問題ですよ。
でも、ナントカ療法のナントカっていう名称とか、方法とか、知らなくても問題ないでしょ、きちんと本人の課題をクリアし、成長を後押しし、治せれば。
親御さんと知識量比べをして、何の意味があるのでしょうか。


専門知識が増えれば増える程、良い支援ができるのなら、こんな簡単な商売はありません。
だって、とにかく勉強して、とにかく資格を取っちゃえばよいのですから。
でも、実際はそうではありませんね。
生身の人と対峙するのですから、感覚的な部分が重要になってきます。
また知識でなんとかしようとするのは、発達障害を根本的から理解していない証拠でもあります。
人間脳より深い部位と、生まれたあとだけではなく、生まれる前の物語が重要なのですから。


支援者とは腕がすべてであり、結果で評価されるものです。
腕を磨く過程で、専門知識が増えていくのは自然ですが、専門知識を増やすことが腕を上げることだと捉えているのはナンセンス。
こういったナンセンスな支援者たちが、ナンセンスな価値観を親御さん達に与え、結局、「知識は増えましたけど、子どもは変わりません」になるのです。
横文字&専門用語をたくさん知った親御さん達を増やして、どうするの?って感じです。
大事なのは、発達や成長を促すためのエッセンスであって、専門知識ではないんです。


この地域では、「よく勉強している先生」が良い支援者であり、「よく勉強している親御さん」が良い親御さんということらしいです。
いつの時代のお話ですかって感じですね。
こういう単純な思考が、時を止めている原因。
専門知識がなくても、子どもにポジティブな変化があったら、それで良いのです。


「親との協働」と高々に掲げながらも、「親御さんより知識がなくては」なんて考えている時点で矛盾していますね。
子どもを中心に、お互いが持つエッセンスを出し合い、より良い変化を起こすのが協働ではないか、と私は考えています。

2017年1月12日木曜日

相談の文面から伝わってくる美しさ

地元では人気のない私ですが(笑)、ほかの地域に住んでいる方から相談のメールや電話を頂くことがあります。
「ホームページを見て」ですとか、「ブログ、いつも読んでます」とか、そういったネットを通じて私のことを知ってくださった方達がほとんどです。
事業開始当初、「この地域で相談業務はやるんじゃね~」という横やりが入りましたので、表だって相談支援はしていませんが、ご縁があって連絡をくださった方達ですので、直接支援をしている方達と同じように全力で応えさせていただいています。
まあ、実際は「相談くらいでお金とるんじゃないよ」という想いがありますし、やはり直接関わること、そして本人にポジティブな変化が起きることが、この事業の中心ですので、それ以外でお金を頂くことは考えていませんでした。


相談にお応えしたあと、後日、「息子がこうなりました」「娘が成長しました」というような報告を頂くことがあります。
大変ありがたいことですし、日本のどこかに成長できた子どもさんと、それを喜ぶ親御さんがいることを感じられるので、うれしく思います。
それで、いつも「大久保さんのお蔭で」なんてことを言われますが、私にはそのような能力はないのです。


実は最近、ご相談のメール等がよく来るのです。
別に「迷惑だ」とか、「やめてほしい」とか言いたいわけではないんですね。
ただネタバレをしておいた方が良いのかな、って思って綴っているのです。


私が思うに、私に連絡をとった時点で、ほとんど課題は解決している、といえます。
何故なら、会ったこともない人間に、そして良く分からない怪しい事業をやっている人間に、飛び込みで直接連絡をとっているのです。
しかも、そのほとんどの内容が、大切な我が子に関することです。
知らない人に対する怖さ、不安と、少なからず相談することの恥ずかしさもあるのだと思います。
でも、それを乗り越えて、「我が子がより良くなるために」と、連絡をとる。
こういった強くてまっすぐな想いのある人のお子さんが、課題を乗り越えられないはずはないですし、成長できないはずもないのです。
ですから、私に相談したから、課題が解決したのではなく、親御さん自身が子どもさんの今と未来に真剣に向き合い、行動を起こしたから、課題が解決したのだと思います。


表現は適切ではないかもしれませんが、“しつこい”くらい連絡がくる方もいます。
でも、その“しつこさ”は嫌いじゃないですし、美しくも感じるときがあるのです。
だって、そうじゃないですか、しつこいというのは、それだけ我が子のことを想っているとも言えませんか。


「無料だから」「何か得られたら儲けもん」という卑しさや、「これ以上、訊くと迷惑になるかも」という遠慮は、電話口からも、メールの文面からも伝わってきます。
そして、それらは人間の部分がやっていること。
しかし、美しさを醸し出すしつこさの中には、もっと動物的な、野性的なヒトの姿を感じるのです。
「我が子を何が何でも自立させてみせる」
「我が子を何が何でも守ってみせる」
というような本能が突き動かしている姿が見えたとき、私の人間でない部分が共鳴するのだと思っています。


ブログの文面からもお分かりのように、迷惑なときは「迷惑」と言いますし、卑しさを感じる人からの相談はすぐに打ち切ります。
同じように失礼な人に対しても。
でも、そういった人はほとんどいなく、私も心から応じたいと思う方達ばかりです。
電話を掛けた時点で、メールを打って送信した時点で、子どもさんはすでに前へと歩き始めているはずです。


最後に、私がいつも「相談業務はインチキだ」という意味をお分かりいただけたでしょうか。
つまり、一部のカリスマを除いては、相談者の課題を解決するのは、相談機関の人間じゃないんですね。


相談機関の人間が、どんなアドバイスをしようとも、結果を大きく左右させることはありません。
他者からのアドバイスを聞いて、そのまま鵜呑みにして行動しちゃう人は、例えたまたまうまくいったとしても、すぐに別の課題にぶつかり、再び困ってしまいます。
そして、またアドバイスを貰いに…というような人は、そもそも課題を解決するのが無理な話。
反対に、他者からアドバイスを訊いても、自分の頭で考え、再構築し、良いエッセンスだけを抜き取れるような力を持つ人は、相談機関の人間云々に関わらず、課題を解決できます。
ですから、我が子の課題を解決するのも、より良い成長に繋げるのも、親御さん自身にかかっているのです。


時折、「相談業務やってます、エッヘン」「多くの相談者の課題を解決しています、エッヘン」という支援者がいますが、それは営業トークですし、ほとんどの相談機関の人間には占い程度の効果しかありません。
結局、占いと一緒で、相談者が何を得て、何を考え、どう行動するか、が未来を決めることなんです。

2017年1月5日木曜日

計画通りに舵が切られた「放課後等デイサービス」

私が学生の頃は、重宝されていました。
障害を持った子ども達の、また成人した人達の余暇活動支援においてです。
15年くらい前は、学校が終わると、ほとんどの子ども達が家で過ごしていました。
当然、働きに出ているお母さんは少なく、朝、学校に送りだしたら、子どもが帰ってくるまでに家事を済ませ、そこから寝るまでは付きっ切り、という家庭が多かったのです。


当時は、今のような放課後デイはなかったので、私達のサークルには依頼の電話がたくさんかかってきていて、学生ボランティアを集めても、集めても、足りないくらいでした。
私自身も、たくさん掛け持ちをし、4年生の頃には、月~日まで誰かしらのお宅に訪問し、家で過ごしたり、外出したりしていました。
交通費のみ、という面も大きかったかもしれませんが、1時間でも、2時間でも、一緒に過ごさせてもらうだけで、親御さん達からいつも感謝の言葉を頂いていました。
夕方に差し掛かったりすると、「夕ご飯、一緒に食べてって」と言われることも多く、学生の身としては温かい家庭料理を頂けることも、親御さん達からの有難いお返しの1つになっていました。


私が福祉施設で働き出して数年が経った頃から、児童デイができ始め、ここ数年で雨後の筍のように当地にも出現するようになりました。
学生時代の経験から、当時の親御さん達が望んでいたサービスがようやくできた、という思いで、喜んだというよりは、ほっとした気持ちになったことを覚えています。
それと同時に、「1日1万円」という事実にひっかかりを持ちました。
これは、10年くらいかけて数を増やす作戦だなって。


制度を作る人達は、いわゆるエリートと呼ばれるような人達です。
いくら10年前と言っても、超高齢化社会になることも、福祉予算がどんどん膨れ上がることも、国の制度もこのままでは立ち行かなくなることも、当然、理解していたはずです。
それなのに、出てきた制度は「1日1万円」
平日なら数時間ですし、休みの日でも8時間くらいなものです。
1日5名の利用があっただけで、5万円。
それが1ヶ月になると、5万×6日×4週で120万。
で、単純計算で年間1,440万円。
事業者からしたら、場所と人さえ確保できれば、十分利益が計算できる制度になっています。


地方でしたら、一軒家を借りても、そこまで経費はかかりませんし、職が少なく、無資格でも十分な給料を貰えるなんていったら、おいしい商売です。
事業者にとっては、大盤振る舞いの制度。
でも、社会は右肩上がりではないし、しかも、児童デイは国民全体が利用するサービスではない。
ということは、資源のない今は、とにかく種を撒き、たくさん芽を出すことが、ねらい。
でも、その芽が出たあと、しっかり種を撒く量をコントロールし、余分な栄養をとってしまう芽は摘んでしまおう、というところまで青写真はできていたのだと思います。
そして、とうとう摘み取りの時期がやってきたのです。


昨日、厚生労働省から放課後児童デイの運営に対する厳格化の方針が発表されました。
利益優先の事業者、ほとんどケアをしていない事業者、「覚悟しておけよ」という通知のようにもみえますね。
そもそも放課後児童デイは、障害のある子ども達のための制度。
事業者を儲けさせるための制度ではありませんね。
子ども達の学びや成長の機会を提供すると同時に、子ども達の将来を意識した制度です。
当然、制度を作った方からしたら、また社会のニーズとしても、より意義のある時間を過ごしてもらうことによって、将来の納税者、もしくはより支援を必要としない自立した大人になってほしい、という目的があります。
時々、勘違いされている方がいますが、お母さん方に働きに出てもらうための制度ではないのですね。
それは、働きに出ることで納めている税金の額と「1日1万円」を見比べれば、わかります。


昨日のニュースを見て、2017年はまさに時代が変わる分岐点だと思います。
4月から厳格化されていき、今まで以上に厳しい目で事業者の姿勢、力量、また利用している子ども達の成長が見られることでしょう。
不正を行っている事業所から、当然芽が摘まれていき、ある程度摘み取られたあとは、質の悪い事業所に手が伸びていくはずです。
10年かけて種を撒いてきたので、10年かけて芽を摘む作業が行われていくはずです。
そうなると、保護者の方の目も厳しくなっていくと思われます、支援の質と効果に。
「何が何でも児童デイ」「お金かかんないから児童デイ」とはならないはずです。
事業所の数も減ってきますし、より良い支援が行えない事業所以外は生き残れなくなるからです。


私は、今回の方針を歓迎しています。
それは改めて「子ども達が中心である制度」であること、「子ども達の将来の可能性を広げるための制度」だと表明されたからです。
その作用として、親御さん達の意識がさらに我が子の育ちと将来へと変わること、事業者のサービスの質が上がることを期待しています。
児童デイを利用する方は、今以上に、積極的に支援の内容と質、効果に注目し、子どもさんの未来のために活用しながら、主体的に成長へと繋げていってもらいたいです。
今頃、部屋に鍵を閉めて好きなように遊ばせていた事業所、構造化された支援と言いながら、狭い衝立の中で、ひたすらビデオを見せ続けていた事業所、「疲れていたから」と言って、ずっと寝かせていた事業所は、正月ボケから一気に目が覚めたはずです。

2017年1月4日水曜日

より良い社会を遺すのは、私達大人の「義」である

大晦日、被害妄想を膨らまし、ツイッター上で言いがかりをつけてきた人がいました。
私が「児童デイに1回1万円の税金が使われている」という情報をツイートしたことに対してです。
そのツイートを見て、脊髄反射を起こし、ありえない恐怖感を膨らましたのでしょう。
世の中に安心感を持てずに生き続けてきた姿が、やりとりの中から見えるようでした。


この人物の妄想と暴言は、ひどいものでした。
ですから、転載はしません。
ご覧になりたい方は、私のツイートを辿って頂ければ、と思います。


この人物の過去のツイートには、「役所で怒鳴り散らし、我が子の支援決定を取り付けた」というようなことが記されていました。
このツイートを見たとき、次のような連想をしました。


「役所で暴れ、支援決定を得た自分」
「私の児童デイ1回1万円のツイート」
「脊髄反射、自分が責められている」
「抑圧された生活」
「上下関係」
「上から押しつけられてきた人生」
「意思決定させてもらえなかった幼少期」
「頭ごなしに指示されることへの反発、抵抗」


そして、昨日、私は「役所で怒鳴り散らし、我が子の支援決定を取り付けた」ということに対し、以下のようなツイートをしました。


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こういう人間がいることも知ってほしい。
高齢者が増えたから、社会に理解がないから、必要な子ども、家庭に支援が届かない?
予算も、資源も、増えてきている。
でも、それに群り、たかる事業所と同じように、こういう親がいるのだ。


この1枠があれば、学び、成長できた子どもがいたかもしれない。
この1枠があれば、働きに出られた親御さんがいるかもしれない。
この1枠があれば、救われた家庭があったかもしれない。
障害児を持つ親だから何をしても良いのか?
福祉課の職員の前で怒鳴り散らしても良いのか?


こういう人間がいるから、本当に必要な人に支援が届かない。
こういう人間がいるから、「障害児の親ってメンドクサイよね」「関わりたくないよね」って思ってしまう人が出てしまう。
こういう人間がいるから、福祉資源を有効活用し、より良い我が子の未来を願う親御さんの足を引っ張るのだ。

どこの誰かわからない人間がどうなろうとも知ったことではない。
思春期の息子だったら顔写真を載せられることも、しかもそのツイート上で「高齢者はいなくなれ」というように呟いていることも耐えがたいと思うし、(明らかに)人権侵害。
被害妄想でいいがかりをつけてきたことに私怨を晴らしているわけでもない。

ただ知ってもらいたいと思って行っている。
私が(1月)1日にツイートしたものが、拡散して頂いた方達のおかげで、2000以上の目に触れている。
その2000の目でしっかり事実を見て、考えて欲しい。
これは障害者福祉に限ったことではないと思う。

私のツイートを見て、どう感じるのか、どう自分が行動しようとするのか。
この人間の周りは、死んだふりの人間ばかりである。
じゃあ、自分だったら?
同じように死んだふりをする?
児童デイを使っている人も、「当たり前」「金かかんないし」ではなく、もっと子どものために、と思えるのではないか?

子どもの未来のために、どんどん資源は活用してもらいたいし、もっと枠が増え、本当に必要な人が安心して使えるような社会になってほしいと思う。
でも、このままでは続かないのは目に見えている。
高齢者の方達と同じような状況に、近い将来なる。
そんなとき、一番辛い思いをするのは弱い立場の人。

もともと「利用しても、しなくてもよいや」「福祉課で暴れて、貰えたら儲けもんだ」というような人は、困らないのだ。
一番困るのは、本当に福祉の手が必要な人であり、それに支えられることで生活している人達。
そういう人たちが苦しむような社会、未来にならないために、自分はどう行動するのか?

K市役所障害福祉課の方には頑張って頂きたい。
「この家庭には必要がない」と判断したのだ。
もっと他に必要な家庭がある、と思ったはずなのだ。
いくら怒鳴られても負けてはいけない。
必要な家庭に支援を渡すのが、彼らの義を通すことなのだから。

一人ひとりが己の「義」を貫き通すことが、より良い社会を子ども達に遺すことになるのではないか。
子ども達の発達、成長に関わっている人間は、特に「義」を大切にできる人であって欲しい。
私達が子ども達を送りだそうとしているのは、社会である。
自分だけ良ければいい、という小さな世界ではない。

将来の社会を作っていくのは子ども達である。
その子ども達の育ちに関わる人間が、不義の人であってはならない。
見て見ぬふりをするような人であってはならない。
卑怯なまねをし、己だけの利を欲する人であってはならない。
「義を見てせざるは勇無きなり」
より良い社会を遺すのは、私達大人の義である。

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2017年1月1日日曜日

より良い社会を目指す方たちと共に

何年ぶりでしょうか、というくらい久しぶりに函館で新年を迎えました。
今朝は雲がかかっていて、綺麗に初日の出とは言えませんでしたが、雪もほとんどなく、穏やかな元旦でした。
妻が用意してくれたおせちをいただき、神社へ参拝。
昨年の感謝と、今年も温かく見守っていただけるよう手を合わせてまいりました。
大切な家族と一緒に新しい年を迎えられたこと。
この“とき”に感謝し、「有難い」と思った気持ちを大切に、今年一年も過ごしていきたいと思っています。


今日から新たな1年が始まりますが、1年というのはあっという間だと思います。
そして、あっという間の1年が積み重なっていくのが、人の一生。
小さいときから、私は「人の一生は短いな」と思っていました。
ときに、高齢になった自分の姿を想像し、「人生、あっという間だったな」と言うんだろうな、と思うことがありました。
その気持ちは、今も持ち続けています。


高校の野球部の監督が、「俺の人生の最後は、野球をやっていて良かったと思って死にたい」と話してくれることがありました。
だから、お前たちにも野球をやって良かったと思ってほしい、というのです。
その言葉は、今でも私の心の中に熱を持って生き続けています。


私は、この仕事をして良かったと思って最期のときを迎えられるのだろうか?
親から、ご先祖様から、数えくれない人達から受け継いだこの命をちゃんと使うことができているのだろうか?
一瞬一瞬を大切に、後悔なく、信念に向かって進むことができているのだろうか?
自分自身に問いかけます。


自分が生きた社会よりも、ほんのわずかでも良くなった社会を遺こし、後輩たちにバトンを渡したい。
それが親から渡してもらった命をきちんと使い、命をつなぐことだと思っています。
ですから、今年もより良い社会のために、己の信念を貫き、行動していきます。


人の一生は、誰にも分かりません。
また、発達障害の方達と関わる者としての時間も、あとどれくらい残っているかはわかりません。
だからこそ、今のこの瞬間も大切に生きていこうと思います。
より良い社会を目指す方たちと一緒に。
本年もよろしくお願い申し上げます!


てらっこ塾 大久保悠