2017年8月17日木曜日

問題行動の先送り

就学前から顔見知りの子達が、次々、成人している。
成人した若者たちの中には、すっかり落ち着いて生活している人もいれば、子ども時代からの、いわゆる問題行動を引きずってきている人もいる。


この世代の若者たちは、多くの人たちが待ち望んだ「支援」「療育」「特別支援」が導入され、その中を通ってきた子ども達である。
だからこそ、問題行動の引きずりは、適切な支援、療育の有無が関係していると思われるかもしれない。
しかし、成人後まで問題行動を引きずるかどうかは、支援の量や質でも、いつ療育を開始したかでも、障害の重さでもない。


就学前から顔見知りの子がいる。
その子は、一時も目が離せない子であり、自傷も、他害も、破壊行為もあった子である。
だが、成人した今、支援を受けながらの生活ではあるが、上記のような問題行動は見られなくなり、落ち着いた生活を送っている。


この子の問題行動を治したのは、親御さんである。
学校の先生や支援者たちが、「この子はADHDもあるし」「知的にも重度だし」「言葉も出ないし」「将来は施設だし」と言うのを、「そうです。そうです。うちの子は、将来福祉のお世話になります」と言いながら、でも、「人としてやってはいけないことは、障害に関係ない」と譲らず、同世代の子の親と同じように、むしろそれ以上に厳しく、問題行動に向き合ってきた。
構造化された支援を取り入れていたが、「やってはいけません。“×”」なんて甘っちょろいことはせず、「ダメなものは、ダメ」と厳しく、毅然とした態度で親として、子どもよりも先に生きる大人として当然の関わりをしていた。


周囲から見れば、特に支援者から見れば、「重度の子に、そこまでやっても…」「かわいそうでしょ」「障害の理解がない」など、白い眼で見られていたが、そして問題行動も続いたが、親御さんはブレなかった。
思春期を過ぎたあたりから落ち着き始め、あれだけ大変だった問題も起こさないようになった。
私は、この姿を見て、親御さんの「他人に迷惑、害を及ぼすような行為は、絶対に許さない」「この子が、将来、支援を受けながら生きる際に、マイナスになる行為は絶対に治す、成人後に問題を先送りしない」という想いが、言葉を超え、支援者を超えたのだと感じた。


こういった親子は珍しく、現実は、子ども時代の問題行動を、成人後まで引きずっている方が多い。
幼少期から療育を受け、頑張って外でも、内でも支援されてきた若者が、子どものときのまま、問題を起こしている、障害の程度に関わらず。
成人後に先送りした課題を、本人と一緒に誰がやってくれるのだろうか。


私が見てきた約15年の範囲だが、厳しいことを書かせていただく。
有名支援者による「自閉症の子を怒ってはいけません」「視覚的に示して理解を促すのです」というセールストークを真に受けた人。
「どうせ、将来は施設の、福祉のお世話になるし」という意識、または無意識の思いによって、問題を先送りにしてきた人。
「支援さえ、ちゃんとしていれば」「良い支援を受けていれば」と子育てではなく支援、親ではなく支援者になってしまった人。
「問題行動は、周囲の無理解、不適切なかかわりが作ったもの」「この子の持つ障害がすべて悪い」というように責任、原因を本人の内側ではなく、外に作ってしまった人。
こういう人達が送りだした若者たちの多くは、問題を引きずり続けている。


ギョーカイに、問題行動を治せる者など、ほとんどいない。
治せるのなら、私のところに辿りつく前に治しているはずだ。
早々と診断し、幼少期から療育をしているのだから。
いくら自閉症、発達障害の認知、理解が進んだとしても、問題を起こす人を隣人は、地域は、社会は受け入れてはくれない。
私は問題行動と向き合うとき、「絶対に先送りにしない」「私が問題の芽を摘まなければ、誰が摘むんだ」という想いでいる。
また、このような想いがないと、問題行動を治せないと考えている。
そう教えてくれたのは、支援者ではなく、上記の親御さんであり、成人した今の本人の姿、結果である。

2017年8月15日火曜日

信念を持った生き方を

近頃、自分でも“定まった”という感覚があります。
揺らぎはありますが、揺らぎながらも、ある一定の場所に向かって前進している感覚です。
立ち止まっての揺らぎがなくなりました。
私に“定まった”という感覚を与えてくれたのは、「治る」であります。


「治る」という言葉が、治った人たちが、私の仕事人としての生きる道を定めてくれました。
「治る」というのが、私の信念です。


「治る」という信念に向かって仕事をしていく、と表明すると、2つの意味で驚かれることがあります。
「治る」を信念にして仕事をすることに。
そして、信念を持って仕事をすることに。


事業を起ち上げてからずっとですが、「不安はないのか?」と尋ねられます。
5年半が経ちますが、不安を感じながら仕事をしたことはありません。
何故なら、私には信念があったから。
「この地域には、選択肢が必要だ。一生涯、支援者の手の中で生き続ける人生以外の選択肢が」
この信念と「治る」が出会い、私は定まりました。


「治る」という信念に驚かれるのは想像がつきますが、信念を持って仕事をすることに驚かれるのに、私の方が驚きました。
世の中には、信念がないまま仕事をしている人がいるのだろうか。
世の中には、信念がないまま子育てをしている人がいるのだろうか。
世の中には、信念がないまま生きている人がいるのだろうか。


こういった初めての疑問を懐くと、自分はどうして信念を持って仕事をし、生きているのか、それが当たり前だと思っているのか、自分の物語を振り返り、考えました。
すると、私自身が信念をもって育てられたからだと気が付くのです。


数年おきの転勤。
そういった中で子育てをしていれば、住む場所住む場所で、いろんな歴史があり、考え方があり、文化があり、人がいる。
そんな中での子育ては、信念がなければ務まらなかったのでしょう。
周りの価値観にいちいち揺らいでいたら、親子共々、土台から崩れていたはずです。


また同じように父親も、その土地土地の人と文化と歴史と対峙して仕事をしてきた。
ただ単に、その土地土地に合わせて、次の転勤まで仕事をしていたのでは、同じように勤まらなかったはずです。
40年以上も、常に第一線として大変な仕事を勤め上げました。
父親も、信念を持って仕事をしてきた、そう思うのです。


このように、私を「信念のある生き方」に導いてくれたのは、信念のある子育て、信念のある仕事をしてきた親がいたからだと思います。
「治る」という信念を定めてもらったのは、治った人たちと治すために尽力されている人たち。
また、そのような信念に向かって仕事ができるのは、親の存在が大きいのだと考えました。
子ども時代に、私は「信念に向かって生きる」という土台を築いてもらった。


私は、仕事を通して、多くの子ども達、若者達と接しています。
どの人にも、治ってもらいたいと思っていますが、それよりもその先に信念を持った生き方をしてほしいと願っています。
そのためにも、私自身が信念を持った生き方をしなければならない、と改めて思うのでした。

2017年8月11日金曜日

「発達障害、治るが勝ち!」(花風社)を読んで

私の母は、「その時々で、ベストだと思う道を選択してきた」と言っていました。
父の仕事は、数年おきに転勤があり、北は北海道から南は九州まで、全国各地に行き、そして誰のことも知らない土地で、私と弟を育て上げてくれました。
私も、弟も、転校という不安を感じていましたが、同じように母も転勤という不安を抱えての生活だったと思います。
それこそ、いつ言われるか、どこに行くかわからない中での生活でしたので、「その時々で、ベストだと思う道を選択する」しかなかったのでしょう。


私も仕事柄、本人や親御さんから相談を受けることがあります。
特に、選択肢に関する相談が多いです。
「こちらの道と、あちらの道、どちらを進もうか…」
特別支援の世界は、人生を決めかねないような選択肢が否応なしにやってくるので、またその選択肢同士が両極端なので、そして選んだ結果が人生に大きな影響を与えるのを肌身で感じているので、大いに悩まれます。
自分自身が歩んでこなかった特別支援の世界はわからないことだらけ、という親御さん。


私は、何をやったら変化するか、どう変化するか、どのくらいで変化するか、を見ることはできます。
でも、どの道を選べば、その人が幸せになるかはわかりません。
また、わかる必要はないと思っています。
ですから、選択肢に関する相談を受けたとき、私は必要な情報提供をしたあと、「今、ベストだと思う道を選びましょう」とお話ししてます。
結局、未来は誰にも分かりません。
そのときの選択によって、将来、幸せになることもあれば、後悔することもあるでしょう。
しかし、大事なのは、自分の人生を主体的に歩むことです。
その時々で、自分の腹で、自分がベストだと感じる道を力強く歩んでいくこと。
そういった積み重ねが、自分の人生を色付け、充実した人生を送ることにつながるのだと考えています。


その時々で、ベストな選択をする際、直感だけに頼るのは危険も伴います。
特に、自分が経験してこなかった特別支援の世界で、しかも大事な我が子に代わって選択しなければならない親御さんはなおさらです。
そういったとき、今回、花風社さんから出版された『発達障害、治るが勝ち!』が、親御さん達に大きなヒントを伝えてくれます。


私もそうですが、著者の浅見さんのように、ギョーカイの言う「発達障害者の自立支援」に期待していた一人です。
しかし、実際は、ギョーカイの言う自立支援を受けて、自立できた人はほとんどいなく、むしろ真面目に自立支援を受けてきた人ほど、社会から遠くなり、どんどん障害者っぽくなってくる。
「私達の地域に支援センターを」
「教員、支援者に専門性を」
と頑張ってこられた親御さん達も、まさか発達障害を持つ人達が自立した生活ではなく、支援者の“めんどり”としての生活が待っているとは思っていなかったと想像します。


自立支援が始まり、10年以上が経ちました。
その中で、いろいろな人達が、いろいろな選択をしてきました。
ギョーカイの導く道を信じ、選択してきた人。
ギョーカイの言うことに納得ができず、別の道を選択してきた人。
10年経てば、その結果が表れます。


偶然、仕事を通して出会った自閉症の人達。
そして、その人達の身体感覚の違いから世界観への繋がりを知り、身体をラクにする方法、発達のヌケを育て治す方法、言語以前のアプローチ、発達障害を治す方法まで辿りついた浅見さんが、ギョーカイの主張する数々の名(迷)言の真の意味を解説し、どういう結果を招いたのかを教えてくれます。


本文中にあるように、「健全な分断」が必要なのだと思います。
私の周りにも、治りたくない人、一生発達障害のまま、一生支援を受け続けたい人がいます。
そういう人は、それで良いのだと思います。
それが、自分の頭で考えた結果なら。
自分の人生を決めていくのも、その責任を引き受けるのも、その人自身ですから。


しかし、私は治りたい人のために、自分の人生を使おうと思います。
ただ本人ではなく、親御さんが代わって、治る道か、治さない道かを選ぶとき、この『発達障害、治るが勝ち!』の本を読んでほしいと願います。
一度読んでからも遅くないはずです。
もし「治さない道」を選択し、歩んできたとしても、真実を知れば、10年間の結果を知れば、考えが変わるかもしれません。


障害者支援、福祉、教育というだけで、それに携わる人間が志のある、本人のことを第一に想う素晴らしい人物だと無防備に受け入れてしまっている人達が多いことに驚くことがあります。
あまりにも、特別支援の世界の仕組みを知らなすぎますし、イメージが先行しているような気がします。
障害者支援をただの労働の一つと考えている人は、たくさんいます。
直接支払いがない分、お金と関係なく、想いで支援しているような錯覚を起こしやすいかもしれませんが、実際は支援=仕事であり、お金なのです。
そういった仕組みを知っておくことも必要だと思いますし、大切な我が子の人生に関わるのですから、親御さんは知っておくことが大事だと思います。


是非、自分の人生のために、我が子の人生のために、知識を得てください。
そのあと、その時々でベストだと思う選択肢を掴んでいただきたいと思います。


2017年7月28日金曜日

治るかどうかは、努力できるかどうか

治せるかどうかは、電話口の声が、メールの文面が、会ったときの雰囲気が、家の様子が、教えてくれます。
治せる人には主体性があり、苦労を厭わず、コツコツと努力し続けてきた姿を感じます。
本人はもちろんのこと、親御さん自身も、努力する意義を身をもって理解しているか、が治ると治らないの境目だと考えています。


発達とは積み重ねの成果で、治るとは積み重ねていった結果です。
しかも、積み重ねるのは、自分の手、自分の意思で動かし行わなければなりません。
治るか、治らないかを決めるのは、症状の重さでも、年齢でも、支援の量でもなく、努力できるか、できないか、だと思います。


時折、「お金はいくらでも出すので、どうにか治してほしい」というような親御さんからの依頼があります。
こういった発言、雰囲気が出る時点で、もう治せませんね。
ですから、治すのは本人であり、親御さんであること、本人も、親御さんも努力しなければ治らないことを説明し、親御さん自身が変わらないのなら引き受けないようにしています。


また、私がギョーカイや学校、支援者に批判的な意見を述べることが多いからでしょうか、そういった人達がいかにダメだったか、いかにひどかったかを言い続ける親御さんもいます。
このように、我が子がうまく成長できていない現状を、そういった他人のせいにしている人も治せません。
当然、そういった他人が大きな影響を与えている点もあるでしょう。
でも、それだったら、避けることもできますし、別の方法も考えることもできた。
頼る人がいなければ、「自分でしっかり子育てをしていこう!」と思えばよかったのだと思うのです。


私は、ギョーカイや学校、支援者を批判します。
それは、対等な立場だからであり、別に世話になっていないからです。
私のところを利用したいというお客さんを紹介してくれるなら、私も考えますが、「絶対使うな」「使わない方が良い」という宣伝ばかりですからね。
しかし、こういった愚痴をいう親御さん、またお子さんは、たとえ至らなかったといえ、そういった方達からサポートを受け、いろいろ教わってきたには違いがありません。
学校の先生の80%くらいは、子どものため、成長のため、一生懸命な人ばかりです。
ただ方向性を間違えたり、組織という縛りの中で力を発揮できないだけというのもあります。
同じようにギョーカイだって、支援者だって、0.1%くらいは良い人がいるのです。


ですから、愚痴ばかり言う人、他人のせいにする人は、ただ単に努力してこなかった自分を隠しているだけに感じます。
治っている人達が、みんな支援に恵まれ、順風満帆な人生を歩んでこれたから治ったのではありません。
むしろ、どんな困難な状況でも、諦めず、努力し続けた結果、自分自身の手で発達の器を満たし続けてきた結果、治った人ばかりです。


昨日よりも今日の自分、今日よりも明日の自分が、ちょっとでも前進できるように頑張れる人。
こういった子を育てるのが、治り、その子の人生を輝かせることにつながる。
それには、親御さん自身も、努力し続けられないといけませんし、努力の大切さを身をもって我が子に伝えられる人でなければなりません。


家に伺ったとき、構造化に、支援グッズに溢れている様子を目にすれば、この親御さんは努力する人だとわかります。
ただ方向性を間違っていただけですから、きちんと説明すれば、みなさん、すぐにいらないグッズ、支援を捨てていきます。
過去の努力にしがみつかない人も、次の努力ができる人だと思います。


治すことのできる親御さんは、仕事や家事、介護など、すべてではなくても、どこかで頑張っている人が多いのが、私の実感です。

2017年7月27日木曜日

限界からの一歩

公園からは子ども達の弾む声が、校舎からは吹奏楽部の演奏のメロディーが、校庭からはボールを打ち、ボールを蹴る音が聴こえてくる。
耳で夏休みを感じながら、仕事に行った今朝。
私の仕事も夏休みモードに入る。
生活の流れの変化に合わせて、発達に向き合うリズムも変えていく必要がある。


夏休み前、偶然にも同じ言葉を使う、私がいた。
「限界からの一歩」
本人も、親御さんも、先生も、支援者も、見ている、感じている限界のラインがある。
そこを一歩踏み出そうというのが、この意味である。


限界のラインから下がったところで足踏みをし、充分慣れ、余裕ができるまで待つという考え方がある。
これは無理なく、楽になるくらいまで成長すれば、自ずと限界のラインが上がっていくだろう、というものである。
一方で、全力で限界のラインを超えることで、限界そのものを上げていこうという考え方もある。


私は趣味でマラソンをしているが、楽なペースでいくら走り続けても、楽なペースで長く走れるようになるだけで、タイムは伸びないと実感している。
本気でタイムを縮めようとしたら、自分の限界ラインを超える必要がある、そう考えている。
限界を超えた先にこそ成長があり、限界を超えた時点で、限界そのものがそこにはなかったことに気が付ける。
そもそも限界ラインとは、頭が作りだした幻想であり、言い訳が仮装したようなものである。


私が関わる子ども達を見ていると、限界ラインを超えるような経験をしていない雰囲気を感じる。
いや、むしろ、周囲の大人によって「ここに、きみの限界ラインがあるよ」「限界まで頑張ると疲れちゃうよ」と、あたかも明確な限界ラインが存在するように、またその限界ラインに近づかないように、とされてきたように思えてくる。
だから私は、この夏休み、彼らの思う、親御さんの思う限界ラインを超えてもらう経験をしてもらいたいと願いから「限界からの一歩」という言葉を使っているのだろう。


子ども達、親御さん達から漂う“限界ライン”という幻想を目にすると、ギョーカイの営業トークを連想する。
「生涯に渡る支援」は、支援からの卒業の手前に限界のラインを引く。
「支援があれば」は、支援を必要としない自立の手前に限界のラインを引き、「専門家がいれば」は、専門家ではない親御さんや本人の力だけでは限界がある、というメッセージを伝える。
「一生治りません」は、改善と治るの間に限界のラインを引くようなもの。
つまり、ギョーカイの営業トークとは、支援者の望む範囲に限界ラインを引き、その限界ラインを本人に、親御さんに見えるようにすることが目的だといえる。


支援者からの自立の手前に、当事者の可能性の、生活の、人生の限界ラインを引く。
その限界ラインを超えないように、近づかないように、それがギョーカイの支援であり、ギョーカイの支援の、能力の限界ラインとも言える。


この夏休みは、みんなに自分の限界ラインを超えてもらおうと思っている。
「もう無理かも」「もう難しいかも」「これが限界かも」
そういった思いが浮かんできたからの一歩を後押ししたいと考えている。
限界ラインを見て走るのではなく、自分の過去よりも成長した姿を見て走ってもらいたい。
そして親御さんには、ギョーカイの囁きによって、知らず知らずに植え付けられた限界ラインを壊してもらいたい。


遊び疲れた子どもが食事中ウトウトするように、脳内の、他人の作った限界から飛びだして、夜には心地良い眠りに誘えるような発達援助を目指していく。

2017年7月25日火曜日

子育てに、素人がいて、専門家がいる不自然さ

初めてお会いする親御さんからは、このような言葉が発せられます。
「私のような素人ではうまくいかなくて…」と。
いつも私は、この“素人”という音に、人工的で、不自然な響きを感じます。
どうして親御さんが“素人”なのでしょうか。
そもそも子どもを育てるのに、素人も、玄人もないと思うのです。


素人発言をする親御さんは、お子さんが幼いときから専門家と呼ばれる人達の間を通ってきた人が多いのです。
専門家と関わればかかわるほど、親御さんが素人になっていく。
とっても皮肉なことです。
本来と正反対に進むわけです。
ということは、「早期発見」「早期療育」が親から主体性を奪い、専門家が専門家という地位を人工的に作るための手段と言えましょう。


初めて出会う障害を持った我が子。
その障害と多く向き合い、支援してきた人間が、親として自立した子育てができるように支援していく。
当然、親御さんの子育てを導く方向は、我が子が生き延びられるための道であり、自らの足で生きていける道。
それなのに、決まって手引きするのは、支援者の作る籠の中。
だから私は、親御さんの口から出る“素人”という音を聞くたびに、自分の体内に異物が入ってきたような感覚になります。

私は仕事をするとき、子育てを仕事に、商売にしてはならないと心に決めています。
子育てをする親御さんを後押しするのが私の仕事。
そのため、私がお子さんのどこを見ているのか、何を確認しているのか、何を目的とした言動か、どういった意味があるのか、伝えるようにしています。
そして、どのような変化が、どんな言動になって表れるか、成長や発達が確認できるポイントも伝えています。
こうすることで、私が持っている視点を親御さんに渡すことができます。
親御さんに持っている視点をすべて渡しきれば、私は役目を終えられます。


近頃、「発達障害を治してもらえるのでしょうか?」と、連絡がくるようになりました。
そういった場合、「治すためのアイディアと、治った人を知っていますが、私が治すことはできません。治すのは本人と親御さんです」と返答しています。
ここで「私が治します」と言えば、私が専門家になり、親御さんが素人になります。
ここで「私が治します」と言えば、私が治す人になり、親御さんが治してもらう人になります。
私は一生涯の支援などできませんし、他人の人生を食いつぶすことで自分の人生を成り立たせようなどというさもしい考えなど持ち合わせていません。


子どもを育てるのに、特別な場所、特別な道具、特別な人、特別な資格がないとできないと言うのなら、そこに存在するのは自然な営みの子育てではなく、世の中にある商売、商品の一つとしてのパッケージングされた子育てなのでしょう。
巷にあふれる療育がストーリーを生まないのも当然なのです。

2017年7月21日金曜日

お腹で地面を嘗めくり回すことで育つ感覚

昨日、両手でちょこっと前に進めるようになったと思ったら、今朝は、ずりばいであちこち家の中を移動している息子。
昨日まで自力で移動できなかったことを忘れてしまったように、思いのままに、気のままに、床を味わう。


赤ちゃんにとってずりばいは、相当激しい運動ではないか、と思う。
汗を垂らしながら移動する姿には、生命のたくましさと、進化の歩みがみえる。
海から上がり、地上での生活が始まる。


お腹を地面につけての移動は、その小さな身体を育てると同時に、距離感を養っているように思えてくる。
「あそこに扉が見える。行ってみよう」と手で地面を掴みがら、そして自分の移動した道のりをお腹で感じながら前に、前にと進んでいく。
こうやってお腹で地面を嘗めくり回すことで、空間を味わい、立体感のある世界を知るのではないだろうか。
ちょうどこのくらいの時期から、目が育ち始めるのも面白い。


仕事を通して、「ずりばい」や「はいはい」を育て直すことが多い。
成育歴を尋ねると、「やらずに立った」と返ってくることが多いからだ。
だから、私は一緒になって「ずりばい」や「はいはい」をして遊ぶ。


同じ視線で「ずりばい」をしていると、「この子は全身を育てているな」と感じることと、「この子は感覚を育てているな」と感じることがある。
同じ段階の発達のヌケなのに、違う雰囲気が伝わってくるのだ。
全身を育てるとは、動きであり、筋肉であり、弛緩である。
一方、感覚を育てるとは、距離感のようなものだと私の中では捉えている。
「人との距離感が掴めない」と表現されるような感覚だと思っている。


自閉症や発達障害の子は、運動面の発達の遅れ、左右の脳の未分化と連携の不具合が指摘されることがある。
また人間関係において、距離が近すぎたり、遠すぎたり、といった距離感が掴めないことによるトラブルや友人関係などを築くことの困難さが指摘される。
これは想像力の障害、対人面での障害などと、ざっくり言われている特性である。


このざっくりした特性、診断基準の項目を見聞きすれば、「それが自閉症だから」「それが脳機能の不具合だから」と頭をよぎる。
だが、本当はお腹での感覚が満たされていないからではないか、お腹で地面を嘗め回す経験が足りなかったのではないか、と思えてくる。
そう思えてくると、お腹で地面を感じる時間を作りたいな、もっとこの子には感じてほしいな、と発達援助の仕方が変化する。


近頃、ずりばいのヌケがある方の発達援助では、その子の雰囲気によって、ずりばいの運動だけではなく、「お腹で地面を感じる」「お腹で地面を嘗め回す」の2つを足したり、引いたりするようにしている。
いつからか、どの方の援助からかは忘れてしまったが、自然とこのような変化が生じている。
地面の凹凸を味わったり、固さを味わったり、温度を味わったり、高さを味わったり…。
歩いて感じる距離感、目で感じる距離感、頭で感じる距離感と、お腹で感じる距離感の違いを味わうこともする。


私も一緒に味わいながら、自分もこうやって赤ちゃんのときにお腹で地面を嘗めくり回し、空間の距離感を感じ、人との距離感を掴んでいったのだと想像する。

2017年7月6日木曜日

忘れ去られる登場人物の一人でありたい

私は、その人の支援を終えるとき、「私のことは忘れてください」と必ず言っています。
確かに、人生のある期間、共に学び、発達のお手伝いをさせてもらったかもしれません。
でも、治したのは、その人自身であり、「支援がなくても大丈夫」という想いも、その人の内側から湧き出たものです。


私にとって“発達援助”とは、“治す”とは、仕事であり、日々の生活、また私の人生にとって大きなウエイトを占めるものです。
そのくらいの想いをもって仕事をしています。
しかし、その人にとって、その人の人生において発達障害を治すことも、支援を受けることも、人生の目的にはなり得ませんし、大きなウエイトを占めてはいけないものだと思います。


私は、新規で利用される方にも、必ずこう言うようにしています。
「発達障害を治すのは目的ではありません。人生の通過地点です。人生の目的は、本人が幸せになることと、本人が持つ資質を他人のため、社会のために活かすことです」
発達障害に悩み、苦しんだ時期があったとしても、「障害に打ち克つのが我が人生」「障害と向き合い、受け入れた人生」などという人生にしてほしくない、と私は思うのです。


この世界にいると、支援したいのが支援者であって、必ずしも当事者みんなが支援を受けたいとは思っていないのだと感じます。
支援者にとって支援は仕事ですが、本人にとっては支援を受けるのが仕事ではありませんし、人生の目的でもありません。
ここのところを勘違いしていると、「先生のおかげで」なんて言われると、喜んでしまう支援者になってしまうのです。


だいぶ会わなくなってから、久しぶりに本人や家族と顔を合わせる。
そんなときに、上記のような「先生のおかげで」という言葉を受け取ると、その当時の自分を思い出し恥ずかしくなってしまいます。
本人が主体的に発達、成長を遂げていくものなのに、「私の支援」という色が残ってしまっている。
本人の治る過程の中に、日々の生活の中に、馴染むことのできなかった自分のウデの悪さが身に染みるのです。


また、いつまでも、治ったあとでも、支援を必要としなくなったあとでも、「発達障害」「支援」「支援する人、される人」というような言葉、私との日々が残ってしまっている。
人生の目的ではない発達障害を治すことが、まだ思いだされてしまう。
理想は、身体が覚えていて、頭で忘れている状態です。
私を必要としなくなった彼らと再び会うときには、彼ら自身の人生の目的に向かって、まっすぐ歩いていて欲しいのです。
「あの人、見たことがあるな」「あの人、誰だっけ」が、私が思い描く理想の支援者像であります。


10年後、20年後、私が一時期関わらせてもらった本人とそのご家族が、「そういえば、発達障害って言われていた時期があったよね」「そういえば、支援を受けていた時期があったっけ」と、思い出話の一つとして、笑い話の一つとして会話がなされるくらいが、ちょうど良いと思うのです。
その家族の思い出話の中に、私の名も、存在も、必要ありませんから。

2017年6月29日木曜日

今の時代を全力でやりきることが、次の時代を作る

構造化された支援というものがなければ、施設職員だった私は、彼らを引っ張って誘導する日々であり、禁止や制止することで一日を終えていただろう。
私が施設職員として働きだしたときは、構造化された支援と前時代の支援が混ざった状態だった。
構造化された支援は、情報や刺激に溢れていた世界に秩序を与えた。
激しい行動障害を持った子ども達も、周囲の環境が整理され、見通しが持てるようになると、落ち着きを取り戻し、その子の持つ本来の資質が顔を見せるようになった。


構造化された支援は、当時よく『車いす』に例えられた。
「足の不自由な人にとっての車いすのように、自閉症の人にとっては構造化がそれにあたるんだ」と。
それまでの支援から抜け出したかった私達は、せっせと車いす作りに励んだ。
彼らが少しでも使いやすいと思ってくれる車いすを、彼らの生活の幅が増えるような車いすを。
今考えれば、人権侵害といわれるような前時代の支援は、構造化によって明らかに減った。
彼らは心身共に安定し、生活の中での選択肢、行動の範囲が広がった。
支援する側も、労力的な負担が減り、構造化された支援はお互いを幸せにするもののように感じていた。


しかし、施設にも高機能ブームの波がやってくると、構造化された支援だけでは、彼らのニーズに応えられない現実が突き付けられる。
確かに構造化することにより、知的障害のない彼らの頭の中も整理され、心身の安定をもたらす。
だが、その次がなかったのだ。
周囲の情報や刺激が整理され、心身が安定したあと、何を彼らに教えるのか、どう成長を支援していくのか、それが見えていなかった。


本来、構造化された支援とは、教育的なツールである。
構造化したあと、何を教えるかが重要なのだ。
しかし、福祉リードで導入していた日本では、教えることよりも、安定させること、前時代の人権侵害と言えるような支援からの脱却の方で満足してしまっていた。
「車いすがなかった時代よりは、ずっと良くなった」と彼らが言い、その声を聞いた支援者は、彼らのニーズを満たせた、良い支援をしている、と思った。
だけれども、高機能の人達は、「そうではない」と言った。
「私達は、ずっと車いすに乗って生活したいとは思っていない。もし、自分の足で立てるのなら、その方法があるのなら、教えて欲しい、支援してほしい」と。


各地で、それまで構造化された支援を行ってきた支援者が、それまで気付かれなかった自閉症の人達の支援を行うようになる。
人間関係の悩み、大学生活での悩み、仕事場での悩み、そのすべてを構造化して支援し、解決しようとした。
だが、問題は解決しない。
相談に行った彼らの悩みの根っこは、構造化されていない環境とつながっていたのではなく、未学習と誤学習、そして発達のヌケとつながっていたのだ。
高機能の人達から、こんな言葉をよく聞いた。
「構造化された支援は、知的障害がある人の支援で、私達には合わない」と。


そういった時代の変わり目を生きていた私達に、次の時代がやってきた。
治る時代、治す時代の到来である。
自分で歩ける方法を知りたかった、自分の足で歩きたかったという願いを叶えるべく、それまで「あなたは一生歩けるようにはなりませんよ。だから、車いすが必要なんです。車いすで移動しやすい社会に変える必要があるんです」と言われ続けていた彼らに、発達のヌケや遅れは育て直せるという希望の光が差し込んできたのだ。
自閉症支援は、確実に進歩、前進している。


昨日、構造化された支援を日本に持ってこられた、日本の自閉症支援を次の段階に進められた先生が旅立たれました。
施設で働いていた人間としては、それまでの時代に行っていたような支援を私自身がしなくて済んだこと、そして構造化された支援が広がったおかげで、彼らに人権と選択肢と心身の安定が得られたことは素晴らしい功績だと思います。
もし構造化された支援がなければ、アイディアの広がりが遅れていたら、無秩序な世界の中で混乱し、自分の言いたいことも伝えられず、伝えられたことがわからず、限られた場所で生きていた人達が今もなお、多くいたはずです。


今は、治る時代ですし、支援者には治すことが求められる時代です。
将来、この治る時代よりも、もっと素晴らしい、もっと自閉っ子達を幸せにするアイディア、支援が生まれるかもしれません。
しかし、だからといって、その時代の到来を待っていてはいけないのだと思います。
治る時代の治す支援を全力でやること、やりきること。
それが次の時代の到来を早めるのだと考えています。
「前時代よりも、より良いものを」という真剣な想い、行動が、時代を進める。
構造化された支援が、それまでの支援、彼らを取り巻く環境を一変させたように、治す支援が今を生きる人達、これから生まれてくる子ども達の生活を、人生の歩みを変えることでしょう。


先生、お疲れ様でした。
安らかなる眠りをお祈り致します。

2017年6月25日日曜日

アセスメントシートは支援道具ではなく、商売道具

組織を作ると、ウデが悪くなるのか?
ウデが悪くなると、組織を作るのか?
どちらが正解かは分かりませんが、どうも組織を作ると、利用している人は自立できなくなるし、治らなくなる。


それは、ウデの良いトップの元には、愛着障害バリバリの支援者や出世欲に満ちた支援者、ウデの悪い支援者などが集まりやすいからかもしれないし、自分以外の支援者を養うため、余計にお金を集めないといけなくなるからかもしれない。
一人でやる場合や組織の中の一人としてやっているうちは、純粋に子どものため、親御さんのために支援していればよかったけれど、組織を維持するには利用者の固定資産化を目指さなければいけなくなる。


不良債権を抱えるために、利用者の固定資産化を図る。
固定資産化されるから、利用者はどんどん治らなくなる。
結果、「一人でやっていたときはウデの良い支援者だったのに…」と言われるようになる。


組織を維持するために、良く使われる手段が「アセスメント」ってやつですね。
どっかの誰かが作ったシートを使い、いろんなのを寄せ集めただけの“オリジナルシート(キラッ)”を使い、何時間も、何日もかけてアセスメントを行う。
「私の子をこんなにも多くの専門家の人が、こんなにも多くの時間をかけて評価してくれている(感動)」みたいな勘違いをされる親御さんもいますが、時間をかけるのは料金を上げるためですよ。
アセスメントに、何万円もお金を出すなんて、また要求するなんてボッタクリもいいとこです。
だって、そのアセスメントしたときのその人を切り取り、それを書き示しているだけだから。
流れのない、それこそ、ストーリーのないアセスメントなんて、評価してもらったという自己満足が残るだけです。


「支援はアセスメントから始める」
「継続的なアセスメントがより良い支援につながる」
というのも、セールストーク。
こういえば、こう洗脳しておけば、定期的に利用者が得られるのです。
アセスメントは、いくら行っても、その子が伸びるわけではありません。
第一、「まずアセスメント」「次は支援」というようなものではなく、どちらもくっついているものです。
私も、関わる際は、アセスメントと支援が混合している状態で、はっきりと分けてはいません。
支援しつつ、アセスメントをし、アセスメントをしつつ、支援をしています。
その瞬間瞬間で、変わるものだという感覚です。
例えるのなら呼吸みたいなもので、吸って、吐いてを繰り返すようなもの。
その深さ、長さは変わりますが、無意識に繰り返されるのが、支援とアセスメントです。


アセスメントシートとは、ウデの悪い支援者のためにあるようなものです。
ウデの良い支援者は、いちいちシートなんか見て、アセスメントしませんね。
あれは、下手くそでも、ある一定の評価表が作れるように、体裁を整えられるようにするためのグッズです。
アセスメントの結果を受け取ったとき、「なんか良いものをもらった」という感覚がありますよね。
でも、それ以上にはならない。


実際、使えないでしょ、具体的な支援につながらないでしょ。
だって、自閉症の人がアセスメントを受ければ、だいたいみんな同じことが書いてある。
「視覚的に示されると、理解できることが増える」
「刺激が多いと、それに集中が奪われることがあるから、情報を整理して」
「手順が決まった作業は、集中して長い時間できます」
「言葉よりも、絵や文字など、視覚情報で伝えるように」


まあ、ネタバレしちゃうと、下手くそでもできるようにシートがなっているから、自閉症なら自閉症の人が共通しやすいところをピックアップして構成されている。
それこそ、100人いたら100通りの評価ができる、なんていうシートを作っちゃったら、多くの人が使いこなせないし、そもそもシートを使う意味がなくなってしまいます。
シートを作る方は、多くの利用者に使ってもらう必要があるし、その前に、多くの支援者が「使いやすい」と思ってもらわなくてはなりません。


ウデの良い、100人いれば、100通りのアセスメントを、呼吸のように瞬時に、無意識にできる支援者は、もともとシートを使わない。
ですから、アセスメントシートを作った支援者は、ウデの良くない、シートがないとアセスメントできない大部分の支援者をターゲットにする。
そんなターゲットにされるような支援者が使うシートで、いくらアセスメントされても、似たり寄ったりの回答しか出てこない。
ゆえに、アセスメントに、何万円も、何時間も、何度も、かけても、成長していくのは、その支援者の組織だけです。


「そんなことを言うけど、定期的にアセスメントを受けることで、子どもの成長がわかるんですぅー」と言われる方に、もう一つネタバレ。
学校の通知表と一緒で、前回よりも、ちょっと成長したように書くのがミソってこと。
つまり、なんも成長がなければ、「意味ないし」「もうやらない」になっちゃうし、あまり伸びすぎても、「もう必要ない」「もうやらない」になるし、本当に伸びまくりなら、アセスメントを受けなくても、一緒に生活していればわかる。
だから、ちょっと成長した風に書いて、「次もどうぞ」にしておくのがテッパンなのです。
それが自由記述で評価できるメリットなのです(支援者にとって)。


ディスりついでに、あの就労に向けたアセスメントシートってやつは、無理くりすぎますよね。
働くっていうのは、主体性がないとダメだし、選択肢のないものから自ら選びとる段階まで発達しておかなければならないもの。
それをどっかのだれかが検査して、「あなたは、これが向いていますよ」「このスキルを活かした仕事が良いですよ」なんて言われる。
それを信じちゃう人は、「そうか、自分には、こんな仕事が向いているんだ」「この条件にあった仕事に就こう」としてしまう。


当然、就職には面接もあるし、それぞれの職場環境だってある。
そもそも全員が希望した、自分の理想とする職場に入れるわけがない。
自分の住んでいるところに、そういった仕事がないかもしれないし、募集していないかもしれない。
で、「僕に合った仕事がないんですぅ~」と支援機関に行き、「そうか、じゃあ、福祉的就労だね」となる。
「あなたに合った仕事」なんて言いながら、勧めるのは福祉枠でしょ、作業所ばかりでしょ。
じゃあ、意味ないじゃん、勧める先が決まっているのなら。


それに自閉症、発達障害の人のための就労版アセスメントって、これまた、みんな同じような職種しか出てこない。
就労版アセスメントの結果が、「接客業に向いてます」とかならないし、「週40時間、いや、残業もできるくらいバリバリ働けます」なんてならない。
あれだけ著名人を例に出すのに、「パソコンの創業者」「企業の社長」「発明家」「芸術家」「モデル」なんてのも出てこない。
だいたいみなさん、静かな環境で、決められた手順があって、適度に休みが取れる職場が「あなたに合った職場」になるんですね。


2017年も真ん中まできたのに、いまだにアセスメントで儲けよう、またそれに引っかかる人、それを有難がる人がいるのに驚きです。
そろそろ、そのカラクリに気が付いた方が良いですね。
ウデの良い支援者って、アセスメントで儲けないでしょ、アセスメントは当たり前だから同時進行で治していくでしょ。


子どもの成長、発達というのは、何も変化がないような日々が続く中で、突然、グッと変化が訪れるものです。
お腹の中から、ずっと一緒にいた親御さんですから、赤の他人から「ここが成長してますよ」と言われないと成長に気がつかないわけがありません。
周りが見ていて、「あっ、変わった」というのが成長ですし、そもそも本人が一番先に気がつくものです。


アセスメントシートにしか表れない成長、発達って…。
まあ、私は自由記述ほど、話半分で聞かないといけない評価というものはないと思っています。

2017年6月22日木曜日

自立が生き延びることにつながる我が子と、自立させないことが生き延びることにつながるギョーカイ

ギョーカイが嫌いなもの。
それは、親の持つ本能であり、主体性である。


親は、我が子に迫った危険をいち早く察し、その危険から我が子を守る行動をとる。
これは、高等な脳があるからではなく、経験したから成しえるものでもない。
親の持つ本能が発動したのだ。
同じように、我が子を自立させる、一人で食べ物を取り、命を永らえる方法を身に付けさせるのも、学習や文化の継承などといった薄っぺらい話ではなく、本能によるものである。


ギョーカイは言う。
「一生治りません。生涯に渡る支援が必要なんです」と。
これは、親の持つ本能の否定である。
親の本能は、我が子の自立へ向かって動き始めている、それは受精した瞬間から。
しかし、ギョーカイは言葉や文字などの人工物を使い、その本能を止めようとする、それが間違いだと学習させようとする。


いつしか自分の内側にある本能に蓋がされ、見て見ぬように、気づかないように、と学習した親、ギョーカイという文化に適応した親は、主体性を失っていく。
そう、主体性のはく奪こそ、ギョーカイの最終目的である。
親の主体性ほど、ギョーカイにとって邪魔なものはない。


親が主体的に行動し始めたらどうなるか。
我が子に必要な療育を選び、不必要な療育を捨てることになる。
そもそも巷にあふれる何とか療法は、一人の子の成長と発達を完全に満たすたすものではないのだ。
だから、どんな療法も、いつかは捨てられる運命にある。
この“捨てられる”ことをギョーカイは恐れる。
ギョーカイとは、使い続けられることで、生き延びる存在なのである。
だから、自分たちの行いの不完全さ、本能に反する動きを隠すために、親の主体性を奪おうとする。


親が自分たちに我が子を完全に預けてもらうことこそ、ギョーカイの繁栄に必要なことである。
不完全なもの、本能に反することをやり続けるために、その本能自体を野蛮なものと学習させ、主体性を取り上げる必要がある。
親には見て見ぬふりをしてもらいたいのだ。
「先生にお任せします」と言ってもらいたいのだ。


本能を発揮させる親は、ギョーカイの行いが、我が子の自立から遠ざけていることに気が付く。
「このまま、言いなりになっていれば、我が子は支援がないと生きられない人間になる。一生自立することができなくなる」
本能で行動できる親は、我が子が苦しむ様子を見て、「そのままでいい」「これも障害だから」などとは決して言うことはない。
自然と、その苦しみをとるために、行動しているものだ。
また、自立を阻むものから我が子から遠ざけ、できる限り、生きる術を教えようとする。


自立させることが生き延びることにつながる我が子と、自立させないことが生き延びることにつながるギョーカイ。
結局、ギョーカイのやっていることは、親の本能から子どもを自分たちの手の中に奪うことである。
親が主体的に、本能に従って行動すれば、そもそもギョーカイの存在価値などはないのだ。
我が子に発達の凸凹があれば、その凸凹に合わせて生きる術を教えるのが親であり、我が子を生き延びらせるために心血を注がせるのが本能である。


発達援助とは、親の本能に沿った子育ての姿である。
食べられない物ばかりだと、健康に支障がでる。
だから、偏食を治す。
二足歩行が難しかったら、移動するのにも、仕事をするのにも、不具合が生じる。
だから、前の発達段階からやりなおし、きちんと二足歩行ができる身体を育てる。
生き延びるために、自分の足で自立して生きていけるようにすることこそ、発達援助。
これは親の本能と同じ方向を向いている。
発達援助とは、治った時点で、その援助が必要なくなった時点で、完成を見る。


ギョーカイは、本能と真逆の方向を向いて行動している。
それが自分たちを生き永らせる道だから。
そのために、「一生治りません」と言い、生涯に渡る支援を親に飲みこませ、我が子を変えるよりも、社会や環境を変えるべきだと説く。


あなたの周りにいる支援者は、親の持つ本能と同じ方向を向いているだろうか。
そして、あなた自身、自分の内側にある本能にきちんと目を向けることができているだろうか、その本能に従って子育てができているだろうか。
そこに「発達障害だから」「自閉症だから」「重度だから」という言葉が入る余地はない。

2017年6月15日木曜日

就学時検診を受ける前に知っておいてほしいこと

教員になりたての友人が、よく言っていました。
悲しいことに、学校の先生同士の中にも差別意識があるって。
通常級の先生が上で、その次が支援級の先生、最後が支援学校の先生(もちろん、指導力の違い、通常級の先生が優秀で、支援級がそうではない先生ということではないですよ!)。


友人は保守的な地域で教員になったから、そんな風に思う教員もいるのかな、とは思いましたが、それが学校間の異動にも表れていると友人は言います。
通常級の先生が、支援級へ、支援校へ、異動希望を出せばすぐに通る。
だけれど、一度、支援学校に赴任したら、そこから支援級はもちろん、通常級なんてほぼ不可能、と。


そういえば、この友人以外にも、通常級と支援級で先生になりたい人、支援級と支援校で先生になりたい人は、入り口に気を付けないといけない、とみんな話していましたね。
まあ、もう10年以上前のお話なので、当時と状況は変わっていると思いますが…。
今では、センター機能と呼ばれている支援校の先生が、そのノウハウ、専門性を伝えるために、支援級へ異動することも活発になり、その力をいかんなく発揮され、支援級が見事に支援校みたいになっていますしね。


以前にも支援級について書きましたし、昨日も支援級から通常級へということを書きました。
その意図は、就学前にきちんと実態を知り、我が子の選択について考えて欲しいからです。
私の息子もそうですが、翌年の4月に就学する子は、秋頃に就学時検診があります。
ここで「発達障害が疑われる」と言われる子が、最近グッと増えた気がするのです。
知り合いの保育士さん達も同じことを言っていました。
ついこの前までは、そんなことは言われなかっただろう、と感じる子までもが、「発達障害の疑い」と言われ、「検査を」「診断を」「支援級へ」となっています。
特別支援という名称に変わったことや、よく耳にする「発達障害」という言葉によって、社会の受け取り方、認識のハードルが下がったからでしょうか。
それともリスク回避のために、早々と支援級を勧めているのでしょうか。
その理由は分かりませんが、どんどん就学時検診で引っかかる子が出てきている。


就学時検診で引っかかる子の中には、それまで発達障害と思われたり、気づかなかった子が少なくない状況です。
「そのとき(就学時検診)、初めて“発達障害”ということを知りました」と言われる親御さんは、私のところにくる方の中にも多くいるのです。
つまり、何の知識もない状態で、いきなり「発達障害」「特別支援教育」が突き付けられることもあるということ。
まさに丸腰で、特別支援という線路の前に、親子共々、突然立たされる、というようなものなのです。
ショックや悲しみなど、いろんな感情が渦巻く状態の親御さんに、特別支援という線路に「進みません」と言うことも、他の選択肢を選択することも難しい場合があります。
最初から「発達障害」と診断する病院を勧められているのですから、言われるままに検査に行けば、当然、正式な診断名を受け取ることになります。
もうその時点で、特別支援の線路の上を進んでしまっているのです。


冒頭でお話しした学校間の異動のように、支援級から通常級への転籍は、とても大変であり、難しいことなのです。
いくら本人が成長し、通常級で学べる準備が整っても、そちらの方がより良い学びの場になると本人も、親御さんも考え、希望したとしても、途中からというのは大変です。
ただ単純に、本人が成長し、治れば良いというお話ではありません。
そこには、学校という組織と文化、制度と対峙しないといけないのです。


通常級在籍の子が「発達障害の疑いかも」「支援級へ」と言われ、「このまま通常級で学んでいきたいんですけど」という依頼が私のところにきたときは、正直少しホッとします。
しかし、支援級在籍の子の親御さんから「通常級で学べるように支援してほしい」という依頼がきますと、私の身体の丹田に力が入るのです。
この依頼を受けるということは、より強い覚悟と胆力が必要になります。
当然、依頼を受ける私だけではなく、親御さんにも私と同じくらい、いや、それ以上の覚悟と胆力を求められます。


詳しいことは書けませんが、現在進行形で支援級から通常級を目指している方たちもいます。
本人の発達のヌケを育て直すだけでなく、支援級ルールの解毒、勉強する姿勢、足りない分の教科学習などを行う必要がありますし、それだけではなく、学校側へのアプローチもしていかなければならないのです。
何度、通常級から支援級へ行くのは、あっという間なのに、反対はこれほど大変なのか、抵抗に合うのか、と思ったか知れません。


結局、学校に入ってからでは、敷かれた特別支援という線路から降りるのは大変なのです。
多くの親御さんが、「就学前の進路選択のときに戻りたい」と言います。
そして、幼稚園、保育園にいる間に、発達のヌケを埋めておきたかったと言うのです。
ですから、就学時検診の前に、こういった事実を知っておいてほしいと思います。
もちろん、私が支援してきた子、見てきた特別支援、当地の様子がすべてではないと思いますが、それに近いことが、全国でまだ繰り返されているかもしれません。


私は、通常級でも、支援級でも、きちんとその子に必要な学校での学びが行われるのであったら、どちらでも構わないと考えます。
でも、どうも支援級の中には、「支援級から通常級へ」という雰囲気が感じられない、より良い学び、選択肢を、という熱が感じられない。
むしろ、できる子は、困難が多い子に合わせ、またお世話係になり、福祉の中でかわいがられる子、適応できる子が目標、目的、理想の子ども像であるように感じてならないのです。


まだ秋までには時間があります。
この数か月間でできることは多々あります。
学校に行って治すより、学校に行く前に治した方が良いです。
お子さんに発達のヌケを感じるのでしたら、そのヌケを育て治す方法があるのです。
全部治せなかったとしても、治りやすいところから治しておく。
そうしておくと、秋の就学時検診が違ってくると思います。


明らかに就学時検診の様子が変わってきています。
明らかに「発達障害の疑い」と言われる子たちが増えてきています。

2017年6月14日水曜日

いざ通常学級へとなると、決まって出される警告

支援学級在籍の子が、通常学級で学べるくらいの段階までくると、どうして「友達関係でうまくいかないかも」と言ってくるのでしょうかね。
「いじめられるかもしれません」
「友達ができないかもしれませんね」
「仲間外れにされちゃうかも」
「うまくかかわれなくて、トラブルが起きるかもしれませんよ」
「転籍しちゃうと、あなたの子に、先生一人つきませんよ~、お母さん」って…。


1つの学校の、一人の先生が言っているのでしたら、「その子のことを思って心配されているのだな」とも思うのですが、どの学校の親御さんも「こうやって言われたんです」と言うもんだから、裏を読みたくなるのです。
支援学級から通常学級へ行った子が、必ずいじめのターゲットにされるとも言い切れませんし、通常学級に通う子たちの中でもいじめは起きています。
それに、いじめられる方ではなく、いじめる方に問題があるのだから、それを支援学級に通う子に言って、暗に「やめときなさい」というのはおかしな話。


支援学級から通常学級へ転籍しようとする子が、いじめっ子、乱暴者だったら、止められるのもわかりますが、いじめられる可能性は、他の子と同じはずなのに、「いじめられるかもしれません」と言うのは、ただ脅しているだけ、ただ転籍させたくないだけ、と考えてしまいます。
「いじめられるかもしれないから、支援学級で」という主張は、その子が学校でより良く学ぶ機会を奪うことと同じだと思うのです。


学校というのは、やはり教科学習が基本中の基本だと思います。
小学4年生くらいの学力をもてるかどうかが、子ども達の将来の可能性とリスクに関わってきますので、障害の有無、通常学級、支援学級に関わらず、このくらいの学力をしっかり養うのが大事だといえます。
ですが、どうも学校という文化は、「お勉強ができて、友だちがたくさんいる」という子を目標としているような気がします。
確かに、地方公務員になるには、お勉強ができて、友だちがたくさんいる人の方が良いでしょう。
でも、それは狭い仕事観ですね。


別に友だちがたくさんいなくても、しっかり任された仕事を行うことができれば、働くことができますし、生活していくこともできます。
友だちだって、学校という年齢と住む地域で決められた狭い集団の中でできなくとも、趣味を通して縁が生まれる中だってあります。
たとえマニアックな趣味だったとしても、マニアックな趣味同士でつながれば良いのですから、無理やり狭い学校の中で友だちができなくたって構いません。
大事なのは、しっかり学べるかどうかだと思いますし、学べる姿勢をきちんと養えるかだと思います。
支援学級から通常学級へ行っても、45分、50分、しっかり授業を受け、学ぶことができれば、それで良いのでは、と思うのです。
友だちができるかどうか、いじめのターゲットにされるかどうかは、通常学級で学ぶことの判断とは別問題だと考えます。


以前にも書きましたが、この地域の文化、また支援学級へ支援学校の先生がどんどん入ってきてからというもの、支援学級が支援学校化しているような気がしてなりません。
極端に少ない教科学習の時間。
個々に合わせたカリキュラムではなく、クラスの中で一番困難が多い子に合わせたカリキュラム。
そして、お世話係とかいう意味不明な係に、「もう清掃会社に就職内定ですか?」というくらい行う清掃活動と、「もうネジ工場に就職内定ですか?」というくらい行うネジ回しの課題…。


学校の中に支援学級があるというのは、通常学級の子たちとの交流が強みのはず。
支援学級で学んでいたけれど、成長と共に「通常学級の方がより良い学びができるかも」となれば、どんどん通常学級に行けば良いと思います。
行ってみて、まだ足りない、難しい部分があれば、それが新たな課題になり、勉強すればよいだけの話。
うまくいかないこと、失敗したことは成長の糧になるのですから、それをさせずに機会を奪うことは、その子の学ぶ権利を奪ったのも同じだといえますね。


通常学級で、集団の中で、同世代の子の中で、学ぶための準備ができた子には、どんどんチャレンジしてほしいと思います。
今まで、そういった応援をし、現在、通常学級で学んでいる子ども達がいますが、みなさん、伸びやかに学校生活を送っています。
「同じ年齢の子がたくさんいる方が楽しい」
「いろんな勉強ができるから楽しい」
と言う子もいます。
冒頭の「いじめられるかも」と言う大人よりも、子どもの方がずっと柔軟ですね。
中に入ってしまえば、入ってきた子も、入ってこられた子も、自然と馴染んでいくものです。

2017年6月13日火曜日

今さら言われても…

発達障害は治る時代になったのだから、私は「治る」という言葉を使います。
「治る」という言葉は、親御さんにとって希望を感じられる言葉ではありますが、使うのに躊躇する言葉でもあります。
何故なら、入り口で突き付けられた「治りません」という言葉が、魚の小骨のように喉元に引っかかっているから。
声に出して叫びたいけれど、違和感がある、取れない。
そんな印象を受けます。


私は、親御さんの喉元に刺さっている骨を取るようなことはしません。
だって、そんな骨なんか、初めからないのですから。
「喉に骨が刺さっているに違いない」
そのように頭が思うから、違和感を感じるのです。
同じように「治らない」と思うから、「治る」という言葉に違和感を感じる。


この違和感をとる方法は、とても簡単です。
発達のヌケを見抜き、そこから育て直せばよい。
たったこれだけです。
子どもが良い方向へと変わっていき、長年、悩んでいた症状が収まる。
そして、自らの足で学び、成長していく姿が見られたとき、いつの間にか喉にあった違和感がなくなり、自然に「治る」という言葉が出てくるようになる。
子どもの治る姿が、違和感に実態がないという事実を証明します。
親御さんとの会話の中、「治る」という言葉が流れるように行き来しだすと、「このご家庭は、治るが自然な言葉になったな」と嬉しく思い、また安心します。


一方で、どうしても「治る」という言葉を使わない人達がいます。
その人達を見ていると、ずっと喉に違和感があったために、その違和感が当たり前になった人のようです。
ハナから「自閉症は治るわけないでしょ」「治らないから、障害でしょ」という感じの人です。
何を言っても、何を見せられても、「治らない」という視点から世の中を解釈します。
その人達から言わせると、治った人は、もともと自閉症、発達障害ではなかった人になります。


しかし、このように「治る」という言葉を使わない人達の中に、「治る」を懸命に否定する人達の中に、本当は「治る」という言葉を使いたい人がいることがわかりました。
ずっと「治りません」という言葉を必死に飲みこんできた人です。
苦しいけど、それしか方法はないと思って生きてきた人。
治らないんだから、必死に支援、必死に制度、必死に啓発というように、ギョーカイが示してきた理想の親御さん像を目指してきた人。


こういった人は、「治る」という言葉を流れるように使う私を見て、否定的な言動と表情をします。
でも、その目だけは悲しそうな目をするのです。
その目は、私にこのように語るのです。
「もうやめて。今さら言われても…」と。


学生時代、20代の頃、応援してくれた方達、そして事業立ち上げを心から応援してくれた方達。
そんな人達の中からも、私が「治る」という言葉を使い始めてから、すうっと離れていく人が出てきました。
言葉では「治るんだ」「すごいね」「これからの子たちは、どんどん治っていくと良いね」と言われますが、目が笑っていないのです。
そうです、目が「今さら言われても…」と語り掛けてくるのです。


治らない時代を必死に駆け抜けてきた親御さんにとって、「治る」という言葉は、治さなかった自分の子育ての否定というよりは、抑えていた感情の蓋を取られるようなものなのでしょう。
喉に手を突っ込まれて、「ほら、喉の中に骨なんか刺さっていない。違和感の正体は、「治らない」と思い続けていたあなたの頭が作りだしたものだ」と言われる。
それに対し、「私だって「治らない」という言葉を必死に飲みこんできた。本当は治したかったし、治ってほしかった」という感情のやりとりが伝わってくるのです。
そして、目は「今さら言われても…」と最後に告げる。


成人した方の親御さんの中にも、「治る」という言葉を信じ、今から治すために動き出す人もいます。
しかし、どうしても今日、今から動けない人がいる。
「治りません」という言葉を必死に飲みこんできた人であり、治らない時代に理想とされていた姿を追い求めてきた人。
こういった人達から聴こえてくる「今さら言われても…」という言葉に、私はこう返そうと思います。
「発達のヌケを育て直すには、“遅すぎる”というのがないのです。今日、今から治すためにできることがある。それが治すための発達援助の魅力です」
というように。

2017年6月10日土曜日

支援がないから絶望するのではなく、希望を打ち砕かれるから絶望する

「我が子の障害に悩んで…」
「我が子の将来を悲観して…」
流れてくるニュースの中に、こういった言葉が入っていることがある。


こういったニュースを見聞きすると、ギョーカイは決まって言う。
「支援があれば…」
と。


しかし、流れてくる情報を集めると、まったく支援がなかったようには思えない。
日本には乳幼児健診があり、就学時検診もある。
早期から支援を受ける機会に恵まれているともいえる。
また、子どもの発達が気になった際、相談できる機関は各都道府県、地域に存在している。
だから、「まったく支援がなくて」「まったく支援を受けられなくて」ということは考えにくい。


ギョーカイの言う「支援があれば」こういった不幸な出来事、また悲しむ親御さんが減るのだろうか。
むしろ逆ではないかと思う。
我が子の発達に心配し、相談した際、生涯に渡る支援の話をされたら、どうだろう?
「そうか、我が子を生涯に渡って支援してくれるんだ」といって、明るい気持ちになるだろうか。
「親の育て方のせいではありません」といわれ、「あ~、私の育て方が悪いわけじゃなくて安心した」となるだろうか。
たとえ安心したとしても、それは自分以外に原因があったという事実が知れたことに対する安心である。


ギョーカイというのは、良かれと思ってか、「生涯にわたって支援しますよ」「親御さんのせいではないんですよ」と言う。
でも、どちらの言葉も、親御さんの心配の根本である「我が子の発達」を解決したことにはならない。
結局、彼らの言葉は、その場の慰めであり、「あなたの子は治りませんよ。だから、お母さん、気持ち、考え方を変えましょう」と言っているにすぎない。


我が子の発達が心配になった親御さんは、最初から「生涯に渡る支援」を求めて相談にはいかないだろう。
まず考えるのは、我が子の課題の解決であり、発達の遅れがあれば、それを治してほしいという願いを懐き、そして、「専門家に相談すれば、なんとかしてくれる」という希望を持って相談室の戸を叩くはず。


だから私は、支援がなかったから、親御さんが思い悩み、悲劇を生みだしているとは思わない。
むしろ、支援はあったのだと思う。
そう、希望の持てない、希望を打ち砕く支援&支援者が。
本当の悲劇は、唯一、助けてくれると思った存在である“専門家”と呼ばれる人から「治りません」「一生涯、支援が必要なのです」というメッセージを受け取ることだと思う。


我が子の自立を願わない親などいないはずだ。
親は、子どもより先に死ぬことを前提に生きる。
自分が死んだあと、赤の他人の手を借り続けなければ、私の子は生きていけない、ということを知ったとき、絶望が生まれるのだ。


発達障害は治る時代になったのだ。
だから、必要なのは、支援の数でも、潤沢な予算でも、福祉施設の枠の広がりでもない。
発達にヌケや遅れがある子を育て直す発達援助であり、「我が子が治るかもしれない」という希望である。
希望の持てない支援がいくらあっても意味がない。
自分たちの食い扶持と引き換えに、本人や家族の希望を打ち砕くような支援、支援者ならない方がましなのだ。


この地域にも、事件やニュースにならないまでも、ギョーカイの支援によって希望を打ち砕かれ、辛い思いをしている人達がいる。
藁をもすがる思いで相談される親御さんに対し、専門家と言うんだったら、治さなければならないのだ。


「発達のヌケは、あとから取り戻せますよ」
この一言で、相談に来られた親御さんは、パッと明るい表情になる。
だから、私は「発達障害は治ります」と言い続け、実践し続けようと思う。

2017年6月8日木曜日

出世欲を持つ支援者

どんな仕事でも、「出世したい」「有名になりたい」「地位や名誉が欲しい」という欲を持っている人がいるものです。
こういった立身出世を夢見ることは否定されるものではなく、それが仕事人、社会人として自分を高めていくための力になるのなら、大いに結構だと思います。


特別支援に関わる者の中にも、当然、このような想いを持った人がいます。
ただ特別支援という仕事は、何か物を売ったり、作ったりという具合に、数値や形で結果が表せるものではありませんので、出世欲を持った人は悶々とし、道を誤ることが少なくないようにみえます。


学校の世界で出世といっても、教頭、校長になるくらいで、他の大多数の先生は、地位も、給料も大差はありません。
指導や生徒を成長させるのが長けているから管理職になれるわけではなく、管理職試験を受けて、合格した先生が管理職になります。
しかも、ある程度、年数を重ねないと、管理職になる権利すら与えられない。
ということは、その数十年の間、目に見える形で出世したい人は待ち続ける必要があります。


福祉の世界の出世というのは、これまた管理職になるくらいのものですが、福祉施設の管理職は名ばかり店長のようなもので、社会的地位があるわけでも、給料が良いわけでも、講演会を開けるような場があるわけでもありません。
ですから、福祉系で立身出世をしたければ、講演会を開いたり、啓発したりして地域に顔を出す機会の多い&有名支援者と顔見知りになれる何とかセンターの仕事に就くか、自分で事業所を起ち上げ、代表になるかになってきます。
または、有名支援者と呼ばれる人の元に行き、出世の機会を伺う、暖簾分けを狙うという方法もあります。


以前から私は言っていますが、支援者というのはインチキ商売なのです。
支援者の力で、課題が解決できたのか、発達&成長できたのか、本当のところはわからないですし、確かめようがないのですから。
どの人にも、課題を解決する力、成長する力、発達する力、自然治癒力というものがあります。
その内なる力が発揮されることで、望ましい姿へと変化することができる。
そのきっかけに支援者がなれることもあるかもしれませんが、実際は、内なる力が発揮された瞬間に、たまたまその支援者がいた、ということもあるのです。
支援者が、その人の内側に入って動かすことはできません。
つまり、支援者にいくらウデがあろうとも、主体はその人自身です。
ですから、どこまで行っても、100%支援者の成果にはならないのです。


自分の成果を味わいたい人、おのれの立身出世を目指す人は、特別支援の世界と相性が悪いように思えます。
このような人は、同僚や管理職、親御さんや外部の人間に“見える支援”、“見せる支援”をする傾向があります。
仰々しい支援グッズを作るのも、横文字に、専門用語を多用するのも、周囲に見せるための支援。
そこに透けて見えてくるのは、子どもの成長ではなく、支援している自分の姿を見て欲しいという欲求です。
自分たちで組織を起ち上げ、自分たちの何とかメソッドを作り、資格や認定書、ライセンスのやりとりごっこをするのも同じこと。
子どもの成長だけを純粋に願い、未来の社会を担い、作っていく若者たちを育てる、という想いと使命感に満ち溢れている支援者であったら、組織や資格を作ったり、やりとりごっこをしたりする時間は、すべて子どものために使いたいと思うはずですから。


支援者は、知識と技術、経験に価値があり、お金が発生するのだと考えています。
ですから、これらを磨き、本人や親御さんが利用しやすいように、ニーズが満たせるようにしておくことが責務です。
自分の出世欲は第一に満たすべきものではありませんし、そのためにひと様の生活、人生を使ってはならないのです。
国立の支援学校に異動願いを出し、そこで授業の準備はしないで、とにかく論文を書くために生徒をモルモットのように使う人。
とにかく有名支援者に近づいて、おこぼれを貰おうとする人。
出世のために、見せる支援をやろうとする人…。


物やサービスを作り、それを売って、お客さんに喜んでもらおうとする仕事は、その行為自体がより良い社会になるための営み。
だから、目に見える成果と社会貢献が重なり合いやすく、出世欲が良い方向へ向かう原動力になり得る。
しかし、支援職というのは、その人との関わりの中に仕事があり、成果の決め手はその人自身の行動によります。
よって、支援者は出世欲がおのれを高める力にならず、それがあることで却って道を誤らせてしまう危険性があるのだと思います。


大きくなり過ぎた出世欲、立身出世を夢見たばかり、道を踏み外した支援者をみてきました。
出世欲が強い人、コントロールできない人は、支援職は止めた方が良いと思います。
また、見える成果でしか、自分の価値に気づけない人も。
誰に評価されるわけでも、誰に認められるわけでもなく、「未来の社会を作る子ども達、若者たちを育てる」という信念の元、コツコツと準備し、おのれを高めていける人、それに価値を見出せる人が支援職に向いていると思いますし、それが支援者という仕事が果たす社会貢献だと考えています。

2017年6月3日土曜日

治さない方が差別である

「治す」と言うと、「差別だ」と返してくる人がいる。
どうして“治す”と“差別”になるのだろうか。
むしろ、治さない方が差別だと思う。


だって、病気の人に、「病気は治しません」「病気のままでいてください」と言ったら、病人は病気のままでいればよいんだ、ということになる。
治る方法があるのだったら、治さなければ、それこそ、差別になるだろう。


このような不思議な言動が、特別支援の中では恥ずかしげもなく、堂々と市民権を得ている。
しかし、治すと差別は、私の中では結びつかない言葉。
だから、私は考えた。
そういう人達の“治す”という概念が、私とは、一般社会の人達とは異なるのだ、と気が付いた。


差別というのは、マイノリティーの人達に向けられることが多い。
また、マイノリティーという存在を否定することに差別が生じる。
そうか、彼らの指す“治す”というのは、存在の否定という意味合いを含んでいるのかもしれない。


「治す」「治る」状態とは、変わること、変化することを意味する。
しかし、変化することに、より良い方向へ変わることに、どうして否定が入るのか、最初はわからなかった。
変わることに、否定はいらない。
現状を起点とし、変化すればよいだけのこと。
つまり、現状との繋がり、今の姿、自分との繋がりの中で変化が生じる。
だが、彼らはどうも変わるには、現状の否定から出発せねばならない、または現状の否定、今の自分自身の否定を受け入れた先に、初めて一歩が踏み出せる、と考えているのかもしれないと思った。


「治すのは差別だ」「治るのは差別だ」と、わけのわからないことを言う人達の顔ぶれを見ると、「周囲から否定された子どもの頃の自分」を背負って生きている人が多いような印象を受ける。
子どもの頃はみな、親から、教師から、大人から、いろいろなことを言われる。
「あれがダメだ」「これがダメだ」「ここを治せ」と大人から言われるのは、子どもの日課のようなものである。


親子間でしっかり愛着形成がなされていれば、いちいち「あなたの存在を否定しているのではなく、その行為の過ちを、また将来、より良くなってほしいから、言っているのです」と言わなくても、子どもは察することができる。
しかし、愛着形成の段階に脆弱性があると、注意されることを自己否定と捉え、変わることを恐怖と感じる。


自分という存在が無条件に愛され、受け入れられるという実感を得られなかった子どもは、自分に投げかけられる言葉、一つ一つに反応し、背中を緊張させる。
だから、彼らは変わろうとしても、実際に変わったとしても、愛情を受け取れなかった、ありのままの自分を受け止めてくれなかったという経験から、反射的に変化することにネガティブな感情を懐いてしまう。


「変化することは、今の自分、過去の自分を否定することから始まる」と考えるのは、誤学習である。
変化には、否定は存在しない。
あるのは、過去の自分、今の自分から続く歩みだけである。


支援職というのは、目の前の人が変わることを援助する仕事である。
変化を促す人間が、変化に対し怯え、ネガティブな感情を懐くのであったら、それは役割を果たせないことになり、支援職失格を意味する。
よく「自分も同じような体験をしたから、気持ちがわかる」などと言って、支援職に就こうとする人間もいるが、そういう人は、共感すること、相手を無条件に受け入れることを仕事だと勘違いする。
ただ共感する、受け入れるだけだったら、ボランティアで良いし、身内や友だちで構わない。
支援職とは、変化を起こすプロのことであり、発達障害の人達と関わる者であれば、治る方向へ変化させること、治すことこそが仕事である。


「治すのは差別だ」と言う支援者は、治そうとする人に向けて、その言葉を発しているのではない。
本当は、子どもの頃、自分に変わることを促してきた大人に向けて叫んでいるのだ。
彼らは「治すのは差別だ」と言っているのではなく、「僕のことを否定しないで」「私のことをありのまま受け入れて欲しかった、ただ存在を認めて欲しかった」と言っているのだ。


支援職とは、このような歩み、基底欠損を抱えたまま大人になった者たちが集まる仕事でもある。
しかし、支援を求める人達は、より良い未来を求めているし、社会も現状維持ではなく、変化を求めている。
支援者の中には、子どもの頃の自分を支援している人間が少なくない。
だからこそ、「治すのは差別だ」という支援者に近づいてはいけないのだ。

2017年6月2日金曜日

構造化しただけでは、教育をしたことにはならない

「“構造化された支援”というのは、福祉と相性が良い」
そんな風に感じながら、福祉の世界で働いていました。


構造化された支援というのは簡単に言えば、情報を整理することで伝わりやすくし、その結果、混乱や誤解を防ぐもの。
人員が少ない福祉にとっては、一度用意しさえすれば、あとはそれを見て自分で動いてくれるというのは大助かりです。
たとえ、それがルーティンで動いていたとしても。


福祉職員にとって大変なのは、手が足りないことですから、問題行動のリスクを減らし、自分で動いてもらえる構造化された支援というのは、提供する側にとっても有難いツールになります。
ただし、福祉職員の大半は、福祉系の学校の出身者か、当事者の家族、「仕事を探していたら、たまたま。特に学歴、資格必要ないし」という人が多いので、同じ構造化を使い続ける、また構造化して一人で動いたらゴールという傾向がありますね。
教育的視点、成長や発達といった視点を持たないと、構造化された支援は、利用者をコントロールする道具に様変わりしてしまいます。


支援級でも、“構造化された支援”というのは、用いられています。
もちろん、学校内も刺激が多い場所ですから、情報を整理し、見通しを持って、落ち着いた一日が過ごせるというのは、とても大切なことです。
しかし、残念なことに、構造化した先の“学び”が見えてこない学級というのが存在します。
特に、福祉リードで構造化された支援を導入してきた当地では、子どもの学校生活に構造化を入れることに熱心な教員が多いのです。
そして、そのような福祉から学んだ教員が、今はベテランの位置にきていまして、中堅、若手に指導する立場となっています。
で、その本来の意味も分からず、せっせと構造化に勤しむ中堅、若手の教員たち。
こういうのが続きますと、いつの間にか、構造化された支援が教育活動だという誤った認識を育むことになります。


構造化された支援というのは、支援であって、教育ではありません。
約半世紀前の創始者も言っているように、構造化は準備であり、何の準備かと言うと、教育するための準備です。
つまり、より良い教育が行えるようにするための情報整理、環境の整備が中核なのです。


先ほど、お話ししたように当地は「福祉リード」の歴史があります。
ですから、支援級を見ると、どうも福祉施設の匂いがしますし、「これは自立や通常級を意識したものではなく、福祉施設に入るための、福祉施設に適応するための場所??」という印象を受けます。
一日学校に行って、教科学習の時間が10分だけ。
あとは自立課題をやって、余暇を過ごして、構造化された支援の使い方を練習…。
「学校で問題なく、落ち着いて過ごせたら、それでOK」みたいな価値観が根付いてしまっているのが、歯がゆくて仕方がありません。


「今日、学校で、どんなことを勉強してきたの?」と尋ねると、プリント1枚、算数の計算問題だけ、漢字練習だけ…。
これでは、同世代の子と差が開くばかりです。
自閉症、発達障害という診断名だった子が、中学生になる頃には知的障害が増える、なんて話は珍しくありません。
「通常学級で学ぶには困難がある。だから、個別級でその子に合わせて勉強」というようにベースが通常学級、教育にあるはずなのに、「通常学級で学ぶには困難がある。だから、勉強よりも、安定した学校生活が送れるように」と福祉ベースになっている現状。
なので、私は関わってきた子ども達は、みなさん、通常級のまま、通常級に転籍できるよう発達援助を行ってきました。
本来、ちゃんと学力がついて、成長できるのなら、通常級も、支援級でも、良いと考えていたのですが。


構造化したあと、「何を教えるか?」が重要です。
構造化して、「はあ~、一仕事終えた」ではいけません。
構造化しているだけでは、教育とは言えませんので。
当地だから、教室に構造化があるだけで見逃されているのかもしれませんが、朝から学校に行って、10分間、プリント1枚やって勉強おしまい、なんてあり得ませんよね。
お預かりで良ければ、福祉並みの人員、給料、予算、環境で良いはずです。
しっかり一人ひとりに合わせた学びが行われ、将来の自立に向かって成長してもらいたいから、教育予算というのは、福祉よりも多く、教育の中でも障害を持った子に厚くなっている。


福祉のように、一日平穏無事を教育が求めてはいけないと思います。
「構造化に力をいれなくても良いので、教科学習をしっかりやってください」
何度お願いしたか分かりません。
「あなたは、構造化して、この子に何を教えようとしているのですか?どんなことを学んでもらおうと考えているのですか?」
こういった私の問いかけに、ベテランの先生はムッとし、若手の先生はハッとされるのです。

2017年5月28日日曜日

支援者のお人形の1つになってはならない

寂しい気持ちを持つ子が、お人形を自分の周りに並べて置くように、主体性のない人をそばに置く。
そんな支援者は少なくない。


支援者というのは、本人も気が付いていないような“寂しさ”を持っている者が多くいる。
その寂しさは、その人が持つ愛着障害からくる。
「愛着障害があるから、支援者になったんだ」
本人の口からは出ないが、身体の奥そこから、そんな声が聞こえてくる者もいる。


支援者にとって、いや、愛着障害を持つ者、基底欠損を抱えたまま大人になった者にとって、主体性ほど、怖いものはない。
何故なら、基底欠損が埋まっていない自分にとって、主体性とは未知のものであるから。
また、主体性のある人は、「No」が言えるからだ。


愛着障害を抱えた支援者というのは、「No」と言われるのを恐れている。
自分が幼い頃、大切な人から発せられた「No」を連想するのだろう。
だから、当事者の方、親御さんが、自分の足で歩もうとすること、「支援はもういりません」と表明することを、「(自分が)拒否された」と捉えてしまう。
一方、充分に愛されて育った人間は、自分が関わった人が自立していくことを心から喜べる。
自分の大切な人から返ってきた反応だから、それを知っているから、身体を通して体験しているから。


有名支援者と呼ばれる人の周りには、いつも並んでいる人形たちがいる。
その人形たちの正体は、主体性のない当事者であり、保護者であり、同じように愛着障害を抱える支援者である。
有名支援者は、そういった人形たちの姿を見て、何も言わずに自分のことを見つめてくれる人形たちを見て、意識の上では「自分が必要とされている」というメッセージを確認し、無意識の上では自分の寂しさを埋めている。
だから、有名支援者にとっては、人形たちがそばにいることが重要なのだ。
口では「自立のための支援」と言うが、欠けのある心は、「自分から離れていってほしくない」と叫んでいる。
自立しよう、自分から離れていこうとする当事者、保護者がいると、反射的にそれを止めようとする。
「私の大事なお人形さんを持っていかないで」と言って涙を流す子どものように。


有名支援者のそばで、お人形として生きるのも、その人の選択である。
しかし、本気で自立を望んでいる当事者、保護者の方は、この事実に気が付いてほしい。
彼らは、心から、あなたの自立を望んでいるのではない。
彼らが望んでいるのは、人形のように、いつも自分のそばにいて、何も言わずに見つめてくれる人だ。
支援者にとって、あなたは、たくさんある人形の中の1つにすぎない。
だから、自立しようと思うのなら、まず主体性を持つこと。
主体性を持って、「私は、あなたの人形にはならない」と表明することだ。


人形になるために、この世に生まれた人などいない。
一人ひとり役割をもって、この世に生を受けたはず。
命の使い方は、自分自身で決めるべきだ。
支援者に利用されてはいけない。
支援者とは、主体性を持って選択し、利用するものなのだから。

2017年5月26日金曜日

ただ単に努力不足、経験不足

みね子が「お給料減ったんだし、仕事も1割くらい手を抜こうよ」と言っていたら、幸子は焼き芋をご馳走しようとは思わなかったはずですし、最後の夏さんとのシーンに、観ているものが心を動かされることはなかったでしょう。


世の中、自分のせいじゃなくても、うまくいかないことなんて山ほどありますし、頑張ったことがすべて報われるわけではありません。
でも、だからと言って、頑張ること、努力することが無駄なのかと言ったら、そんなわけはなく、そのひたむきな行為自体に自分を成長させる力、自分の人生を豊かにする力、そして、周りで見ている人達をより良い方向へと動かす力があるのだと思います。


「みね子には、いつかビーフシチューを自分の力で食べて欲しいな」
「私も、今日一日、仕事を頑張ろう」
と、ドラマを観ていた人が思うのですから、実際、側にそのような人がいたら、もっと大きな刺激になるはずですし、こういった人が増えることで、社会をより良くすることにつながっていくと思うのです。


私はずっと「努力」という言葉の前に「無駄な」という形容詞が付くなんて思いもよらなかったですし、そういったことを言う家族や友人、先生などが側にはいませんでした。
ですから、社会に出て、というか、特別支援の世界に入って、努力を否定する人、努力に無駄な努力というものがあると思っている人、「努力しなくても良いんだよ」と他人様に言う人を見て、意味が分からなかったのです。
努力や頑張り、そして経験にやらなくて良かったことなどありません。
こんなことを、普通の人には言わないことを発達障害の人達に言うもんだから、ちょっとしたことでも頑張ろうとしない人、「頑張ろう」と言うと、「無理です」「怖いです」と言う人、そもそも経験不足の人が増えていくのも当たり前だと思います。


よく相談で、「仕事をしたい」という成人の方からのお話があります。
「じゃあ、どんな仕事がしたいですか?できそうですか?」と尋ねると、「わかりません」と言い、「こんな仕事は」と提案すると、それは無理、あれは無理、何々ができないから&苦手だから無理、と言われる場合が多いですね。
本人側の課題として、背骨が育っていないことなどがありますが、「見えないものは、ない」というのもありますから、経験不足の影響が大きいと思われます。


じゃあ、その経験不足は、発達障害だからかと言われれば、そうではなく、「環境の影響でしょ」というのが多い。
臆病な家族に、ギョーカイ支援者が、本人が得ようとする経験に待ったをかけてきた、そんな姿が見えるのです。
本人がアルバイトをしようとすれば、「まだ早い」とか、「難しいんじゃない」とか、「障害に理解のある(?)作業所の方が良いよ」とか言い、経験から遠ざけようとする。
また本人が頑張ろうとすることに、「そんなことをやっても意味がない」「無理しちゃだめだ」「ほかの部分で支障が出てくるよ」と、否定するようなことを言う。


そんなこんなで、頑張ったという経験、そして経験自体が、同世代の人達とは大きく違ってきます。
そんな中で、同じように本人が就職を希望しても、それは無理なお話。
だから、みなさん、実際に就職するまでには、学校を出てから何年も、同世代の人達がすでにやってきた経験を積む時間が必要だったり、まずは「頑張らなくいいよ」の支援から離れる必要があったりします。


自閉症の人の中には、「見えないものは、ない」という人が多いのですから、支援の方向性としては、経験させない、努力させないはあり得ません。
「見ないものは、ない」人だからこそ、見えるような機会を増やしていく支援が必要ですし、それが選択肢の幅、可能性の幅を広げることにつながるのだと思うのですが…。
アルバイトの経験もない、家で特にお手伝いもしていない、そんな状態の人が、いきなり一般就労は難しいですし、何がしたいか、何ができるかを想像するのですら難しい。
一方で小さいときから、障害云々に関わらず、同世代の子たちと同じような教え、経験、頑張るところは頑張らせる、としてきた親御さんの子は、一般就労している人が多いですし、そうではなくても、より自立的で、選択肢のある生活を送っている人が多いですね。


「無駄な努力」「無駄な経験」などという人は、結果が出ない努力や経験のことを指しているような気がします。
でも、結果と結びつけること自体がおかしいですし、大体そういうような発言をする人は、結果が出る前に努力を止めている人ばかり。
結果が出るくらい努力しない人に限って、そのようなことを言います。
または、努力の方向性が間違っていることに気がつけない人、気がついても修正できない人ですね。
ですから、努力の意味を教えていくことは大事ですし、その前提として小さいときから努力をさせること、また大人自身が努力する姿を子どもに見せることが大事だと思います。


数日前のブログにも書きましたが、丸投げする親御さんは、親御さん自身が努力しようとしない、また結果の出ることだけしかしたくない、という人が多いと言えます。
また商売のために、固定資産化を目指し、「頑張らせない」「経験させない」という支援者もいますが、支援者自身が愛着障害を抱え、幼きときから「親に好かれようとしても無駄だった」「愛情を受け取ろうと頑張っても、そんな親がいなかった」という無力感、喪失感、空虚感を持ち続けているからこそ、そのように努力と経験の前に「無駄な」という言葉が浮かんでしまうのでは、とも思います。


発達障害があるから、努力しなくても良いわけではなく、頑張らなくても良いわけではありません。
発達障害があるから、経験しなくてよい経験などないはずです。
努力の仕方や頑張りの方向性、経験の積み重ね方に支援が必要かもしれませんが、決して努力や経験自体を取り上げることが支援ではないですね。
「社会の理解ガー」ってやっても、家の中で悶々としてても、支援者の勧めるままに軽作業をしてても、就職先は降ってはきませんし、必要な力が身につくわけでもありません。


足りないのは、社会の理解でも、支援者の数、予算の額でもなく、ただ単に努力と経験だと思いますし、そのような人には直接伝えるようにしています。
また努力しない、できないのなら、努力している人、頑張っている人のことをとやかく言うんじゃない、とも併せて言うようにしています。

2017年5月25日木曜日

親が支援者になる必要はない

親御さんが、自閉症支援に熱心になると、子どもが伸びなくなって、自閉症支援を仕事にすると、子どもが自立できなくなる。
どこの地域にも、とりつかれたように自閉症支援をやっている親御さん、ギョーカイの片棒を担ぎ、ギョーカイ人から「頑張っている親御さん」と見られたい親御さん、そして挙句の果てに、児童デイや作業所を作る親御さん、っていますよね。
もうすでに、その“顔”が浮かんでいる方もいらっしゃると思います。


どうして自閉症支援を頑張ると、子どもが伸びなくなるのか?
それは、とっても簡単な理由。
だって、ギョーカイのやっている自閉症支援って、自分たちから完全な自立を目指した支援ではないから。
親と違ってギョーカイ人は、商売で支援をやっているのです。
そして、その多くの支援者は、愛着障害を持っている。
つまり、自分たちのために、自分たちの手の中で、一生過ごしてもらうための支援が展開されているのです。


このような自閉症支援をいくらマネしても、熱心に頑張っても、支援がないと生きていけなくなる人を育てるだけで、親としての役割であり、本能である「我が子の自立」は遠くなるばかりです。
自閉症支援に傾倒するということは、親ではなく、支援者になるということ。
別の言い方をすれば、子育てから仕事に変えること。
また子どもから見れば、親が減り、支援者が増えるということです。


そもそもThe自閉症支援の一つ、構造化された支援も、始まりは家庭での療育です。
親御さんに学んでもらい、支援者がサポートし、家庭での療育を頑張ってもらうために行われていました。
つまり、中心は家庭であり、やっていることは子育てだったんですね。
その子育ての仕方に工夫がいる。
それのアイディアが構造化された支援。
情報を整理し、わかりやすくすることで、自閉っ子により良く学んでもらおう、成長してもらおう。
そして、親御さんに子育てを頑張ったもらおう、という目的がありました。
決して、親御さんに子育てを頑張らなくて良い、療育は支援者が行うから、という話ではなかったのです。


ライセンスビジネスをけん引しているギョーカイメジャー達も、こういった歴史、事実は知っているのです。
そして、その当時の創始者たちに直接学んでいて、その人達の想いに触れているのです。
しかし、彼らは多くの支援者、親御さん達が知らないのを良いことに、自分たちの懐と自尊心を満たすために、支援者の大量生産を行っている。
それが2000年以降の出来事です。


そうして、親ではなく、支援者になった親御さんの子ども達が、どんどん成人し、その多くの若者たちが支援という枠の中で生きるしかなくなっている。
「支援を受けながら生きることが、子どもの幸せだ」というギョーカイキャッチコピーに何の疑問ももたずに、グレーの子はどんどん黒く、必要なところに支援ではなく、支援がないと生活できない人へと後押しすることとなる。


「完全に他人の手を借りず、自立している人間などいない」という屁理屈を言う人もいますが、本来、支援を受けながら生きることが、我が子の幸せだなんて思う親などいないのです。
多くの動物は、自分でごはんが食べられるよう、自らの足で自分の生活、人生を歩んでいけるよう子どもを育てようとします。
動物として、長い年月行なわれてきたこの営み、命の連鎖が、進化の過程で言えば、ほんの一瞬しか経っていない特別支援に負けるわけがないんです。


自閉症支援を頑張ってきた家庭と、子育てを頑張ってきた家庭。
どちらのお子さんが、社会の中で資質を活かせているか、より幸せな人生を送っているか、すでに結果が出ているはずです。
ですから、私は若い親御さん達に、「子育てを頑張ってください」「支援者になる必要はありません」と言っています。
発達のヌケや遅れを育て直すのも、動物としての子育てだと考えています。
構造化された支援も、より良く子育てを行ってもらうためのアイディアの1つ。
決して、親が支援者になってはいけないのです。


親としての幸せは、我が子が自立することであり、子どもの幸せは、親から自立できること。
本来、親と子が求める幸せは、同じはずです。
そうでなければ、長い年月、動物たちは命のバトンをつないでくることはできなかった。
動物としての本能、感覚を失った人、発揮できない人に根本から発達を促すことは無理だと私は思います。
だからこそ、親御さんには、親であることを大切にしてほしいのです。

2017年5月24日水曜日

「親御さんが障害を受け入れてくれなくて…」という相談

「親御さんが障害を受け入れてくれなくて…」といった相談が、支援者側から届くことがあります。
でも、これってどういう意味なのかなって思いますね。
親御さんが障害を受け入れるかどうかで、学校として、支援機関としてやるべきことが変わるのでしょうかね?


「何々障害」という診断名があろうとなかろうと、やるべきことは、その子が困っていることがあれば、それを解決するための援助をすることであり、発達のヌケ、遅れがあれば、それを育て直すお手伝いをすること。
何も難しく考えるようなことでもなく、苦しむ人がいれば、その苦しみから救おうとする、まだ成長途中の子どもを見れば、自立していけるよう導く、それが自然な振る舞いであり、先に生きる者としての役割、責務です。


ですから、支援者側から「親御さんが障害を受け入れてくれない」という訴えをする場合、そこには言い訳が隠れているような気がするのです。
うまくいかないのは、親御さんが障害を受け入れないからではなく、あなたに腕がないから。
治しやすいところから治すのが基本なので、「その治しやすいところが見つけられない」「気づかない」「治しやすいところすら治す方法がわからない」というのが、事実なのでしょう。


一方で、このような相談をしてくる支援者側にも同情すべき点もあります。
それは、親御さんが“障害を受け入れない”という点ではなく、何もしない、何もさせない、という点です。
障害云々というのは、人工的なお話であり、そっちの方が効率がいいから、便利だから、という話なので、どうでも良いのです。
しかし、我が子が苦しむ様子を見て、「同情するだけ」「何も手を打たない」というのはいただけません。
「このままでは自立できないかも」「将来困るかも」と思えば、自然と育てるという動きが湧き出てくるはずです。
それなのに、その動きが出てこない親御さんがいる。
これは問題だと思うのです。


私のところにも、こういった親御さんからの依頼がきます。
私に連絡した時点で“動き”なのかもしれませんが、実際は“丸投げ”という方もいます。
「私には専門知識がなくて」「支援は無理で」などと言われます。
でも、それは丸投げして良い、自分は何もしなくて良い、という話にはなりません。
子どもが困難を乗り越えられるよう親も一緒に努力をする、やれることをやる。
将来の自立のために、家事を教える、一緒に手伝わせる、家のお手伝いをさせる。
こんなのに専門知識はいらないのです。
親としての役割を果たすのに、支援者の力はいりません。


我が子の障害を受け入れるかどうか、診断を受けるかどうかは、どうでも良いと思います。
でも、我が子が困っていたら、このままでは自立できないと思ったら、何かやってほしいと言いますか、何か動きたくならないのかな、って思うのです。
冒頭の「親御さんが障害を受け入れてくれなくて…」という言葉の裏には、「親御さんが我が子が困っているのに、何もしないんです」という訴えも入っているような場合もあるのです。
「別に学校と同じことを、同じようにやらなくても良い。でも、何か我が子のために、家庭でも頑張ってほしい」
そんな声が聞こえることもあります。


私は、起業してから一貫して丸投げされる家庭には改善を求めますし、それでも変わらない場合は、依頼をお断りしています。
つい先日も、丸投げされるご家庭の支援を打ち切ったばかりです。
私は子育ての代わりをするつもりはありませんし、そんなつもりで起業したわけではありません。
私はあくまで補助であり、主体は親であり、その子自身です。
大事な我が子の子育てを他人に丸投げをする。
そんな姿勢、考え方に私は共感できないのです。


支援を受けて当たり前、支援が身近にあって当たり前。
そんな環境が、こういった丸投げを生んでいるような気がします。
「特別支援はやらなくて良いけど、子育てはしようよ。だって、大事な我が子だし、未来を作る人達だから」

2017年5月22日月曜日

社会を恨んでいる暇はないでしょ

有名人が「実は、私、発達障害でして…」と告白すると、「よく言ってくれた」「勇気づけられた」「私達の代弁者だ」なんて声が上がります。
でも、この人が告白しても、変わるのはこの人の仕事だけ。
この有名人には、今までとは違って発達障害関係のお仕事が増えるでしょうが、告白を称賛している人たちに仕事が舞い降りてくるわけではありませんね。
棚ぼたも、人を選びますから。


もし称賛したいのでしたら、その有名人の生き方ではないでしょうか。
どういう家庭で育ち、どのように学び、職を得、そしてその仕事を続けられているのか。
こういった生き方に、自分の人生をより良くするためのヒントがあるように感じます。
有名人が告白するかどうかより、自分の人生の方が大事ですよね。


私も、この仕事を続けていると、いろんな人にお会いしますが、どうも「自分の人生を一番に考えていないんじゃないの、この人」って方を見かけますね。
壇上に上がり、ずっと自分の苦しみ、社会の理解を訴える。
でも、その人は感覚過敏に苦しんでいる、二次障害に苦しんでいる。
「いやいや、社会に訴える前に、症状と病気、治しなよ」って、声には出さないが、聴衆の心の中でツッコミの嵐が起きる人。
社会を変えるより、自分の生活を変えなきゃねって感じ。


こういう人達を見ると、「責任転嫁したいだけじゃないの」って思ってしまいます。
無駄に敵を作り、社会を恨む。
私も実際、このような人に支援で関わることがありますが、はっきり言いますよ。
「社会を恨むのは、時間の無駄」
「社会を恨んでも、社会から理解を得られても、努力しない者は受け入れられないし、スキルがない者は仕事が得られないのは変わらない」
「社会は怖いところではなく、頑張る人に優しいところ」


結局、こういう人って、どうしたら良いか分からなくて迷っている人達。
だから、自分以外の“敵”が必要なんですね。
だから、有名人が障害を告白するのを見て、「自分以外にも苦しんでいる人がいることを知って安心したい」→「いじめとか、苦労話を聞きたい」→「社会の理解ガーってやってほしい」という感じに、「自分は悪くないんだ、仕方がないんだ。だって、〇〇が悪いから」と思いたいだけなのでしょう。
本当に、自分の人生を第一に考え、幸せになろうと思うのなら、社会を恨んでいる暇はないし、告白した有名人の生き方に注目するはずですね。


どうしたら良いか分からなくて迷っている人達に必要なのは、妄想の否定と、今日からできる具体的な方法です。
決して、彼らの好き放題、苦しみの垂れ流しができる場の提供ではないんです。
そして、自分以外の誰かが社会を恨むような言動をしているのを見て、ほっとしたり、「よく言ってくれた」と喜んだりするのは、「健全ではない」とはっきり伝えることが大事だと思うのです。
その心持ち、思考こそ、病であり、治すべき対象だと言うべきだと思うのです。


「苦しんでいる人達、少数派の人達が声を上げることで、社会を変えていく」なんて言われますが、私はそのようには思いません。
だって、昨日のNHKの特集を見て、一般の人は心を動かされたでしょうか。
社会を変える力を持つ人達、社会を変えていく人達というのは、苦しんでいる人ではなくて、苦しみを乗り越えた人だと私は思います。
乗り越えていない人、「まず自分自身が乗り越えてよ」と思われる人のメッセージは、人々の心を動かしませんし、社会を変えることはできません。


私は、いつまで苦しみの垂れ流しをお膳立てするんだろうと思うのです。
そんなことばかりしていたら、ますます一般の人達と心が離れていくばかり。
幸せになった人、克服できた人、治った人、そんな人のメッセージこそ、あとに続く者たちの希望となり、社会を変える道を照らすことになる。
だからこそ、自分の生活、人生、幸せを第一に考えないといけませんね。


どうも陰気くさい番組は嫌ですね。
まあ、本も、講演会も、人も、ですが。
お店も、照明が暗いお店を増やすより、どんなお店でも買い物ができるように治す方が、何倍も、何十倍も、ショッピングが楽しめると思いますがね。

2017年5月12日金曜日

「まずは二次障害を治してから、就労を目指しましょう」という決まり文句

いわゆる二次障害を持った成人の方は、支援者にこう言われる。
「まずは二次障害を治してから、就労を目指しましょう」と。


実際、私のところにも、支援者からこのように言われたという人が来ます。
そして、みなさん、支援者から「無理をしない」と言われれば、挑戦や新しい試みは行わず、「今は休むとき」と言われれば、ゆっくり休むことを行っていました。
当然、エネルギーのある10代、20代の若者たちは、「休め」と言われて休んでいるけれど、日々、変化のない、休むことだけの時間と生活に、息が詰まり、ふつふつとした思いが溢れ出してくる。


こういった生活が続くと、「他の人は働いている」「みんな、自分の生活を送っている」「それに引き換え、自分は…」となり、本当に心が病んできます。
支援者から言われた通り、しっかり休んだ人が、どんどん病んでいく。
これが笑えない現実です。
そうして、どんどん年齢が上がっていき、履歴書の空欄が広くなって、本当に働く機会が失われていくのです。
実際に働くために動き出したときには、福祉の道しか残っていない。
ギョーカイの目指す固定資産化は、ここに完成をみます。


私のところに連絡をくださる方達は、みなさん、「このままでは、一生望んでいる就労はできない」と気が付いた人であり、自分の内側から湧き上がってくる感情を抑えられなくなった人です。
このようにギョーカイの手の中から出ようと動き出した人は、みなさん、精神状態のどん底を抜け出し、快方へと向かっている方達ばかりです。
ですから、私は実際に就職に向けたサポートをします。


「二次障害が治っていないのに、どうしてそんなことをするんだ」
「そんな状態で動き出し、また状態が悪くなったらどうするんだ」
というような意見をいただくこともあります。
でも、そういう支援者の負け惜しみにかまっている暇はありません。
何故なら、就職活動、そして働くことこそが治療になると考えているからです。


私は、医師の「治った」という言葉ではなく、自分自身で「治った」「大丈夫だ」という感覚を持った人の方が正しいと考えています。
実際、そういう人達は、希望の進路に向かって歩みだすと、どんどん回復していきますし、治っていきます。
そういった姿を見てきました。
私は、「自分が社会の誰かの役に立っている」「今までの自分とは違う」「自分の人生を自分で決めることができている」、こういった想いを感じられることこそが治療だと思うのです。


結局、二次障害というのは、実態のないオバケのようなものです。
周囲から「怖い、怖い」と言われ、怖い何かがあるような錯覚を起こすようになっているだけです。
想像してみてください。
もし医師から「二次障害が治りました」と言われたら、支援者たちは、自分の希望する進路、就職に向けて全力で応援、サポートしてくれるでしょうか?
そうなる場合は、多くないと思います。
だって、支援者から完全に自立してもらっては困るから。
ずっと支援したいのが、支援者なのです。
だから、「二次障害が治りました。一般就労を目指します」と言えば、きっと支援者は「でもね、発達障害があるから」「障害の理解のない職場は難しいから」と、ストップをかけるはずです。
「二次障害」というオバケが消えたら、「一次障害」というオバケを出してきて脅かすだけです。


私は、支援者の言う「二次障害を治してから」は信じていません。
何故なら、支援者が本気で二次障害を治そうとしないし、治した実績を見たことがないからです。
それに働くうちに、一次も、二次も、どちらの症状も良くなる人、治っていく人、別人のように成長してく人をこの目で見てきたからです。


身体や精神状態が辛い人は、まずその症状を緩めていくことが大事です。
しかし、いつまでも療養していては、治り切ることはない。
私は、自分で「治った」「働いてみよう」と思ったときにこそ、動き出してほしいと思っています。
その内から溢れ出る想いに沿った生き方の方が自然であり、自然治癒力と発達する力を引き出すような気がするのです。


今まで、支援者から言われた通り、無理せず、挑戦せず、とにかく休む、ということを続けてきた人が、いつまで経っても、好不調の波から抜け出さず、気が付いたときには、選択肢が狭まっている、という姿を見てきました。
ですから、支援者の言葉よりも、自分の内側にある言葉に従ってほしいと思います。
治す力は、自分の内側にあり、社会の中にあるのですから。


支援者の言う「二次障害が治ってから」という“とき”は、本当にやってくるものなのでしょうか?

2017年5月11日木曜日

一次障害と二次障害は分けられるものなのだろうか

近頃、私はこう思うんです。
「一次障害、二次障害を分ける必要があるのだろうか」「分ける必要はないんじゃないか」と。


二次障害って、自閉症の人で言ったら、その特性からくる困難さとは違った別の問題のことを指しますよね。
で、認識としては、発達障害+鬱や睡眠障害、問題行動のある人って感じ。
「まずは二次障害を治しましょう」なんて、よく言われることで、二次障害のある人は、支援よりも先にそちらを治療してから、という決まり(?)、雰囲気みたいなのがあります。


でも、私も、発達障害だけではなく、そういった二次障害と呼ばれるものを持った人と接しているのですが、二次障害だけに焦点を当てた治療を受けても良くならない印象を受けます。
例え、鬱などの精神疾患の状態が良くなったとしても、どうも経過が不安定というか、また時間が経つと悪化する感じ。
結局、良くなった、悪くなったを繰り返して、何年も時が経つ、みたいなことが多いような気がします。


私は医師ではないので、そういった精神疾患の治療はできないため、こうするしかないのですが、反対に一次障害というか、発達の遅れやヌケを取り戻すような援助を続けていくと、精神面も、行動面も、安定していくような気がしています。
これは良く考えると、当たり前な話で、一次障害も、二次障害も、同じ人で起きている、同じ人の内側と繋がっている問題ですから。
成長する過程で残してきた発達のヌケを辿り、育てなおせば、発達の凸凹は埋まり、生きやすくなる。
当然、本来、その人が持っていた資質だって表に出てくるようになります。
そうなれば、資質を活かして、より良く社会とつながることだってできる。


私には、「二次障害」という概念が本人のためのものではないように思えるのです。
一次障害だってそうですが、その人にとっては明確な区別などなく、あるのは気持ちと脳と身体の不具合、違和感だけです。
それが良くなり、ラクになれば、良いのです。
ですから、「二次障害」という概念は、本人のためのものではなく、医師の側のもの。
悪く言えば、医療と福祉、教育の主導権争いの言葉のように見えなくもありません。
「二次障害」という概念があることにより、医療は福祉、教育からイニシアチブをとります。
そして、福祉は「二次障害」というワードを使って、「二次障害にならないように」と自分たちの支援の維持と拡充を図っています。
また何か事件やトラブルが起きたときに、その人から問題の所在を切り離すために「二次障害」が使われることもあります。


結局、発達のヌケを抱えてくる人はいても、二次障害を抱えて生まれてくる人はいないんですね。
ですから、発達のヌケを埋める援助こそが、根本から治す行為だと思うのです。
「一次も、二次も、明確に分けれるものではない、だって同じ人の脳、身体、心とつながり、そこで起きていることだから」
治療のために障害があるのではなく、障害があるから治療がある。
大事なのは、目の前にいる人の生身の身体で起きている苦しみに目を向けることであり、そして、その苦しみを「ラクにしてあげたい」と思う心と、そのための行為が必要なのだと思います。

2017年5月9日火曜日

「問題行動の原因は、不適切な支援にある」というメッセージがもたらした影響

そうそう、「適切な支援がないと、二次障害になる」というのと同じ類の言葉がありましたね。
「問題行動の原因は、不適切な支援にある」というやつ。
私が新人のとき、よく上司や先輩、お偉い先生方から言われたことです。
まだまだギョーカイとはナンタルモノカ、を知らなかったあまちゃんの私は、その言葉を信じ、問題行動と向き合うたびに、己の力の無さを悔い、勉強する動機づけにしていました。


「問題行動が起きるのは支援者のせいだ」というメッセージは、問題を起こしても辞めさせられることのない福祉の世界の人間にも影響を与えました。
それは、支援者、仕事人としてではなく、その人の持つ心にネガティブな想いを懐かせていたのだと感じました。
そして、このメッセージは「隠す」という方向へ、ヒトの心を動かすのです。


自分が接している人に問題が起きたとき、「これは自分の支援の至らなさだ」と自動的に頭に浮かび、次の瞬間、口でそのことを否定する言葉を発している、そんな感じです。
「調子が悪かったんだ」「過去の経験が影響して」「周囲がうるさかったから」…。
「問題は障害のせいではなく、自分の支援の至らなさ」
これを受け止められない心の持ち主は、自分以外の「何か」のせいにし、そしていつしか見ようとしない、問題自体を隠そうとしてしまうのです。


あるとき、学校から寮に戻ってきた子から、ただならぬ雰囲気を感じたことがありました。
でも、先生からの引き継ぎでは「特に変わりなく」で、連絡帳を見ても、良いことしか書かれていない。
その瞬間、わかったんですね、「悪いことはなかったことにしよう」としているって。


ここからは一般論です。
全員に当てはまる、といっているわけではありません。
こういう風に書かないと、「そんな人ばかりじゃない」「一生懸命頑張っている人もいる」などと、言ってくる人もいて、めんどくさいので。


学校という組織、文化、仕事というのは、リスク、問題を一番に嫌うように感じます。
これは学校の補助、ボランティア、教育実習、施設職員、学校の教師、現職を通して感じたこと。
理由は簡単。
損失だけではなく、「売り上げが少ない」「成果が足りない」というのでも責任が問われる仕事とは違い、問題が起きたときのみ、責任問題になる仕事だから。
つまり、問題を起こさなければ、クビにならない仕事であり、どうしても自分で責任を負おうとしなくなる。
自分のクビをかけて働こうとしている人間、問題が起きないように自己研鑽を積もうとする人間がいる一方で、普通の人達は責任回避というラクな方へと流れてしまう。
こういうのは、どんな仕事、場所でも同じだと思います。


このような文化、土壌のある学校に、「問題行動が起きるのは支援者のせいだ」というメッセージは、インパクトが強いものです。
学校で問題行動が起きれば、一大事です。
だって、それは教員の支援、指導の問題で、「あなたに責任がある」と言われてるのと同じだから。
ですから、記録として残る連絡帳、個別支援計画書、成績表等に、問題行動の記述は見当たらない。


「問題行動の原因は、不適切な支援にある」というメッセージは、問題の本質から目を逸らさせただけだった、と思うのです。
このように積極的に発信してきた当時の先導者たちは、我が子との間に負い目があり、自分の至らなさを受け止められない人であり、自分たちの組織を発展させていくために特別支援を広めることに突き進んでいた人たちのように感じます。
でも、彼らのやったことは、現場の職員を問題から遠ざけてしまうこと。


問題行動が、その人の外側のみで起っているわけなどないのです。
問題行動が湧き上がってくるのは、その人の内側からであり、その人の身体を通して行われること。
ですから、その人に無関係なことはなく、治すべき対象はその人の内側にある。
それなのに、外側にその原因を見ようとするから、問題はなくならないのです。
ギョーカイが問題行動を治せない理由は、ここにあります。


「想像力の障害」という特性は、問題行動の要因の大きな部分だと思います。
世の中の切り取り方、情報の取り方に影響を及ぼし、独特な解釈を生みますので、ツッコミを入れ、修正していく必要がある。
これは環境を変えることではどうにもならない。
そうです、治す対象は、その人の内側にあるから。
相手の表情が読めないことは人間関係のトラブルを生みますし、感覚過敏は他人との共有を阻みます。
これらも内側にストーリーの始まりがあります。


今ではその人の内側にある課題を育て、治す方法があるので、「問題行動の原因は、不適切な支援にある」という主張に耳を貸すものは少なくなります。
当時も、今と同じように、「問題行動は治す対象であり、変えるのは本人です。アプローチは身体からが近道で、育て直すのは発達のヌケなのです」と言われれば、もっと違った今があったように感じます。


問題行動は、環境がきっかけになることもありますが、変えるのは環境の方ではありません。
問題行動は治す対象であり、治すのは本人の内側にある。
そして、今はその原因となる特性を治すアイディア、方法があるのです。


問題が起きないように、起きないように、先回りしていた親御さん、いつも子どもとの間で緊張ばかりしていた親御さん。
そのような親御さんの姿を思い出すたびに、「問題行動の原因は、不適切な支援にある」という言葉が支援者、先生たちにだけではなく、親御さんにも大きな影響を与えたのだと思え、悔しくなるのです。


2017年5月8日月曜日

診断基準に書かれていない

自閉症の診断基準に、「二次障害があること」なんて記述はありませんね。
他にも、「支援がないと、安定した生活が送れない」ですとか、「一般就労はできない」「週40時間働くことができない」「通常級は無理」「集団は無理」「頑張るのも無理」「社会の無理解に苦しんでいること」なんていう記述もありませんね。


でも、ギョーカイは、あたかもそれらが自閉症の人の必須条件のように言います。
彼らが主張する「早期発見、早期療育」「支援があれば」「理解があれば」の根拠は、こういった二次障害を防ぐためであり、安定した生活を送るため、というもの。
でも、そんなのが自閉症の特性ではなく、自閉症の人、すべてに当てはまるわけはないのです。


じゃあ、彼らが支援によって、自閉症の人達を何から守り、何を手助けしようとしているのか?
そうなんです。
その“何か”なんて、元からないんです。
彼らは、自閉症の人達を守ると言いながら、守っていたのは自分たちの仕事であり、組織なんです。
確かに、二次障害を持つ人、一般就労が難しい人も、中にはいます。
でも、それは自閉症の必須条件ではないですし、避けては通れないことではないんですね。
それなのに、いつの間にか、自閉症とそういったネガティブな事象をくっつけ、「それから守るんだー」「支援が必要なんだー」「社会の理解が必要なんだー」としたのです。


よく考えてみてください。
支援を受けることによって「ネガティブな事象を避ける」ってオカシナ主張だとは思いませんか?
本来、支援を受けることで、「ポジティブな結果が得らえる」「ポジティブな方向へと進める」というのならわかるのです。
特別支援で言えば、支援を受けることで自立度が上がり、就職の可能性が広がり、進路の選択肢が増える、というのなら、私も「支援があれば良いな」「彼らの主張を応援したいな」と思います。
でも、彼らのやっていることは、本人と家族を怖がらせ、自分たちのやりたい方向へと引き入れているだけなんです。
「支援がないと、大変なことになるぞー」と言って、支援者という仕事を守っているんですね。


ですから、みなさん、騙されてはいけません。
仕組みは、霊感商法と同じで、「ほら、あなたには霊がついています。このままでは災いが生じますから、壺を買いましょう。はい、百万円」と一緒です。
違うのは、壺が支援で、百万円が税金、ということです。
そもそも二次障害は自閉症にくっついていません。


そういえば、昔、ギョーカイは「適切な支援がないと、二次障害になる」という強引な主張をされていました。
でも、二次障害を持つ自閉症の人達は、ギョーカイ支援者の側ばかりにいませんかね?
これは、あなた達がずーーーとやってきた視覚支援、ABA、早期発見、早期療育、そして「社会の理解ガー」が、不適切な支援だったという証明ではないでしょうか(ブ)


これらが実を結び、適切な支援になっていたのなら、二次障害の人は増えるのではなく、減っていくはずです。
二次障害にならないための支援が、二次障害が減らないばかりか、治らないし、増える方向へといっている。
これでは、社会は聞く耳を持ちませんし、手を貸しません。
社会のためになる仕事をしなくてはいけませんね、特定の団体を生き延びらせるために社会は存在していませんから。


社会が求めていることは、自閉症の人達にその資質を社会で活かせるようになってもらうことでしょう。
それこそが、社会のためになり、より良い方向へと進んでいくのです。
ですから、社会はそもそも防ぐ支援なんて求めちゃいない。
求めているのは、ポジティブな変化をもたらす支援ですね。


支援を受けることで、働ける可能性は減るし、二次障害も増えちゃうし、福祉資源も益々必要になっちゃう。
例え、支援によって二次障害にならなかったとしても、彼らの持てる力を活かせなかったことに対する社会的損失の方が大きいと私は思いますね。
ギョーカイが栄えて、社会が滅びる、なんてことはないようにしなければなりません。


2017年5月7日日曜日

グレーにしたあと、彼らは子ども達の人生を何色にしてきたのだろう

昨日、ブログで書いた「グレー」という文字を見て、この言葉はあこぎな商売の、あこぎな言葉だと改めて思いましたね。
だって、支援対象を増やしたいがために作りだされた概念ですから。
いちお診断基準というのがあって、それが満たされたら自閉症、満たされなければ自閉症ではないんですね。


10年以上前になりますが、就職面接のとき、「自閉症の特性がみられるけれど、診断基準を満たさない人のことを何というんだい?」と訊かれました。
私が「診断基準を満たさないんだから、その人は普通の人です」と答えたら…
「そうなんだよ。今のやつらは、自閉傾向、軽度発達障害、グレー、ボーダーとか勝手に名前を付けて、障害児を増やそうとしてるんだ」と怒っていました。
そういえば、昔は自閉傾向が多かったですね。
“傾向”って何だよって感じです。
“傾向”がまかり通ってしまうのなら、この世はみんな、「自閉傾向」であって発達障害ですね。


自閉傾向というのは、2000年より前からありまして、発達障害を専門にしている医師は少ないし、しっかり診断できるところも限られている、だけれども、この人は「支援が必要だろう」ということでつけられる場合があったようです。
また低年齢のときに「自閉症」とつけると、親御さんはショックだし、「成長すると変わるかもしれません」と言いつつ、濁した言い方をしていたというのもありましたね。
診断基準は曖昧で、主観の入る余地がありありなので、こうやって「傾向」で逃げていたんです。
症状も、知的障害も、重い子が主でしたから、「支援を受ける」ニーズから始まる言葉でした。


こういった使われ方をする場合もありますが、グレーとか、ボーダーとかになりますと、逃げよりも、商売の、それこそ傾向が強くなったように感じます。
2000年代、高機能、アスペルガーブームに乗じて、こういったギョーカイ人にとって都合の良い言葉が生みだされちゃったんですね。
特性がある子は、みんなグレーの中に入れちゃえって。


こういう風に、ギョーカイのやっていることに否定的な意見を述べると、どこからともなく湧いてくる人達がいますが、本当に彼らが言うようにグレーの概念が、その当時の子ども達を救ったんですかね。
診断基準は満たさないけれど、特性のある子に対して行ってきたことは、何だったのか?
結局、その子たちにTHE自閉症支援、「頑張らなくて良いんだよ」「社会の理解ガー」「二次障害は怖いよ」とやって、障害者枠での就労と生活にしただけでは?
本当は、一般就職ができ、一般の人と同じくらいの給料で、一般の人と同じくらい生活の選択肢もあったはずなのに。


グレーの子たちは、白い方向へと進みたかったはずですし、それを希望していました。
当初、「グレーの子たちにも適切な支援が与えられるようになって、将来の自立につながります!」と言ってませんでしたっけ。
でも、やったことはグレーの子を黒くしただけ。
当時、グレーとなった子ども達の多くは、いつの間にか、どこから見ても黒い大人になってしまいました。
本人も、親御さんも、「適切な支援」「ちょっとした支援」で救われ、成長し、自立できると思っていたのに。


グレーという診断を受けたことで受けられた支援、そして、その後の自立度と…
グレーという診断を受けないことで受けられていた同世代の子と同じ環境、そして、その後の自立度と
を比べてみると、どうでしょうか?
私はグレーという診断を受けなかった方が、本人が変わり、成長できる可能性も、将来の選択肢も広がったように思えますね。
だって、そういう人達を見てきたから。


「グレーという診断を受けれたことで、幸せな人生を送っています」と言う人達は、どれくらいいるのでしょうか?
いたとしても、それは診断を受けることで、「支援サービスが受けられた」「二次障害にならなかった」「周囲の理解が得られた」というギョーカイの言うメリットの受け売りでは?


確かに障害者枠での就労ができたかもしれないし、支援を受けた環境で生活できるかもしれない。
困ったことがあれば相談に乗ってくれる人が、私の言う辛さにいつも共感してくれる人が得られたかもしれない。
でも、本当は、それ以外の可能性があったのではないでしょうか?
別の選択肢、別の人間関係、別の生活、別の人生があったのではないでしょうか?


このような「私の人生のプラスになった」という話なら私は納得しますが、どうも「マイナスを防げた」という趣旨での発言ばかりが聞こえます。
これってギョーカイのセールストークですね。
ですから、「グレー」という言葉を見聞きする度に、あこぎな商売の、あこぎな言葉だと私は思うのです。


2017年5月6日土曜日

障害を意識しない日常と、障害を意識する非日常

「どう頑張っても、障害の診断はつきませんよ」と、私は言いました。
親戚で集まったときに、お子さんの障害の話になり、「どう見ても、障害はないよね」というのと、「障害はなくならないんじゃないか」という話になったそうです。
そこで「明日、訊いてみる」ということでの私の回答です。


つい先日、定期の医師の受診があって、そのときには「経過観察」と言われたそうなんです。
当然、障害を付けたい医師が、一度付けた診断名を取り下げることはなく、一生コンスタントに受診してもらいたいのだから、いつ、どんな状態、成長&発達を遂げたとしても、「経過観察」としか言いませんね。
一度付けたら、診断のお話は終了なんです、こういった医師の中では。
ですから、フツーの病気の受診と同じように「経過観察=治ってない=障害のまま」というように親御さんは思っていたそうです。


そんな一方で、親戚から「どう見ても、障害はないよね」という言葉を聞き、ハッとさせられる自分がいた。
「そういえば、気になっていた行動もなくなったし、感覚過敏も収まった。授業も落ち着いて受けることができるようになったし、成績も悪くない」
この親御さんの話では、我が子の障害を認識するのは、「定期受診のときだけ」ということでした。


診断を受けたあと、「次は、いついつに」というので、その予約通りにずっと定期で通院していた。
別に具体的なアドバイスが貰えるわけでも、問題や症状が良くなるわけでもないけれど、障害を持った子は受診するもんだ、と思っていた。
けれども、フツーに遊び、フツーに勉強し、フツーに毎日を過ごせるようになった我が子がいる。
障害を意識しない日常と、「障害があって」という非日常。


私が「もう治ったんですよ」と言うと、親御さんは大変喜んでいましたね。
でも、それよりも喜んでいたのは、その子自身でした。
「え~、ホントー!?うれしー‼」と言って、大喜びです。
その子自身が、以前感じていた辛さを感じていなくて、しかも障害を意識することなく毎日過ごしているのです。
これって治ったということだと思いますよ、診断基準を満たすかどうかを抜きにしても。


この子の反応を見てもわかるように、たとえ子どもだったとしても、「障害のままで良い」なんて思っていないんですね。
スペクトラムの障害だからこそ、いや、自分の内側にある発達する力を知っているからこそ、どんどん発達し、伸びていきたいと思っている、いわゆるグレーの先にいきたいと思っている。
自分ではない大人が決めたもので、そして自分の未来とは関係のない大人が、「あなたはここだよ」と決めた場所に留まっておくなんてできないんです、子どもは。


大喜びする我が子に、親御さんが「障害が治ったんだって。よく頑張ったね」と言っていたのが、とても印象的でした。
最初にお会いしたときから、「発達の遅れ&ヌケを埋めて、ターゲットの課題を克服し、そのあとは遅れていた勉強を取り戻します」という話をしていたので、改めて「治った」話はしていませんでした。
大事なのは、しっかり勉強できる体勢を整えることであり、他の子と同じような教育の場で成長が続けられること。
治る時代に、発達援助という仕事をしている者にとって治すのは当然の責務です。
ですから、必要なのは「今、治りましたよ」というメッセージよりも、「もう援助はいらない段階まで来ましたよ」「もう自分の足で歩いていけますよ」というメッセージだと思っています。


親戚のみなさんで話したというのは、そろそろ頃合いが良いという合図かもしれません。
もうちょっと一緒に学べば、一般的な家庭教師、塾等も利用できるはずです。
本州育ちの私にとって、桜は卒業を連想させるもの。
GWに満開を迎えた北海道の桜を見て、この子との間にも卒業の匂いを感じるのでした。


2017年5月2日火曜日

なじむ援助

療育の時間は、なじまなければなりません。
「さあ、療育の時間ですよ」というのは過ちであって、「さあ、先生が来るよ」というのは失敗です。
スペシャルな時間に対する身構えを、本人から、家族から感じた時点で、私の腕は至らないのだと反省するのです。


私は仕事をする際、なじむことを心がけます。
その人自体になじむ。
その人の生活になじむ。
その人の発達になじむ。
その人の過去と未来になじむ。
その人の家族になじむ。
少なくとも、これらから見て、私との時間、援助が異質な存在にならないようにしています。


援助とは、その人の持つ発達する力を後押するために行われます。
しかし、ただ後押しすればよいのではなく、“自然に”後押ししなければなりません。
異質なものに後押しされると、それは造りものの、恣意的な、ケバケバしい、なんだか心地の悪い、手で背中を押された感じが残ります。
その“感じ”が残っている限り、いくら自分の足で立てるようになろうとも、歩を進めようとも、自立している実感が持てずにいます。


援助がその人になじむと、日々の生活を送っている間に、流れるように発達していきます。
本来、生活の中に発達が存在するので、生活から切り離された発達とは不自然なのです。
遊びながら、生活しながら、人と関わりながら、発達する。
その生活の中の発達が、何らかの理由で阻害されているからこそ、発達の援助が存在するのだと思います。
発達援助とは、自然なものであり、生活の中にある発達を味わうために行われる営みだといえます。


私が“なじむ”にこだわる理由は、もう一つあります。
異質な援助は、それがなくなったとき、穴が空いた感じがします。
そうなると、「自分は支援を受けていたんだ」という気持ちをその人に、その家族に感じさせてしまいます。
本当は、自分の持つ発達の力が表に出ただけなのに、最後の最後で、とっても残念な想いを懐かせてしまいます。
発達は空くものではなく、重なっていくものなのです。


こういった援助をしているのは、プロとは言えません。
プロの仕事とは、自分が離れるときに、スッと存在が消えなければならないのです。
「そういえば、支援を受けていたな」と、ある時に思い出すことがある。
これなら、いちお合格です。
でも、目指すべきは、支援を受けていたことを忘れる、思い出すことのない、そんな発達援助であり、消え方なのです。
そのためにも、なじむことが重要です。


私との時間の中では見られないけれども、家の中で、遊びの中で、学校の中で、仕事の中で、成長が見られると、「なじんだ援助ができているな」とホッとします。
より良く遊び、より良く学び、より良く生活する。
1日、1週間、1ヶ月、1年という時間の中で、発達の歯車が回っている動きが見えたら、私は消える態勢に入ります。
私がいないときにこそ、発達する。
これが私の目指す“なじんだ援助”です。
援助は調和し、その人と溶け合わなければなりません。

2017年4月30日日曜日

自分が支援者でいる間だけの支援

何故、対処療法を学ぶのに何万も、何十万も、お金を出すんでしょうね。
「欧米で」「エビデンスが」「認定された」「上級レベルの」など、枕詞がつこうが、結局は対処療法にすぎません(こんな枕詞がつく支援者だって、そこら辺にいるただのオジサン、オバサンだし)。
そういった支援を受けることによって、ラクになるかもしれません、できるようになるかもしれません、問題がなくなるかもしれません。
でも、それは一時的であって、限定的なもの。
時間が経てば、また別の場面になれば、支援が必要になってくる。
だって、問題の根本にアプローチするわけではないので。


ギョーカイが対処療法に熱を上げるのは、別の言い方をすれば、問題の根本に手を伸ばそうとしないのは、治ってもらうと困るからでしょう。
支援の必要のない人になっては困るのです。
でも、まったく何もしないわけにもいかない。
だから、対処療法でやってる感じを出しつつ、障害者の固定資産化を目指していくんですね。
本当に、発達障害を持った子のことを思えば、その場しのぎの対処療法ではなく、問題の根本をどうにかしようとするはずです。


そういう私だって、一通り対処療法について学びましたし、仕事でそのアイディアをまったく使わないということはありません。
でも、問題の根本、ヒトとしての育ち、発達のヌケを埋める方が、近道だからそちらの方法を主としています。
結局、対処療法は対処療法以上になりませんし、ある団体、組織が決めた支援の仕方のままにやらなくても、その対処療法のアイディアの核が掴めていたら、それ以上、必要ないと思うんですね。
スケジュールの作り方、設定の仕方、工夫の仕方、提示の仕方とかよりも、「事前に伝える」「見えない予定を見えるようにする」くらいの把握でOKでしょ。
本人が欲している、気づいていない情報を伝えられればよいのであって、いくら特定の組織が決めた方法に則ってスケジュールが作れても、感覚過敏は治りませんし、発達のヌケは埋まりません。


「視覚支援があれば働ける」という主張を度々、耳にしますが、自立して働いている人たちは、視覚支援がなくても、働けるくらい治っている人ばかりです。
たとえ視覚支援が有効で、必要な人がいても、自分で視覚支援を作り、利用しています。
対処療法があるから働けるのではなく、働けるくらい治っているから働いている。
それを間違えてはいけませんし、ギョーカイのセールストークを真に受けてはいけません。
対処療法は、一時的で、限定的なものなのですから、対処療法で働ける人は、働き続けることも、別の場で働くことも難しいといえますね。

対処療法ばかり行う支援者を見ると、本気で子どもの将来を考えていないんだと感じます。
「自分が担当、担任している間は」と短期的で、支援者側の視点で関わっているように見えます。
この支援が、成人後、今から10年後、20年後、30年後のこの子につながるのか?
このような視点を持った支援者が少ないから、その場しのぎの対処療法があちこちで展開されているのだと思います。
10年後、その支援グッズは使われていますか?
「担任、学年や学校が変わると、卒業すると、使われなくなった」なんて、よく聞く話ですよね。
子どもの将来、10年後、20年後、30年後を本気で考えているのは、親御さんと限られた人だけなんです。


今朝、「特別支援学校の教室が足りない」というニュースが出ていましたね。
子どもの10年後、20年後、30年後の将来、長い人生を想えば、「今、ラクになるから」「今、問題から離れられるから」ということで、特別支援の道へ進ませるのは間違いだと思います。
器質的ではないのに、発達のヌケを埋めれば、もっと努力できれば、通常学級で普通の子として人生を歩んでいたのに、特別支援を受けることで、どんどん障害者になっていく、なんてことは良くある話です。
最初、発達障害の診断がつき、「配慮&無理させない」を続けていくと、通常学級から特別支援になって、結局、最後には知的障害の診断もつき、障害者枠or作業所での就労、福祉の世界で生きていく…。


ギョーカイが対処療法に熱を上げるのも、「自分が担任している間だけでも」と思い支援してしまうのも、子どもの視点に立って支援がなされていないから。
そうです。
だって、こんな彼らは、子どもが成人したあと、10年後、20年後、30年後、その子の支援をしていないのですから。
自分がいなくなったときのことを考え、支援する。
これは親御さんだけではなく、支援者にも必要な視点ですね。
いつまでも支援できないからこそ、根本的な部分に手を伸ばし、治そうとする。


自分がいなくなったとき、自分の足で立てるようになっておくことが本当の自立です。
ですから、ギョーカイには自立の支援は不可能なのです。
信じられるのは、先に逝くことを本能的に分かっている親御さんと、治そうとする人のみです。
こういった人が増えていかなければ、いくら特別支援の教室が増えようとも、足りませんし、自立できる大人が増えていかないのです。
そして、手厚い支援と学ぶ機会が必要な子どもに、本当の特別支援が届かなくなってしまう事態になりかねないのです。
子どもの可能性を奪ってはなりません。


2017年4月28日金曜日

子どもが変わるには、親が変わる必要がある

自分のお子さんが、構造化された支援を受ける、またはその支援グッズを使っているだけで、我が子の能力が高い、という錯覚をおこしている親御さんは少なくありません。
構造化されることによって学ぶ態勢が整い、結果として学習できる→成長ということはありますが、構造化自体に成長や発達を促す効果はありませんね。
構造化しても、学ばなければ、ただ「分かりやすくなった」でストップです。


数年前、上記のような親御さんからの相談がありました。
私は、「子どもが変わるには、親御さんが変わる必要がある」と考えていますので、構造化された支援を受けているからって成長するわけでも、能力が高いわけでもない説明をしました。
そして、親御さんが見ているお子さんと、実際のお子さんのギャップについて、あらゆる方法を使って伝えました。


依頼された「〇〇ができるようになってほしい」ということに関して、数ヶ月で達成、クリアしました。
もちろん、学校や家庭で使われていた構造化された支援は用いていません。
それは、その子の認知からいって理解できていませんでしたし、問題の根本は理解できていないことではなく、学べる段階まで至っていないことが大きな要因でした。
まずはこちらを解決、育てないといけませんでしたので、一見するとターゲットの行動とは遠いようなことをしながら支援を続けました。


その間、親御さんからは構造化された支援を用いないことに対する不満、思い描いている我が子の姿と私が指摘する子の姿のギャップに対する否定、そして結果として、何年も身につかなかったことができるようになってしまったことに対する戸惑いの感情が、にじみ出ていました。
依頼されたことが達成されましたので、私の支援は修了です。
数か月間の取り組みの報告書と、今後、こういった点に目を向け、発達のヌケを埋めていけば、成長できる可能性が高いことを示した資料をお渡ししました。
親御さんが気づき、変わってもらうことを願って。


先日、偶然、その子を担任している先生とお話しする機会がありました。
結果として、端的に言えば、親御さんは変わりませんでした。
今でも、構造化された支援が一番の方法であり、それのみで支援しているそうです。
先生の話からは、数年前の姿と変わっていないその子の姿が見え、残念な思いとともに、私の力量不足を感じました。
せっかく成長の糸口を掴んだのに、それが放たれてしまいました。


支援者というのは、生活の、人生のひと時を接するだけに過ぎません。
特に子どもというのは、多くの時間を過ごし、過ごしてきた親御さんの影響をもろに受けます。
発達に凸凹があるのが発達障害の子どもたちなのですから、その凸凹を埋めるための機会と育てなおしがなければ、凸凹は大きくなるばかり。
親御さんの覚悟と選択が、子どもの生活、人生を左右する場合もあります。


当然、親御さんの中にも、本能や身体が賢い人、センスがある人がいます。
その一方で、そうではない人は勉強したり、支援者の手を借りる必要がありますし、そのための努力をする必要があります。
伸び悩んでいる、課題や問題を抱えている子というのは、親御さん自体が変わる必要がある人だといえます。
ですから、子どもが変わるために、親御さんに変わってもらうための促しを行うのも、発達援助であり、大事な仕事だと考えています。


子どもが変わるには、親が変わる必要がありますね。
ギョーカイ系支援者が、相談に来る親御さんに対して、「お母さんは、とっても頑張っていますね」「素晴らしい支援ですよ」「おうちで、ここまでの支援している人はいないですよ」という営業トークを展開するのを見聞きして、ウンザリしています。
言うほど、素晴らしい支援をしているのなら、そもそも相談に来ないし、支援者を頼りません。
変わる必要がある親御さんに対して褒めちぎるのは、百害あって一利なしです。
ますます支援が、明後日の方向へと行ってしまう。


結局、褒められて気持ち良くなる親御さんと、褒めることでリピーターを作るギョーカイしか、良くなっていません。
子どもさんが、発達し、成長し、良い方向へと進んでいくためにも、「お母さん、変わる必要があります。今までの支援は誤っています」ときちんとダメ出しできることが必要ですし、例え仕事がなくなったとしても、私はそのことを伝え、言い続けようと思っています。

2017年4月27日木曜日

確認できるところから、そこにつながっている見えない部分を視る

相談者から「モロー反射が統合できていなくて…」「呼吸が深くできないんです」「背中が固くて困ってます」と言われれば、そこまで難しくはありません。
ですが、実際は漠然とした表現で、それぞれの言葉と概念に乗せて相談者の口から発せられます。
例えば、学校内での問題として、「授業に集中できない」「宿題をやろうとしない」「クラスの子の声、音にびっくりしてしまう」「学校に行いきたがらない」「文章問題がまったくダメ」「グループ学習が難しい」などがあります。
悩みの数は、相談者の数だけあって、その表現の仕方も、見る“眼”によって異なるのです。


そんな抽象的で、主観によって表現される相談に対してどう対応するか?
支援者には、大まかに分けて3パターンがあります。


まず、どんな相談がされても、いつも言うことがだいたい同じ、という支援者。
「そのままを受け入れましょう」「無理はさせない」「周囲の理解が大事」「子どもに寄り添いましょう」「視覚化して伝えましょう」など。
こういった支援者は、相談者の言葉の前に、自分の答えが決まっています。
つまり、相談者の悩みはどうでもよくて、「頼ってもらうことが嬉しい」「過去に自分が言ってもらいたかった言葉を言うことで、自分自身を癒したい」「主義主張が決まっている」というのが、背景にありますね。
このレベルの支援者は、支援者ではなく、自分が支援を受ける立場の人。


次に、相談者の言葉に対して、そのまま返答してしまう支援者。
問題の背景は別のところにあるのに、相談者の表現のまま、噛み砕くことなく飲みこんでしまう。
そうすると、対処療法にしかならず、根本に届く支援はできません。
対処療法に、対処療法を重ねていき、結局、行き当たりばったりの支援に。
一時的に解決したように見えるけれど、時が経てば、再び問題が出てくる。
このレベルの支援者は、勉強すれば誰でもなれるくらいの人。


そして、3つ目のパターンの支援者が、本物のプロフェッショナル。
治すことができる支援者です。
言葉で表現された相談内容を、言葉以外から読み解く支援者。
現在までの育ちの歩み、発達過程、将来の姿まで、表面に出ている部分から見えないものを辿ることのできる支援者こそ、専門家であり、お金を貰って良いレベルだと思います。
また、この支援者は「人を育てる」人だといえます。


対処療法はいくらやっても、対処療法にしかなりません。
言葉に言葉で対応しても、言葉以外は変わっていきません。
問題の根っこを掴み、そこから育てなおしていくことが、時間がかかるように見えますが、一番の近道だと思います。
この仕事を続けてきて思うのですが、発達障害の人達は支援が必要な人ではなくて、育ち直しが必要な人達である、と思います。
彼らが欲しいの支援ではなく、学び直す機会であり、抜けた育ちを埋める時間ではないでしょうか。
そのためにも、本人や家族の方達には、支援者を見る目を養っていただき、また自分たちも問題の根っこを掴む努力をしていただきたいと思います。


「自分に必要な学びは何か?」
「自分の歩みの中で、足りなかった発達段階は何か?」
支援ではなく、育ちを求める人が増えることが、治る人を増やすことにつながると思います。
私自身も、見えないものが視れる職業人になれるよう学び続け、自分を厳しく育てていかなければならないと考えています。

2017年4月25日火曜日

相談は大脳皮質から発せられるけれども…

「季節の変わり目に翻弄されて…」と、「新年度が始まったから、これを機に」ということから、この時期は相談が多くなります。
で、その相談のほとんどは、大脳皮質からの相談ですね。


人間関係の悩み、仕事の悩み、不登校やひきこもり状態の悩み、自分の思考の悩み。
「〇〇ができるようになりたい」「通常学級で学び続けたい」「問題行動を無くしたい」という願い。
いずれもヒトらしい、ヒト特有の、ヒトの悩みであり、願いです。


こういったヒトの悩みに対し、人は人として悩みを解決し、人として願いを叶えようとします。
しかし、大脳皮質から発せられた相談に、大脳皮質で応えようとしても、答えは出ないことがあります。
そうです、相談の根本は、もっと奥深くに存在しているのです。
社会を切り取り、問題を切り取り、捉えるのは大脳皮質で、表現されるのも、大脳皮質を通して。
ですから、大脳皮質の問題であり、大脳皮質にアプローチすることが解決につながると自動的に思ってしまうのです。


私のところに来る相談は、そのほとんどが直接的なものではなく、紆余曲折を経てのものです。
医師や保健師、相談機関、学校に相談し、それでも結果として表れてこない、違和感を感じる。
そういった場合、いわゆるセカンドオピニオンのように、私のところにいらっしゃいます。
大脳皮質で切り取り、処理し、表現した相談に対し、大脳皮質に対するアプローチを受けてきた。
しかし、問題の根っこは、そこじゃないんですよね。


習慣を変えるのは、難しいことです。
考え方を変えることは、とても難しいことです。
他人を、社会を変えることは、限りなく難しいことです。
でも、身体を動かすことは難しくない。
今日から、この瞬間からやろうと思えば、やれます。


身体からのアプローチの素晴らしいところは、すぐに、自分一人でできること。
しかも、大脳皮質同士のやりとりでは、お互いの概念の差によって、すれ違いが起きやすいけれど、「肩甲骨を動かしましょう」「呼吸が深くできるようにしよう」「このような動きをしてみて」など、とっても具体的で、「これならできるかも」という意欲につながりやすい。


「自分のありのままを受け止めましょう」と言われても、「はぁ~、具体的にどうしたらいいのさ。いつまでやればいいのさ」ってなりませんか?
そういったアドバイスって、どんな支援者でも、機関でも、書籍や講演会でも、繰り返されてきたことですね。
自分たちで「自閉症の人は、具体的に捉える人達なんです」と言いながら、抽象的なアドバイスを繰り返す支援者たち…。
身体アプローチの方が、よっぽど具体的で、自閉っ子に分かりやすい。
ですから、私は相談の際、その根っこを掴むことに力を注ぎますし、考え方、習慣、社会を変えるよりも、本人が容易にできることを勧めています。


それにしても、「社会を変える」っていうのは、悩んでいる本人の切り取り方、認知に合わせて、他人や地域、社会を変える、ということですので、つくづくおかしな、現実離れした方法だと思いますね。

2017年4月23日日曜日

なぜ、ギョーカイは身体アプローチを好まないのか

聴覚過敏の子に対して、いまだにイヤーマフと視覚支援、精神安定剤って・・・。
これは私が学生時代から行われていた3つ。
もう15年くらい経つのに、そこから抜け出せないのはどうしてでしょうかね?


イヤーマフや耳栓って言うのは、刺激を遮断しようというもの。
視覚支援と精神科薬は、不安になると、より刺激に過敏になるから、少しでも気持ちを穏やかにしようとするもの。
いずれも対処療法であり、本人の外側に存在するものですよね。
でも、聴覚過敏は、その子の身体、内側で起きている。
だったら、治療の対象は、その子の身体に決まっています。
とってもシンプルなことであり、どうして本人の外側でごちゃごちゃしているのかって感じです。


ギョーカイ人って、外でごちゃごちゃするのは好きだけれど、「身体を育てる」みたいなアプローチを好まない傾向があるように感じます。
私が見てきたギョーカイの世界では、こんな理由が考えられますね。


◎身体へのアプローチは、本人が主体であり、自分でも、家族でも、できちゃうから。つまり、ずっと支援できないのが嫌、「僕が支援したから、あなたは成長したんだよ、キリッ」ができないのが嫌。


◎カッコいい視覚支援やグッズは作っただけで(結果が伴わなくとも)、「すごい」と思われやすい支援者にとってインスタントな自己肯定感を高める方法だが、身体アプローチは本物の“うで”がいるし、時間がかかることもあるので嫌。


◎自分の持っている免許や資格に縋っている支援者は、それがなくてもできちゃう方法が嫌。


◎そもそも自分の身体、健康に無頓着な支援者が多い。ジャンクフードが好きな支援者、偏食、運動をしない、嫌いな支援者が多い(当社調べ)。


◎逆にゴリゴリ体育会系の支援者は、トレーニングをしても同じようにできるようにならないだろうと思って諦めているから、やること自体が嫌。自分の身体とこの子の身体はまったく別もの。身体同士の認識の開きが大きい。


◎自分が専門とする療法以外の方法はやりたくない。


◎人の支援ではなく、“発達障害の人”を支援したいから、THE療育みたいな方法以外、興味ない。


まあ、まとめると、愛着障害を持っている支援者という人達にとって、外でごちゃごちゃする方が、支援をやっている感もあるし、ある意味、やっているだけで「ちゃんと支援している」と見られやすいから、他人から見える支援の方が好みなんだと思いますね(視覚支援がウケたのは、愛着障害を持つ人が多いから←暴論)。
それに身体って、みんな持っているし、一見すると、発達障害の人達も自分と同じように動かせている。
だから、敢えてそこを取り上げて、アプローチしようとは思わない、またその重要さに気づきさえしない人が多いんだと思います。


もういい加減、対処療法でどうにかしようとする時代は止めにした方が良いと思うんです。
治らない時代は、対処療法で有難がられたかもしれませんが、今は身体を育てる素晴らしい知見、実践を行っているプロフェッショナルがいて、どんどん治っていく人がいるのですから。


もういい加減、自分の専門、枠組みの中で、どうにかしようとするのは止めた方が良いと思うんです。
こういった「治す実践」が行われているのに気が付いているはずなのに、「いや、あれは違う」「もともと発達障害じゃないしー」「エビデンスがー」などと、クダラナイことを言っていないで、本人のためにより良い方法をどんどん取り入れ、実践していけば良いと思うんです。
どうもギョーカイ人というのは、障害者萌えをしている輩が多い。
「障害者しか愛せません」「THE自閉症支援がやりたいんですぅ~」みたいなのが少なくないですね。
人を支援するのが支援者のはずなのに、障害を持っている人を支援するのが支援者だと勘違いしている人が、本人が歩む“人として”の発達、成長を阻害しちゃうんですね。


目の前に聴覚障害の子がいたら、その子の身体から、内側から発せられる苦しさに目を向け、それを治してあげたいと思うのが、人を支援する支援者ではないでしょうか。
「聴覚過敏か。よしよしイヤーマフをつけさせて、スケジュールを詳しくして、はっきり見通しを持ってもらおう」と思うこと。
この違和感、ズレに気づける人は、自分の身体がしっかりしている人だと思いますね。


そーいえば、昔、某有名支援者が当地に来て講演会した次の日から、(当時)養護学校の子ども達のほとんどがイヤーマフをつけるようになったという事件(?)出来事がありましたね。
アセスメントよりも、本人のニーズよりも、某有名支援者の「欧米ではイヤーマフを・・・」の方が強かった時代。
当然、いきなり耳につけるようになった物体を子ども達は外すし、投げるし、振り回すし・・・で、学校の先生たちが困っていましたが。
でも、何よりも困ったのは、「某有名支援者が言ったんですよー」と言って、先生たちの話を聞こうとしなかった親御さんだったと教えてくれた先生がいました。
身体が賢い人は気が付いてたはず。
対処療法&某有名支援者に熱狂していた時代がまだ続いているとは思いたくないですね。

2017年4月21日金曜日

発達は子どもの権利

昨日届いた花風社さんの新刊『人間脳の根っこを育てる』を読み、考えさせられたことがあります。
それは、本人の身体、動き、発達のレベルに合わない援助も、その人の主体性を奪うことになる、ということです。


先日、私はツイッターで「発達は子どもの権利。たとえ親であっても、その権利を奪ってはならない」とつぶやきました。
悲しいことに、子どもが「重いままでいい」「治らなくてもいい」「自立しなくてもいい」などと思っているのでは?と言動から感じてしまう人がいます。
悲しいことに、本人の言動、表現ではなく、大人が何を発達させるか、何を指導、支援するかを決めてしまう人がいます。
悲しいことに、本人のニーズから方法を導くのではなく、自分が指導、支援したい方法の中のみでニーズを満たさせようとする人がいます。
このような人達と出会うたびに、上記の言葉が溢れ出てくるのです。


大人が皆、受精した瞬間から発達の道を歩み続け、大人になったのと同じように、子どもたちもまた生物として発達の道を歩み続ける。
まだ目の前にいる子は発達の途中かもしれないが、発達のヌケや遅れを持っている子かもしれないが、発達の権利は他の誰のものでもなく、その子自身が持つものです。
周囲の人間によって「発達するかどうか」「何を発達させるか」「どう発達するか」を決めるのは、その子の主体性を奪うことになります。

子どもが発達するのは当たり前。
子ども自身が、発達したいところから、させたいように発達させていけば良い、そんな風に私は思うのです。
ですから、子どもに関わる者は、年齢や学年、周囲の想い、支援の得手不得手ではなく、その子の発達段階を大切にし、そこから始めていくことが、発達という子どもの権利、子どもの主体性を大切にする援助だといえます。


仕事の依頼や相談には、本人以外のニーズが含まれます。
当然、本人の周りにいる人達の想い、願いがそこにはあります。
しかし、それはあくまで本人以外のニーズです。
依頼の連絡をくれたのは家族かもしれませんが、私の仕事は本人のニーズを満たすための援助をすること。
ですから、本人のニーズと反するものであれば、「依頼は受けられません」と断ってきました。
それは本人の発達の権利、主体性を一番に考えると、心に決めたから。


でも、それだけでは不十分。
本人の表現するニーズだけではなく、本人の身体から、動きから発せられる発達レベルを的確に受け取り、発達段階に沿った援助ができなければ、それも上記の"悲しいこと"と同じように、子どもの権利と主体性を奪うことにつながる。
そのようなことを考えるきっかけを花風社さんの新刊からいただきました。

2017年4月20日木曜日

「人間脳の根っこを育てる~進化の過程をたどる発達の近道」(花風社)を読んで

最後に特別支援くさい本を読んだのはいつだったかな。
そんな風に思うくらい何年も、購入していないし、読んでもいませんね。
でも、花風社さんの本だけは、いつも新刊を心待ちにし、何度も読み返します。
それは、花風社さんから出版される書籍が実践的であり、今日からできることであり、治す本だから。
そして、発達障害の人を育てるための本ではなく、人を育てるための本だから。


今回、出版された書籍は、栗本啓司さんの3冊目になる『人間脳の根っこを育てる~進化の過程をたどる発達の近道 』という本です。
過去の書籍同様、著者の栗本さんが長年積み重ねられてきた実践、経験、知識が詰まっていますし、こういった視点を得ることで、多くの人達が遠回りせず、発達という道へと歩を進めることができます。


ギョーカイ本の多くが、著者自身、またそれを手にしたギョーカイ人が気持ちよくなるためのものとは異なり・・・
ギョーカイ本の多くが、大したネタでもないのに、いかにも素晴らしい独自の知識、知見のように表し、しかも小出し→「詳しくは、講演会、研修会、ライセンスを取ってね」とやるのとは異なり・・・
花風社さんの浅見さん、著者の栗本さん、二人のプロフェッショナルが、本気で発達障害の人とその家族のために、本気で発達障害を治し、自立した人生を歩んでもらうために生みだされた本だと、私は読みながら感じました。


これから仕事ですが、この本から教えていただいた視点「進化と発達の過程をたどる身体育て」を意識しながら接していこうと思います。
そして、何度も読み返し、周辺にある知識も深めていくことにより、無意識で発達援助ができることを目指していきたいと思っています。
大脳皮質のみに働きかける療育と同様に、立位からの身体アプローチで、その人は良いのだろうか?
その前の発達段階、発達のヌケの部分へのアプローチ。


発達障害の人を支援したがるギョーカイ人にない視点を栗本さんが持っているのは、栗本さんが実践家であり、人を育てる仕事をしてきたから。
人を大切にする方だからこそ、受精から始まる人の発達を大事にされ、そういった視点で発達援助をされているのだと思います。
だからこそ、発達障害としてギョーカイ人が臨むように育つのではなく、栗本さんが援助されている方達は人として育っていく。
当然、みなさん、人として発達し、治っていく。
だって、人の発達をたどる援助だから。


昨年、二人目の子が生まれ、間近で進化の過程と運動の発達を見ることができています。
また上の子の通う保育園は、生物の進化、特に脊椎動物の進化の過程で必要であった運動を取り入れた保育を実践しているところなので、人間脳の根っこを育てるという意味がより良く実感できます。
日々の子育てにも通ずるところからも、発達障害のままでいることを周囲から求められる支援ではなく、発達障害の子だって、人として発達する支援の方が発達の"近道"に違いないですね。


何度も読み返し、多くの人に紹介していこうと思う本でした。
今回も、栗本さんの叡智あふれる本を世に送りだしていただいた花風社さんに感謝です。
一人でも多くの方が手に取り、読み深めていただければ、今日から変わっていける人達が増え、未来の子ども達、親御さん達の道標になると思います!



2017年4月10日月曜日

私だったら、お土産は受け取らないな~

私が医師だったら、そして診断名をつける仕事をしていたら、本人や親御さんからモノは受け取らないですね。
「どこどこに行ったときのお土産です」とか、「お世話になっているので、皆さまでどうぞ」というくらいのものでも、ゼッタイに、私なら。
だって、身体的な障害とは異なって、発達障害の診断って人の意思が入りこめる幅があるんですもん。
当然、人が行うことですから、ミスも起きるでしょう。
また本人やご家族の状況、医師の考え、思いなどが、ある種の空気感を生むこともありますよね。


「スペクトラム」ということからも分かるように、自閉症、発達障害の人がピョンと離れて存在しているわけではなく、みんなつながっているわけです。
それに発達のヌケを埋めたり、成長したりすると、どんどん症状は良くなるし、治る人も出てくる。
これは当然の話というか、自然な話。
みんな生きているんだし、脳には可塑性という特徴があるんだもん。
ある有名支援者が「良くなることはなくて、悪くなるのが一般的。だから、現状維持できているだけでも儲けものだと思いましょう」と語っていましたが、学生時代の私でも、これが営業トークか、本気で言っているかは分かりませんでしたが、「現状維持のための支援」なんて馬鹿げていると思いましたよ。


学生時代と言えば、いろんな発達検査を見させてもらいましたが、こんなに検査者の意思が入るものなら、あんまり意味がないな、と思って見ていましたね。
あるとき、「今の行動を評価してみろ」と言われるから、見たまんま評価すると、「それは厳し過ぎる」って良い評価に変えられちゃった。
あとから聞いたら、前回、検査したときと同じだと、支援の効果が疑われるからだって。
だから、大きく成長はないけれど、ちょっと成長した感じにするのがミソらしいですよ、奥さん。


また話が逸れちゃいましたけど、とにかく私なら情が入りこまないような対策をする。
「重いように書いてください」という方も方だし、「重めに書いておきましたよ」という方も方。
子どもそっちのけで、大人同士がこういったやりとりをするのは憤りを感じます。
ペン先で、一人の子の人生を変えちゃうかもしれないことをやっているのです。
それに支援サービスの量、免除や補助とも関わってくる。


数年前、「耳が聞こえない」「目が見えない」って、実際とは異なる診断書を出して、不正をはたらいていた医師と患者が捕まったのもありましたよね。
実際よりも症状が重いように書いて、行政に提出したら、これも数年前の事件と同じ話じゃないですかね~。
「児相の評価と、ドクターの評価が違うんです」と言われる親御さんは結構います。
減らしたい方と増やしたい方のせめぎ合い。
まあ、だいたいは児相の方が、本人のことを客観的に見てますね、直接モノを貰っていない分(ブ)


"イシ"によって、実際と異なる診断、評価を受けることにどのような意味があるのでしょうか。
発達のヌケを埋め、成長し、良くなったり、治ったりした子は、むりくり診断基準の中に押し込めない方が良い、と私は思いますね。
治ったのなら、治った人生を歩んでいけばいい。
それなのに周りの大人が「ねえ、治ってないよね。治ってないって言ってぇ~~~」って、子どもの可能性を奪っているようにも見えます。


意思の入った診断書より、客観的な評価の方が、本人の、親御さんの頑張りへとつながると思います。
実際、手帳の再判定で「交付対象外」とされたご家族が目の色を変えて、将来のために一生懸命頑張るってことがありますから。


意思が入る余地があるものだったら、なるべく意思が入らないような対策を取る。
それがプロという者。
患者の好き嫌いがペン先に影響を与えるから、ゴマを摺って持ち上げたり、青くしたり、お土産を渡したり、言いたいことを遠慮したり・・・、結局、子どもではなく、大人の顔を見るようにさせちゃうんですね。
これじゃあ、良くなるもんも、良くなりませんわ!

2017年4月4日火曜日

私が新社会人だった頃の思い出話

入社式のニュースを見て、「若いな~」と思った今朝。
こういう風に思った時点で、自分が年を取ったことに気が付きます。
私も12年前は、新社会人。
まあ、3月から"研修"ということで働いてはいましたけれど。


大学の卒業式の日だけは休みを貰い(?)、参加。
周りはキラキラしていたけれど、すでにいろいろ目にしていた私にとっては、4月から先生になる仲間が別世界の人達に見えました。
でも、教師を目指して入学した大学。
今日晴れて卒業し、4月から教師になる同期たちから見れば、「お前の方が別世界の人間だぞ」と思われていたことでしょう。


別世界の人間と見ていたのは、同期たちだけではありませんでしたね。
学生時代、現役の学校の先生たちと関わることが多かったので、卒業前にあいさつに行くと、当然進路を訊かれます。
「小学校に行くの?特学?それとも養護学校?赴任地は?」
それに対し「先生にはなりません。施設職員になります、しかも入所施設」と言うと、だいたいの方が絶句。
施設名を言うと、「大丈夫なの?」と心配される始末。
同じ系列の施設の中でも、飛び抜けて大変&同じ法人の職員からも「あそこだけは行きたくない」という施設でしたから。


目的と覚悟を持って赴任希望を出した施設だったので、私はこのようなリアクションがきてもなんとも思いませんでしたが、「"あんなところ"は止めた方が良い」と言われた時には、仏の私もさすがにカチンときましたね。
それは私の進路が否定されたからではありませんよ。
それを言った先生は、「あんなところ」と言った施設に、学校の子ども達を入所させていたからです。
「"あんなところ"という場所に、何人、子ども達を入所させたんだ。自分たちが対応できなくなったからって、親御さんにプレッシャーを掛けて。"あんなところ"と思うのなら、しっかり教育しろよ」


卒業後、特別支援の教師となった友人に、このときの話をすると、学校内には施設を下に見る空気がある、と教えてくれました。
まあ、これは働ていて、私自身もヒシヒシと感じることでしたので、怒りの感情は湧いてきませんでしたが、これじゃあ、「教育と福祉の連携、協働」なんてムリムリと思いましたね。
学校の中には、福祉職員のことを「教員免許がなくてできる仕事」「高卒でできる仕事」と思う人がいる。
一方で、福祉職員も(私が現場で思っていたこと)、「日頃は下に見ているくせに、自分たちでどうしようもなくなったら、あとは福祉で」と無責任に、他人の人生を投げてしまう人達と思っていました。


あるとき、幹部の人と話す機会があって、同じように上記の話をすると、「小学校から高校まで12年間も、人も、金も、普通校の子どもたちよりも多く使って教育して、結局、問題行動が治らない、施設しか行き場所がない、なんて馬鹿げた話だろ、大久保君。アメリカだったら、そんな学校は訴えられるぞ」と言っていました。
今、思いだしながら文章を書いていますが、こういう人がまだ施設にいた頃は、施設の中にも本人の視点があった、と思いますね。
本人の視点がなくなったから、支援者、経営者のための施設、福祉になった・・・。
ああ、横道に逸れちゃいましたね。


思いつくままに文章を書いてしまい、まとまりの無いものになってしまいましたが、新社会人を見て、「若い」と思った時点で、自分もおじさんの仲間入りだということと、今はどうか分かりませんが、学校の中には福祉を下に見る人もいる。
一方で、福祉の方も、「俺たちよりも、人も、金も、職員の権利も、有休も、自由もある学校なんだから、しっかりやってくれよ、可能な子は福祉が必要ない子に育てろよ、福祉以外の選択肢を作れよ」と思うことがある。
そして、12年前、私に「あんなところ」と言った先生は、今では立派な管理職になられている。
まあ、生徒のことを威圧して言うことをきかせていた先生も、晴れて管理職試験に合格されたということが新聞紙上で分かり、さすが見る目があるね、道教委さまってことが言いたかったんですね、今日は(笑)

2017年4月2日日曜日

頑張る想いを奪うのではなく、頑張る想いに応えていく


通知表に書かれた『進級おめでとうございます』という担任の先生からのメッセージ。
「〇年生になったんだよ」と言い、誇らしげな表情で、私に見せてくれました。
取り組みを始めて、半年間。
本当に頑張ったと思います、本人も、親御さんも。
私も依頼されたことに応えられ、ホッとしました。
依頼は「このまま、通常学級で勉強がしたい」というものでした。


この半年間、本人にも、親御さんにも、私が多くの要求をしました。
成長、発達の妨げになるような要因を排除してもらい、「快食、快眠、快便」と規則正しい生活習慣に努めてもらいました。
また、勉強できる脳と身体作りのために、必要な遊び、運動を意識してやってもらいましたし、勉強の体勢ができたあとは、自分で勉強する習慣作り→単独での家庭学習を目指し、取り組みをしました。
あれだけ「支援級へ」と言っていた学校も、3学期になってテストの点数が上がったことと、家庭学習のドリルとノートを見て、冒頭のような判断へとなったのだと思います。


所詮、私は週に1回の人間です。
ですから、私は1つのきっかけにすぎません。
このご家庭の場合、本人も、ご家族も、「変わるための努力をした」そのことに尽きると思います。


今日で事業を起ち上げて5年目になります。
その間、いろいろな依頼がありましたが、ハナから他人に変えてもらおうと思っている人には、未来を変える力がない、と感じます。
そのような雰囲気があった方には、「依頼を受けることはできません」と断ったこともありますし、途中で止めたこともあります。
結局、自分の未来を変えるには、自分自身で行動するしかありません。
自分を発達、成長させたいのなら、自分自身の身体を通して刺激を受け取るしかないのですから。


今日、通知表を見せてくれた本人と親御さんの表情を見ると、事業が続く限り、本人とご家族の「頑張りたい」という想いに応えていきたいと改めて思いました。
障害があることが頑張らなくて良いということにはなりませんし、診断名をつけることで他人が、その人の「頑張る」を奪ってもいけないと思います。


私は、頑張る姿を間近で見させてもらい、心が動かされることがありますし、いつも以上に一生懸命に、また実力以上の力が引き出された経験もあります。
それは私がこういった仕事をしているからではなく、人と人との間で自然と生まれるものだと思います。
人は頑張る人が好きですし、頑張る人を見ると、自分も頑張ろうと思う、それが自然な姿です。
ですから、私が頑張りたい人の"頑張る"のきっかけになれれば、その人を理解したい、応援したい人が増えることにつながりますし、ひいては自閉症、発達障害の理解が広がることにつながるのだと思います。


今日もまだ寒い一日でしたが、小さな春を見つけました。
自然な色こそ、美しいですね。
5年目も、"治す"にこだわって仕事をしていきたいと思います。
励まし、お祝いのメッセージをたくさんいただけて嬉しかったです。
日々の精進を怠らず、一人でも治る人が増えるよう私自身も頑張っていきます。


2017年3月30日木曜日

「やり切りたい」という想いを晴らす


「やり切りたい」と思っているのは、子ども達だけじゃない、親御さん達も。
私のところにいらっしゃる親御さん達からは、「我が子のためにできることをしたい」という想いの"強さ"を感じます。


この想いの強さは、「動物の本能」から出発している。
でも、その本能に何かが覆いかぶさったとき、想いがより強くなるのだと感じます。
「我が子のためにできることをしたい」という言動の背景に、やり切ることを否定された過去が見えます。


ある人は、診断と同時に「一生治りません」と。
ある人は、「この子が普通学級に行くことはありません」と。
ある人は、「頑張らせるのはかわいそうです。無理させたら二次障害になりますよ」と。
ある人は、「将来は作業所でゆっくり働き、施設で過ごすのがこの子の幸せです」と。
ある人は、「あなた達、親が亡くなったときのことを考えているんですか」と。


「私達は、お母さんの味方です」
「困ったことがあれば、何でも言ってください」
「一緒に、この子の成長と幸せのために頑張りましょう」
支援者の甘い言葉は、やり切ることを否定したあと、ささやかれます。
そして、親御さんは無意識に、彼らの敷いたレールの上に乗ってしまうのです。


敷かれたレールの上を進むのは、ラクなことです。
だから、そのまま歩み続ける人もいます。
一方で、そのレールから降りる人もいます。
降りた人は主体性と選択肢を取り戻せます。
でも、降りる際、レールの上にいた分だけの「やりきれなさ」を抱えている。


私が関わっている親御さんで、「やりきれなさ」を両手いっぱいに抱えてきた方がいます。
この方は、10年以上、ずっと敷かれたレールの上を歩いてきた人です。
子どもの成長と将来の可能性のために動きたかったという想いに蓋をして、ずっと環境調整と「理解をー」に力を注いできました。
でも、レールの上から外を見ると、治っている人達が見える。
直接、子どものために力を注いでいる親御さん達がいる。
そして、レールの先には支援者が待ち構えている終着駅がおぼろげに見えてきた。
この親御さん、お子さん(もう青年ですが)と2年ほどの付き合いになりますが、10年分の「やりきれなさ」を二人とも晴らしているような姿が見えます。


私は、本人への援助だけではなく、親御さんの持つ「やり切りたい」という想いにもできるだけ応えていきたい、と思っています。
何故なら、我が子のためにできることをやり切りたかった親御さんが、やりきれなさを抱えたままでいる姿を見ているからです。
それは、昨日、一昨日とブログに書いた道へと、お子さんを送りだされた親御さん達。
もちろん、納得して福祉の道へと送りだした親御さんもいます。
でも、私の知る親御さん達の中には、福祉の道へ送りだした今、我が子に対してやりきった感を得られていない方がいるのです、お子さんが穏やかな生活を送っているかどうかに関わらず。


ですから、今、子育てをされている親御さん達には、やりきった感を持って、将来、我が子を社会へと送りだしてもらいたいと思うのです。
我が子の成長と自立のために、本能のまま、動いてほしいのです。
診断と同時に、子どもの未来が決まることなどないのですから。
より良い未来を形作っていくのは、支援者の言葉ではなく、本人とご家族がやり切ったかどうか、だと思います。

2017年3月29日水曜日

「どうせ福祉だし」

内側から溢れ出る想いを必死に指が追いかけていた。
そんな風に綴ってできたのが、昨日のブログだった。
あっという間の出来事であり、気が付いたら『公開』のボタンを押していた。


一晩経って、その理由に気が付いた。
私は、またあの言葉を聞いてしまったのだ。
そう、この地域に充満していた言葉。
「どうせ福祉だし」


決して口から出てこない言葉。
でも、それぞれの腹の中には存在している。
「どうせ卒業後は福祉だから」
「結局、福祉のお世話になるんだから」


初めて、その言葉を聞いたのは、学生時代、養護学校の補助をしていたときだった。
ボロボロの教材。
いつも同じ活動。
逸脱や問題行動に対処しない教員たち。
「本気で、子ども達の将来を考えて授業をしているのだろうか」
学校に行くたびに思い、大学に戻るたびに、友人と話をしていた。


同じころ、ボランティアで関わっていた子が、休みのたびに当地の大きな施設へ短期入所していた。
まだ小学校に入学したばかりなのに、「高等部を卒業したら、入所施設に入るから」と、そのための練習をしていると言う。
ただの学生だった私には、小学校に入学したばかりの子の12年後の進路が、すでに決まっているかのような話ぶりに違和感があった。


あるとき、私は気が付いた。
学校に行っても、ボランティアで親御さんと会っても、講演会、勉強会に参加しても、「福祉」という言葉が出てくることを。
大学進学で、当地に来た私にとっては、また学生時代まで障害を持った人と意識して関わったことがなかった私にとっては、この地域の文化に気が付いていなかったのだ。


この地域には、古くから施設の存在が近くにあった。
それは物理的にも、心理的にも。
半世紀も前から続き、とても規模の大きい施設。
利用者だけでなく、そこで働く職員もたくさんいる。
この地域に住む人間なら、一度は見聞きしたことのある存在であり、ずっと前からこの地に根付いていた施設。


学校でも、家庭でも、講演会でも、「その施設に入れれば、一生安心」という言葉を幾度となく聞いた。
この地域に住む関係者たちの頭の中には、その施設、福祉という存在があるのだとわかった。
みんな「自立的な生活を」と口では言いながら、身体は施設の方を向いている、そんな感じがした。


大きな福祉施設があることも、必要な方達が利用することも、問題だとは思わない。
しかし、あまりにも施設の存在が大き過ぎて、また身近で、自然過ぎた結果、施設に入ることが当たり前になってしまったことに問題の発端を感じる。
同時に、その施設の元職員として、本当は必要のない人、学び、成長すれば、もっと違う選択肢があった人までも、年代に関わらずどんどん受け入れてしまったことに施設側の過ちがあると思う。


「その施設に入れば、一生安心」という営業トークと治せなかった支援者たち、そして一生懸命学校で教育を受けたり、家庭で子育てされたりしてきた若者たちが、どんどん施設へと入っていた結果が、いつしか「どうせ施設だし」という言葉を生みだしてしまったのだと思う。
この言葉は、支援者から、親御さんから、地域の人達から、熱を奪っていく。


研究の目的も担う養護学校は、普段の授業から熱を奪い、研究のための授業に、つまり己の出世のために熱を使うようになった。
家庭で起きた問題行動も、しつけと言えることも、「私が何とかしなければ」という想いから熱を奪っていった。
地域住民との間でトラブルが起きたとしても、「施設の人」ということで、同じ地域の人間だという熱を奪っていった。


結局、この地域の特別支援に勢いがあった時期は、治せない時代であり、ただ施設内で適応できるための「構造化された支援」がブームになっただけの話である。
でも、今は違う。
治せる時代になり、また福祉以外の選択肢が増えた時代である。
福祉に頼らなくても、自立できる人達、幸せになれる人達が出てきたのだ。
高等部卒業後、作業所に行って、福祉施設に入れば、万々歳という時代ではない。
それなのに当地は、未だに「どうせ施設だし」という言葉が熱を奪い続けている。


教育大の同級生たちは、私を見て、「学生時代と変わらないね」と言う。
私から見れば、学生時代、「あんな教師にはなりたくないね」と話していたあのときの教師と同じ目に、「君たちが変わったんだよ」と思う。


私は今も当地に存在している「どうせ福祉だし」という言葉と闘い続けているのかもしれない、と思った。
関わっている子ども達の通知表、地域の若者たちの進路状況に触れ、福祉に入るための教育、頑張っても、頑張らなくても、結局、みんな行くところは福祉、という現実から、きっと「どうせ福祉だし」という言葉を聞いたのだろう。
「どうせ福祉だし」は、本人から発せられる言葉ではない。

2017年3月28日火曜日

ローカル福祉施設への供給の場

特別支援教育には、こんな雰囲気がある。
小学校は、勉強。
中学校は、勉強よりも作業。
高校は、とにかく作業。
「現場実習に行って、とにかく経験を積ませるんだ」という学校の姿を見ると、そこは学校ではなく、そこは学びの場ではなく、そこは就職予備校であり、当地で言えば、福祉施設への供給の場に見えてくる。
特別支援"教育"が根本的な学びを大切にしなくて、どうするんだ。


同世代の子どもたちよりも、発達、成長の速度がゆっくりな子ども達。
もっとゆっくり時間をかけて、それこそ、定型の子ども達よりも1.5倍、2倍の時間をかけて、根本的な学び、基礎的な学びを積み重ねていけば良いのに、と私は思う。
それなのに、「18歳卒業→福祉施設」という逆算から、学んでいる途中の子がいるのにも関わらず、「はい、中学生になったから、作業学習ね」「はい、高校生になったから現場実習ね」と、彼らの持つ手から鉛筆を取り上げる、そんな感じがする。


「18歳で進路を決めなくてはならない」
というのは、ローカル福祉業界の営業戦略。
そうやって順番待ち、利用者数を確保しつつ、新しい通所施設やグループホームを作るための根拠と安心を得ているだけ。
こんなことに教育がプレッシャーを感じたり、慌ててしまったりしてはならない。
本当なら一般就労できる可能性があった子も、より自立的な生活ができた子も、18でというか、12歳くらいで、ぶちっと教育が切れてしまうもんだから、ローカル福祉業界の敷いたレールの上に乗ってしまうのだ。


通所施設とグループホームは、別々のようで実際には分かれてはいないことが多い。
「一般就労しつつ、グループホームを利用したい」というニーズには応えていないのが現状(ローカルの場合)。
だいたい通所施設を利用している人の中から、新しいグループホームの利用者を集め、優先させる。
自分のところの通所施設を利用していない"外部"からの受け入れは、待機者名簿の最後方へ。
「(外部から)入りたければ、多額の寄付金を」というのも一般的な話。


今月は、当地の進路状況の話を聞いたり、通知表を見せてもらう機会が多かった。
「高校卒業後、すぐに福祉施設に入るための教育?」
「作業をするための学校?」
毎年のことだが、そんな"?"が浮かぶ1ヶ月だった。


私は、知的障害を持つ子にも基礎となる学力を身に付けさせてもらいたいと思う。
また特別支援教育全体として、もっと「人を育てる」ことを大切にしてもらいたいと願う。
作業学習をいくら積み重ねても、作業所で働く力は身につくかもしれないが、人としての成長と発達にはつながらないこともある。
とにかく学校は、本来の教育を行ってほしい。
今のように、学校がローカル福祉施設への供給の場になっているように見えてしまうのが、私は悲しい。

2017年3月22日水曜日

本来の成長の流れに戻るための支援

仕事とは面白いもので、一人、私の支援が必要なくなると、二人、新規利用の問い合わせがくる。
で、私が誰も卒業させられていない間は、新規利用の方がこない…。
私の支援がいらなくなった人が、知り合いなど、新しい人を紹介して連れてこられることは皆無なので、本当に不思議なものです。
お客さんを増やすことが目的ではありませんが、「誰かが見ている」という"眼”を感じながら、支援がいらなくなる支援のために、私の仕事に励んでいます。


私の仕事は「支援が必要なくなる支援を行う」というものですから、新規で利用される方にはその旨を伝えています。
「私はずっと支援するつもりもありませんし、支援し続けることもできません」と最初にお話しします。
大切なことは、自ら成長できる段階までいくことです。
それを私は、「その子の本来の成長の流れに戻った」と表現しています。


他の支援者と話したことがないのでわかりませんが、初対面のとき、私はその子の状態、発達段階の他に、「本来の(成長の)流れってどんな感じだろう?」と見ます。
発達の遅れやヌケ、症状や過去の学習の影響で、本来の成長、発達の流れに乗っていけないから支援が必要なのだと捉えています。
そこには大前提として、「どんな人の内側にも、成長、発達させる力を持っている」という信念があります。
「もし本来の流れに乗ったままだと、今頃はこんな姿かな。中学生、高校生、大人の頃ははこんな姿かな」と空想します。


「何かができるようになる」「問題、課題が解決する」というのは、私が考える支援の目的ではありません。
あくまで、それらは成長の流れに乗るための前段階の行為。
本来の流れに戻りさえすれば、あとは本人が治し、本人が成長させていくのです。
ですから、流れに乗る前までが私の仕事になります。


支援に携わっていると、ある瞬間、「流れに戻ったな」と感じることがあります。
それは初対面のときに見えたその子の本来の成長の流れです。
そして、本人と親御さんに「そろそろ卒業のときがきましたね」とお話をします。


これも面白い話で、「卒業」の話を切りだすと、本人は「わかりました」ですとか、「私もそう思っていました」ですとか、「もう大丈夫です」と言います。
一方で、親御さんの方が「もうですか」「もう少し」などと言われます。
こういった姿を見るたびに、子ども自身は、自分の状態と自分の成長の流れがわかっているのだと感じます。
なので、やっぱり私の役割は、「その前まで」だなと思うのです。


「卒業があるから新たな出会いがある」
そんなことを仕事をしながらも感じています。
そして「卒業させられるから私の仕事が続く」という誰かの"眼”を感じながら春の気配を感じる今日この頃です。