2017年4月21日金曜日

発達は子どもの権利

昨日届いた花風社さんの新刊『人間脳の根っこを育てる』を読み、考えさせられたことがあります。
それは、本人の身体、動き、発達のレベルに合わない援助も、その人の主体性を奪うことになる、ということです。


先日、私はツイッターで「発達は子どもの権利。たとえ親であっても、その権利を奪ってはならない」とつぶやきました。
悲しいことに、子どもが「重いままでいい」「治らなくてもいい」「自立しなくてもいい」などと思っているのでは?と言動から感じてしまう人がいます。
悲しいことに、本人の言動、表現ではなく、大人が何を発達させるか、何を指導、支援するかを決めてしまう人がいます。
悲しいことに、本人のニーズから方法を導くのではなく、自分が指導、支援したい方法の中のみでニーズを満たさせようとする人がいます。
このような人達と出会うたびに、上記の言葉が溢れ出てくるのです。


大人が皆、受精した瞬間から発達の道を歩み続け、大人になったのと同じように、子どもたちもまた生物として発達の道を歩み続ける。
まだ目の前にいる子は発達の途中かもしれないが、発達のヌケや遅れを持っている子かもしれないが、発達の権利は他の誰のものでもなく、その子自身が持つものです。
周囲の人間によって「発達するかどうか」「何を発達させるか」「どう発達するか」を決めるのは、その子の主体性を奪うことになります。

子どもが発達するのは当たり前。
子ども自身が、発達したいところから、させたいように発達させていけば良い、そんな風に私は思うのです。
ですから、子どもに関わる者は、年齢や学年、周囲の想い、支援の得手不得手ではなく、その子の発達段階を大切にし、そこから始めていくことが、発達という子どもの権利、子どもの主体性を大切にする援助だといえます。


仕事の依頼や相談には、本人以外のニーズが含まれます。
当然、本人の周りにいる人達の想い、願いがそこにはあります。
しかし、それはあくまで本人以外のニーズです。
依頼の連絡をくれたのは家族かもしれませんが、私の仕事は本人のニーズを満たすための援助をすること。
ですから、本人のニーズと反するものであれば、「依頼は受けられません」と断ってきました。
それは本人の発達の権利、主体性を一番に考えると、心に決めたから。


でも、それだけでは不十分。
本人の表現するニーズだけではなく、本人の身体から、動きから発せられる発達レベルを的確に受け取り、発達段階に沿った援助ができなければ、それも上記の"悲しいこと"と同じように、子どもの権利と主体性を奪うことにつながる。
そのようなことを考えるきっかけを花風社さんの新刊からいただきました。

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