2017年10月19日木曜日

子育ての主導権をしっかりと握っておく

ヒトとしての土台作りは、家族と家庭生活が中心だと思っています。
特に、発達障害の子ども達は、お勉強が始まる前の時点で遅れやヌケがあり、それも脳の表面ではない深い部分で起っていますので、幼少期からの子育て、親御さんの主体性と選択が重要になってくると思っています。


「支援」や「療育」という言葉は、子育ての主導権を自分たちの方へと移すためのギョーカイ用語です。
職業支援者は、いろんな言葉を使いますが、結局、やっていることは子育てなのです。
子育ては、発達障害という概念が生まれる前から営まれていたこと。
生きていくために治しておいた方が良いことは治す、できないことはできるように教える、遅れている部分があれば発達を促す。
これらは、人だけではなく、動物たちも行っているのです。


私は、ギョーカイが持っていこうとする子育ての主導権を、親御さんに取り戻してもらう、持ったままでいてもらうようにしたい、と思い活動しています。
しかし、それは昔のような子育ての姿に戻そうとしているのではありません。
今、発達障害の人達、家族が利用できるサービスが存在しています。
ですから、子どもの成長や発達に必要なサービスは上手に利用しながら子育てを行っていけば良いと考えています。


ただそこには、親御さんの主体性が必要です。
「早期療育が必要です」「放課後は児童デイの利用が良いでしょう」という支援者の言葉を鵜呑みにしてはいけません。
本当にそのサービスが必要なのか?
それを利用することによって、子どものどの部分を育てているのか?
そういったことを考えた上で、選択し、利用することが大事だと思います。
「内容には満足していないけれど、利用できるから」と言って、児童デイや相談支援、療育をルーティンワークのように利用し続ける。
確かにお金は使っていませんが、子どもの成長の時間は確実に消費しているのです。


「親の私が、この子の発達の遅れを取り戻させる、発達のヌケを育て直す」という意識が生まれたとき、生活の見直しが始まります。
私が関わらせてもらっている親御さんも主体性が出てくると、児童デイに通う日数を減らしたり、止めたりします。
また相談や療育機関も、必要なものとそうでないものの選択をするようになります。
これは、私が誘導したのではなく、親御さんの考えによるものです。
親御さんができる発達援助は、たくさんありますし、地域の中には、障害の有無に関わらず、様々な資源があるのです。


これから超高齢化社会がやってきます。
少なくとも、今、生きている私たちの時代は、今、成長過程を歩んでいる子ども達の時代は、そうなのです。
超高齢化社会の中で、福祉の予算がどんどん増えていくと思いますか?
また福祉の中でも、障害者福祉の予算。
障害者福祉の予算でも、発達障害の人への予算が、どんどん増えていくでしょうか?


限りある予算の場合、高齢者の福祉に多く振り分けられるはずです。
障害者福祉の予算の中なら、より重度の生活が困難な障害の人たちに振り分けられるでしょうし、車いすを利用している人たちのようなより一般の人と同じように働ける人たちへと振り分けられるはずです。
いくら建物を青くしても、いくら啓発イベントをやっても、超高齢化社会はやってきますし、無い袖は振れないのです。
ミサイルが飛んで来れば、領海を侵犯する船や飛行機が来れば、対処せざるを得ないのです。
そんな時代を私達は生き、子どもを育て、社会に送りだしていくのです。


児童デイに1日1万円かかっています。
1万円使えるのなら、当地で言えば湯の川温泉に泊まり、新鮮な魚介類や野菜を食べ、温泉に入り、波の音を聴いて眠った方が、リフレッシュできて、心身が安定するかもしれません。
こんな制度、予算が持続するわけありません。
予算が減れば、撤退する児童デイ、福祉事業所が出てきます。
第一、すでに福祉で働く人材がいないのです。


「発達障害のある子の成長や発達が、専門家にしかできない」というのは、集団誤学習です。
一切、支援者の手を借りず、お子さんを育て上げ、社会の中へと送りだした親御さんが、今この日本にいるのです。
こういった親御さんが、特別だとは思いません。
みなさん、主体性があり、我が子の育ちのために自ら選択し、障害云々で子育てを諦めなかった人達。
だから、どの親御さんにも、我が子の発達の遅れやヌケを育て直すこと、より良く成長した姿で社会に送りだすことができると思います。


「発達に遅れがあるのなら、それを取り戻せば良いだけ」
こういったメッセージを、一人でも多くの親御さん達に伝えていければ、と思っています。

2017年10月18日水曜日

個別相談会 @ Gスクエアのご案内

この世界に入ったスタートラインは、学生時代の余暇支援ボランティア。
どうして障害を持った子の親御さんは、活き活きと子育てができないのだろうか?
他人に子育てを委ねる必要があるのだろうか?
どうして子育てに専門家の力が必要なのだろうか?
どうしてそんなにも専門家を有難がるのだろうか?
そんな疑問が始まりでした。


それから、障害を持った人の支援をしていくにも、寝食を共にし、生活してみないと本当の理解はできないと思い、入所施設に就職。
そのあと、支援学校の教員になり、訪問支援の仕事を始めました。
私の中心は、常に『家庭での子育て』です。


福祉の未来は、決して明るくありません。
職員の労働環境の問題。
職員の人権が守られていない状況。
「きちんと育っていれば、利用しなくて済んだのに」と思われる人が利用している一方で、本当に必要な人に福祉の手が届いていない状況。


学校の先生がいくら頑張ってもできないことがあります。
きちんとした生活習慣を身に付けることと、勉強できる状態で登校させることです。
「学校の対応が悪いから」
「指導の仕方が悪いから」
「学校で我慢してるから」
と言われることがありますが、学校は子どもを落ち着かせ、安定させる場所ではありません。
新しいことを学び、挑戦し、試行錯誤する場所です。
学校も集団であり、社会なのですから、そこで認められないことは注意され、直されるのは当然のことです。
学校でより良い学びができるのは、先生の力だけではなく、家庭の力も重要なのです。


私は、福祉の中にいた人間だからこそ、本当に必要な人に福祉が届く世の中にしたいと思っています。
それには、家族が主体的に子育てができるようにすることが大事だと考えています。
子育ての主導権を奪おうとする他人と出会う前に。
子育てを諦めさせる他人と出会う前に。


障害の重い軽いに関係なく、発達の遅れやヌケがあるところを育てていく、治しやすいところから治していく。
それを家族が中心となって行えること、行なえる人が増えていくこと。
これが私の目指しているところです。
本気で、私を含めた「支援者」という商売を無くしたいと考えています。
必要なのは、本当にケアが必要な人に寄り添える福祉職員と、子どもの成長と未来のために教え育てる学校の先生。


その目指している理想までの一歩として、起業前から考えていたことの一つを始めます。
基盤が安定し、いろいろな機関や人と仕事ができている今、機が熟したと思っています。
函館市本町にあります『シエスタハコダテ4階 Gスクエア』にて、出張の相談所を設けます。
我が子の発達が気になるご家族、診断を受ける前の若い世代の親御さんを念頭に、家庭でできる発達援助を一緒に考える機会にしていきたいです。
家庭で、子育ての中で、治していけるように。


開催日は
平成29年11月1・15日(水) 12月6・20日(水)
平成30年1月17・31日(水) 2月14・28日(水) 3月14・28日(水)
いずれも、10時15分から14時45分までで、多目的室で行います。
事前予約は必要ありませんが、重なった場合は予約の方を優先いたします。

http://www.terakkojyuku.com/

2017年10月10日火曜日

聞きたいのは、エビデンスではなく、エピソード

親御さんは、エピソードトークが始まると、真剣な眼差しに変わり、一言も聞き逃さないようにと耳を傾けられます。
親御さんとお話しして感じるのが、我が子の話と同じくらい、またはそれ以上に、他人のエピソードを知りたがっていること。


我が子と似ている子が、どのように成長していったのか。
どういった取り組みをして、どのように変わっていったのか。
そして何よりも、治った人とその家族のエピソードを聞きたいと思われている。


この仕事をしていると、支援者側の人達から「論文を書いたら良い」と言われることがあります。
「支援級から通常学級へ転籍できた子のケースを」
「取り組みの結果、症状が治まった人のケースを」


確かに、助言をくれた人たちのように、論文を書くことは、治った人達の姿を多くの人達に知ってもらうための手段の一つだと思います。
それによって、新たな縁が生まれ、私がお手伝いできる人が増えたり、「治る」という道があることに気づいてもらえるかもしれません。
しかし、私は、そういった話を貰うたびに、嫌悪感しか出てこないのです。


私は『事例』という言葉が嫌いです。
事例研究、事例発表、事例検討…。
事例という言葉で表された瞬間、その人の命の躍動感を奪うような気がするのです。
大事な一人の人間が、情報の一つになってしまう。
その人の持つ主体性を、事例を扱う人間が奪っていくような気がしてならないのです。
事例の多くは、事例を扱う人間のための“道具”になる、とすら思っています。


私は、主体性のある、本人にとっても、家族にとっても、大切な“人”の支援をしています。
論文を書くために、事例として研究するために、おのれの立身出世のために、この仕事を始めたのではありません。
一人ひとりの人と真剣に向き合うために、この仕事を始めたのです。
だから、その一人ひとりを事例の一つとして情報にしてしまうことなどできません。
ましてや、「あなたを、あなたをお子さんを事例として論文を書かせてほしい」などという言葉は私の内側から生まれてはきません。


論文を書くというのは、エビデンスを示すための方法でしょう。
でも、親御さん達が聞きたいのは、エビデンスがあるという情報ではなく、その人の息吹を感じられるエピソード。
だから、私はエピソードを大切にします。
エピソードを伝えることは、人と人とを繋げること。
成長する姿、治った姿、社会の中で資質を活かしながら生きる姿は、本人の目標になり、希望となる。


他人の子のエピソードですが、感動して涙を流す親御さんもいます。
また、違うご家庭でエピソードを話させてもらったことを報告すると、「喜んでもらえたのなら良かった」と言われたり、その親御さんに「大丈夫だから」と伝えてね、「私も応援している」と伝えてね、とさらに伝言をもらうこともあります。
論文になったケース事例は、このような人と人とをつなぎ、人の心を感動させることはできないでしょう。
論文になって喜ぶのは、承認欲求を満たしたくて仕方がない人だけです。
だから、私は人の顔が見える範囲でエピソードをお話しします。


エビデンスがあるけれど、良くならないし、成長しないし、治らない。
そんな人が大きな顔をして支援者をやっている。
大きな顔に集まってくる親御さん、支援者というのは、ただその人の顔が大きくて目立つから集まってきているのでしょう。
結局、エビデンスなんか見ていない。
だから、彼らの発する言葉は、人を感動させない。
人の心を動かさないから、マニュアルを求め、マニュアルがないと何もできないのです。


論文を書いた方が多くの人に伝わるかもしれません。
でも、それはただの情報を拡散しただけに過ぎず、私のやりたい人の心が動くような発達援助ではありません。
だから今日も私は、人の心を動かせるような発達援助を目指します。

2017年10月3日火曜日

発達のヌケを埋めたあと、やり残した発達課題へ戻る

ある親御さんから相談を受けました。
近頃、子どもが「これ何?」「あれ何?」「どうしてなの?」と質問攻めしてくる、と。


こういった質問攻めは、だいたい4歳前後に見られます。
相談を受けた子は、小学生で、しかも高学年。
親御さんは、「急に幼い子みたいになった」と心配していました。


しかし、こういった「幼い頃に戻る」姿は、珍しくありません。
特に、発達のヌケが埋まったあとに、やってくることが多いですね。
簡単に言えば、発達のヌケの育て直しが終わったあと、やり残していた時代に戻り、今度はそっちを育て治すのです、本人が。


上記の子の場合、4歳前後は落ち着いて成長できる、何かを学べるような状態ではなかったそうです。
当然、定型発達の子たちが辿るように、質問攻めは見られませんでした。


数か月間、発達のヌケを育て直し、脳の深い部分が埋まり育ったので、「じゃあ、あのとき、できなかった発達を」ということで、脳の上部の育て直しが始まったのでしょう。
こういった姿を見ると、本当に子どもの身体は賢いし、人間の発達する力は素晴らしいなと思います。
ですから、親御さんには「退行が始まったわけでも、精神的に不安定になったわけでもありません」とお話ししています。
4歳の頃、できなかった発達課題を、今、自ら育て直し始めたんですね。


言語以前の発達のヌケが埋まると、それ以降の発達のヌケを育て治そうとする動きが、子どもの方から見られることがあります。
こういった視点を持つことは大事だと考えています。


大きな子が質問攻めを始めると、問題行動と捉える人もいます。
そして、無視したり、視覚的にルールを教えたり、自分で調べる手段を教えたりします。
もちろん、質問を繰り返す子の場合、想像通りの返事があることを狙って質問を繰り返す他人をまきこんで安定しようとするパターンもあります。
そういった場合には、上記のような対処が必要なこともありますが、相談があった子のように育て直しを行っている場合もあるのです。
そんなとき、無視しても、視覚的にルールを教えても、育て直しは進んでいきませんし、質問攻めはますます激しくなるばかりです。
ですから、「もしかしたら育て直しが始まったのかも?」という視点が大事になってきます。


発達のヌケが埋まると、やり残した時期に戻り、発達課題をクリアしようとする。
そんな姿は、日々の関わりの中で見られる自然な姿です。
また、発達のヌケを埋める前には、心身の安定が入ります。
まとめると、心身がラクになる→心身が安定する→発達のヌケの育て直しが始まる→発達のヌケが埋まる→やり残した発達課題へ、ですね。


年齢から考えれば、障害という頭が強ければ、「退行?」「問題行動?」と捉えちゃいそうな姿も、その子の成長の物語、定型発達の子の発達課題と出現時期から読み解けば、伸びやかに発達しようとする姿に見えてきます。
その伸びを止めるのではなく、これも回数券を切ってもらう後押しが大事になってきますね。

2017年10月1日日曜日

「治って嬉しい」

昨晩、放送されたNHKスペシャル『人体 神秘の巨大ネットワーク』を観て、革命と言われるくらい医学が発展し、変わっていることを知りました。
以前は、治らなかった病が治るようになっている。
それは技術面の発展とともに、「病気を治したい」「患者さんを救いたい」という想いで、臨床に励み、研究されている多くの医師たちの存在を感じました。


この番組内でもそうですが、いろいろな番組、文章で、山中教授は「治って嬉しい」と発言されます。
とてもシンプルな言葉ですが、こういったシンプルな想いが人を医師にするのだと思います。
治ってほしいから、治したいから、医師を志す。


不治の病と呼ばれている病気、障害を治そうとしている人達がいる。
人類がガンを克服する日のために、挑んでいる人達がいる。
そして、自閉症、発達障害の完治を目指し、原因の特定、薬の開発を目指している人達がいる。
それぞれの道で、それぞれ「治す」というゴールを目指し、歩んでいる。


医学界の中にも、発達障害を治そうとする人達がいます。
でも、臨床医の中には、特にギョーカイ活動をしている医師たちは、「治りません」と言います。
ここで、いつも私は疑問に思うのです。
「治りません」と言う医師は、多くの医師が持っているであろう「治ってほしい」「治したい」という想いを持っていないのだろうか、と。


「現代、医療では治らないけれど、いつかは治したい」と思っているのか、それとも、「これからも治らないし、治ってほしくない」と思っているのか。
どうも、治そうという意志が伝わってこないですし、治らない現状を良しとしている印象を受けます。
医師を志したからには、皆さん、治ってほしいという想いを持っているのではないのでしょうか。
治したいという想いを持ち続ける人が研究者の道へ、治したくない人が臨床の道へ進む、なんてことにはなっていないと思いますが…。
とにかく医師の中で「治らない」とはっきりと言い、治さない、治そうとしない自分自身の診療に堂々としていられる人がわからないのです。


思想や腕の問題で、自分の食い扶持のために「治りません」と主張するのは、想像がつきます。
しかし、治そうと研究している同じ医師に対し、揚げ足とりをしたり、その治そうとする姿勢を否定したりする意味がわかりません。
治そうと日夜研究している人達を応援すれども、否定する筋合いはないと思います。
だって、患者さんが治ってほしいと願うのが医師だと思うから。


全国には、発達の遅れやヌケを育て直し、発達障害を治している実践家の方達がいます。
そして、医学界の中にも、発達障害を治そうと研究されている方達がいます。
きっと近い将来、発達障害も医学的に治せる時代がくるのだと思います。
医学が治し、実践家も治す。
そうすれば、真っ先に消えてなくなるのが、「治らない」と言い、治療もしないで、啓発やペアレントなんとかをしている医師たちでしょう。


昨晩の番組を見て、発達障害の生物学的な原因がはっきりし、それに対する直接的な治療が行われるのも時間の問題だと思いました。
不治の病と呼ばれていた病気、障害が、ステージ4のがんと診断された患者さんが克服し、完治するようになっているのですから。
医学は、人類は、確実に治すという方向へと歩んでいます。
意地悪な見方をすれば、その流れを一番肌身で感じている人達だからこそ、危機感を持ち、懸命に「治らない」と主張し、その一方で治る時代になっても食い扶持がなくならないように啓発となんとかメンター、ライセンスビジネスで首をつなごうとしているのかもしれませんね。

2017年9月29日金曜日

発達障害が治ったあと、不安定になる親御さん

子どもさんの発達障害を治すことは、親御さんの心を晴れやかにする、と思っていた。
しかし、差し込んだ光に向かって歩み始められる人もいれば、そうではない人も少数ではあるがいる。
相談時、親御さんの心を覆っていた雲は、発達障害が治っていく我が子の姿を見ることで徐々に消えていくが、いざ「もう治りましたね」と言われると、急に雲行きが怪しくなる。


どの親御さんも、始めの雲は「我が子」からできた雲。
我が子の苦しむ姿が、学びが積み重なっていない姿が、将来の姿が、雲となって親御さんの心を覆い、その雲を晴らそうと、「治ってほしい」「治してほしい」と言う。
だから、治り始めると雲が薄くなっていき、治りかけの頃には最初の雲がほとんど見えなくなる。


「空も晴れてきたので、この辺で失礼します」と、次の場所へと私が立とうとすると、「また雲が出てきました。雨も降ってきそうです」と言う親御さんがいる。
「おかしいな」と空を見上げると、確かに雲が空を覆っている。
でも、その雲は、最初の雲とは違う。
そう、親御さん自身から出た、いや、親御さんが出した雲だ。


親御さんの中には、我が子の発達障害が治る、と急に不安定になる人がいる。
最初は、私もどうして不安定になるのか、わからなかった。
治ってほしかった我が子が治ったのだから。
私との関わりの中で依存が生まれ、「ここからは一人で子育てを頑張ってください」ということに不安を感じたのかもしれないと思った。
でも、私は最初から「ずっと支援する気はない」と言い、親御さんにこそ、自立と主体性が大事だと伝えてきた。
一人ひとりの親御さんを見ても、ちゃんと子育ても、発達援助もできる方達ばかり。
じゃあ、そんな方達の中から、いざ発達障害が治ると不安定になってしまう人が出てくる理由は…。


近頃、私はわかった。
我が子の発達障害が治って不安になっていないんじゃないことを。
その雲の正体は、不安ではなく、ラクだったのだ。


親御さんは、「治ってほしい」と言う。
それは本心だと思う。
でも、その一方で、「治らない方がラクだ」という思いがあるように感じることがあった。


「支援級では、一日たった10分しか勉強する時間がないんです」と不満を言っていたはずなのに…
「我が子をギョーカイのメンドリにはさせない」と息巻いていたはずなのに…
「一般の人達と同じように働いて、自立できる大人を目指す」と希望を言っていたはずなのに…
「じゃあ、発達のヌケが埋まりましたから、そのための準備へ移りましょう」と言うと、気持ちが不安定になり、足が止まってしまう親御さんがいる。
そんな姿を見るたびに、ギョーカイの洗脳の怖さを知る。


ギョーカイの行う早期診断も、早期療育も、療育&支援自体も、本人たちにとっては、そこまで大きな影響を与えない。
それは、それまでどんな支援、道を辿っていたとしても、不自然な支援、療育を止めれば、自然な発達、成長が見られるし、発達援助で発達の遅れやヌケを埋めていけば、ガラッと変化が見られるから。
しかし、親御さんはそうはいかない。
ギョーカイの敷いたレールの上を長く歩けば歩くほど、身体がラクを覚えてしまう。
「自分が決めなくて良いラク」「責任を転嫁できるラク」「他人から、制度から守ってくれるラク」「子育ての代わりをやってくれるラク」…。


私の仕事は、「発達障害を治すまで」と思っていたため、治ったあとのことは、その家族の問題と捉えていた。
発達障害が治ったあとは、その家族家族の子育てだから。
だが、治ったあと不安定になる親御さんは、その子の発達、伸びを阻害するような要因になることがある。
発達障害になるのは誰のせいでもないが、発達障害が治らないのは、親御さんのせいであることが多い、と私は感じている。
だから、本人の発達障害を治すだけではなく、親御さんのラクも治す必要がある、と考えるようになった。


ギョーカイの真のターゲットは、子どもではなく、その親御さんである。
親御さんに「支援を受けることがラクだ」と思ってもらうことが、最大の目的であり、自分たちを存続させる方法である。
だから、長く支援を受けてきた人ほど、親御さんの身体にラクが沁み込んでしまっている。
一方で、大きくなってから診断を受けた、ギョーカイと関わることを避けてきた親御さんは、我が子が治り、自分の心を覆っていた雲の隙間から陽が差してきた瞬間、「ここからは私が子育てを頑張ります!」といって歩んでいく。


子どもの課題が解決したあと、このように親御さんの課題が表面化する場面に遭遇することがある。

2017年9月26日火曜日

選択肢のある人生を歩めるために

「発達障害を治すことが目的じゃなくて、幸せになることが目的です」
私は、この言葉を親御さんに繰り返し言いますし、伝えています。


「えっ、発達障害って治るんですか!?」なんて驚くのは、勉強不足であり、時代遅れ。
「治りません」と言い続ける人は、もはやその人のイデオロギーか、治らない方がラクだから、そう言っているんだろう、と解釈します。
私達が生きている今は、治す実践をされている方がいて、治っている方達がいます。
治せる時代になっていて、これからは治すのが援助の標準にならなくてはいけません。
ですから、私は“治す”を仕事にする一人だからこそ、“治す”を目的、ゴールにしてはならない、と考えています。


冒頭のようなことを言いますと、「どういったことが幸せか?」と尋ねられます。
私は、幸せを「選択できること」と捉えています。
発達障害を治すのは、その子の人生の選択肢を増やすための援助であり、自ら選択できるようになることが理想的な姿だと思っています。
何を食べ、どこに住むのか。
どういった仕事をし、誰と生きていくのか。
こういった1つ1つの選択を自分自身でできることが幸せであって、特に子ども達の育ちに関わる場合には、将来の選択肢を増やせるような成長、発達の促しをしなければならない、と考えています。


このような考えに行った根っこには、施設職員だったときの経験があります。
激しい行動障害が治り、落ち着いた我が子を見て、「この子は、ここに来るのが幸せだった」「ここで暮らすのが幸せなんだ」と言われる親御さんがいました。
このような発言を聞くたびに、経験が浅い20代の私にも、この言葉が本心ではなく、エクスキューズでしかないことがわかりました。
また、例え親御さんはそう思ったとしても、「本人たちは絶対に幸せだと思っていない」と確信できました。


何故なら、誰一人、自ら選択して入所した人がいないから。
それは、入所の経緯から考えても、本人たちに選択する力が乏しかったことからわかります。
私が働いていた施設に限らず、「利用者の幸せを追求する」など理念を掲げているところは多々ありますが、入所者の方が「退所したい」といえば、それをかなえてくれるのか、そもそも選択肢を与えているのか?
いくら個人の幸せを高々と掲げようとも、選択肢のない生活の中に、個人の幸せはないはずです。
同時に、選択できたとしても、その人に選択する力が育っていない、また選択しようとしても、それが叶えられる状態に本人がないということも、結果的にその人の人生から幸せを遠ざける、と考えるようになりました。


発達障害を治すのは、未来の、そして自分の人生の選択肢を増やすために行うのです。
私が関わっている子ども達の中には、支援級から通常学級へ転籍する子達もいますが、その子の親御さんには「通常学級に行くために、発達障害を治すのではありません」と言っています。
子ども達が支援級で学ぼうとも、通常級で学ぼうとも、どちらでも良いのです。
障害者枠で働こうとも、一般枠で働こうとも、どちらでも良いのです。
それが、本人の選択だったら。


本人が「支援級で学びたい」と言うのなら、それで良いと思います。
でも、本当は通常級で学びたいと思っているのに、それができない、というのがよくありません。
将来、その子が選択する場面になったら、きちんと選択肢がある状況で、本人も選択する力と主体性があり、どれを選択しても良い状態にしておく。
将来、「選択肢がこれしかありません」「あなたが選びたい選択肢は、今の状態、力では無理です」というのは避けなければなりません。


発達障害を治すのは、今、ラクになること。
でも、その先には、選択肢の広がりがあります。
発達障害を治した人達が、生き生きとして見えるのは、ラクになったことが大きいと思います。
でも、それ以上に、人生の選択肢が増え、自ら選択していける喜びを感じているからではないか、と思っています。
ギョーカイのメンドリから、ギョーカイの鳥籠の中から、敷いた線路の上から飛び立った人が言っていました。
「籠の中にいたときよりも、大変なことや辛いこともある。でも、自分で自分の人生を選べるのが幸せだ」と。


自分の選択で生きていけるからこそ、人は幸せを感じられる。
いくら物質的に恵まれていても、なに不自由なく生活できても、周りが常にいい子いい子してくれて、転ぶ前に配慮してくれたとしても、選択肢のない人生は幸せを感じられない。
だからこそ、発達障害は治す、その子が選択肢のある人生を歩めるために。

2017年9月21日木曜日

責任を味わう

若い世代の方達とお話をしていると、「責任を取らずに、ここまで来たのかな?」と感じる人たちがいます。
いざ、自分で責任を取らないといけない場面がやってくると、その責任の取り方を知らない。
何故なら、彼らは支援、配慮という名の“接待”を受けてきたために、常に責任は誰かが肩代わりしてくれていた。
または、「障害ガー」「社会の理解ガー」ってことで、周りにいる大人すら責任を取らなかった。
そんな姿が、過去が見える人もいます。


責任を取らずに歩んできた彼らも、自分がしたことの“結果”は見てきました。
でも、その結果は、純粋な結果ではなかったのです。


障害の有無に関わらず、成長する過程の中で、多くの失敗をします。
自分がしたことの失敗という結果を見ること、体験することで、失敗という概念を理解し、試行錯誤という生きる力を身に付けていきます。
たくさん失敗したことがある子の方が力強いのは、たくさん試行錯誤をしてきたからだといえます。


しかし、支援という名の接待を受けてきた子たちは、そもそも失敗の経験が多くありません。
それは、定型発達の子たちと同じように失敗したとしても、失敗という純粋な結果を見せてもらえなったと言い換えることができます。


配慮がなされることで、どっかのVIPですか並みに、どこに行っても、並ばなくても良いし、着いた瞬間に始められて、しかも他から影響を受けないような特等席が用意される。
支援がなされることで、失敗しそうになったら、すぐに手が差し伸べられるし、たとえ失敗しても、大きな失敗ではないように見せる支援が展開される。
中には、「一緒に責任を取る」という訳のわからない支援がなされ、本人の代わりに支援者が誤ったり、後始末をしたりすることもある。


情報処理の仕方、世の中の切り取り方、捉え方に違いがある自閉脳の人達に対し、支援や配慮は結果の姿を歪ませることもあります。
本当は、自分がやった行いで、他人を怒らせてしまった。
でも、本人が見えないところで、「あの人は、自閉症という障害があって」「悪気はないんだ、特性でもあるんだ」と説明し、本人が気づかないうちに責任をうやむやにしてしまう。
そういった支援や配慮を想像できなかった場合、本人に残るのは、自分に対し怒ってきた他人の姿だけ。
自分に責任があるのに、「あの人は怖い人だ」なんて誤って捉えてしまうこともあります。


また仕事場で、本人ができなかった分の仕事を支援者が代わりにやったりする。
実習なんかの場合には、「本人の自尊心、達成感を大切にする」というこれまた訳のわからない支援が展開され、賃金が減らされることなく、きちんと仕事をした人と同じ分のお金を貰う。
これでは、働く姿勢は養われません。
できなかった分、賃金が減らされるという結果を得ることで、真面目に働くことの大切さ、仕事ができるようになるための試行錯誤が生まれます。


遅刻したら、その分、給料を減らされるのは、その企業がブラック企業だからではありません。
授業の単位を落とすのは、その学校に、先生に、障害の理解がないからでも、配慮が足りないからでもありません。
接待慣れした人は、原因を自分の外に見ようとします。
今まで支障がなく、エスカレーターのように進めていたのは、気が付かないところで配慮や支援がなされていた場合もあります。
「自分は何でも出来るんだ」という誤解は、接待が作りだしたものといえます。


良い年齢の若者が、目の前に“責任”がやってくると、ボーと立ち尽くしたり、誰かの支援をただただ待つ、そして、その人が解決してくれるのを待つ、という姿を見ることがあります。
世の中の切り取り方、捉え方に違いがある人達だからこそ、きちんと結果を見せること。
配慮や支援という名で、結果を歪ませてはいけません。
例え失敗した結果だったとしても、それを直視できるようになれば、試行錯誤へとつながり、生きていく力を身に付けていくことになります。


野生の動物を見ても、親が獲物を捕ってくるのは幼いときまで。
ある段階まで成長すれば、子どもに狩りをさせます。
子どもに来る日も、来る日も失敗をさせ、どうすれば獲物を捕れるのか学ばせます。
これこそ、試行錯誤の始まりです。


人間は、野生の動物のように獲物を捕りに行くことがほとんどなくなりましたが、生きていくうえで試行錯誤する力は大切であり、試行錯誤するからこそ、成長できると思います。
だからこそ、試行錯誤につながる「責任を取る」という経験を子ども時代から積んでいってほしいと考えています。
「責任を取る」という音の雰囲気が良くないので、私は「責任を味わう」と言っています。


責任をしっかり味わうことがなく、大人になった若者たちを見ると、障害以外に配慮を受け、支援を受けたことの寂しさを感じるのです。

2017年9月19日火曜日

できない理由は、できるまでやっていないから

近頃、下の子は、掴んだモノを床に落とします。
身近にあるモノを掴んでは落とし、掴んでは落としの繰り返し。
以前は落としたら、落としっぱなしで見ることはなかったけれども、必ず落ちたモノを確認するようになりました。
まだ生まれて9か月しか経っていない彼は、重力なんて知らないけれど、こうやって「物は地面に落ちる」ということを体験的に学んでいるのだと感じました。
ですから、止めることはしないで、本人が満たされるまで、とことん落とさせています。


上の子は、今週末に運動会があり、障害物競走では逆上がりをしなくてはなりません。
保育園で練習しただけではできなかった息子は、保育園から帰る途中や休日に公園へ行き、ひたすら鉄棒で逆上がりの練習をしました。
何度失敗しても、悔しくて泣いたり、怒ったりしても、私ができることはただ一つ。
とことん付き合うこと。
心の中では早く切り上げて帰りたい日もあったけれど、「できるまで付き合う」と決めたからには、本人が納得するまで見守りました。
決して運動神経が良いとは言えない子だけれども、3連休の間にできるようになりました。


私は子育てでも、仕事でも、とことん付き合うことを大事にしています。
本人が納得するまで付き合う、コツを掴みそうになったら継続できるよう後押しする。
例え約束の時間が過ぎたとしても、例え次の予定があったとしても、一度掴めたら放さない時期を生きる子ども達には、できるだけ付き合います。


こういった私の姿勢は、批判を受けることもあります。
「やりたいことばかりさせていたら、我がままになる」
「時間を守ることも大切だ」
「途中で止めれることも大切だ」
確かに、そういう力、姿勢を身に付けることも大事でしょう。
しかし、神経を育てるのに最適な時期があり、発達には順序があります。
我が身をコントロールするには、まず我が身という土台が育っていなければならないのです。


土台が育っていな子に、大脳皮質から押さえ付け、我が身をコントロールせざるを得ない状況を作るアプローチだったり、「見通し見通し」と言って、本人の主体性の入る余地のない他人が決めたスケジュールで予定を区切ったり…。
私の「とことん付き合う」という姿勢は、大脳皮質系のアプローチから見れば、専門性のない、それこそ、誰にでもできる方法なのかもしれませんが、人の発達を援助する姿勢で大切なことを守っていると考えています。
それは、本人の持つ主体性を奪わないこと、本人の持つ自分の発達のヌケに気が付く力と育て治す力を阻害しないこと。
その子自身で、伸びやかに発達するのを援助することこそ、発達援助だと考えています。


幼少期からスケジュールを守る、スケジュール通りに動けることを目指す必要なんてないと思います。
施設で働いているとき、「もっと遊びたいよな」「休憩したいよな」「ゆっくりお風呂に入りたいよな」なんて言いながら、その子のスケジュールを組み立てていました。
ギョーカイ真っ只中にいた頃は、まだ治るという方法を知らなかった頃は、幼少期からスケジュールに従える姿勢、他人からの指示に従える姿勢を育てることが、将来の適応力につながると信じていましたが、今思えば、あれは管理する側、支援者側の都合でしかないのです。
しっかり身体という土台が育ち、発達のヌケが埋まれば、自然と自らの意思で時間が守れる人になる、自分で選択し、行動できる人になる、というのは、発達援助を通して関わる子ども達から教えてもらっていることです。


このブログを書こうと思ったのは、週末に読んだ本がきっかけでした。
西川司氏の著書『向日葵のかっちゃん(講談社文庫)』です。
支援学級に通っていた少年と、転校先で出会った先生との成長の物語です。
少年を一変させた先生の姿勢は、まさに発達援助の姿勢。
実話を元に書かれた物語であり、発達の遅れやヌケが治った話ですので、子どもと関わる大人には大きなヒントを与えてくれる本だと思います。


下の子は、まだ言葉でのやりとりも、理解もしていない時期です。
でも、誰に教わったわけではなく、モノを掴み、指を放す動作を行う。
そして、モノは下に吸い寄せられていくことを体験的に知ろうとしている。
彼は、親が発達援助という仕事をしているからではなく、自分で自分を育てているのです。
上の子も、まだ文字を主にして学び、理解する段階ではありません。
彼も、下の子と同様に、体験的に学び、神経を育てています。


発達障害の子ども達は、受精から幼少期の間に、発達のヌケがあります。
ですから、言葉、文字を獲得する前、子ども達がどのように神経を育て、成長していくのか?
そこに発達援助の原形があり、本来の姿があるのだと思います。
発達が専門知識を持った人にしかできなければ、ヒトはとうの昔に絶滅していたはず。
日本において、早期療育が身を結ばず、どんどん自立から遠のき、ますます支援が必要な人として育っていくのは、ギョーカイの思惑にプラスして、文字を獲得した以降のアプローチ、大脳皮質に働きかけるアプローチに偏っているのも原因の一つだと考えています。


2017年9月18日月曜日

世の中で、唯一、働かないことを推奨してくる大人が側にいるのだから

「忙しいよ~」「辛いよ~」「休みたいよ~」と言う人に限って、あまり働いていない(ブ)
本当に忙しく働いている人は、そんなことは言わず、言う暇もなく、黙々と働いているものです。
「忙しいなう」「休みたいなう」と呟くくらいなら、その時間を休めばよいと思いますね。


このような人は、いくら仕事の量が少なくとも、「忙しい」とか、「休みたい」とか言うでしょう。
きっと彼らは、仕事のことをただお金を得るための手段としか考えていなく、中には仕事をすることが罰のように捉えている人もいます。
だから、「少ない労働で、多くの賃金」を目指している。


「仕事は、お金を得るために行うものである」というのは、真実だと思います。
しかし、それは表面的な捉え方。
仕事を通して成長し、より良い人生と社会のために自分の持っているものを活かす。
それこそが、本来の仕事の意味だと考えています。


成人した方達とお話をしていると、仕事は「お金を得るための手段」という面でしか捉えていない人も少なくありません。
また成人したら「仕事はするもの、すべきもの」という捉えでしかない人もいます。
こういう人は、総じて労働意欲が乏しい。


医師も、支援者も、成人した発達障害の人に対しては、働くことを勧めません。
自立してもらっては困るからです。
そのため、「二次障害ガー」と脅す一方で、「一生涯の支援が必要だ」と説き、働かなくても生きていける方法を教えます。
支援サービスの受け方、障害者年金の額と貰い方、そして、「最後は生活保護を申請すればいいんだから」と言うのです。
結局、生活保護を受けて生きることを勧めるのなら、就労支援はいらないし、早期診断、早期療育もいらない。
そういったサービスを作るんだったら、そういった心持ちで支援者がいるのなら、支援者、支援機関はいらなくて、初めから国が手当てを出し、丸抱えしていくシステムにすれば良いのです。


本人が持つ想像に関する特性と、労働を勧めない支援システム、労働意欲の乏しい支援者が折り重なると、「仕事はお金を得る手段」「仕事は罰のようなもの、できればやらない方が良い」という労働観が本人の中にできあがります。
こうなってしまうと、親御さんがいくら焦っても、就職しようとしませんし、就いたとしても続きません。


仲間集団を作ることが苦手な自閉症の人にとっては、仕事が大事な集団の場になるといえます。
人と関わることで気が付くこともありますし、集団で協働することにより、学ぶことも多くあります。
また何よりも、仕事が社会との接点となり、人生を豊かにすると思います。
友だちはいなくても構いませんが、人と関わる場面は生活の中に必要です。
ですから、仕事とは「お金を得るための手段」という表面的な理解だけではなく、こういった意味、意義があることを伝えていかなければならない、と考えています。


就労のための教育というと、体力や忍耐力、職業スキルやコミュニケーションスキル、ソーシャルスキルが注目され、重点的に行われますが、その子の中の労働観を養っていくことも大事だと思います。
労働観が確立していなければ、医師や支援者が働かない道へと手をこまねく間をまっすぐ歩くことができません。
世の中で、唯一、働かないことを推奨してくる大人が側にいる“特別”な道なのですから。


私は、子どもたちとの関わりの中でも、労働観を養ってもらおうと考えています。
ですから、学校へ通う意義、勉強する意義から一緒に考えるようにしています。
答えは一つではないと思いますが、学校に行くのも、勉強するのも、同級生と活動するのも、自分のためであり、自分以外の誰かのため、という意義に気が付いてほしいと思っています。


支援級の子が、交流学習や通常級への転籍となると、「支援級の方がラクでいい」「勉強したくない」「一日、遊んでいたい」と言うことがあります。
これは支援という名の接待につかってしまっている証拠でもあり、将来の「働かなくていいよ」という手招きに乗っかってしまう危険性あり、というサインです。


本来、子どもは好奇心の塊であり、まだ見ぬ世界への憧れ、自分自身が成長する喜びをより強く感じる時期にいるのです。
なので、その自然な動きが見られないのなら、周りにいる大人の責任です。
ここで周りにいる大人が改めなければ、働くことに意欲が持てない大人を育てることになる。
働く大人になるか、ならないかは、高等部になってからではなく、小学校に通い始めるくらいの頃から続いているのだと思います。


年少の子の若い親御さんに、私がお話ししていることでした。

2017年9月13日水曜日

支援者は公園一つに勝てない

ある成人の方が言っていました。
「雑談にはノッてくれるんですけれど、相談には乗ってくれないんです」と。
何かチャレンジしようとすると、「無理しないで」と言われ、ストップをかけられる。


「私は、何のために相談機関に通っているのでしょう?わからなくなりました」と言われたので、「それは、〇〇さんのためではなく、支援者のために行っているんですよ」と、私は言いました。
「一生治りません」という前提から出発したシステムでは、「相談して解決できた」という結果はど~でもよくて、とにかく「〇月〇日、〇時~〇時まで相談した」という事実のみが必要。
もちろん、誰にとって必要かといえば、相談に行った本人、家族ではなく、支援者側にとって。


支援機関というのは、無料で、対象者なら誰でも相談できる、という場所のことを指し、効果がある、問題が解決することをウリにしているわけでも、保証しているわけでもありません。
ましてや、支援者側も「一生治りません」と言い、その前提で仕事をしているのですから、何か効果を目的として通われるのでしたら、それは通う方にも、勉強不足という問題があります。


先ほどの成人の方に、私は言いました。
「“無理しないで”という言葉なら、医師免許も、教員免許も、資格も必要ないですよね。どうせだったら、よく知らない人間から言われるより、よく行くコンビニの店員さんから“無理しないで”と言われた方が、よっぽど心地が良いはずです」と。
それを聞いて、成人の方は笑っていました。


医師免許や教員免許、資格などを取得した人は、いくら私が「意味がない」と言っても認められないでしょう。
でも、実際、治らないと思っているんだし、治そうとは思っていないのですから、「じゃあ、なにをしているの?」という疑問が浮かぶのは自然です。
「無理しないで」という言葉に、専門性があるというのなら、どんな専門性があるのか訊いてみたいです。
支援者の「無理しないで」と、家族の「無理しないで」、友人の「無理しないで」、ご近所さんの「無理しないで」の違い(ブ)


私は、日々、発達援助という仕事をしていて思うんです。
私が行っている発達援助は、公園には勝てない、と。
公園には遊具があって、思いっきり走ったり、跳んだりできる空間があって、子どもたちや虫たちがいる。
セッションの中でも、一緒に公園に行くこともありますが、自分に足りない刺激、抜かした発達段階はわかっているんです。
自分に必要な遊び、動きを行い、自ら育て直しを行う。
だから、私はいつも「公園には勝てない」と思うのです。


私は教員免許を持っていますし、実際に勉強を教えたりもしますが、現場で指導をやられている先生方には勝てないと思っています。
他にも、スポーツにしても、趣味にしても、遊びにしても、地域にはそれを専門に指導されている方達には、到底勝つことはできません。
ですから、私の役割は、そういった学校での時間、地域にある習い事や公共機関、資源をより良く活用できる段階までの援助が仕事であり、そのために発達のヌケを育て直すお手伝いをしているのだと考えています。


私は、自分の仕事を「発達援助」と言っていますが、子ども達の発達を促し、育て直すことのできる人間は、地域にたくさんいる、と思っています。
発達援助は、免許や資格を持っている者だけが行えるのではなく、それこそ、本人と関わるすべての人ができると考えています。
そのため、発達のヌケが埋まってきた子には、どんどん地域の資源を利用してもらうよう伝えています。
最初は、私と一緒に勉強していた子が、民間の教育機関を利用できるようになったり、公園で遊ぶのもやっとだった子が、スポーツ教室に通い始めたり。
そうやって、その子が、そのとき、必要なものを、必要な場所で学び、成長していけば良いのだと考えています。


ギョーカイも、私と同じように、「地域資源を使おう」ということがあります。
でも、ギョーカイは、少しでも利用実績が稼げる場所を探しているので、本人を治して、地域の資源が利用できるようにするのではなく、本人は治らないまま、ありのままで、「私がプロデュースするから」と言って、その民間企業に入りこもうとする。
で、民間の習い事教室やスポーツクラブから鬱陶しがられる、というのが関の山です。


相談機関、支援機関に、半ば強制的に、またルーティンみたいに、ただ日課のように通っている人がいます。
「治りません」「治しません」と言っている場所に、何を求めていかれるのでしょう。
地域には、どっかの知らない他人よりも、温かい「無理しないでね」と声を掛けてくれる人がいます。
また地域には、免許や資格がなくても、あなたご自身の発達を援助してくれる人達がいます。


私も含め、支援者というのは、公園一つに勝てないのです。
「俺は医師免許持っているんだぞ」「有名支援者が認定している資格を持っているんだぞ」と、ふんぞり返っていても、学校の先生ほど、学力や姿勢、身体を育ててあげられませんし、習い事の先生ほど、技術や動きを身に付けさせてあげることはできません。
支援者なんて、ほんとちっぽけな存在で、支援において、発達援助において万能ではない。
だからこそ、支援者というのは、入り口の存在であり、困ったときの存在だと私は思うのです。


「ずっと支援、一生涯支援」というのは、何も問題が、課題が解決していないということじゃないですかね。
そんな支援を受け続けたいですか?

2017年9月12日火曜日

人は反射のみで生きているのではないのだから

行動に注目し、行動を変えることを中心に置く支援者というのは、支援者自身の評判がすこぶる悪いことがある。
それは、きっと彼らが“心”を対象から外すからだろう。


その人の気持ち、感情は、外から見ることはできない。
だから、目に見える、外から確認できる行動のみを支援の土台にあげよう。
そういった姿勢が、彼らが冷たい人間で、それこそ、心のない人間のように映してしまう。


彼らが支援のテーブルの上から外すものは、“心”以外にもある。
それは“身体”である。
心を支援の対象から外したのと同じように、身体も、彼らにとっては伺い知れぬものとなるため、除外の対象となる。


彼らは、目に見える“動き”が大好物である。
しかし、 その動きの土台となる身体を大切にしない、または、ないがしろにすることが、行動変容というアプローチの限界を生みだしている、と個人的には思う。
人間性は置いておいて、行動変容を中心にしつつ、効果のある支援ができる人というのは、“動き”とその土台である“身体”を引き離さない、という特徴があるように感じている。


「何か偉そうだ」「上から目線だ」「平気で失礼な態度をする」
そんな風に言われる支援者というのは、行動変容系に多い気がする。
それは、心を外し、身体を外した結果なのだろう。
心と身体性が乏しければ、相手との心地良い交流を生むことも、距離を取ることもできない。
また何よりも、アプローチする際、心が使えない分、相手の身体性が掴めない分、上下関係を作るしか指導を成り立たせるものがなくなってしまう。


行動する主体は、本人である。
本人が変えるから、行動は変わる。
だが、本人がしたい行動と、変えさせたい行動が、いつも一致しているとは限らない。
「なんで、あんたの言う通りに、私の行動を変えなければならないんだ」
というのは、本人の持つ主体性に、無礼な手が触れた瞬間に起きる。
そんなとき、無礼な手を無礼じゃないように見せる方法は、ただ一つ。
「私が上で、あなたが下」という文句。
触れても問題ないでしょ、言うこと聞きなよ、行動変えな、というような態度でくるから、主体性のある本人や家族は、こういった当たり前のように上下を作ろうとする様子に、不快感を示す。


刺激に対し、反射のみで生きる生物にとっては、心を排除し、身体性を排除し、行動のみにアプローチしたとしても、うまくいくのかもしれない。
しかし、人間は反射から無意識の動き、意識する動きへと発達していく。
人間は主体的に動くことを目指し、発達、成長していく生き物である。
だからこそ、人工的な上下関係を築き、一方的に行動の変容を迫るアプローチというのは、不自然であり、限定的であり、違和感をもたらす。


「行動変容こそが、唯一無二の支援である」と主張する人に、心を感じず、不健康で、上から目線の人が多いのは、このアプローチの持つ特徴と相性の良い人物だからかもしれない。
主体性を持つ、意識的な動きの段階まで育った本人、主体性を育てたい親と支援者が、行動変容系から距離を置くのも、よくわかる。
個人的には、発達の視点が乏しいアプローチは好みではない。

2017年9月6日水曜日

支援を商売にするためのテクニック

このブログは、支援を商売としている方達にも見て頂いています。
ですから、今日は、その方達のために、私が5年間、商売をやってみて分かったテクニックをお教えしようと思います。


支援というのは、実態があるものではありませんので、どう親御さんに、と言いますか、親御さんの頭の中に支援をイメージさせるかがポイントになります。
そもそも、その子に良い変化が見られたとしても、それが支援の効果なのか、それともいろんな経験をしたからなのか、自然な成長、発達の結果なのか、たまたまなのか、もともと調子がよくなかったのが良くなったからなのか、はわかりません。
つまり、支援というのは、他人からの働きかけの一つに過ぎないのです。


名人と呼ばれるような人でしたら、その名人の働きかけ一つで、流れを良い方向へと一気に変えられるかもしれませんが、ほとんどの支援者にはそんなことできません。
まあ、働きかけの一つとして良い刺激、きっかけになることもありますが、それだけではなく、ほとんど意味がないこともあれば、逆にマイナスに作用することだってあります。


前置きが長くなりましたが、このように実態が掴めない支援というものを、特に親御さんに良い感じでイメージしてもらい、利用し続けてもらうには、テクニックが必要になってきます。


まず簡単なテクニックが、『支援している様子を見せない』ということです。
親御さんは、我が子の発達には直感が働きますので、これは意味がある、ないを瞬時に判断することができます。
そのため、セッション後に、口頭や紙面で仰々しく支援について伝えれば、何か素晴らしいものを受けられたというイメージを懐いてもらいやすくなります。
日頃から持っている資格の話をしたり、専門用語を使ったり、自分の功績などをアピールしていれば、さらに信じてもらいやすくなるでしょう。


他にも簡単なテクニックとしては、『支援グッズを持ちこむ』ことです。
間違えても、家にあるものでセッションをしてはいけません。
「私にもできるかも」と思われてしまうからです。
自作の支援グッズ、一般のお店では売っていない道具などを使えば、それだけで「特別なもの」感が出てきます。
「自分に持っていなものを持っている」というのは、支援というものも特別なものに見せるテクニックです。
オリジナルの支援グッズを使う→支援する→持って帰る、というのを繰り返せば、それだけで支援の時間は特別な時間になります、もちろん、効果のあるなしに関わらず。
あと、やたらと発達検査、アセスメントするのも同様の効果があります。


あとは、ギョーカイの先生方もよく使われている方法で、みなさん、ご存じの方も多いとは思いますが、『家庭での支援に制限を加える』というテクニックです。
「失敗させてはいけません」「二次障害ガー」「(私の)支援の効果がわからなくなるので」「お母さんも同時に支援しちゃんと、本人が混乱してしまうので(?)」という文句で、家庭での子育ての足止めをします。
そして、家庭で行う子育てや支援に、一つ一つアドバイスという難癖をつけ、ああでもない、こうでもないとやるのです。
よく「スケジュールを作ってみたのですが、これで良いでしょうか?」などと訊いてくる親御さんに、「ここを直した方が良い」というやつです。
スケジュールなんて、本人がわかれば良いのですから、それを支援者に訊くのは…以下略。


このようにテクニックを並べてみますと、親御さんからどう主体性を奪うのか、また支援者自身が主導権を取り、先導するかがポイントだといえます。
ちなみに私は商売ベタですので、本人が嫌がらなければ、毎回、セッションの様子を親御さんに見て頂きます(もちろん、毎回、報告書も提出します)。
「私は、ここを確認していました」「こんなことをポイントに援助しています」と伝えますし、私の働きかけで良くなかったものは、「こんな点が失敗でした」と伝えるようにしています。
また家にあるもの、家の周りの環境を使って取り組みを行うようにしています。
そして、私がいないとき、日頃の生活の中で発達援助をしてもらうようにお願いしています。
そのため、毎月のように「もう大丈夫です」「私達で頑張っていけそうです」と言って、私のセッションを必要としない方が出てきます。


年々、卒業までの期間が短くなり、年単位で利用継続している方がどんどん少なくなっています。
だから、商売としてはうまくありませんね。
でも、発達の主体は本人ですし、発達援助をするのは親御さん、発達とは特別な時間があるのではなく、日々の生活の中に自然に存在するもの、という考えが変えられませんので、どうしても本人も、親御さんも、一日でも早く卒業してもらいたいと思ってしまうのです。
私はきっと商売人に向かないのでしょう。


あくまで支援を商売にしている方達に向けて書いた情報提供です。
間違っても、自立させない支援者、治さない支援者、当事者の人達をメンドリに仕立てる支援者を見抜くために使わないでくださいね(笑)

2017年9月5日火曜日

治らない教

「治ります」と言うと、「インチキだ」「オカルトだ」「宗教だ」と返ってくる。
だから私は、そういった治らないを信じてやまない人達のことを「治らない教」の人々と呼ぶようになりました。
どうせ信じるのなら、治らないよりも、治るという方が良いと思うのですが…。
まあ、何を信じるかは自由です。


「治らない教」と呼ぶのは、ただの当てつけのようでもありますが、そう感じるようになったのには理由があります。


私のところに来る方たちのほとんどが、治らないことを前提とした支援を浴びてからいらしています。
ですから、自然な姿、力を見るためには、その支援を一度洗い流す必要があるのです。
洗い流してキレイさっぱりになると、その人の自然な姿が表れます。
それと同時に、動きが出てきます。


動きというのは、やり残していた課題への挑戦であったり、ヌケている発達段階を育て直したりする動きです。
私が促したわけではなく、誘導したわけではなく、その人自身で自然と動き出す、といった感じです。
そういった動き出しを見て私は、「そうか、この子には、こういったやり残しがあったのか」「こういったヌケがあったのか」と知ることができます。
ある子のセッションでは、この動き出しが確認できましたので、それを親御さんに伝え、「危険がない限り、〇〇の動きを止めないでくださいね」「2週間くらいしたら、変化が感じられると思いますよ」と言って終了になったケースもあります。


つまり、もともと本人の内側には、治る力があり、治ることを目指す動きがある。
その本来の動きが、治らないという前提と信念によって縛られている、というのが、私の実感するところです。
「障害だから治らない」のではなくて、治らないと思うから、治らないのであり、治せないと信じるから治せない、のだと思います。


「治らない教」の人達は、治すことを悪だと捉えていて、なおかつ、戒律のように治さないように、治らないように、と行動に気を付け、制限しているようにも見えます。
「余計なことをしなければ、自然と治る方向へ進んでいくのに」と思うことが少なくありません。
「敢えて治らないように支援しているんでしょ」と思うことだってあります。
構造化にせよ、ABAにせよ、SSTにせよ、それを教える誰かの考えと意思によって、向かう方向とゴールが決められます。
本人の内側には、治るというゴールに向かって進もうとする力がある。
でも、それとは別の意思が働き、制限や転換が求められている。
それこそが、治さない支援であり、「治らない教」の実態だといえます。


治すべき課題やヌケは、本人が教えてくれます。
そして、実際に治していくのは本人であり、親御さんです。
そうなると、私の仕事は、治らない前提の支援を一度取っ払い、治るという視点から見てみましょう、と本人、親御さんにお話しすること。
それと、動き出しから確認できた課題とヌケを言語化すること。
たったこれだけです。
あとは、発達状況の確認と、治す方法の調整くらいなものです。


「大久保さんのおかげで治りました」と言われることもありますが、このように私はまったく治していないのです。
だから、「治る」を信じる人達は、本人の内側にある治る力を感じ、大切にできる人達。
「治る」を信じる人から、教祖様のような支援者が現れないのは、そのためです。
一方で「治らない教」の人達が、支援者や「障害は治りません」という他者の言葉を信じているのを見ると、それこそ、自分以外のものを崇め奉り、その人の意思によって行動が決められている一種の新興宗教のように見えてしまうのです。

2017年9月2日土曜日

症状の集合体が『障害』になる

私は、治るを信じ、治すことが使命だと思い仕事をしていますが、私が直接かかわっている人の中にも、「本当に治るのだろうか」と思っている人はいます。
例え友達の紹介で話を聞いていたとしても、HPやブログを読んでいたとしても、「治らないから障害なのだ」という摺りこみから離れられない人がいても不思議ではありません。
ですから、お子さんを治すための発達援助を行うのと同時に、私が言う「治す」「治る」という意味をきちんと伝えるのも責務の一つだと考えています。


「障害」と聞くと、何か固定されたものがあるような印象を受けます。
しかし、診断基準を見てもらえば分かるように、症状がある一定以上集まったとき、その人に「障害がある」としているのです。
身体障害の人とは異なり、発達障害には具体的な症状があるわけではありませんので、一言に自閉症、発達障害と言っても、一人ひとりが全然違うのです。
治らないと思っている方には、症状の集合体が自閉症であり、発達障害であるというお話をします。


症状の集合体が"障害"なのですから、症状が減れば、"障害"には当てはまらなくなるということになります。
ですから、支援の考え方はとってもシンプルなもので、この症状の中で治りやすいものから治していく、というものになります。
例えば、聴覚過敏があって学校や生活に支障があるのでしたら、聴覚過敏の根っこを掴み、そこから育てなおしていく。
聴覚過敏が治れば、集中して勉強ができるかもしれない、学校に行くのがそこまで疲れなくなるかもしれない。
以前よりも余裕ができた分、また新たな取り組みや学びができるかもしれません。
そうやって芋づる式に、症状が治っていけば、いつの間には診断名が付かない状態まで治っているようになります。


発達障害を治すというのは、このように障害と呼ばれる症状の集合体の中から治しやすいところを見つけ、そこから一つずつ治していくことを言います。
なにか「発達障害を治す」というと魔法をかけたり、信仰的に聞こえたりするかもしれませんが、障害という塊で見るのではなく、症状の集合体と見てアプローチするということです。
治すための発達援助をしていて面白いのは、最初は治しやすいところを見つけ、一つずつ治していくのですが、一つ治ると別の症状も連なって治ることが多々あるのです。
こういった様子を見ると、成長はスモールステップではなく、始まったら一気に階段を駆け上がるようなものだといえます。


自閉症、発達障害は、スペクトラムです。
別の異次元に存在している人達ではなく、定型発達と呼ばれる私達と同じ連続体の中にいます。
私達だって症状を持っていますので、違いがあるとすれば、その症状の数と濃さです。
素晴らしい実践家の方たちによって、個別の症状を治す方法が明らかになっていますので、自分にある症状、我が子にある症状を一つずつ治していけば良いのです。
そして、その一つずつ治していく積み重ねが、障害と呼べない状態にまで成長、発達することであり、そこまで来れば、本人も生きやすく、より豊かな自分の人生を歩めるようになると思います。


治すというのは、障害を一気に治すという意味ではなく、症状を一つずつ治していった結果として障害が治っている、という意味です。
治るのを信じる人と信じない人の違いは、根本である自閉症、発達障害とはどういった障害であるか、という点での認識の違いがあるように感じています。

2017年9月1日金曜日

ライセンスビジネスが抱える矛盾

私は、有名支援者が「いいですか、日本の皆さん。これからはライセンスの時代ですよぉ~」と言い始めた瞬間、この療法を学ぶ気がなくなったといいますか、熱が一気に冷めました。
まあ、それよりも前から、「支援は“個別化”が基本です!」と言っているのに、どうして何度も、何度も、講座やトレーニングを受けさせようとするのか、わかりませんでした。


ギョーカイ支援者は、お題目を唱えるように、「知識や技能は、常に更新し続けないといけない」と言って、せっせと国や法人のお金で受講していましたが、真新しい情報が出ることはなく、いつも決まって同じ話。
今考えると、ギョーカイ人は仲間内で「参加しない」という抜け駆けを作らないように、お互いを牽制していたのかもしれません。


まあ、それから数年が経ち、本格的にライセンス制度が始まりますと、参勤交代ルールで定期的に講座を受講しなければ、ライセンス取得も、ライセンス継続もできない、というようになり、講座の内容云々よりも、元締めがつくったポイント制という仮想コインをゲットすることが目的になってしまいました。
当人たちが気が付いているのか、どうせ自分の懐からお金を出すわけではないし~と思っているのかはわかりませんが、〇万円する受講料、旅費、接待費(×参勤交代回数)は、元をたどれば、皆さんから集めた税金ですから、日本で働いて納めた税金が欧米の自閉症の人達と支援者のために使われているということにもなります。


まあ、欧米の支援、支援者にお金が流れようとも、それで彼らの生活を日本の私達が支えようとも、日本の自閉症、発達障害の人達のためになれば、問題はないと私も思いますよ。
でも、ここでひっかるのが「個別化」という原理原則。
つまり、何とか療法のやりかた、ルールを学んだあとは、実際に接する人に合わせて個別化するのが基本ということ。
彼らも言う通り、スペクトラムの人たちなのですから、症状も多様であり、常に変化します。
だから、マニュアルなんか作っても意味がないのです、目の前の人に合わせて変えられなければ。


ここまで読んだ方の中には、ピンとこられた人もいらっしゃると思います。
そうです、彼らは矛盾を抱えている。
「スペクトラムの人達」「個別化が大事」と言っている同じ口で、ライセンスが大事と言っているのです。
ライセンスビジネスを成り立たせるには、“枠”が必要になります。
枠がなければ、みんなが好き勝手に「〇〇療法をやっています」と言えちゃうから。
またライセンスを認定する側が受講者に教える際、“型”がなければ、別の言い方をすれば個別化OKにしてしまったら、そもそもライセンス意味なくね~ってなっちゃいます。
個別化で良ければ、わざわざ特定の療法の認定書をもらう必要はないってことになりますし、基礎基本を学べば、あとは個別化しましょう、で良いはずなのです。


こういったギョーカイの姿を見ると、まるで千葉にある東京のようです。
夢の国だったら、多くの人が夢を見られる料金設定にすれば良いはず。
でも、実際はライセンス料が乗っかるから、なんでもかんでも、金額が夢の国になるのです。
園内を歩くキャラクターが有名支援者であり、その周りを囲んで写真を撮って喜んでいるのが、愛を欲している支援者たち。
Facebookなどで、有名支援者を囲んで、いい年齢の大人がみんなでポーズ撮っているのを良く見ますよね。
彼らは夢の国にいるから気が付いていませんが、あれを見た普通の人達は、ただただ引くだけ。
ナントカ療法のライセンス証は、例えるならロゴの入ったパスポートですかね。


支援と言うのは、個別化してナンボです。
特定の療法で、すべてが万々歳ということはありません。
だって、スペクトラムだから。
そう、ギョーカイ人も言っているのに、個別化と相性の悪いライセンスビジネスに熱を上げる。
また、支援の目的は「自立」なのに、同じように彼らも言っているのに、ライセンス制度は、生涯支援者自身を自立させない仕組み。
有名支援者から自立できない支援者に、当事者の方の自立支援ってできますかね?
もっといえば、欧米の元締めから自立できない、お金を持ってこい、と言われ、自立どころか主従関係を結んだ有名支援者に、自立した次世代の支援者を育てることができますかね?


私が、「ライセンス、ライセンス」と騒がしくなってから、ギョーカイの推奨する支援は死んだと思ったのは、彼らが矛盾を抱えているからです。
資格制度、ライセンスビジネスは、「個別化」と「自立」という支援の中核と矛盾する形なのです。
いろんな療法を学ぶのは大事なことですが、原理原則を学べば良いだけのお話。
それ以降は、目の前にいる人に合わせてアレンジする。
そして、支援者から自立できるように、支援者が必要なくなるように支援するのが、真の支援です。
私は、原理原則である「個別化」と「自立」を追及する現実の世界の支援者でいたいと思います。

2017年8月29日火曜日

障害は不便なもの

「私は障害があった自分で、良かったと思うんです」
「この障害があったおかげで、幸せになれたんです」
と言う当事者の人がいます。
でも、「この人は、心の底から、本心で言っているな」と感じる人には出会ったことがありません。
自分自身を騙すのに精一杯、そう言い聞かせることで保っている、そんな雰囲気を感じます。
その発言と実生活のギャップから負け惜しみに聞こえることもあります。


上記と同じような発言に「障害は不便だけれど、不幸ではない」というものがあります。
こちらの発言には、私も共感することができます。
学生として、施設職員として、教員として、支援者として、障害を持った人達と関わり、不幸な人達だとは思ったことがありません。
しかし、いつも障害とは彼らの生活を不便にするものだと思っていました。
障害があろうがなかろうが、幸せな人もいれば、不幸な人もいる。
だけれども、障害があることで確実に言えることは、そこに不便さがある、ということだと私は考えるのです。


「障害は不便なもの」と捉えているからこそ、私はその不便さを取りたい、と思います。
だから、その不便さを取る方法、治すという方向へと歩んでいます。
本人にも、親御さんにも、育て直し、発達を頑張ってもらうのは、不便さを治したいから。
不便さが治ったあと、何を学び、何を選択し、どう生きていくか、幸せを掴むかどうかは、それこそ障害に関係なく、個人にかかっているのです。


「障害を克服する」ですとか、「障害がある子が頑張る」ですとか、そういうのにネガティブな反応を見せる人達がいますが、私には理解ができません。
不便さを克服するために努力したり、頑張ったりすることのどこがいけないことなのでしょう。
「障害を持った人を頑張らせるのは、かわいそうだ」と言う人もいますが、不便なままで生きろ、という方がよっぽどかわいそうなことだと思います。


「障害があるのだから、周りが理解し、社会が変わることが大事」という主張をする人も多いですが、それだと本人の内側にある不便さは、一向に解消されません。
「障害は本人の内側にあるのではなく、社会との間にあるのだ」と言いますが、過敏性も、疲れやすさも、無意識な動きが難しいのも、社会がどうなろうが変化はないでしょう。
発達の遅れやヌケは、完全に個人の課題だといえます。
個人の課題を解消するのは、社会でも、理解でもありません。
青色の建物をいくら見ても、睡眠障害は治らないのです。


このように考えると、障害があることで、「良かった」「幸せになった」と言う人と、障害を持った人を「頑張らせない」「無理させない」「理解と社会が変わることが大事」という主張をする人とは、根っこが同じような気がするのです。
つまり、障害=不幸、障害のあるなしが幸不幸へとつながる、という考えが根本にある。
障害があって良かった、幸せになれたと言う人は、わざわざ「障害」をつけて言うくらいだから、裏を返せば、障害があることで自分は不幸になったという想いがある。
「頑張らせない」も同じことで、障害を持つことは不幸だからこそ、それ以上、無理をさせて不幸にしてはならない、という想いがあると読みとることができる。
障害が不便さだと捉えていたら、良かったと思うこともないだろうし、そのままでいろとも思わない。
不便さがあれば、それを解消したい、治したいと思うのが自然な感情だといえます。


障害というものをどう捉えるか?
特に発達障害の人の場合、神経の発達に、もっと言えば、発達過程に不便さの根っこがある。
神経の発達過程に不便さの根っこがあるのなら、神経発達を促せればよいのです。
神経は全身に張り巡らされているのだから、身体を動かすことにより刺激を与え、発達を促す。
とってもシンプルなことです。
しかし、障害を“不幸なもの”と捉えた時点で、遠慮が生まれ、見て見ぬふりが生まれ、「私は、あなたは不幸ではないよ」という洗脳が必要となり、挙句の果てに接待が始まります。


私は障害という不便さを治したいと思います。
そして、不便さを治すお手伝いはしますが、幸せを掴むかどうかは、私の仕事ではなく、その人自身の課題だと考えています。
不便さを受け入れるかどうかは、その人の考えによりますが、私は不便さを治した方が幸せに近づいていくような気がします。
不便さは、個性ではなく、治す対象です。


2017年8月26日土曜日

脊髄反射する人が、問題の本質を見えなくする

支援学校の高等部の生徒さんが、部活中に熱中症になった、とニュースを見ました。
大会前の練習中と言うことで、出場できない状況になってしまい本人も無念さがあるとは思いますが、一日も早く回復してほしいと願っています。


このニュースを知り、私は違和感を感じました。
何故、ここまで大きく報道されるのでしょうか。
夏の熱中症は、珍しいことではありません。
これは、支援学校で起きたことだから、障害を持った子が熱中症になったから、ここまで大きく取り上げられるのでしょうか。
そうだとしたら、そこにあるのは「障害を持った子を頑張らせるのはかわいそう」「無理させてはいけない」「自分たち(一般の人)より、弱い存在だ」という偏見でしょう。
「障害児は真綿にくるんで」という発想と同じ。


また、「“罰”として追加のランニング」に反応しているとしたら、それも過剰だと思います。
本人が嫌がるのを無理やり走らせた、体調不良を訴えたのに、それでも強要した、というのなら、本当の罰であり、問題だといえます。
しかし、自ら意思表示をして、走ることを決めています。
表現の仕方は「罰」かもしれませんが、苦手な部分を補って練習するのは、どの部活でも、どの年代でも行っていることです。
そもそも、この生徒さんは、運動部を選択しているのです。


ただ先生にまったくの落ち度がなかったとは考えていません。
どこまで、この生徒さんのことを知っていたのか、そこに至らなさがあったと思います。
自ら「走る」と言っているけれど、きちんと自分のことを把握して表現できているのか、また危険が迫ったとき、すぐに表現できるのか、自ら回避することができるのか、体力面ではどうなのか。
それに伴って、目標値より43秒遅れたから43周、という指導の雑さも問題ですし、10キロ走れない段階の体力の人に、走る以外、走るための準備段階の練習、指導も必要だったのでは、と思います。


こういったニュースが流れると、「うちの子も」というように脊髄反射する大人がいます。
またそういった大人によって、大きな問題が起きたかのように、あたかも学校が、ランニング自体が悪いことのようにまき散らされます。
そして、「批判」と「責任」に過敏に反応する学校は、学校内でお達しが出され、「30度以上は、ランニング禁止」「ランニングは、5周まで」「部活動は、連続して1時間以上しないこと」などが決まっていく。
結局、今回の件の本質は、部活の顧問のアセスメント不足、管理不足に不備があったということ。
それなのに、部活動で、運動で身体も、心も、脳も育てている多くの生徒たちの権利と機会を奪うことになってしまう。


一人で怖がる分には、何も問題はありません。
でも、怖がりの人は過剰に反応し、しかもそれを周りに振りまく、それが問題だといえます。
何か問題が起きれば、「同じことが起きたらどうするんですか!?」と息を巻く人。
それに対し、日頃から根拠を持って指導していれば、毅然とした態度で突っぱねられるのに、揺らいでしまう教育現場。
こういうことの繰り返しが、「無理をさせるな」「学校内で問題は起こすな」「何事もなく、卒業させるのが目標」という土壌を作ってしまう。
最終的には、子ども達が十分に学べない、将来につながるような成長ができない…が、生徒ではなく、お客様にしてしまうのだと思います。
社会は、卒業生をお客様として扱ってはくれません。


「暑い日は、うちの子にランニングをさせるな」
これは『個別化』とは言いません。
ただの我がままであり、私を、私の子をお客様扱いしろ、という意味です。
学校にはカリキュラムがあり、それぞれの環境があり、それに合わせて教育がなされていく。
そういった決められた範囲とベースの上で、個々に応じた教育がなされるのが、個々に合わせた教育です。
最初から、「何を学ぶか、何を学ばないかをすべて決めます」というのは、個別化ではなく、孤立化になりますので、どうぞ、ご自宅で教育なされたらいかがですか、状態です。
自分で部活に入り、走る選択をしたのなら、その中で本人がしっかり成長できるように導くのが、個別化だといえます。


2017年8月24日木曜日

「諦め」という言葉を解き放つ

北海道は、一足早く夏休みが終わり、2学期が始まっています。
今年の夏休みは、例年以上に熱心な親御さんと、伸びたくってウズウズしている子ども達が多く、約1か月間、一緒に汗をかき過ごしました。
学校が始まった数日ではありますが、学校の先生から「〇〇くん、変わったね!」と言われた子が何人もいましたし、新学期が始まっても揺らぎが少なく、土台がしっかりしたような気がします。
お盆中も、お墓参りに行ってからセッション、親戚が集まっている中、自分だけ抜けてセッションなど、まさに「発達に夏休みも、お盆休みもない」といった感じでした。


夏休み中は、特にお盆休みなど、日頃いらっしゃるお母さんだけではなく、お父さんや親戚の方にもそばで様子を見て頂いたり、一緒に発達援助を行ってもらったりしました。
ですから、自然とお話をする機会が生まれます。


みなさん、変わっていく我が子、孫、甥っ子、姪っ子を見て、「こんな風にできるようになるとは思わなかった」と言うのです。
特に驚いたのが、みなさんの口から出てくる「諦めていたけれど」という言葉です。
「一人で外出を」「通常級で学ぶのを」「なんでも食べれるようになるのを」「普通の勉強をするのを」


孫や親戚の子に、自閉症、発達障害があるのを聞いて、祖父母や親戚の皆さんは、言葉に出さないにせよ、「諦める」という言葉が内側から湧き上がり、身体を駆け巡ったのだと感じました。
そして、その想いをずっと内に秘めていたのでしょう。
だから、諦めなくて良い状況を肌身で感じた瞬間、「諦めていたけれど」という言葉を解き放ち、パッと表情が明るくなったのだと思います。
我が子ではないとはいえ、やはりそこには無理があり、固さを生じさせていたのでしょう。


親戚の方達が「諦め」を連想するのは、単純に「障害」という言葉を聞いて、からかもしれません。
でも、私はそれだけではないと思うのです。
何故なら、発達障害が治っていくと、親御さんからも「諦めていたけれど」という言葉が、ポロッと零れ落ちるからです。
私は、今まで、親御さん達から出てくる「諦め」という言葉をたくさん耳にしてきました。


「我が子に発達障害があるとわかってから、『諦める』と向き合うのが親業であった」
そのような親御さんが多いのではないでしょうか。
「障害を持った子の子育ては大変じゃなかったけれど、諦めるという言葉を飲みこむのが辛かった」
そんな親御さんもいます。


普通、子育てをしていて、「期待」や「可能性」があることはあっても、「諦める」という言葉を連想することも、飲みこむことも、向き合うこともそうそうない。
じゃあ、それが「障害」という言葉であり、音であり、響きのせいか?
いや、「障害」という言葉を「諦め」という色で色付けしているのは、支援者であり、専門家という人たちだと思います。


親戚の皆さんは言っていました、「障害が分かってから、自分でも調べてみた」って。
学習会に参加された方もいました。
つまり、発信される情報が、「治らないよ」「一生涯の支援だよ」「大事なのは周囲の理解だよ」というものばかりという証拠。
これでは、おのずと「諦め」が充満してしまいます。


子どもを育てるということは、諦める数を増やしていくことではありません。
親になることは、諦めを受け入れることではありません。
ギョーカイは、諦める親ほど、障害に理解のある親だといいます。
でも、子育てとは、可能性を増やしていくこと。
身の回りのことができるようになることで、将来の自立の可能性が生まれてくる。
食べられるものが増えていくことで、生きていける場所や可能性が広がっていく。
勉強ができるようになることで、身体が丈夫になることで、しっかり弛緩する身体になることで、仕事、就職の選択肢が増えていく。


諦めることが子育てではなく、親になることでもない。
そんな当たり前のことが当たり前になるよう、内側に秘めた「諦め」という言葉を解き放てるような仕事もしていきたいと考えています。


2017年8月20日日曜日

天才、偉人も治しているのに、あなたは治さずに勝負しますか?

今日は、意地悪な文章を書こうと思います。


自閉症というのは、脳のタイプ、使い方の話であり、発達障害とは、発達のヌケ、遅れの話だと捉えています。
ですから、脳のタイプ自体に優秀だとか、劣っているとかはなく、発達障害は個性でもなんでもなく、育て直す対象で、治す方が良いに決まっているものだと思います。
夏休みの宿題をやり残して2学期を迎える子を「個性」とは評価しない。
やり残しがあるのなら、宿題も、発達課題も、やるだけです。


よく「過去の偉人、天才は、自閉症だった、発達障害だった」という人がいますが、自閉症だったから偉人になったわけでも、天才と呼ばれるような功績を収めたわけではありませんね。
過去の偉人たちに、「あなたは、今で言う“自閉症”だから、素晴らしい功績が収められたのです」と言ったら、激怒されるでしょう。
「冗談じゃない!私は、何度も、何度も失敗しても諦めずに努力したのだ」
陰の苦労、努力に目を向けず、「あなたは特別だから」と表ばかり見て判断するのは、偉人に限らず、大変失礼な見方だと思います。
テレビに出てくる芸能人を見て「私にも、同じような容姿があれば」と、陰の苦労、血のにじむような努力を見ず、ブツブツ文句を言っているようなものです。


現在に目を向けても、社会の進歩に、より良い社会のために貢献するような仕事をされている方達はたくさんいます。
じゃあ、その人達の多くが、自閉症か、発達障害か、と言ったら、そうではないでしょう。
もちろん、自閉症や発達障害の人も中にはいるかもしれません。
でも、ほとんどいないと思いますよ。
だって、感覚過敏があったら、仕事をするにも、生活をするにも疲れちゃう。
コミュニケーションがうまくとれなければ、世の中の切り取り方がぶっ飛んでいたら、トラブルばかり起きるでしょうし、起こすでしょう。


結局、自閉症という脳のタイプを持った人であっても、こういった部分は治しているのです。
生活する上で、仕事をする上で、支障になる部分は治し、同時に自分の資質を磨いている。
生まれたままの資質で、資質を活かすための努力をせず、それだけで素晴らしい仕事ができるなんて、世の中、甘くはありません。
掘ってきたばかりの土まみれの野菜を「さあ、食べろ」とは言わないし、食べない人を理解が足りないと非難しない。
丹精込めて育てた野菜も、ちゃんと土を落として、食べられるように磨かれます。


偉人も、天才も、素晴らしい仕事をする人も、自閉症、発達障害の人の中から出るのではなく、人の中から出るもの。
あれだけ「天才」を振りかざすギョーカイも、自分たちが支援してきた人の中から「天才」を輩出できないでしょ。
これも、自閉症のまま、発達障害のまま、では、素晴らしい仕事はできない、という表れ。
ギョーカイは、自分たちの思いと裏腹に、自分たち自身で「ちゃんと仕事するには、治さなきゃダメだよ」と言っているのです。


「自閉症という才能」なんて言っている人は、その脳みそを活かすために努力しているの?と思ってしまいます。
「自閉症で良かった」「発達障害で良かった」と言う人もいますが、心の底からそのように思っているのか、はなはな疑問です。
治すという言葉、行為に対し、「治したら自分ではなくなる」「発達障害じゃなければ、私じゃない」というのも、ただの脊髄反射で怖がっているだけに見えますし、もっと意地悪な見方をすれば、障害があることで、障害があると周囲から認識されることによって、免れてこれたものに対する恐れがあるのでは、と思ってしまいます。
努力することから、就職することから、学ぶことから、成長することから、問題を克服することから、求められている役割、責任を果たすことから逃げるために、免れるために「障害」を使っていませんかね。
診断書は、免罪符ではありません。


自閉症だったら、その自閉症という脳のタイプ、情報処理の仕方を使って仕事をすれば良い。
でも、その前に感覚過敏は治そうね、発達のヌケは育て直そうね、ちゃんと疲れが取れる身体にしておこうね、って思います。
生きづらい、生きづらいでは、仕事できないでしょ、仕事どころじゃないでしょ、日々の生活すらままならないでしょ。
だからね、「将来、働ける大人に」というのなら、ギョーカイの先導する障害はそのままで、いくら構造化しても、いくら行動変容しても、ムリムリ。
「スケジュールで見通しは立ちました。でも、昨日の疲れが取れずに、もうしんどいです」
「暗黙の了解、印象の良い受け答えを学びました。でも、感覚過敏で、そもそも他人の近くにいけません」
っていうのが、就労支援あるある。


将来、働ける大人になってほしいのなら、「治しやすいところから治していく」のが近道ですし、確実な道なのです。


2017年8月17日木曜日

問題行動の先送り

就学前から顔見知りの子達が、次々、成人している。
成人した若者たちの中には、すっかり落ち着いて生活している人もいれば、子ども時代からの、いわゆる問題行動を引きずってきている人もいる。


この世代の若者たちは、多くの人たちが待ち望んだ「支援」「療育」「特別支援」が導入され、その中を通ってきた子ども達である。
だからこそ、問題行動の引きずりは、適切な支援、療育の有無が関係していると思われるかもしれない。
しかし、成人後まで問題行動を引きずるかどうかは、支援の量や質でも、いつ療育を開始したかでも、障害の重さでもない。


就学前から顔見知りの子がいる。
その子は、一時も目が離せない子であり、自傷も、他害も、破壊行為もあった子である。
だが、成人した今、支援を受けながらの生活ではあるが、上記のような問題行動は見られなくなり、落ち着いた生活を送っている。


この子の問題行動を治したのは、親御さんである。
学校の先生や支援者たちが、「この子はADHDもあるし」「知的にも重度だし」「言葉も出ないし」「将来は施設だし」と言うのを、「そうです。そうです。うちの子は、将来福祉のお世話になります」と言いながら、でも、「人としてやってはいけないことは、障害に関係ない」と譲らず、同世代の子の親と同じように、むしろそれ以上に厳しく、問題行動に向き合ってきた。
構造化された支援を取り入れていたが、「やってはいけません。“×”」なんて甘っちょろいことはせず、「ダメなものは、ダメ」と厳しく、毅然とした態度で親として、子どもよりも先に生きる大人として当然の関わりをしていた。


周囲から見れば、特に支援者から見れば、「重度の子に、そこまでやっても…」「かわいそうでしょ」「障害の理解がない」など、白い眼で見られていたが、そして問題行動も続いたが、親御さんはブレなかった。
思春期を過ぎたあたりから落ち着き始め、あれだけ大変だった問題も起こさないようになった。
私は、この姿を見て、親御さんの「他人に迷惑、害を及ぼすような行為は、絶対に許さない」「この子が、将来、支援を受けながら生きる際に、マイナスになる行為は絶対に治す、成人後に問題を先送りしない」という想いが、言葉を超え、支援者を超えたのだと感じた。


こういった親子は珍しく、現実は、子ども時代の問題行動を、成人後まで引きずっている方が多い。
幼少期から療育を受け、頑張って外でも、内でも支援されてきた若者が、子どものときのまま、問題を起こしている、障害の程度に関わらず。
成人後に先送りした課題を、本人と一緒に誰がやってくれるのだろうか。


私が見てきた約15年の範囲だが、厳しいことを書かせていただく。
有名支援者による「自閉症の子を怒ってはいけません」「視覚的に示して理解を促すのです」というセールストークを真に受けた人。
「どうせ、将来は施設の、福祉のお世話になるし」という意識、または無意識の思いによって、問題を先送りにしてきた人。
「支援さえ、ちゃんとしていれば」「良い支援を受けていれば」と子育てではなく支援、親ではなく支援者になってしまった人。
「問題行動は、周囲の無理解、不適切なかかわりが作ったもの」「この子の持つ障害がすべて悪い」というように責任、原因を本人の内側ではなく、外に作ってしまった人。
こういう人達が送りだした若者たちの多くは、問題を引きずり続けている。


ギョーカイに、問題行動を治せる者など、ほとんどいない。
治せるのなら、私のところに辿りつく前に治しているはずだ。
早々と診断し、幼少期から療育をしているのだから。
いくら自閉症、発達障害の認知、理解が進んだとしても、問題を起こす人を隣人は、地域は、社会は受け入れてはくれない。
私は問題行動と向き合うとき、「絶対に先送りにしない」「私が問題の芽を摘まなければ、誰が摘むんだ」という想いでいる。
また、このような想いがないと、問題行動を治せないと考えている。
そう教えてくれたのは、支援者ではなく、上記の親御さんであり、成人した今の本人の姿、結果である。

2017年8月15日火曜日

信念を持った生き方を

近頃、自分でも“定まった”という感覚があります。
揺らぎはありますが、揺らぎながらも、ある一定の場所に向かって前進している感覚です。
立ち止まっての揺らぎがなくなりました。
私に“定まった”という感覚を与えてくれたのは、「治る」であります。


「治る」という言葉が、治った人たちが、私の仕事人としての生きる道を定めてくれました。
「治る」というのが、私の信念です。


「治る」という信念に向かって仕事をしていく、と表明すると、2つの意味で驚かれることがあります。
「治る」を信念にして仕事をすることに。
そして、信念を持って仕事をすることに。


事業を起ち上げてからずっとですが、「不安はないのか?」と尋ねられます。
5年半が経ちますが、不安を感じながら仕事をしたことはありません。
何故なら、私には信念があったから。
「この地域には、選択肢が必要だ。一生涯、支援者の手の中で生き続ける人生以外の選択肢が」
この信念と「治る」が出会い、私は定まりました。


「治る」という信念に驚かれるのは想像がつきますが、信念を持って仕事をすることに驚かれるのに、私の方が驚きました。
世の中には、信念がないまま仕事をしている人がいるのだろうか。
世の中には、信念がないまま子育てをしている人がいるのだろうか。
世の中には、信念がないまま生きている人がいるのだろうか。


こういった初めての疑問を懐くと、自分はどうして信念を持って仕事をし、生きているのか、それが当たり前だと思っているのか、自分の物語を振り返り、考えました。
すると、私自身が信念をもって育てられたからだと気が付くのです。


数年おきの転勤。
そういった中で子育てをしていれば、住む場所住む場所で、いろんな歴史があり、考え方があり、文化があり、人がいる。
そんな中での子育ては、信念がなければ務まらなかったのでしょう。
周りの価値観にいちいち揺らいでいたら、親子共々、土台から崩れていたはずです。


また同じように父親も、その土地土地の人と文化と歴史と対峙して仕事をしてきた。
ただ単に、その土地土地に合わせて、次の転勤まで仕事をしていたのでは、同じように勤まらなかったはずです。
40年以上も、常に第一線として大変な仕事を勤め上げました。
父親も、信念を持って仕事をしてきた、そう思うのです。


このように、私を「信念のある生き方」に導いてくれたのは、信念のある子育て、信念のある仕事をしてきた親がいたからだと思います。
「治る」という信念を定めてもらったのは、治った人たちと治すために尽力されている人たち。
また、そのような信念に向かって仕事ができるのは、親の存在が大きいのだと考えました。
子ども時代に、私は「信念に向かって生きる」という土台を築いてもらった。


私は、仕事を通して、多くの子ども達、若者達と接しています。
どの人にも、治ってもらいたいと思っていますが、それよりもその先に信念を持った生き方をしてほしいと願っています。
そのためにも、私自身が信念を持った生き方をしなければならない、と改めて思うのでした。

2017年8月11日金曜日

「発達障害、治るが勝ち!」(花風社)を読んで

私の母は、「その時々で、ベストだと思う道を選択してきた」と言っていました。
父の仕事は、数年おきに転勤があり、北は北海道から南は九州まで、全国各地に行き、そして誰のことも知らない土地で、私と弟を育て上げてくれました。
私も、弟も、転校という不安を感じていましたが、同じように母も転勤という不安を抱えての生活だったと思います。
それこそ、いつ言われるか、どこに行くかわからない中での生活でしたので、「その時々で、ベストだと思う道を選択する」しかなかったのでしょう。


私も仕事柄、本人や親御さんから相談を受けることがあります。
特に、選択肢に関する相談が多いです。
「こちらの道と、あちらの道、どちらを進もうか…」
特別支援の世界は、人生を決めかねないような選択肢が否応なしにやってくるので、またその選択肢同士が両極端なので、そして選んだ結果が人生に大きな影響を与えるのを肌身で感じているので、大いに悩まれます。
自分自身が歩んでこなかった特別支援の世界はわからないことだらけ、という親御さん。


私は、何をやったら変化するか、どう変化するか、どのくらいで変化するか、を見ることはできます。
でも、どの道を選べば、その人が幸せになるかはわかりません。
また、わかる必要はないと思っています。
ですから、選択肢に関する相談を受けたとき、私は必要な情報提供をしたあと、「今、ベストだと思う道を選びましょう」とお話ししてます。
結局、未来は誰にも分かりません。
そのときの選択によって、将来、幸せになることもあれば、後悔することもあるでしょう。
しかし、大事なのは、自分の人生を主体的に歩むことです。
その時々で、自分の腹で、自分がベストだと感じる道を力強く歩んでいくこと。
そういった積み重ねが、自分の人生を色付け、充実した人生を送ることにつながるのだと考えています。


その時々で、ベストな選択をする際、直感だけに頼るのは危険も伴います。
特に、自分が経験してこなかった特別支援の世界で、しかも大事な我が子に代わって選択しなければならない親御さんはなおさらです。
そういったとき、今回、花風社さんから出版された『発達障害、治るが勝ち!』が、親御さん達に大きなヒントを伝えてくれます。


私もそうですが、著者の浅見さんのように、ギョーカイの言う「発達障害者の自立支援」に期待していた一人です。
しかし、実際は、ギョーカイの言う自立支援を受けて、自立できた人はほとんどいなく、むしろ真面目に自立支援を受けてきた人ほど、社会から遠くなり、どんどん障害者っぽくなってくる。
「私達の地域に支援センターを」
「教員、支援者に専門性を」
と頑張ってこられた親御さん達も、まさか発達障害を持つ人達が自立した生活ではなく、支援者の“めんどり”としての生活が待っているとは思っていなかったと想像します。


自立支援が始まり、10年以上が経ちました。
その中で、いろいろな人達が、いろいろな選択をしてきました。
ギョーカイの導く道を信じ、選択してきた人。
ギョーカイの言うことに納得ができず、別の道を選択してきた人。
10年経てば、その結果が表れます。


偶然、仕事を通して出会った自閉症の人達。
そして、その人達の身体感覚の違いから世界観への繋がりを知り、身体をラクにする方法、発達のヌケを育て治す方法、言語以前のアプローチ、発達障害を治す方法まで辿りついた浅見さんが、ギョーカイの主張する数々の名(迷)言の真の意味を解説し、どういう結果を招いたのかを教えてくれます。


本文中にあるように、「健全な分断」が必要なのだと思います。
私の周りにも、治りたくない人、一生発達障害のまま、一生支援を受け続けたい人がいます。
そういう人は、それで良いのだと思います。
それが、自分の頭で考えた結果なら。
自分の人生を決めていくのも、その責任を引き受けるのも、その人自身ですから。


しかし、私は治りたい人のために、自分の人生を使おうと思います。
ただ本人ではなく、親御さんが代わって、治る道か、治さない道かを選ぶとき、この『発達障害、治るが勝ち!』の本を読んでほしいと願います。
一度読んでからも遅くないはずです。
もし「治さない道」を選択し、歩んできたとしても、真実を知れば、10年間の結果を知れば、考えが変わるかもしれません。


障害者支援、福祉、教育というだけで、それに携わる人間が志のある、本人のことを第一に想う素晴らしい人物だと無防備に受け入れてしまっている人達が多いことに驚くことがあります。
あまりにも、特別支援の世界の仕組みを知らなすぎますし、イメージが先行しているような気がします。
障害者支援をただの労働の一つと考えている人は、たくさんいます。
直接支払いがない分、お金と関係なく、想いで支援しているような錯覚を起こしやすいかもしれませんが、実際は支援=仕事であり、お金なのです。
そういった仕組みを知っておくことも必要だと思いますし、大切な我が子の人生に関わるのですから、親御さんは知っておくことが大事だと思います。


是非、自分の人生のために、我が子の人生のために、知識を得てください。
そのあと、その時々でベストだと思う選択肢を掴んでいただきたいと思います。


2017年7月28日金曜日

治るかどうかは、努力できるかどうか

治せるかどうかは、電話口の声が、メールの文面が、会ったときの雰囲気が、家の様子が、教えてくれます。
治せる人には主体性があり、苦労を厭わず、コツコツと努力し続けてきた姿を感じます。
本人はもちろんのこと、親御さん自身も、努力する意義を身をもって理解しているか、が治ると治らないの境目だと考えています。


発達とは積み重ねの成果で、治るとは積み重ねていった結果です。
しかも、積み重ねるのは、自分の手、自分の意思で動かし行わなければなりません。
治るか、治らないかを決めるのは、症状の重さでも、年齢でも、支援の量でもなく、努力できるか、できないか、だと思います。


時折、「お金はいくらでも出すので、どうにか治してほしい」というような親御さんからの依頼があります。
こういった発言、雰囲気が出る時点で、もう治せませんね。
ですから、治すのは本人であり、親御さんであること、本人も、親御さんも努力しなければ治らないことを説明し、親御さん自身が変わらないのなら引き受けないようにしています。


また、私がギョーカイや学校、支援者に批判的な意見を述べることが多いからでしょうか、そういった人達がいかにダメだったか、いかにひどかったかを言い続ける親御さんもいます。
このように、我が子がうまく成長できていない現状を、そういった他人のせいにしている人も治せません。
当然、そういった他人が大きな影響を与えている点もあるでしょう。
でも、それだったら、避けることもできますし、別の方法も考えることもできた。
頼る人がいなければ、「自分でしっかり子育てをしていこう!」と思えばよかったのだと思うのです。


私は、ギョーカイや学校、支援者を批判します。
それは、対等な立場だからであり、別に世話になっていないからです。
私のところを利用したいというお客さんを紹介してくれるなら、私も考えますが、「絶対使うな」「使わない方が良い」という宣伝ばかりですからね。
しかし、こういった愚痴をいう親御さん、またお子さんは、たとえ至らなかったといえ、そういった方達からサポートを受け、いろいろ教わってきたには違いがありません。
学校の先生の80%くらいは、子どものため、成長のため、一生懸命な人ばかりです。
ただ方向性を間違えたり、組織という縛りの中で力を発揮できないだけというのもあります。
同じようにギョーカイだって、支援者だって、0.1%くらいは良い人がいるのです。


ですから、愚痴ばかり言う人、他人のせいにする人は、ただ単に努力してこなかった自分を隠しているだけに感じます。
治っている人達が、みんな支援に恵まれ、順風満帆な人生を歩んでこれたから治ったのではありません。
むしろ、どんな困難な状況でも、諦めず、努力し続けた結果、自分自身の手で発達の器を満たし続けてきた結果、治った人ばかりです。


昨日よりも今日の自分、今日よりも明日の自分が、ちょっとでも前進できるように頑張れる人。
こういった子を育てるのが、治り、その子の人生を輝かせることにつながる。
それには、親御さん自身も、努力し続けられないといけませんし、努力の大切さを身をもって我が子に伝えられる人でなければなりません。


家に伺ったとき、構造化に、支援グッズに溢れている様子を目にすれば、この親御さんは努力する人だとわかります。
ただ方向性を間違っていただけですから、きちんと説明すれば、みなさん、すぐにいらないグッズ、支援を捨てていきます。
過去の努力にしがみつかない人も、次の努力ができる人だと思います。


治すことのできる親御さんは、仕事や家事、介護など、すべてではなくても、どこかで頑張っている人が多いのが、私の実感です。

2017年7月27日木曜日

限界からの一歩

公園からは子ども達の弾む声が、校舎からは吹奏楽部の演奏のメロディーが、校庭からはボールを打ち、ボールを蹴る音が聴こえてくる。
耳で夏休みを感じながら、仕事に行った今朝。
私の仕事も夏休みモードに入る。
生活の流れの変化に合わせて、発達に向き合うリズムも変えていく必要がある。


夏休み前、偶然にも同じ言葉を使う、私がいた。
「限界からの一歩」
本人も、親御さんも、先生も、支援者も、見ている、感じている限界のラインがある。
そこを一歩踏み出そうというのが、この意味である。


限界のラインから下がったところで足踏みをし、充分慣れ、余裕ができるまで待つという考え方がある。
これは無理なく、楽になるくらいまで成長すれば、自ずと限界のラインが上がっていくだろう、というものである。
一方で、全力で限界のラインを超えることで、限界そのものを上げていこうという考え方もある。


私は趣味でマラソンをしているが、楽なペースでいくら走り続けても、楽なペースで長く走れるようになるだけで、タイムは伸びないと実感している。
本気でタイムを縮めようとしたら、自分の限界ラインを超える必要がある、そう考えている。
限界を超えた先にこそ成長があり、限界を超えた時点で、限界そのものがそこにはなかったことに気が付ける。
そもそも限界ラインとは、頭が作りだした幻想であり、言い訳が仮装したようなものである。


私が関わる子ども達を見ていると、限界ラインを超えるような経験をしていない雰囲気を感じる。
いや、むしろ、周囲の大人によって「ここに、きみの限界ラインがあるよ」「限界まで頑張ると疲れちゃうよ」と、あたかも明確な限界ラインが存在するように、またその限界ラインに近づかないように、とされてきたように思えてくる。
だから私は、この夏休み、彼らの思う、親御さんの思う限界ラインを超えてもらう経験をしてもらいたいと願いから「限界からの一歩」という言葉を使っているのだろう。


子ども達、親御さん達から漂う“限界ライン”という幻想を目にすると、ギョーカイの営業トークを連想する。
「生涯に渡る支援」は、支援からの卒業の手前に限界のラインを引く。
「支援があれば」は、支援を必要としない自立の手前に限界のラインを引き、「専門家がいれば」は、専門家ではない親御さんや本人の力だけでは限界がある、というメッセージを伝える。
「一生治りません」は、改善と治るの間に限界のラインを引くようなもの。
つまり、ギョーカイの営業トークとは、支援者の望む範囲に限界ラインを引き、その限界ラインを本人に、親御さんに見えるようにすることが目的だといえる。


支援者からの自立の手前に、当事者の可能性の、生活の、人生の限界ラインを引く。
その限界ラインを超えないように、近づかないように、それがギョーカイの支援であり、ギョーカイの支援の、能力の限界ラインとも言える。


この夏休みは、みんなに自分の限界ラインを超えてもらおうと思っている。
「もう無理かも」「もう難しいかも」「これが限界かも」
そういった思いが浮かんできたからの一歩を後押ししたいと考えている。
限界ラインを見て走るのではなく、自分の過去よりも成長した姿を見て走ってもらいたい。
そして親御さんには、ギョーカイの囁きによって、知らず知らずに植え付けられた限界ラインを壊してもらいたい。


遊び疲れた子どもが食事中ウトウトするように、脳内の、他人の作った限界から飛びだして、夜には心地良い眠りに誘えるような発達援助を目指していく。

2017年7月25日火曜日

子育てに、素人がいて、専門家がいる不自然さ

初めてお会いする親御さんからは、このような言葉が発せられます。
「私のような素人ではうまくいかなくて…」と。
いつも私は、この“素人”という音に、人工的で、不自然な響きを感じます。
どうして親御さんが“素人”なのでしょうか。
そもそも子どもを育てるのに、素人も、玄人もないと思うのです。


素人発言をする親御さんは、お子さんが幼いときから専門家と呼ばれる人達の間を通ってきた人が多いのです。
専門家と関わればかかわるほど、親御さんが素人になっていく。
とっても皮肉なことです。
本来と正反対に進むわけです。
ということは、「早期発見」「早期療育」が親から主体性を奪い、専門家が専門家という地位を人工的に作るための手段と言えましょう。


初めて出会う障害を持った我が子。
その障害と多く向き合い、支援してきた人間が、親として自立した子育てができるように支援していく。
当然、親御さんの子育てを導く方向は、我が子が生き延びられるための道であり、自らの足で生きていける道。
それなのに、決まって手引きするのは、支援者の作る籠の中。
だから私は、親御さんの口から出る“素人”という音を聞くたびに、自分の体内に異物が入ってきたような感覚になります。

私は仕事をするとき、子育てを仕事に、商売にしてはならないと心に決めています。
子育てをする親御さんを後押しするのが私の仕事。
そのため、私がお子さんのどこを見ているのか、何を確認しているのか、何を目的とした言動か、どういった意味があるのか、伝えるようにしています。
そして、どのような変化が、どんな言動になって表れるか、成長や発達が確認できるポイントも伝えています。
こうすることで、私が持っている視点を親御さんに渡すことができます。
親御さんに持っている視点をすべて渡しきれば、私は役目を終えられます。


近頃、「発達障害を治してもらえるのでしょうか?」と、連絡がくるようになりました。
そういった場合、「治すためのアイディアと、治った人を知っていますが、私が治すことはできません。治すのは本人と親御さんです」と返答しています。
ここで「私が治します」と言えば、私が専門家になり、親御さんが素人になります。
ここで「私が治します」と言えば、私が治す人になり、親御さんが治してもらう人になります。
私は一生涯の支援などできませんし、他人の人生を食いつぶすことで自分の人生を成り立たせようなどというさもしい考えなど持ち合わせていません。


子どもを育てるのに、特別な場所、特別な道具、特別な人、特別な資格がないとできないと言うのなら、そこに存在するのは自然な営みの子育てではなく、世の中にある商売、商品の一つとしてのパッケージングされた子育てなのでしょう。
巷にあふれる療育がストーリーを生まないのも当然なのです。

2017年7月21日金曜日

お腹で地面を嘗めくり回すことで育つ感覚

昨日、両手でちょこっと前に進めるようになったと思ったら、今朝は、ずりばいであちこち家の中を移動している息子。
昨日まで自力で移動できなかったことを忘れてしまったように、思いのままに、気のままに、床を味わう。


赤ちゃんにとってずりばいは、相当激しい運動ではないか、と思う。
汗を垂らしながら移動する姿には、生命のたくましさと、進化の歩みがみえる。
海から上がり、地上での生活が始まる。


お腹を地面につけての移動は、その小さな身体を育てると同時に、距離感を養っているように思えてくる。
「あそこに扉が見える。行ってみよう」と手で地面を掴みがら、そして自分の移動した道のりをお腹で感じながら前に、前にと進んでいく。
こうやってお腹で地面を嘗めくり回すことで、空間を味わい、立体感のある世界を知るのではないだろうか。
ちょうどこのくらいの時期から、目が育ち始めるのも面白い。


仕事を通して、「ずりばい」や「はいはい」を育て直すことが多い。
成育歴を尋ねると、「やらずに立った」と返ってくることが多いからだ。
だから、私は一緒になって「ずりばい」や「はいはい」をして遊ぶ。


同じ視線で「ずりばい」をしていると、「この子は全身を育てているな」と感じることと、「この子は感覚を育てているな」と感じることがある。
同じ段階の発達のヌケなのに、違う雰囲気が伝わってくるのだ。
全身を育てるとは、動きであり、筋肉であり、弛緩である。
一方、感覚を育てるとは、距離感のようなものだと私の中では捉えている。
「人との距離感が掴めない」と表現されるような感覚だと思っている。


自閉症や発達障害の子は、運動面の発達の遅れ、左右の脳の未分化と連携の不具合が指摘されることがある。
また人間関係において、距離が近すぎたり、遠すぎたり、といった距離感が掴めないことによるトラブルや友人関係などを築くことの困難さが指摘される。
これは想像力の障害、対人面での障害などと、ざっくり言われている特性である。


このざっくりした特性、診断基準の項目を見聞きすれば、「それが自閉症だから」「それが脳機能の不具合だから」と頭をよぎる。
だが、本当はお腹での感覚が満たされていないからではないか、お腹で地面を嘗め回す経験が足りなかったのではないか、と思えてくる。
そう思えてくると、お腹で地面を感じる時間を作りたいな、もっとこの子には感じてほしいな、と発達援助の仕方が変化する。


近頃、ずりばいのヌケがある方の発達援助では、その子の雰囲気によって、ずりばいの運動だけではなく、「お腹で地面を感じる」「お腹で地面を嘗め回す」の2つを足したり、引いたりするようにしている。
いつからか、どの方の援助からかは忘れてしまったが、自然とこのような変化が生じている。
地面の凹凸を味わったり、固さを味わったり、温度を味わったり、高さを味わったり…。
歩いて感じる距離感、目で感じる距離感、頭で感じる距離感と、お腹で感じる距離感の違いを味わうこともする。


私も一緒に味わいながら、自分もこうやって赤ちゃんのときにお腹で地面を嘗めくり回し、空間の距離感を感じ、人との距離感を掴んでいったのだと想像する。

2017年7月6日木曜日

忘れ去られる登場人物の一人でありたい

私は、その人の支援を終えるとき、「私のことは忘れてください」と必ず言っています。
確かに、人生のある期間、共に学び、発達のお手伝いをさせてもらったかもしれません。
でも、治したのは、その人自身であり、「支援がなくても大丈夫」という想いも、その人の内側から湧き出たものです。


私にとって“発達援助”とは、“治す”とは、仕事であり、日々の生活、また私の人生にとって大きなウエイトを占めるものです。
そのくらいの想いをもって仕事をしています。
しかし、その人にとって、その人の人生において発達障害を治すことも、支援を受けることも、人生の目的にはなり得ませんし、大きなウエイトを占めてはいけないものだと思います。


私は、新規で利用される方にも、必ずこう言うようにしています。
「発達障害を治すのは目的ではありません。人生の通過地点です。人生の目的は、本人が幸せになることと、本人が持つ資質を他人のため、社会のために活かすことです」
発達障害に悩み、苦しんだ時期があったとしても、「障害に打ち克つのが我が人生」「障害と向き合い、受け入れた人生」などという人生にしてほしくない、と私は思うのです。


この世界にいると、支援したいのが支援者であって、必ずしも当事者みんなが支援を受けたいとは思っていないのだと感じます。
支援者にとって支援は仕事ですが、本人にとっては支援を受けるのが仕事ではありませんし、人生の目的でもありません。
ここのところを勘違いしていると、「先生のおかげで」なんて言われると、喜んでしまう支援者になってしまうのです。


だいぶ会わなくなってから、久しぶりに本人や家族と顔を合わせる。
そんなときに、上記のような「先生のおかげで」という言葉を受け取ると、その当時の自分を思い出し恥ずかしくなってしまいます。
本人が主体的に発達、成長を遂げていくものなのに、「私の支援」という色が残ってしまっている。
本人の治る過程の中に、日々の生活の中に、馴染むことのできなかった自分のウデの悪さが身に染みるのです。


また、いつまでも、治ったあとでも、支援を必要としなくなったあとでも、「発達障害」「支援」「支援する人、される人」というような言葉、私との日々が残ってしまっている。
人生の目的ではない発達障害を治すことが、まだ思いだされてしまう。
理想は、身体が覚えていて、頭で忘れている状態です。
私を必要としなくなった彼らと再び会うときには、彼ら自身の人生の目的に向かって、まっすぐ歩いていて欲しいのです。
「あの人、見たことがあるな」「あの人、誰だっけ」が、私が思い描く理想の支援者像であります。


10年後、20年後、私が一時期関わらせてもらった本人とそのご家族が、「そういえば、発達障害って言われていた時期があったよね」「そういえば、支援を受けていた時期があったっけ」と、思い出話の一つとして、笑い話の一つとして会話がなされるくらいが、ちょうど良いと思うのです。
その家族の思い出話の中に、私の名も、存在も、必要ありませんから。

2017年6月29日木曜日

今の時代を全力でやりきることが、次の時代を作る

構造化された支援というものがなければ、施設職員だった私は、彼らを引っ張って誘導する日々であり、禁止や制止することで一日を終えていただろう。
私が施設職員として働きだしたときは、構造化された支援と前時代の支援が混ざった状態だった。
構造化された支援は、情報や刺激に溢れていた世界に秩序を与えた。
激しい行動障害を持った子ども達も、周囲の環境が整理され、見通しが持てるようになると、落ち着きを取り戻し、その子の持つ本来の資質が顔を見せるようになった。


構造化された支援は、当時よく『車いす』に例えられた。
「足の不自由な人にとっての車いすのように、自閉症の人にとっては構造化がそれにあたるんだ」と。
それまでの支援から抜け出したかった私達は、せっせと車いす作りに励んだ。
彼らが少しでも使いやすいと思ってくれる車いすを、彼らの生活の幅が増えるような車いすを。
今考えれば、人権侵害といわれるような前時代の支援は、構造化によって明らかに減った。
彼らは心身共に安定し、生活の中での選択肢、行動の範囲が広がった。
支援する側も、労力的な負担が減り、構造化された支援はお互いを幸せにするもののように感じていた。


しかし、施設にも高機能ブームの波がやってくると、構造化された支援だけでは、彼らのニーズに応えられない現実が突き付けられる。
確かに構造化することにより、知的障害のない彼らの頭の中も整理され、心身の安定をもたらす。
だが、その次がなかったのだ。
周囲の情報や刺激が整理され、心身が安定したあと、何を彼らに教えるのか、どう成長を支援していくのか、それが見えていなかった。


本来、構造化された支援とは、教育的なツールである。
構造化したあと、何を教えるかが重要なのだ。
しかし、福祉リードで導入していた日本では、教えることよりも、安定させること、前時代の人権侵害と言えるような支援からの脱却の方で満足してしまっていた。
「車いすがなかった時代よりは、ずっと良くなった」と彼らが言い、その声を聞いた支援者は、彼らのニーズを満たせた、良い支援をしている、と思った。
だけれども、高機能の人達は、「そうではない」と言った。
「私達は、ずっと車いすに乗って生活したいとは思っていない。もし、自分の足で立てるのなら、その方法があるのなら、教えて欲しい、支援してほしい」と。


各地で、それまで構造化された支援を行ってきた支援者が、それまで気付かれなかった自閉症の人達の支援を行うようになる。
人間関係の悩み、大学生活での悩み、仕事場での悩み、そのすべてを構造化して支援し、解決しようとした。
だが、問題は解決しない。
相談に行った彼らの悩みの根っこは、構造化されていない環境とつながっていたのではなく、未学習と誤学習、そして発達のヌケとつながっていたのだ。
高機能の人達から、こんな言葉をよく聞いた。
「構造化された支援は、知的障害がある人の支援で、私達には合わない」と。


そういった時代の変わり目を生きていた私達に、次の時代がやってきた。
治る時代、治す時代の到来である。
自分で歩ける方法を知りたかった、自分の足で歩きたかったという願いを叶えるべく、それまで「あなたは一生歩けるようにはなりませんよ。だから、車いすが必要なんです。車いすで移動しやすい社会に変える必要があるんです」と言われ続けていた彼らに、発達のヌケや遅れは育て直せるという希望の光が差し込んできたのだ。
自閉症支援は、確実に進歩、前進している。


昨日、構造化された支援を日本に持ってこられた、日本の自閉症支援を次の段階に進められた先生が旅立たれました。
施設で働いていた人間としては、それまでの時代に行っていたような支援を私自身がしなくて済んだこと、そして構造化された支援が広がったおかげで、彼らに人権と選択肢と心身の安定が得られたことは素晴らしい功績だと思います。
もし構造化された支援がなければ、アイディアの広がりが遅れていたら、無秩序な世界の中で混乱し、自分の言いたいことも伝えられず、伝えられたことがわからず、限られた場所で生きていた人達が今もなお、多くいたはずです。


今は、治る時代ですし、支援者には治すことが求められる時代です。
将来、この治る時代よりも、もっと素晴らしい、もっと自閉っ子達を幸せにするアイディア、支援が生まれるかもしれません。
しかし、だからといって、その時代の到来を待っていてはいけないのだと思います。
治る時代の治す支援を全力でやること、やりきること。
それが次の時代の到来を早めるのだと考えています。
「前時代よりも、より良いものを」という真剣な想い、行動が、時代を進める。
構造化された支援が、それまでの支援、彼らを取り巻く環境を一変させたように、治す支援が今を生きる人達、これから生まれてくる子ども達の生活を、人生の歩みを変えることでしょう。


先生、お疲れ様でした。
安らかなる眠りをお祈り致します。

2017年6月25日日曜日

アセスメントシートは支援道具ではなく、商売道具

組織を作ると、ウデが悪くなるのか?
ウデが悪くなると、組織を作るのか?
どちらが正解かは分かりませんが、どうも組織を作ると、利用している人は自立できなくなるし、治らなくなる。


それは、ウデの良いトップの元には、愛着障害バリバリの支援者や出世欲に満ちた支援者、ウデの悪い支援者などが集まりやすいからかもしれないし、自分以外の支援者を養うため、余計にお金を集めないといけなくなるからかもしれない。
一人でやる場合や組織の中の一人としてやっているうちは、純粋に子どものため、親御さんのために支援していればよかったけれど、組織を維持するには利用者の固定資産化を目指さなければいけなくなる。


不良債権を抱えるために、利用者の固定資産化を図る。
固定資産化されるから、利用者はどんどん治らなくなる。
結果、「一人でやっていたときはウデの良い支援者だったのに…」と言われるようになる。


組織を維持するために、良く使われる手段が「アセスメント」ってやつですね。
どっかの誰かが作ったシートを使い、いろんなのを寄せ集めただけの“オリジナルシート(キラッ)”を使い、何時間も、何日もかけてアセスメントを行う。
「私の子をこんなにも多くの専門家の人が、こんなにも多くの時間をかけて評価してくれている(感動)」みたいな勘違いをされる親御さんもいますが、時間をかけるのは料金を上げるためですよ。
アセスメントに、何万円もお金を出すなんて、また要求するなんてボッタクリもいいとこです。
だって、そのアセスメントしたときのその人を切り取り、それを書き示しているだけだから。
流れのない、それこそ、ストーリーのないアセスメントなんて、評価してもらったという自己満足が残るだけです。


「支援はアセスメントから始める」
「継続的なアセスメントがより良い支援につながる」
というのも、セールストーク。
こういえば、こう洗脳しておけば、定期的に利用者が得られるのです。
アセスメントは、いくら行っても、その子が伸びるわけではありません。
第一、「まずアセスメント」「次は支援」というようなものではなく、どちらもくっついているものです。
私も、関わる際は、アセスメントと支援が混合している状態で、はっきりと分けてはいません。
支援しつつ、アセスメントをし、アセスメントをしつつ、支援をしています。
その瞬間瞬間で、変わるものだという感覚です。
例えるのなら呼吸みたいなもので、吸って、吐いてを繰り返すようなもの。
その深さ、長さは変わりますが、無意識に繰り返されるのが、支援とアセスメントです。


アセスメントシートとは、ウデの悪い支援者のためにあるようなものです。
ウデの良い支援者は、いちいちシートなんか見て、アセスメントしませんね。
あれは、下手くそでも、ある一定の評価表が作れるように、体裁を整えられるようにするためのグッズです。
アセスメントの結果を受け取ったとき、「なんか良いものをもらった」という感覚がありますよね。
でも、それ以上にはならない。


実際、使えないでしょ、具体的な支援につながらないでしょ。
だって、自閉症の人がアセスメントを受ければ、だいたいみんな同じことが書いてある。
「視覚的に示されると、理解できることが増える」
「刺激が多いと、それに集中が奪われることがあるから、情報を整理して」
「手順が決まった作業は、集中して長い時間できます」
「言葉よりも、絵や文字など、視覚情報で伝えるように」


まあ、ネタバレしちゃうと、下手くそでもできるようにシートがなっているから、自閉症なら自閉症の人が共通しやすいところをピックアップして構成されている。
それこそ、100人いたら100通りの評価ができる、なんていうシートを作っちゃったら、多くの人が使いこなせないし、そもそもシートを使う意味がなくなってしまいます。
シートを作る方は、多くの利用者に使ってもらう必要があるし、その前に、多くの支援者が「使いやすい」と思ってもらわなくてはなりません。


ウデの良い、100人いれば、100通りのアセスメントを、呼吸のように瞬時に、無意識にできる支援者は、もともとシートを使わない。
ですから、アセスメントシートを作った支援者は、ウデの良くない、シートがないとアセスメントできない大部分の支援者をターゲットにする。
そんなターゲットにされるような支援者が使うシートで、いくらアセスメントされても、似たり寄ったりの回答しか出てこない。
ゆえに、アセスメントに、何万円も、何時間も、何度も、かけても、成長していくのは、その支援者の組織だけです。


「そんなことを言うけど、定期的にアセスメントを受けることで、子どもの成長がわかるんですぅー」と言われる方に、もう一つネタバレ。
学校の通知表と一緒で、前回よりも、ちょっと成長したように書くのがミソってこと。
つまり、なんも成長がなければ、「意味ないし」「もうやらない」になっちゃうし、あまり伸びすぎても、「もう必要ない」「もうやらない」になるし、本当に伸びまくりなら、アセスメントを受けなくても、一緒に生活していればわかる。
だから、ちょっと成長した風に書いて、「次もどうぞ」にしておくのがテッパンなのです。
それが自由記述で評価できるメリットなのです(支援者にとって)。


ディスりついでに、あの就労に向けたアセスメントシートってやつは、無理くりすぎますよね。
働くっていうのは、主体性がないとダメだし、選択肢のないものから自ら選びとる段階まで発達しておかなければならないもの。
それをどっかのだれかが検査して、「あなたは、これが向いていますよ」「このスキルを活かした仕事が良いですよ」なんて言われる。
それを信じちゃう人は、「そうか、自分には、こんな仕事が向いているんだ」「この条件にあった仕事に就こう」としてしまう。


当然、就職には面接もあるし、それぞれの職場環境だってある。
そもそも全員が希望した、自分の理想とする職場に入れるわけがない。
自分の住んでいるところに、そういった仕事がないかもしれないし、募集していないかもしれない。
で、「僕に合った仕事がないんですぅ~」と支援機関に行き、「そうか、じゃあ、福祉的就労だね」となる。
「あなたに合った仕事」なんて言いながら、勧めるのは福祉枠でしょ、作業所ばかりでしょ。
じゃあ、意味ないじゃん、勧める先が決まっているのなら。


それに自閉症、発達障害の人のための就労版アセスメントって、これまた、みんな同じような職種しか出てこない。
就労版アセスメントの結果が、「接客業に向いてます」とかならないし、「週40時間、いや、残業もできるくらいバリバリ働けます」なんてならない。
あれだけ著名人を例に出すのに、「パソコンの創業者」「企業の社長」「発明家」「芸術家」「モデル」なんてのも出てこない。
だいたいみなさん、静かな環境で、決められた手順があって、適度に休みが取れる職場が「あなたに合った職場」になるんですね。


2017年も真ん中まできたのに、いまだにアセスメントで儲けよう、またそれに引っかかる人、それを有難がる人がいるのに驚きです。
そろそろ、そのカラクリに気が付いた方が良いですね。
ウデの良い支援者って、アセスメントで儲けないでしょ、アセスメントは当たり前だから同時進行で治していくでしょ。


子どもの成長、発達というのは、何も変化がないような日々が続く中で、突然、グッと変化が訪れるものです。
お腹の中から、ずっと一緒にいた親御さんですから、赤の他人から「ここが成長してますよ」と言われないと成長に気がつかないわけがありません。
周りが見ていて、「あっ、変わった」というのが成長ですし、そもそも本人が一番先に気がつくものです。


アセスメントシートにしか表れない成長、発達って…。
まあ、私は自由記述ほど、話半分で聞かないといけない評価というものはないと思っています。

2017年6月22日木曜日

自立が生き延びることにつながる我が子と、自立させないことが生き延びることにつながるギョーカイ

ギョーカイが嫌いなもの。
それは、親の持つ本能であり、主体性である。


親は、我が子に迫った危険をいち早く察し、その危険から我が子を守る行動をとる。
これは、高等な脳があるからではなく、経験したから成しえるものでもない。
親の持つ本能が発動したのだ。
同じように、我が子を自立させる、一人で食べ物を取り、命を永らえる方法を身に付けさせるのも、学習や文化の継承などといった薄っぺらい話ではなく、本能によるものである。


ギョーカイは言う。
「一生治りません。生涯に渡る支援が必要なんです」と。
これは、親の持つ本能の否定である。
親の本能は、我が子の自立へ向かって動き始めている、それは受精した瞬間から。
しかし、ギョーカイは言葉や文字などの人工物を使い、その本能を止めようとする、それが間違いだと学習させようとする。


いつしか自分の内側にある本能に蓋がされ、見て見ぬように、気づかないように、と学習した親、ギョーカイという文化に適応した親は、主体性を失っていく。
そう、主体性のはく奪こそ、ギョーカイの最終目的である。
親の主体性ほど、ギョーカイにとって邪魔なものはない。


親が主体的に行動し始めたらどうなるか。
我が子に必要な療育を選び、不必要な療育を捨てることになる。
そもそも巷にあふれる何とか療法は、一人の子の成長と発達を完全に満たすたすものではないのだ。
だから、どんな療法も、いつかは捨てられる運命にある。
この“捨てられる”ことをギョーカイは恐れる。
ギョーカイとは、使い続けられることで、生き延びる存在なのである。
だから、自分たちの行いの不完全さ、本能に反する動きを隠すために、親の主体性を奪おうとする。


親が自分たちに我が子を完全に預けてもらうことこそ、ギョーカイの繁栄に必要なことである。
不完全なもの、本能に反することをやり続けるために、その本能自体を野蛮なものと学習させ、主体性を取り上げる必要がある。
親には見て見ぬふりをしてもらいたいのだ。
「先生にお任せします」と言ってもらいたいのだ。


本能を発揮させる親は、ギョーカイの行いが、我が子の自立から遠ざけていることに気が付く。
「このまま、言いなりになっていれば、我が子は支援がないと生きられない人間になる。一生自立することができなくなる」
本能で行動できる親は、我が子が苦しむ様子を見て、「そのままでいい」「これも障害だから」などとは決して言うことはない。
自然と、その苦しみをとるために、行動しているものだ。
また、自立を阻むものから我が子から遠ざけ、できる限り、生きる術を教えようとする。


自立させることが生き延びることにつながる我が子と、自立させないことが生き延びることにつながるギョーカイ。
結局、ギョーカイのやっていることは、親の本能から子どもを自分たちの手の中に奪うことである。
親が主体的に、本能に従って行動すれば、そもそもギョーカイの存在価値などはないのだ。
我が子に発達の凸凹があれば、その凸凹に合わせて生きる術を教えるのが親であり、我が子を生き延びらせるために心血を注がせるのが本能である。


発達援助とは、親の本能に沿った子育ての姿である。
食べられない物ばかりだと、健康に支障がでる。
だから、偏食を治す。
二足歩行が難しかったら、移動するのにも、仕事をするのにも、不具合が生じる。
だから、前の発達段階からやりなおし、きちんと二足歩行ができる身体を育てる。
生き延びるために、自分の足で自立して生きていけるようにすることこそ、発達援助。
これは親の本能と同じ方向を向いている。
発達援助とは、治った時点で、その援助が必要なくなった時点で、完成を見る。


ギョーカイは、本能と真逆の方向を向いて行動している。
それが自分たちを生き永らせる道だから。
そのために、「一生治りません」と言い、生涯に渡る支援を親に飲みこませ、我が子を変えるよりも、社会や環境を変えるべきだと説く。


あなたの周りにいる支援者は、親の持つ本能と同じ方向を向いているだろうか。
そして、あなた自身、自分の内側にある本能にきちんと目を向けることができているだろうか、その本能に従って子育てができているだろうか。
そこに「発達障害だから」「自閉症だから」「重度だから」という言葉が入る余地はない。

2017年6月15日木曜日

就学時検診を受ける前に知っておいてほしいこと

教員になりたての友人が、よく言っていました。
悲しいことに、学校の先生同士の中にも差別意識があるって。
通常級の先生が上で、その次が支援級の先生、最後が支援学校の先生(もちろん、指導力の違い、通常級の先生が優秀で、支援級がそうではない先生ということではないですよ!)。


友人は保守的な地域で教員になったから、そんな風に思う教員もいるのかな、とは思いましたが、それが学校間の異動にも表れていると友人は言います。
通常級の先生が、支援級へ、支援校へ、異動希望を出せばすぐに通る。
だけれど、一度、支援学校に赴任したら、そこから支援級はもちろん、通常級なんてほぼ不可能、と。


そういえば、この友人以外にも、通常級と支援級で先生になりたい人、支援級と支援校で先生になりたい人は、入り口に気を付けないといけない、とみんな話していましたね。
まあ、もう10年以上前のお話なので、当時と状況は変わっていると思いますが…。
今では、センター機能と呼ばれている支援校の先生が、そのノウハウ、専門性を伝えるために、支援級へ異動することも活発になり、その力をいかんなく発揮され、支援級が見事に支援校みたいになっていますしね。


以前にも支援級について書きましたし、昨日も支援級から通常級へということを書きました。
その意図は、就学前にきちんと実態を知り、我が子の選択について考えて欲しいからです。
私の息子もそうですが、翌年の4月に就学する子は、秋頃に就学時検診があります。
ここで「発達障害が疑われる」と言われる子が、最近グッと増えた気がするのです。
知り合いの保育士さん達も同じことを言っていました。
ついこの前までは、そんなことは言われなかっただろう、と感じる子までもが、「発達障害の疑い」と言われ、「検査を」「診断を」「支援級へ」となっています。
特別支援という名称に変わったことや、よく耳にする「発達障害」という言葉によって、社会の受け取り方、認識のハードルが下がったからでしょうか。
それともリスク回避のために、早々と支援級を勧めているのでしょうか。
その理由は分かりませんが、どんどん就学時検診で引っかかる子が出てきている。


就学時検診で引っかかる子の中には、それまで発達障害と思われたり、気づかなかった子が少なくない状況です。
「そのとき(就学時検診)、初めて“発達障害”ということを知りました」と言われる親御さんは、私のところにくる方の中にも多くいるのです。
つまり、何の知識もない状態で、いきなり「発達障害」「特別支援教育」が突き付けられることもあるということ。
まさに丸腰で、特別支援という線路の前に、親子共々、突然立たされる、というようなものなのです。
ショックや悲しみなど、いろんな感情が渦巻く状態の親御さんに、特別支援という線路に「進みません」と言うことも、他の選択肢を選択することも難しい場合があります。
最初から「発達障害」と診断する病院を勧められているのですから、言われるままに検査に行けば、当然、正式な診断名を受け取ることになります。
もうその時点で、特別支援の線路の上を進んでしまっているのです。


冒頭でお話しした学校間の異動のように、支援級から通常級への転籍は、とても大変であり、難しいことなのです。
いくら本人が成長し、通常級で学べる準備が整っても、そちらの方がより良い学びの場になると本人も、親御さんも考え、希望したとしても、途中からというのは大変です。
ただ単純に、本人が成長し、治れば良いというお話ではありません。
そこには、学校という組織と文化、制度と対峙しないといけないのです。


通常級在籍の子が「発達障害の疑いかも」「支援級へ」と言われ、「このまま通常級で学んでいきたいんですけど」という依頼が私のところにきたときは、正直少しホッとします。
しかし、支援級在籍の子の親御さんから「通常級で学べるように支援してほしい」という依頼がきますと、私の身体の丹田に力が入るのです。
この依頼を受けるということは、より強い覚悟と胆力が必要になります。
当然、依頼を受ける私だけではなく、親御さんにも私と同じくらい、いや、それ以上の覚悟と胆力を求められます。


詳しいことは書けませんが、現在進行形で支援級から通常級を目指している方たちもいます。
本人の発達のヌケを育て直すだけでなく、支援級ルールの解毒、勉強する姿勢、足りない分の教科学習などを行う必要がありますし、それだけではなく、学校側へのアプローチもしていかなければならないのです。
何度、通常級から支援級へ行くのは、あっという間なのに、反対はこれほど大変なのか、抵抗に合うのか、と思ったか知れません。


結局、学校に入ってからでは、敷かれた特別支援という線路から降りるのは大変なのです。
多くの親御さんが、「就学前の進路選択のときに戻りたい」と言います。
そして、幼稚園、保育園にいる間に、発達のヌケを埋めておきたかったと言うのです。
ですから、就学時検診の前に、こういった事実を知っておいてほしいと思います。
もちろん、私が支援してきた子、見てきた特別支援、当地の様子がすべてではないと思いますが、それに近いことが、全国でまだ繰り返されているかもしれません。


私は、通常級でも、支援級でも、きちんとその子に必要な学校での学びが行われるのであったら、どちらでも構わないと考えます。
でも、どうも支援級の中には、「支援級から通常級へ」という雰囲気が感じられない、より良い学び、選択肢を、という熱が感じられない。
むしろ、できる子は、困難が多い子に合わせ、またお世話係になり、福祉の中でかわいがられる子、適応できる子が目標、目的、理想の子ども像であるように感じてならないのです。


まだ秋までには時間があります。
この数か月間でできることは多々あります。
学校に行って治すより、学校に行く前に治した方が良いです。
お子さんに発達のヌケを感じるのでしたら、そのヌケを育て治す方法があるのです。
全部治せなかったとしても、治りやすいところから治しておく。
そうしておくと、秋の就学時検診が違ってくると思います。


明らかに就学時検診の様子が変わってきています。
明らかに「発達障害の疑い」と言われる子たちが増えてきています。

2017年6月14日水曜日

いざ通常学級へとなると、決まって出される警告

支援学級在籍の子が、通常学級で学べるくらいの段階までくると、どうして「友達関係でうまくいかないかも」と言ってくるのでしょうかね。
「いじめられるかもしれません」
「友達ができないかもしれませんね」
「仲間外れにされちゃうかも」
「うまくかかわれなくて、トラブルが起きるかもしれませんよ」
「転籍しちゃうと、あなたの子に、先生一人つきませんよ~、お母さん」って…。


1つの学校の、一人の先生が言っているのでしたら、「その子のことを思って心配されているのだな」とも思うのですが、どの学校の親御さんも「こうやって言われたんです」と言うもんだから、裏を読みたくなるのです。
支援学級から通常学級へ行った子が、必ずいじめのターゲットにされるとも言い切れませんし、通常学級に通う子たちの中でもいじめは起きています。
それに、いじめられる方ではなく、いじめる方に問題があるのだから、それを支援学級に通う子に言って、暗に「やめときなさい」というのはおかしな話。


支援学級から通常学級へ転籍しようとする子が、いじめっ子、乱暴者だったら、止められるのもわかりますが、いじめられる可能性は、他の子と同じはずなのに、「いじめられるかもしれません」と言うのは、ただ脅しているだけ、ただ転籍させたくないだけ、と考えてしまいます。
「いじめられるかもしれないから、支援学級で」という主張は、その子が学校でより良く学ぶ機会を奪うことと同じだと思うのです。


学校というのは、やはり教科学習が基本中の基本だと思います。
小学4年生くらいの学力をもてるかどうかが、子ども達の将来の可能性とリスクに関わってきますので、障害の有無、通常学級、支援学級に関わらず、このくらいの学力をしっかり養うのが大事だといえます。
ですが、どうも学校という文化は、「お勉強ができて、友だちがたくさんいる」という子を目標としているような気がします。
確かに、地方公務員になるには、お勉強ができて、友だちがたくさんいる人の方が良いでしょう。
でも、それは狭い仕事観ですね。


別に友だちがたくさんいなくても、しっかり任された仕事を行うことができれば、働くことができますし、生活していくこともできます。
友だちだって、学校という年齢と住む地域で決められた狭い集団の中でできなくとも、趣味を通して縁が生まれる中だってあります。
たとえマニアックな趣味だったとしても、マニアックな趣味同士でつながれば良いのですから、無理やり狭い学校の中で友だちができなくたって構いません。
大事なのは、しっかり学べるかどうかだと思いますし、学べる姿勢をきちんと養えるかだと思います。
支援学級から通常学級へ行っても、45分、50分、しっかり授業を受け、学ぶことができれば、それで良いのでは、と思うのです。
友だちができるかどうか、いじめのターゲットにされるかどうかは、通常学級で学ぶことの判断とは別問題だと考えます。


以前にも書きましたが、この地域の文化、また支援学級へ支援学校の先生がどんどん入ってきてからというもの、支援学級が支援学校化しているような気がしてなりません。
極端に少ない教科学習の時間。
個々に合わせたカリキュラムではなく、クラスの中で一番困難が多い子に合わせたカリキュラム。
そして、お世話係とかいう意味不明な係に、「もう清掃会社に就職内定ですか?」というくらい行う清掃活動と、「もうネジ工場に就職内定ですか?」というくらい行うネジ回しの課題…。


学校の中に支援学級があるというのは、通常学級の子たちとの交流が強みのはず。
支援学級で学んでいたけれど、成長と共に「通常学級の方がより良い学びができるかも」となれば、どんどん通常学級に行けば良いと思います。
行ってみて、まだ足りない、難しい部分があれば、それが新たな課題になり、勉強すればよいだけの話。
うまくいかないこと、失敗したことは成長の糧になるのですから、それをさせずに機会を奪うことは、その子の学ぶ権利を奪ったのも同じだといえますね。


通常学級で、集団の中で、同世代の子の中で、学ぶための準備ができた子には、どんどんチャレンジしてほしいと思います。
今まで、そういった応援をし、現在、通常学級で学んでいる子ども達がいますが、みなさん、伸びやかに学校生活を送っています。
「同じ年齢の子がたくさんいる方が楽しい」
「いろんな勉強ができるから楽しい」
と言う子もいます。
冒頭の「いじめられるかも」と言う大人よりも、子どもの方がずっと柔軟ですね。
中に入ってしまえば、入ってきた子も、入ってこられた子も、自然と馴染んでいくものです。

2017年6月13日火曜日

今さら言われても…

発達障害は治る時代になったのだから、私は「治る」という言葉を使います。
「治る」という言葉は、親御さんにとって希望を感じられる言葉ではありますが、使うのに躊躇する言葉でもあります。
何故なら、入り口で突き付けられた「治りません」という言葉が、魚の小骨のように喉元に引っかかっているから。
声に出して叫びたいけれど、違和感がある、取れない。
そんな印象を受けます。


私は、親御さんの喉元に刺さっている骨を取るようなことはしません。
だって、そんな骨なんか、初めからないのですから。
「喉に骨が刺さっているに違いない」
そのように頭が思うから、違和感を感じるのです。
同じように「治らない」と思うから、「治る」という言葉に違和感を感じる。


この違和感をとる方法は、とても簡単です。
発達のヌケを見抜き、そこから育て直せばよい。
たったこれだけです。
子どもが良い方向へと変わっていき、長年、悩んでいた症状が収まる。
そして、自らの足で学び、成長していく姿が見られたとき、いつの間にか喉にあった違和感がなくなり、自然に「治る」という言葉が出てくるようになる。
子どもの治る姿が、違和感に実態がないという事実を証明します。
親御さんとの会話の中、「治る」という言葉が流れるように行き来しだすと、「このご家庭は、治るが自然な言葉になったな」と嬉しく思い、また安心します。


一方で、どうしても「治る」という言葉を使わない人達がいます。
その人達を見ていると、ずっと喉に違和感があったために、その違和感が当たり前になった人のようです。
ハナから「自閉症は治るわけないでしょ」「治らないから、障害でしょ」という感じの人です。
何を言っても、何を見せられても、「治らない」という視点から世の中を解釈します。
その人達から言わせると、治った人は、もともと自閉症、発達障害ではなかった人になります。


しかし、このように「治る」という言葉を使わない人達の中に、「治る」を懸命に否定する人達の中に、本当は「治る」という言葉を使いたい人がいることがわかりました。
ずっと「治りません」という言葉を必死に飲みこんできた人です。
苦しいけど、それしか方法はないと思って生きてきた人。
治らないんだから、必死に支援、必死に制度、必死に啓発というように、ギョーカイが示してきた理想の親御さん像を目指してきた人。


こういった人は、「治る」という言葉を流れるように使う私を見て、否定的な言動と表情をします。
でも、その目だけは悲しそうな目をするのです。
その目は、私にこのように語るのです。
「もうやめて。今さら言われても…」と。


学生時代、20代の頃、応援してくれた方達、そして事業立ち上げを心から応援してくれた方達。
そんな人達の中からも、私が「治る」という言葉を使い始めてから、すうっと離れていく人が出てきました。
言葉では「治るんだ」「すごいね」「これからの子たちは、どんどん治っていくと良いね」と言われますが、目が笑っていないのです。
そうです、目が「今さら言われても…」と語り掛けてくるのです。


治らない時代を必死に駆け抜けてきた親御さんにとって、「治る」という言葉は、治さなかった自分の子育ての否定というよりは、抑えていた感情の蓋を取られるようなものなのでしょう。
喉に手を突っ込まれて、「ほら、喉の中に骨なんか刺さっていない。違和感の正体は、「治らない」と思い続けていたあなたの頭が作りだしたものだ」と言われる。
それに対し、「私だって「治らない」という言葉を必死に飲みこんできた。本当は治したかったし、治ってほしかった」という感情のやりとりが伝わってくるのです。
そして、目は「今さら言われても…」と最後に告げる。


成人した方の親御さんの中にも、「治る」という言葉を信じ、今から治すために動き出す人もいます。
しかし、どうしても今日、今から動けない人がいる。
「治りません」という言葉を必死に飲みこんできた人であり、治らない時代に理想とされていた姿を追い求めてきた人。
こういった人達から聴こえてくる「今さら言われても…」という言葉に、私はこう返そうと思います。
「発達のヌケを育て直すには、“遅すぎる”というのがないのです。今日、今から治すためにできることがある。それが治すための発達援助の魅力です」
というように。

2017年6月10日土曜日

支援がないから絶望するのではなく、希望を打ち砕かれるから絶望する

「我が子の障害に悩んで…」
「我が子の将来を悲観して…」
流れてくるニュースの中に、こういった言葉が入っていることがある。


こういったニュースを見聞きすると、ギョーカイは決まって言う。
「支援があれば…」
と。


しかし、流れてくる情報を集めると、まったく支援がなかったようには思えない。
日本には乳幼児健診があり、就学時検診もある。
早期から支援を受ける機会に恵まれているともいえる。
また、子どもの発達が気になった際、相談できる機関は各都道府県、地域に存在している。
だから、「まったく支援がなくて」「まったく支援を受けられなくて」ということは考えにくい。


ギョーカイの言う「支援があれば」こういった不幸な出来事、また悲しむ親御さんが減るのだろうか。
むしろ逆ではないかと思う。
我が子の発達に心配し、相談した際、生涯に渡る支援の話をされたら、どうだろう?
「そうか、我が子を生涯に渡って支援してくれるんだ」といって、明るい気持ちになるだろうか。
「親の育て方のせいではありません」といわれ、「あ~、私の育て方が悪いわけじゃなくて安心した」となるだろうか。
たとえ安心したとしても、それは自分以外に原因があったという事実が知れたことに対する安心である。


ギョーカイというのは、良かれと思ってか、「生涯にわたって支援しますよ」「親御さんのせいではないんですよ」と言う。
でも、どちらの言葉も、親御さんの心配の根本である「我が子の発達」を解決したことにはならない。
結局、彼らの言葉は、その場の慰めであり、「あなたの子は治りませんよ。だから、お母さん、気持ち、考え方を変えましょう」と言っているにすぎない。


我が子の発達が心配になった親御さんは、最初から「生涯に渡る支援」を求めて相談にはいかないだろう。
まず考えるのは、我が子の課題の解決であり、発達の遅れがあれば、それを治してほしいという願いを懐き、そして、「専門家に相談すれば、なんとかしてくれる」という希望を持って相談室の戸を叩くはず。


だから私は、支援がなかったから、親御さんが思い悩み、悲劇を生みだしているとは思わない。
むしろ、支援はあったのだと思う。
そう、希望の持てない、希望を打ち砕く支援&支援者が。
本当の悲劇は、唯一、助けてくれると思った存在である“専門家”と呼ばれる人から「治りません」「一生涯、支援が必要なのです」というメッセージを受け取ることだと思う。


我が子の自立を願わない親などいないはずだ。
親は、子どもより先に死ぬことを前提に生きる。
自分が死んだあと、赤の他人の手を借り続けなければ、私の子は生きていけない、ということを知ったとき、絶望が生まれるのだ。


発達障害は治る時代になったのだ。
だから、必要なのは、支援の数でも、潤沢な予算でも、福祉施設の枠の広がりでもない。
発達にヌケや遅れがある子を育て直す発達援助であり、「我が子が治るかもしれない」という希望である。
希望の持てない支援がいくらあっても意味がない。
自分たちの食い扶持と引き換えに、本人や家族の希望を打ち砕くような支援、支援者ならない方がましなのだ。


この地域にも、事件やニュースにならないまでも、ギョーカイの支援によって希望を打ち砕かれ、辛い思いをしている人達がいる。
藁をもすがる思いで相談される親御さんに対し、専門家と言うんだったら、治さなければならないのだ。


「発達のヌケは、あとから取り戻せますよ」
この一言で、相談に来られた親御さんは、パッと明るい表情になる。
だから、私は「発達障害は治ります」と言い続け、実践し続けようと思う。

2017年6月8日木曜日

出世欲を持つ支援者

どんな仕事でも、「出世したい」「有名になりたい」「地位や名誉が欲しい」という欲を持っている人がいるものです。
こういった立身出世を夢見ることは否定されるものではなく、それが仕事人、社会人として自分を高めていくための力になるのなら、大いに結構だと思います。


特別支援に関わる者の中にも、当然、このような想いを持った人がいます。
ただ特別支援という仕事は、何か物を売ったり、作ったりという具合に、数値や形で結果が表せるものではありませんので、出世欲を持った人は悶々とし、道を誤ることが少なくないようにみえます。


学校の世界で出世といっても、教頭、校長になるくらいで、他の大多数の先生は、地位も、給料も大差はありません。
指導や生徒を成長させるのが長けているから管理職になれるわけではなく、管理職試験を受けて、合格した先生が管理職になります。
しかも、ある程度、年数を重ねないと、管理職になる権利すら与えられない。
ということは、その数十年の間、目に見える形で出世したい人は待ち続ける必要があります。


福祉の世界の出世というのは、これまた管理職になるくらいのものですが、福祉施設の管理職は名ばかり店長のようなもので、社会的地位があるわけでも、給料が良いわけでも、講演会を開けるような場があるわけでもありません。
ですから、福祉系で立身出世をしたければ、講演会を開いたり、啓発したりして地域に顔を出す機会の多い&有名支援者と顔見知りになれる何とかセンターの仕事に就くか、自分で事業所を起ち上げ、代表になるかになってきます。
または、有名支援者と呼ばれる人の元に行き、出世の機会を伺う、暖簾分けを狙うという方法もあります。


以前から私は言っていますが、支援者というのはインチキ商売なのです。
支援者の力で、課題が解決できたのか、発達&成長できたのか、本当のところはわからないですし、確かめようがないのですから。
どの人にも、課題を解決する力、成長する力、発達する力、自然治癒力というものがあります。
その内なる力が発揮されることで、望ましい姿へと変化することができる。
そのきっかけに支援者がなれることもあるかもしれませんが、実際は、内なる力が発揮された瞬間に、たまたまその支援者がいた、ということもあるのです。
支援者が、その人の内側に入って動かすことはできません。
つまり、支援者にいくらウデがあろうとも、主体はその人自身です。
ですから、どこまで行っても、100%支援者の成果にはならないのです。


自分の成果を味わいたい人、おのれの立身出世を目指す人は、特別支援の世界と相性が悪いように思えます。
このような人は、同僚や管理職、親御さんや外部の人間に“見える支援”、“見せる支援”をする傾向があります。
仰々しい支援グッズを作るのも、横文字に、専門用語を多用するのも、周囲に見せるための支援。
そこに透けて見えてくるのは、子どもの成長ではなく、支援している自分の姿を見て欲しいという欲求です。
自分たちで組織を起ち上げ、自分たちの何とかメソッドを作り、資格や認定書、ライセンスのやりとりごっこをするのも同じこと。
子どもの成長だけを純粋に願い、未来の社会を担い、作っていく若者たちを育てる、という想いと使命感に満ち溢れている支援者であったら、組織や資格を作ったり、やりとりごっこをしたりする時間は、すべて子どものために使いたいと思うはずですから。


支援者は、知識と技術、経験に価値があり、お金が発生するのだと考えています。
ですから、これらを磨き、本人や親御さんが利用しやすいように、ニーズが満たせるようにしておくことが責務です。
自分の出世欲は第一に満たすべきものではありませんし、そのためにひと様の生活、人生を使ってはならないのです。
国立の支援学校に異動願いを出し、そこで授業の準備はしないで、とにかく論文を書くために生徒をモルモットのように使う人。
とにかく有名支援者に近づいて、おこぼれを貰おうとする人。
出世のために、見せる支援をやろうとする人…。


物やサービスを作り、それを売って、お客さんに喜んでもらおうとする仕事は、その行為自体がより良い社会になるための営み。
だから、目に見える成果と社会貢献が重なり合いやすく、出世欲が良い方向へ向かう原動力になり得る。
しかし、支援職というのは、その人との関わりの中に仕事があり、成果の決め手はその人自身の行動によります。
よって、支援者は出世欲がおのれを高める力にならず、それがあることで却って道を誤らせてしまう危険性があるのだと思います。


大きくなり過ぎた出世欲、立身出世を夢見たばかり、道を踏み外した支援者をみてきました。
出世欲が強い人、コントロールできない人は、支援職は止めた方が良いと思います。
また、見える成果でしか、自分の価値に気づけない人も。
誰に評価されるわけでも、誰に認められるわけでもなく、「未来の社会を作る子ども達、若者たちを育てる」という信念の元、コツコツと準備し、おのれを高めていける人、それに価値を見出せる人が支援職に向いていると思いますし、それが支援者という仕事が果たす社会貢献だと考えています。

2017年6月3日土曜日

治さない方が差別である

「治す」と言うと、「差別だ」と返してくる人がいる。
どうして“治す”と“差別”になるのだろうか。
むしろ、治さない方が差別だと思う。


だって、病気の人に、「病気は治しません」「病気のままでいてください」と言ったら、病人は病気のままでいればよいんだ、ということになる。
治る方法があるのだったら、治さなければ、それこそ、差別になるだろう。


このような不思議な言動が、特別支援の中では恥ずかしげもなく、堂々と市民権を得ている。
しかし、治すと差別は、私の中では結びつかない言葉。
だから、私は考えた。
そういう人達の“治す”という概念が、私とは、一般社会の人達とは異なるのだ、と気が付いた。


差別というのは、マイノリティーの人達に向けられることが多い。
また、マイノリティーという存在を否定することに差別が生じる。
そうか、彼らの指す“治す”というのは、存在の否定という意味合いを含んでいるのかもしれない。


「治す」「治る」状態とは、変わること、変化することを意味する。
しかし、変化することに、より良い方向へ変わることに、どうして否定が入るのか、最初はわからなかった。
変わることに、否定はいらない。
現状を起点とし、変化すればよいだけのこと。
つまり、現状との繋がり、今の姿、自分との繋がりの中で変化が生じる。
だが、彼らはどうも変わるには、現状の否定から出発せねばならない、または現状の否定、今の自分自身の否定を受け入れた先に、初めて一歩が踏み出せる、と考えているのかもしれないと思った。


「治すのは差別だ」「治るのは差別だ」と、わけのわからないことを言う人達の顔ぶれを見ると、「周囲から否定された子どもの頃の自分」を背負って生きている人が多いような印象を受ける。
子どもの頃はみな、親から、教師から、大人から、いろいろなことを言われる。
「あれがダメだ」「これがダメだ」「ここを治せ」と大人から言われるのは、子どもの日課のようなものである。


親子間でしっかり愛着形成がなされていれば、いちいち「あなたの存在を否定しているのではなく、その行為の過ちを、また将来、より良くなってほしいから、言っているのです」と言わなくても、子どもは察することができる。
しかし、愛着形成の段階に脆弱性があると、注意されることを自己否定と捉え、変わることを恐怖と感じる。


自分という存在が無条件に愛され、受け入れられるという実感を得られなかった子どもは、自分に投げかけられる言葉、一つ一つに反応し、背中を緊張させる。
だから、彼らは変わろうとしても、実際に変わったとしても、愛情を受け取れなかった、ありのままの自分を受け止めてくれなかったという経験から、反射的に変化することにネガティブな感情を懐いてしまう。


「変化することは、今の自分、過去の自分を否定することから始まる」と考えるのは、誤学習である。
変化には、否定は存在しない。
あるのは、過去の自分、今の自分から続く歩みだけである。


支援職というのは、目の前の人が変わることを援助する仕事である。
変化を促す人間が、変化に対し怯え、ネガティブな感情を懐くのであったら、それは役割を果たせないことになり、支援職失格を意味する。
よく「自分も同じような体験をしたから、気持ちがわかる」などと言って、支援職に就こうとする人間もいるが、そういう人は、共感すること、相手を無条件に受け入れることを仕事だと勘違いする。
ただ共感する、受け入れるだけだったら、ボランティアで良いし、身内や友だちで構わない。
支援職とは、変化を起こすプロのことであり、発達障害の人達と関わる者であれば、治る方向へ変化させること、治すことこそが仕事である。


「治すのは差別だ」と言う支援者は、治そうとする人に向けて、その言葉を発しているのではない。
本当は、子どもの頃、自分に変わることを促してきた大人に向けて叫んでいるのだ。
彼らは「治すのは差別だ」と言っているのではなく、「僕のことを否定しないで」「私のことをありのまま受け入れて欲しかった、ただ存在を認めて欲しかった」と言っているのだ。


支援職とは、このような歩み、基底欠損を抱えたまま大人になった者たちが集まる仕事でもある。
しかし、支援を求める人達は、より良い未来を求めているし、社会も現状維持ではなく、変化を求めている。
支援者の中には、子どもの頃の自分を支援している人間が少なくない。
だからこそ、「治すのは差別だ」という支援者に近づいてはいけないのだ。

2017年6月2日金曜日

構造化しただけでは、教育をしたことにはならない

「“構造化された支援”というのは、福祉と相性が良い」
そんな風に感じながら、福祉の世界で働いていました。


構造化された支援というのは簡単に言えば、情報を整理することで伝わりやすくし、その結果、混乱や誤解を防ぐもの。
人員が少ない福祉にとっては、一度用意しさえすれば、あとはそれを見て自分で動いてくれるというのは大助かりです。
たとえ、それがルーティンで動いていたとしても。


福祉職員にとって大変なのは、手が足りないことですから、問題行動のリスクを減らし、自分で動いてもらえる構造化された支援というのは、提供する側にとっても有難いツールになります。
ただし、福祉職員の大半は、福祉系の学校の出身者か、当事者の家族、「仕事を探していたら、たまたま。特に学歴、資格必要ないし」という人が多いので、同じ構造化を使い続ける、また構造化して一人で動いたらゴールという傾向がありますね。
教育的視点、成長や発達といった視点を持たないと、構造化された支援は、利用者をコントロールする道具に様変わりしてしまいます。


支援級でも、“構造化された支援”というのは、用いられています。
もちろん、学校内も刺激が多い場所ですから、情報を整理し、見通しを持って、落ち着いた一日が過ごせるというのは、とても大切なことです。
しかし、残念なことに、構造化した先の“学び”が見えてこない学級というのが存在します。
特に、福祉リードで構造化された支援を導入してきた当地では、子どもの学校生活に構造化を入れることに熱心な教員が多いのです。
そして、そのような福祉から学んだ教員が、今はベテランの位置にきていまして、中堅、若手に指導する立場となっています。
で、その本来の意味も分からず、せっせと構造化に勤しむ中堅、若手の教員たち。
こういうのが続きますと、いつの間にか、構造化された支援が教育活動だという誤った認識を育むことになります。


構造化された支援というのは、支援であって、教育ではありません。
約半世紀前の創始者も言っているように、構造化は準備であり、何の準備かと言うと、教育するための準備です。
つまり、より良い教育が行えるようにするための情報整理、環境の整備が中核なのです。


先ほど、お話ししたように当地は「福祉リード」の歴史があります。
ですから、支援級を見ると、どうも福祉施設の匂いがしますし、「これは自立や通常級を意識したものではなく、福祉施設に入るための、福祉施設に適応するための場所??」という印象を受けます。
一日学校に行って、教科学習の時間が10分だけ。
あとは自立課題をやって、余暇を過ごして、構造化された支援の使い方を練習…。
「学校で問題なく、落ち着いて過ごせたら、それでOK」みたいな価値観が根付いてしまっているのが、歯がゆくて仕方がありません。


「今日、学校で、どんなことを勉強してきたの?」と尋ねると、プリント1枚、算数の計算問題だけ、漢字練習だけ…。
これでは、同世代の子と差が開くばかりです。
自閉症、発達障害という診断名だった子が、中学生になる頃には知的障害が増える、なんて話は珍しくありません。
「通常学級で学ぶには困難がある。だから、個別級でその子に合わせて勉強」というようにベースが通常学級、教育にあるはずなのに、「通常学級で学ぶには困難がある。だから、勉強よりも、安定した学校生活が送れるように」と福祉ベースになっている現状。
なので、私は関わってきた子ども達は、みなさん、通常級のまま、通常級に転籍できるよう発達援助を行ってきました。
本来、ちゃんと学力がついて、成長できるのなら、通常級も、支援級でも、良いと考えていたのですが。


構造化したあと、「何を教えるか?」が重要です。
構造化して、「はあ~、一仕事終えた」ではいけません。
構造化しているだけでは、教育とは言えませんので。
当地だから、教室に構造化があるだけで見逃されているのかもしれませんが、朝から学校に行って、10分間、プリント1枚やって勉強おしまい、なんてあり得ませんよね。
お預かりで良ければ、福祉並みの人員、給料、予算、環境で良いはずです。
しっかり一人ひとりに合わせた学びが行われ、将来の自立に向かって成長してもらいたいから、教育予算というのは、福祉よりも多く、教育の中でも障害を持った子に厚くなっている。


福祉のように、一日平穏無事を教育が求めてはいけないと思います。
「構造化に力をいれなくても良いので、教科学習をしっかりやってください」
何度お願いしたか分かりません。
「あなたは、構造化して、この子に何を教えようとしているのですか?どんなことを学んでもらおうと考えているのですか?」
こういった私の問いかけに、ベテランの先生はムッとし、若手の先生はハッとされるのです。

2017年5月28日日曜日

支援者のお人形の1つになってはならない

寂しい気持ちを持つ子が、お人形を自分の周りに並べて置くように、主体性のない人をそばに置く。
そんな支援者は少なくない。


支援者というのは、本人も気が付いていないような“寂しさ”を持っている者が多くいる。
その寂しさは、その人が持つ愛着障害からくる。
「愛着障害があるから、支援者になったんだ」
本人の口からは出ないが、身体の奥そこから、そんな声が聞こえてくる者もいる。


支援者にとって、いや、愛着障害を持つ者、基底欠損を抱えたまま大人になった者にとって、主体性ほど、怖いものはない。
何故なら、基底欠損が埋まっていない自分にとって、主体性とは未知のものであるから。
また、主体性のある人は、「No」が言えるからだ。


愛着障害を抱えた支援者というのは、「No」と言われるのを恐れている。
自分が幼い頃、大切な人から発せられた「No」を連想するのだろう。
だから、当事者の方、親御さんが、自分の足で歩もうとすること、「支援はもういりません」と表明することを、「(自分が)拒否された」と捉えてしまう。
一方、充分に愛されて育った人間は、自分が関わった人が自立していくことを心から喜べる。
自分の大切な人から返ってきた反応だから、それを知っているから、身体を通して体験しているから。


有名支援者と呼ばれる人の周りには、いつも並んでいる人形たちがいる。
その人形たちの正体は、主体性のない当事者であり、保護者であり、同じように愛着障害を抱える支援者である。
有名支援者は、そういった人形たちの姿を見て、何も言わずに自分のことを見つめてくれる人形たちを見て、意識の上では「自分が必要とされている」というメッセージを確認し、無意識の上では自分の寂しさを埋めている。
だから、有名支援者にとっては、人形たちがそばにいることが重要なのだ。
口では「自立のための支援」と言うが、欠けのある心は、「自分から離れていってほしくない」と叫んでいる。
自立しよう、自分から離れていこうとする当事者、保護者がいると、反射的にそれを止めようとする。
「私の大事なお人形さんを持っていかないで」と言って涙を流す子どものように。


有名支援者のそばで、お人形として生きるのも、その人の選択である。
しかし、本気で自立を望んでいる当事者、保護者の方は、この事実に気が付いてほしい。
彼らは、心から、あなたの自立を望んでいるのではない。
彼らが望んでいるのは、人形のように、いつも自分のそばにいて、何も言わずに見つめてくれる人だ。
支援者にとって、あなたは、たくさんある人形の中の1つにすぎない。
だから、自立しようと思うのなら、まず主体性を持つこと。
主体性を持って、「私は、あなたの人形にはならない」と表明することだ。


人形になるために、この世に生まれた人などいない。
一人ひとり役割をもって、この世に生を受けたはず。
命の使い方は、自分自身で決めるべきだ。
支援者に利用されてはいけない。
支援者とは、主体性を持って選択し、利用するものなのだから。

2017年5月26日金曜日

ただ単に努力不足、経験不足

みね子が「お給料減ったんだし、仕事も1割くらい手を抜こうよ」と言っていたら、幸子は焼き芋をご馳走しようとは思わなかったはずですし、最後の夏さんとのシーンに、観ているものが心を動かされることはなかったでしょう。


世の中、自分のせいじゃなくても、うまくいかないことなんて山ほどありますし、頑張ったことがすべて報われるわけではありません。
でも、だからと言って、頑張ること、努力することが無駄なのかと言ったら、そんなわけはなく、そのひたむきな行為自体に自分を成長させる力、自分の人生を豊かにする力、そして、周りで見ている人達をより良い方向へと動かす力があるのだと思います。


「みね子には、いつかビーフシチューを自分の力で食べて欲しいな」
「私も、今日一日、仕事を頑張ろう」
と、ドラマを観ていた人が思うのですから、実際、側にそのような人がいたら、もっと大きな刺激になるはずですし、こういった人が増えることで、社会をより良くすることにつながっていくと思うのです。


私はずっと「努力」という言葉の前に「無駄な」という形容詞が付くなんて思いもよらなかったですし、そういったことを言う家族や友人、先生などが側にはいませんでした。
ですから、社会に出て、というか、特別支援の世界に入って、努力を否定する人、努力に無駄な努力というものがあると思っている人、「努力しなくても良いんだよ」と他人様に言う人を見て、意味が分からなかったのです。
努力や頑張り、そして経験にやらなくて良かったことなどありません。
こんなことを、普通の人には言わないことを発達障害の人達に言うもんだから、ちょっとしたことでも頑張ろうとしない人、「頑張ろう」と言うと、「無理です」「怖いです」と言う人、そもそも経験不足の人が増えていくのも当たり前だと思います。


よく相談で、「仕事をしたい」という成人の方からのお話があります。
「じゃあ、どんな仕事がしたいですか?できそうですか?」と尋ねると、「わかりません」と言い、「こんな仕事は」と提案すると、それは無理、あれは無理、何々ができないから&苦手だから無理、と言われる場合が多いですね。
本人側の課題として、背骨が育っていないことなどがありますが、「見えないものは、ない」というのもありますから、経験不足の影響が大きいと思われます。


じゃあ、その経験不足は、発達障害だからかと言われれば、そうではなく、「環境の影響でしょ」というのが多い。
臆病な家族に、ギョーカイ支援者が、本人が得ようとする経験に待ったをかけてきた、そんな姿が見えるのです。
本人がアルバイトをしようとすれば、「まだ早い」とか、「難しいんじゃない」とか、「障害に理解のある(?)作業所の方が良いよ」とか言い、経験から遠ざけようとする。
また本人が頑張ろうとすることに、「そんなことをやっても意味がない」「無理しちゃだめだ」「ほかの部分で支障が出てくるよ」と、否定するようなことを言う。


そんなこんなで、頑張ったという経験、そして経験自体が、同世代の人達とは大きく違ってきます。
そんな中で、同じように本人が就職を希望しても、それは無理なお話。
だから、みなさん、実際に就職するまでには、学校を出てから何年も、同世代の人達がすでにやってきた経験を積む時間が必要だったり、まずは「頑張らなくいいよ」の支援から離れる必要があったりします。


自閉症の人の中には、「見えないものは、ない」という人が多いのですから、支援の方向性としては、経験させない、努力させないはあり得ません。
「見ないものは、ない」人だからこそ、見えるような機会を増やしていく支援が必要ですし、それが選択肢の幅、可能性の幅を広げることにつながるのだと思うのですが…。
アルバイトの経験もない、家で特にお手伝いもしていない、そんな状態の人が、いきなり一般就労は難しいですし、何がしたいか、何ができるかを想像するのですら難しい。
一方で小さいときから、障害云々に関わらず、同世代の子たちと同じような教え、経験、頑張るところは頑張らせる、としてきた親御さんの子は、一般就労している人が多いですし、そうではなくても、より自立的で、選択肢のある生活を送っている人が多いですね。


「無駄な努力」「無駄な経験」などという人は、結果が出ない努力や経験のことを指しているような気がします。
でも、結果と結びつけること自体がおかしいですし、大体そういうような発言をする人は、結果が出る前に努力を止めている人ばかり。
結果が出るくらい努力しない人に限って、そのようなことを言います。
または、努力の方向性が間違っていることに気がつけない人、気がついても修正できない人ですね。
ですから、努力の意味を教えていくことは大事ですし、その前提として小さいときから努力をさせること、また大人自身が努力する姿を子どもに見せることが大事だと思います。


数日前のブログにも書きましたが、丸投げする親御さんは、親御さん自身が努力しようとしない、また結果の出ることだけしかしたくない、という人が多いと言えます。
また商売のために、固定資産化を目指し、「頑張らせない」「経験させない」という支援者もいますが、支援者自身が愛着障害を抱え、幼きときから「親に好かれようとしても無駄だった」「愛情を受け取ろうと頑張っても、そんな親がいなかった」という無力感、喪失感、空虚感を持ち続けているからこそ、そのように努力と経験の前に「無駄な」という言葉が浮かんでしまうのでは、とも思います。


発達障害があるから、努力しなくても良いわけではなく、頑張らなくても良いわけではありません。
発達障害があるから、経験しなくてよい経験などないはずです。
努力の仕方や頑張りの方向性、経験の積み重ね方に支援が必要かもしれませんが、決して努力や経験自体を取り上げることが支援ではないですね。
「社会の理解ガー」ってやっても、家の中で悶々としてても、支援者の勧めるままに軽作業をしてても、就職先は降ってはきませんし、必要な力が身につくわけでもありません。


足りないのは、社会の理解でも、支援者の数、予算の額でもなく、ただ単に努力と経験だと思いますし、そのような人には直接伝えるようにしています。
また努力しない、できないのなら、努力している人、頑張っている人のことをとやかく言うんじゃない、とも併せて言うようにしています。

2017年5月25日木曜日

親が支援者になる必要はない

親御さんが、自閉症支援に熱心になると、子どもが伸びなくなって、自閉症支援を仕事にすると、子どもが自立できなくなる。
どこの地域にも、とりつかれたように自閉症支援をやっている親御さん、ギョーカイの片棒を担ぎ、ギョーカイ人から「頑張っている親御さん」と見られたい親御さん、そして挙句の果てに、児童デイや作業所を作る親御さん、っていますよね。
もうすでに、その“顔”が浮かんでいる方もいらっしゃると思います。


どうして自閉症支援を頑張ると、子どもが伸びなくなるのか?
それは、とっても簡単な理由。
だって、ギョーカイのやっている自閉症支援って、自分たちから完全な自立を目指した支援ではないから。
親と違ってギョーカイ人は、商売で支援をやっているのです。
そして、その多くの支援者は、愛着障害を持っている。
つまり、自分たちのために、自分たちの手の中で、一生過ごしてもらうための支援が展開されているのです。


このような自閉症支援をいくらマネしても、熱心に頑張っても、支援がないと生きていけなくなる人を育てるだけで、親としての役割であり、本能である「我が子の自立」は遠くなるばかりです。
自閉症支援に傾倒するということは、親ではなく、支援者になるということ。
別の言い方をすれば、子育てから仕事に変えること。
また子どもから見れば、親が減り、支援者が増えるということです。


そもそもThe自閉症支援の一つ、構造化された支援も、始まりは家庭での療育です。
親御さんに学んでもらい、支援者がサポートし、家庭での療育を頑張ってもらうために行われていました。
つまり、中心は家庭であり、やっていることは子育てだったんですね。
その子育ての仕方に工夫がいる。
それのアイディアが構造化された支援。
情報を整理し、わかりやすくすることで、自閉っ子により良く学んでもらおう、成長してもらおう。
そして、親御さんに子育てを頑張ったもらおう、という目的がありました。
決して、親御さんに子育てを頑張らなくて良い、療育は支援者が行うから、という話ではなかったのです。


ライセンスビジネスをけん引しているギョーカイメジャー達も、こういった歴史、事実は知っているのです。
そして、その当時の創始者たちに直接学んでいて、その人達の想いに触れているのです。
しかし、彼らは多くの支援者、親御さん達が知らないのを良いことに、自分たちの懐と自尊心を満たすために、支援者の大量生産を行っている。
それが2000年以降の出来事です。


そうして、親ではなく、支援者になった親御さんの子ども達が、どんどん成人し、その多くの若者たちが支援という枠の中で生きるしかなくなっている。
「支援を受けながら生きることが、子どもの幸せだ」というギョーカイキャッチコピーに何の疑問ももたずに、グレーの子はどんどん黒く、必要なところに支援ではなく、支援がないと生活できない人へと後押しすることとなる。


「完全に他人の手を借りず、自立している人間などいない」という屁理屈を言う人もいますが、本来、支援を受けながら生きることが、我が子の幸せだなんて思う親などいないのです。
多くの動物は、自分でごはんが食べられるよう、自らの足で自分の生活、人生を歩んでいけるよう子どもを育てようとします。
動物として、長い年月行なわれてきたこの営み、命の連鎖が、進化の過程で言えば、ほんの一瞬しか経っていない特別支援に負けるわけがないんです。


自閉症支援を頑張ってきた家庭と、子育てを頑張ってきた家庭。
どちらのお子さんが、社会の中で資質を活かせているか、より幸せな人生を送っているか、すでに結果が出ているはずです。
ですから、私は若い親御さん達に、「子育てを頑張ってください」「支援者になる必要はありません」と言っています。
発達のヌケや遅れを育て直すのも、動物としての子育てだと考えています。
構造化された支援も、より良く子育てを行ってもらうためのアイディアの1つ。
決して、親が支援者になってはいけないのです。


親としての幸せは、我が子が自立することであり、子どもの幸せは、親から自立できること。
本来、親と子が求める幸せは、同じはずです。
そうでなければ、長い年月、動物たちは命のバトンをつないでくることはできなかった。
動物としての本能、感覚を失った人、発揮できない人に根本から発達を促すことは無理だと私は思います。
だからこそ、親御さんには、親であることを大切にしてほしいのです。

2017年5月24日水曜日

「親御さんが障害を受け入れてくれなくて…」という相談

「親御さんが障害を受け入れてくれなくて…」といった相談が、支援者側から届くことがあります。
でも、これってどういう意味なのかなって思いますね。
親御さんが障害を受け入れるかどうかで、学校として、支援機関としてやるべきことが変わるのでしょうかね?


「何々障害」という診断名があろうとなかろうと、やるべきことは、その子が困っていることがあれば、それを解決するための援助をすることであり、発達のヌケ、遅れがあれば、それを育て直すお手伝いをすること。
何も難しく考えるようなことでもなく、苦しむ人がいれば、その苦しみから救おうとする、まだ成長途中の子どもを見れば、自立していけるよう導く、それが自然な振る舞いであり、先に生きる者としての役割、責務です。


ですから、支援者側から「親御さんが障害を受け入れてくれない」という訴えをする場合、そこには言い訳が隠れているような気がするのです。
うまくいかないのは、親御さんが障害を受け入れないからではなく、あなたに腕がないから。
治しやすいところから治すのが基本なので、「その治しやすいところが見つけられない」「気づかない」「治しやすいところすら治す方法がわからない」というのが、事実なのでしょう。


一方で、このような相談をしてくる支援者側にも同情すべき点もあります。
それは、親御さんが“障害を受け入れない”という点ではなく、何もしない、何もさせない、という点です。
障害云々というのは、人工的なお話であり、そっちの方が効率がいいから、便利だから、という話なので、どうでも良いのです。
しかし、我が子が苦しむ様子を見て、「同情するだけ」「何も手を打たない」というのはいただけません。
「このままでは自立できないかも」「将来困るかも」と思えば、自然と育てるという動きが湧き出てくるはずです。
それなのに、その動きが出てこない親御さんがいる。
これは問題だと思うのです。


私のところにも、こういった親御さんからの依頼がきます。
私に連絡した時点で“動き”なのかもしれませんが、実際は“丸投げ”という方もいます。
「私には専門知識がなくて」「支援は無理で」などと言われます。
でも、それは丸投げして良い、自分は何もしなくて良い、という話にはなりません。
子どもが困難を乗り越えられるよう親も一緒に努力をする、やれることをやる。
将来の自立のために、家事を教える、一緒に手伝わせる、家のお手伝いをさせる。
こんなのに専門知識はいらないのです。
親としての役割を果たすのに、支援者の力はいりません。


我が子の障害を受け入れるかどうか、診断を受けるかどうかは、どうでも良いと思います。
でも、我が子が困っていたら、このままでは自立できないと思ったら、何かやってほしいと言いますか、何か動きたくならないのかな、って思うのです。
冒頭の「親御さんが障害を受け入れてくれなくて…」という言葉の裏には、「親御さんが我が子が困っているのに、何もしないんです」という訴えも入っているような場合もあるのです。
「別に学校と同じことを、同じようにやらなくても良い。でも、何か我が子のために、家庭でも頑張ってほしい」
そんな声が聞こえることもあります。


私は、起業してから一貫して丸投げされる家庭には改善を求めますし、それでも変わらない場合は、依頼をお断りしています。
つい先日も、丸投げされるご家庭の支援を打ち切ったばかりです。
私は子育ての代わりをするつもりはありませんし、そんなつもりで起業したわけではありません。
私はあくまで補助であり、主体は親であり、その子自身です。
大事な我が子の子育てを他人に丸投げをする。
そんな姿勢、考え方に私は共感できないのです。


支援を受けて当たり前、支援が身近にあって当たり前。
そんな環境が、こういった丸投げを生んでいるような気がします。
「特別支援はやらなくて良いけど、子育てはしようよ。だって、大事な我が子だし、未来を作る人達だから」

2017年5月22日月曜日

社会を恨んでいる暇はないでしょ

有名人が「実は、私、発達障害でして…」と告白すると、「よく言ってくれた」「勇気づけられた」「私達の代弁者だ」なんて声が上がります。
でも、この人が告白しても、変わるのはこの人の仕事だけ。
この有名人には、今までとは違って発達障害関係のお仕事が増えるでしょうが、告白を称賛している人たちに仕事が舞い降りてくるわけではありませんね。
棚ぼたも、人を選びますから。


もし称賛したいのでしたら、その有名人の生き方ではないでしょうか。
どういう家庭で育ち、どのように学び、職を得、そしてその仕事を続けられているのか。
こういった生き方に、自分の人生をより良くするためのヒントがあるように感じます。
有名人が告白するかどうかより、自分の人生の方が大事ですよね。


私も、この仕事を続けていると、いろんな人にお会いしますが、どうも「自分の人生を一番に考えていないんじゃないの、この人」って方を見かけますね。
壇上に上がり、ずっと自分の苦しみ、社会の理解を訴える。
でも、その人は感覚過敏に苦しんでいる、二次障害に苦しんでいる。
「いやいや、社会に訴える前に、症状と病気、治しなよ」って、声には出さないが、聴衆の心の中でツッコミの嵐が起きる人。
社会を変えるより、自分の生活を変えなきゃねって感じ。


こういう人達を見ると、「責任転嫁したいだけじゃないの」って思ってしまいます。
無駄に敵を作り、社会を恨む。
私も実際、このような人に支援で関わることがありますが、はっきり言いますよ。
「社会を恨むのは、時間の無駄」
「社会を恨んでも、社会から理解を得られても、努力しない者は受け入れられないし、スキルがない者は仕事が得られないのは変わらない」
「社会は怖いところではなく、頑張る人に優しいところ」


結局、こういう人って、どうしたら良いか分からなくて迷っている人達。
だから、自分以外の“敵”が必要なんですね。
だから、有名人が障害を告白するのを見て、「自分以外にも苦しんでいる人がいることを知って安心したい」→「いじめとか、苦労話を聞きたい」→「社会の理解ガーってやってほしい」という感じに、「自分は悪くないんだ、仕方がないんだ。だって、〇〇が悪いから」と思いたいだけなのでしょう。
本当に、自分の人生を第一に考え、幸せになろうと思うのなら、社会を恨んでいる暇はないし、告白した有名人の生き方に注目するはずですね。


どうしたら良いか分からなくて迷っている人達に必要なのは、妄想の否定と、今日からできる具体的な方法です。
決して、彼らの好き放題、苦しみの垂れ流しができる場の提供ではないんです。
そして、自分以外の誰かが社会を恨むような言動をしているのを見て、ほっとしたり、「よく言ってくれた」と喜んだりするのは、「健全ではない」とはっきり伝えることが大事だと思うのです。
その心持ち、思考こそ、病であり、治すべき対象だと言うべきだと思うのです。


「苦しんでいる人達、少数派の人達が声を上げることで、社会を変えていく」なんて言われますが、私はそのようには思いません。
だって、昨日のNHKの特集を見て、一般の人は心を動かされたでしょうか。
社会を変える力を持つ人達、社会を変えていく人達というのは、苦しんでいる人ではなくて、苦しみを乗り越えた人だと私は思います。
乗り越えていない人、「まず自分自身が乗り越えてよ」と思われる人のメッセージは、人々の心を動かしませんし、社会を変えることはできません。


私は、いつまで苦しみの垂れ流しをお膳立てするんだろうと思うのです。
そんなことばかりしていたら、ますます一般の人達と心が離れていくばかり。
幸せになった人、克服できた人、治った人、そんな人のメッセージこそ、あとに続く者たちの希望となり、社会を変える道を照らすことになる。
だからこそ、自分の生活、人生、幸せを第一に考えないといけませんね。


どうも陰気くさい番組は嫌ですね。
まあ、本も、講演会も、人も、ですが。
お店も、照明が暗いお店を増やすより、どんなお店でも買い物ができるように治す方が、何倍も、何十倍も、ショッピングが楽しめると思いますがね。