2017年8月29日火曜日

障害は不便なもの

「私は障害があった自分で、良かったと思うんです」
「この障害があったおかげで、幸せになれたんです」
と言う当事者の人がいます。
でも、「この人は、心の底から、本心で言っているな」と感じる人には出会ったことがありません。
自分自身を騙すのに精一杯、そう言い聞かせることで保っている、そんな雰囲気を感じます。
その発言と実生活のギャップから負け惜しみに聞こえることもあります。


上記と同じような発言に「障害は不便だけれど、不幸ではない」というものがあります。
こちらの発言には、私も共感することができます。
学生として、施設職員として、教員として、支援者として、障害を持った人達と関わり、不幸な人達だとは思ったことがありません。
しかし、いつも障害とは彼らの生活を不便にするものだと思っていました。
障害があろうがなかろうが、幸せな人もいれば、不幸な人もいる。
だけれども、障害があることで確実に言えることは、そこに不便さがある、ということだと私は考えるのです。


「障害は不便なもの」と捉えているからこそ、私はその不便さを取りたい、と思います。
だから、その不便さを取る方法、治すという方向へと歩んでいます。
本人にも、親御さんにも、育て直し、発達を頑張ってもらうのは、不便さを治したいから。
不便さが治ったあと、何を学び、何を選択し、どう生きていくか、幸せを掴むかどうかは、それこそ障害に関係なく、個人にかかっているのです。


「障害を克服する」ですとか、「障害がある子が頑張る」ですとか、そういうのにネガティブな反応を見せる人達がいますが、私には理解ができません。
不便さを克服するために努力したり、頑張ったりすることのどこがいけないことなのでしょう。
「障害を持った人を頑張らせるのは、かわいそうだ」と言う人もいますが、不便なままで生きろ、という方がよっぽどかわいそうなことだと思います。


「障害があるのだから、周りが理解し、社会が変わることが大事」という主張をする人も多いですが、それだと本人の内側にある不便さは、一向に解消されません。
「障害は本人の内側にあるのではなく、社会との間にあるのだ」と言いますが、過敏性も、疲れやすさも、無意識な動きが難しいのも、社会がどうなろうが変化はないでしょう。
発達の遅れやヌケは、完全に個人の課題だといえます。
個人の課題を解消するのは、社会でも、理解でもありません。
青色の建物をいくら見ても、睡眠障害は治らないのです。


このように考えると、障害があることで、「良かった」「幸せになった」と言う人と、障害を持った人を「頑張らせない」「無理させない」「理解と社会が変わることが大事」という主張をする人とは、根っこが同じような気がするのです。
つまり、障害=不幸、障害のあるなしが幸不幸へとつながる、という考えが根本にある。
障害があって良かった、幸せになれたと言う人は、わざわざ「障害」をつけて言うくらいだから、裏を返せば、障害があることで自分は不幸になったという想いがある。
「頑張らせない」も同じことで、障害を持つことは不幸だからこそ、それ以上、無理をさせて不幸にしてはならない、という想いがあると読みとることができる。
障害が不便さだと捉えていたら、良かったと思うこともないだろうし、そのままでいろとも思わない。
不便さがあれば、それを解消したい、治したいと思うのが自然な感情だといえます。


障害というものをどう捉えるか?
特に発達障害の人の場合、神経の発達に、もっと言えば、発達過程に不便さの根っこがある。
神経の発達過程に不便さの根っこがあるのなら、神経発達を促せればよいのです。
神経は全身に張り巡らされているのだから、身体を動かすことにより刺激を与え、発達を促す。
とってもシンプルなことです。
しかし、障害を“不幸なもの”と捉えた時点で、遠慮が生まれ、見て見ぬふりが生まれ、「私は、あなたは不幸ではないよ」という洗脳が必要となり、挙句の果てに接待が始まります。


私は障害という不便さを治したいと思います。
そして、不便さを治すお手伝いはしますが、幸せを掴むかどうかは、私の仕事ではなく、その人自身の課題だと考えています。
不便さを受け入れるかどうかは、その人の考えによりますが、私は不便さを治した方が幸せに近づいていくような気がします。
不便さは、個性ではなく、治す対象です。


2017年8月26日土曜日

脊髄反射する人が、問題の本質を見えなくする

支援学校の高等部の生徒さんが、部活中に熱中症になった、とニュースを見ました。
大会前の練習中と言うことで、出場できない状況になってしまい本人も無念さがあるとは思いますが、一日も早く回復してほしいと願っています。


このニュースを知り、私は違和感を感じました。
何故、ここまで大きく報道されるのでしょうか。
夏の熱中症は、珍しいことではありません。
これは、支援学校で起きたことだから、障害を持った子が熱中症になったから、ここまで大きく取り上げられるのでしょうか。
そうだとしたら、そこにあるのは「障害を持った子を頑張らせるのはかわいそう」「無理させてはいけない」「自分たち(一般の人)より、弱い存在だ」という偏見でしょう。
「障害児は真綿にくるんで」という発想と同じ。


また、「“罰”として追加のランニング」に反応しているとしたら、それも過剰だと思います。
本人が嫌がるのを無理やり走らせた、体調不良を訴えたのに、それでも強要した、というのなら、本当の罰であり、問題だといえます。
しかし、自ら意思表示をして、走ることを決めています。
表現の仕方は「罰」かもしれませんが、苦手な部分を補って練習するのは、どの部活でも、どの年代でも行っていることです。
そもそも、この生徒さんは、運動部を選択しているのです。


ただ先生にまったくの落ち度がなかったとは考えていません。
どこまで、この生徒さんのことを知っていたのか、そこに至らなさがあったと思います。
自ら「走る」と言っているけれど、きちんと自分のことを把握して表現できているのか、また危険が迫ったとき、すぐに表現できるのか、自ら回避することができるのか、体力面ではどうなのか。
それに伴って、目標値より43秒遅れたから43周、という指導の雑さも問題ですし、10キロ走れない段階の体力の人に、走る以外、走るための準備段階の練習、指導も必要だったのでは、と思います。


こういったニュースが流れると、「うちの子も」というように脊髄反射する大人がいます。
またそういった大人によって、大きな問題が起きたかのように、あたかも学校が、ランニング自体が悪いことのようにまき散らされます。
そして、「批判」と「責任」に過敏に反応する学校は、学校内でお達しが出され、「30度以上は、ランニング禁止」「ランニングは、5周まで」「部活動は、連続して1時間以上しないこと」などが決まっていく。
結局、今回の件の本質は、部活の顧問のアセスメント不足、管理不足に不備があったということ。
それなのに、部活動で、運動で身体も、心も、脳も育てている多くの生徒たちの権利と機会を奪うことになってしまう。


一人で怖がる分には、何も問題はありません。
でも、怖がりの人は過剰に反応し、しかもそれを周りに振りまく、それが問題だといえます。
何か問題が起きれば、「同じことが起きたらどうするんですか!?」と息を巻く人。
それに対し、日頃から根拠を持って指導していれば、毅然とした態度で突っぱねられるのに、揺らいでしまう教育現場。
こういうことの繰り返しが、「無理をさせるな」「学校内で問題は起こすな」「何事もなく、卒業させるのが目標」という土壌を作ってしまう。
最終的には、子ども達が十分に学べない、将来につながるような成長ができない…が、生徒ではなく、お客様にしてしまうのだと思います。
社会は、卒業生をお客様として扱ってはくれません。


「暑い日は、うちの子にランニングをさせるな」
これは『個別化』とは言いません。
ただの我がままであり、私を、私の子をお客様扱いしろ、という意味です。
学校にはカリキュラムがあり、それぞれの環境があり、それに合わせて教育がなされていく。
そういった決められた範囲とベースの上で、個々に応じた教育がなされるのが、個々に合わせた教育です。
最初から、「何を学ぶか、何を学ばないかをすべて決めます」というのは、個別化ではなく、孤立化になりますので、どうぞ、ご自宅で教育なされたらいかがですか、状態です。
自分で部活に入り、走る選択をしたのなら、その中で本人がしっかり成長できるように導くのが、個別化だといえます。


2017年8月24日木曜日

「諦め」という言葉を解き放つ

北海道は、一足早く夏休みが終わり、2学期が始まっています。
今年の夏休みは、例年以上に熱心な親御さんと、伸びたくってウズウズしている子ども達が多く、約1か月間、一緒に汗をかき過ごしました。
学校が始まった数日ではありますが、学校の先生から「〇〇くん、変わったね!」と言われた子が何人もいましたし、新学期が始まっても揺らぎが少なく、土台がしっかりしたような気がします。
お盆中も、お墓参りに行ってからセッション、親戚が集まっている中、自分だけ抜けてセッションなど、まさに「発達に夏休みも、お盆休みもない」といった感じでした。


夏休み中は、特にお盆休みなど、日頃いらっしゃるお母さんだけではなく、お父さんや親戚の方にもそばで様子を見て頂いたり、一緒に発達援助を行ってもらったりしました。
ですから、自然とお話をする機会が生まれます。


みなさん、変わっていく我が子、孫、甥っ子、姪っ子を見て、「こんな風にできるようになるとは思わなかった」と言うのです。
特に驚いたのが、みなさんの口から出てくる「諦めていたけれど」という言葉です。
「一人で外出を」「通常級で学ぶのを」「なんでも食べれるようになるのを」「普通の勉強をするのを」


孫や親戚の子に、自閉症、発達障害があるのを聞いて、祖父母や親戚の皆さんは、言葉に出さないにせよ、「諦める」という言葉が内側から湧き上がり、身体を駆け巡ったのだと感じました。
そして、その想いをずっと内に秘めていたのでしょう。
だから、諦めなくて良い状況を肌身で感じた瞬間、「諦めていたけれど」という言葉を解き放ち、パッと表情が明るくなったのだと思います。
我が子ではないとはいえ、やはりそこには無理があり、固さを生じさせていたのでしょう。


親戚の方達が「諦め」を連想するのは、単純に「障害」という言葉を聞いて、からかもしれません。
でも、私はそれだけではないと思うのです。
何故なら、発達障害が治っていくと、親御さんからも「諦めていたけれど」という言葉が、ポロッと零れ落ちるからです。
私は、今まで、親御さん達から出てくる「諦め」という言葉をたくさん耳にしてきました。


「我が子に発達障害があるとわかってから、『諦める』と向き合うのが親業であった」
そのような親御さんが多いのではないでしょうか。
「障害を持った子の子育ては大変じゃなかったけれど、諦めるという言葉を飲みこむのが辛かった」
そんな親御さんもいます。


普通、子育てをしていて、「期待」や「可能性」があることはあっても、「諦める」という言葉を連想することも、飲みこむことも、向き合うこともそうそうない。
じゃあ、それが「障害」という言葉であり、音であり、響きのせいか?
いや、「障害」という言葉を「諦め」という色で色付けしているのは、支援者であり、専門家という人たちだと思います。


親戚の皆さんは言っていました、「障害が分かってから、自分でも調べてみた」って。
学習会に参加された方もいました。
つまり、発信される情報が、「治らないよ」「一生涯の支援だよ」「大事なのは周囲の理解だよ」というものばかりという証拠。
これでは、おのずと「諦め」が充満してしまいます。


子どもを育てるということは、諦める数を増やしていくことではありません。
親になることは、諦めを受け入れることではありません。
ギョーカイは、諦める親ほど、障害に理解のある親だといいます。
でも、子育てとは、可能性を増やしていくこと。
身の回りのことができるようになることで、将来の自立の可能性が生まれてくる。
食べられるものが増えていくことで、生きていける場所や可能性が広がっていく。
勉強ができるようになることで、身体が丈夫になることで、しっかり弛緩する身体になることで、仕事、就職の選択肢が増えていく。


諦めることが子育てではなく、親になることでもない。
そんな当たり前のことが当たり前になるよう、内側に秘めた「諦め」という言葉を解き放てるような仕事もしていきたいと考えています。


2017年8月20日日曜日

天才、偉人も治しているのに、あなたは治さずに勝負しますか?

今日は、意地悪な文章を書こうと思います。


自閉症というのは、脳のタイプ、使い方の話であり、発達障害とは、発達のヌケ、遅れの話だと捉えています。
ですから、脳のタイプ自体に優秀だとか、劣っているとかはなく、発達障害は個性でもなんでもなく、育て直す対象で、治す方が良いに決まっているものだと思います。
夏休みの宿題をやり残して2学期を迎える子を「個性」とは評価しない。
やり残しがあるのなら、宿題も、発達課題も、やるだけです。


よく「過去の偉人、天才は、自閉症だった、発達障害だった」という人がいますが、自閉症だったから偉人になったわけでも、天才と呼ばれるような功績を収めたわけではありませんね。
過去の偉人たちに、「あなたは、今で言う“自閉症”だから、素晴らしい功績が収められたのです」と言ったら、激怒されるでしょう。
「冗談じゃない!私は、何度も、何度も失敗しても諦めずに努力したのだ」
陰の苦労、努力に目を向けず、「あなたは特別だから」と表ばかり見て判断するのは、偉人に限らず、大変失礼な見方だと思います。
テレビに出てくる芸能人を見て「私にも、同じような容姿があれば」と、陰の苦労、血のにじむような努力を見ず、ブツブツ文句を言っているようなものです。


現在に目を向けても、社会の進歩に、より良い社会のために貢献するような仕事をされている方達はたくさんいます。
じゃあ、その人達の多くが、自閉症か、発達障害か、と言ったら、そうではないでしょう。
もちろん、自閉症や発達障害の人も中にはいるかもしれません。
でも、ほとんどいないと思いますよ。
だって、感覚過敏があったら、仕事をするにも、生活をするにも疲れちゃう。
コミュニケーションがうまくとれなければ、世の中の切り取り方がぶっ飛んでいたら、トラブルばかり起きるでしょうし、起こすでしょう。


結局、自閉症という脳のタイプを持った人であっても、こういった部分は治しているのです。
生活する上で、仕事をする上で、支障になる部分は治し、同時に自分の資質を磨いている。
生まれたままの資質で、資質を活かすための努力をせず、それだけで素晴らしい仕事ができるなんて、世の中、甘くはありません。
掘ってきたばかりの土まみれの野菜を「さあ、食べろ」とは言わないし、食べない人を理解が足りないと非難しない。
丹精込めて育てた野菜も、ちゃんと土を落として、食べられるように磨かれます。


偉人も、天才も、素晴らしい仕事をする人も、自閉症、発達障害の人の中から出るのではなく、人の中から出るもの。
あれだけ「天才」を振りかざすギョーカイも、自分たちが支援してきた人の中から「天才」を輩出できないでしょ。
これも、自閉症のまま、発達障害のまま、では、素晴らしい仕事はできない、という表れ。
ギョーカイは、自分たちの思いと裏腹に、自分たち自身で「ちゃんと仕事するには、治さなきゃダメだよ」と言っているのです。


「自閉症という才能」なんて言っている人は、その脳みそを活かすために努力しているの?と思ってしまいます。
「自閉症で良かった」「発達障害で良かった」と言う人もいますが、心の底からそのように思っているのか、はなはな疑問です。
治すという言葉、行為に対し、「治したら自分ではなくなる」「発達障害じゃなければ、私じゃない」というのも、ただの脊髄反射で怖がっているだけに見えますし、もっと意地悪な見方をすれば、障害があることで、障害があると周囲から認識されることによって、免れてこれたものに対する恐れがあるのでは、と思ってしまいます。
努力することから、就職することから、学ぶことから、成長することから、問題を克服することから、求められている役割、責任を果たすことから逃げるために、免れるために「障害」を使っていませんかね。
診断書は、免罪符ではありません。


自閉症だったら、その自閉症という脳のタイプ、情報処理の仕方を使って仕事をすれば良い。
でも、その前に感覚過敏は治そうね、発達のヌケは育て直そうね、ちゃんと疲れが取れる身体にしておこうね、って思います。
生きづらい、生きづらいでは、仕事できないでしょ、仕事どころじゃないでしょ、日々の生活すらままならないでしょ。
だからね、「将来、働ける大人に」というのなら、ギョーカイの先導する障害はそのままで、いくら構造化しても、いくら行動変容しても、ムリムリ。
「スケジュールで見通しは立ちました。でも、昨日の疲れが取れずに、もうしんどいです」
「暗黙の了解、印象の良い受け答えを学びました。でも、感覚過敏で、そもそも他人の近くにいけません」
っていうのが、就労支援あるある。


将来、働ける大人になってほしいのなら、「治しやすいところから治していく」のが近道ですし、確実な道なのです。


2017年8月17日木曜日

問題行動の先送り

就学前から顔見知りの子達が、次々、成人している。
成人した若者たちの中には、すっかり落ち着いて生活している人もいれば、子ども時代からの、いわゆる問題行動を引きずってきている人もいる。


この世代の若者たちは、多くの人たちが待ち望んだ「支援」「療育」「特別支援」が導入され、その中を通ってきた子ども達である。
だからこそ、問題行動の引きずりは、適切な支援、療育の有無が関係していると思われるかもしれない。
しかし、成人後まで問題行動を引きずるかどうかは、支援の量や質でも、いつ療育を開始したかでも、障害の重さでもない。


就学前から顔見知りの子がいる。
その子は、一時も目が離せない子であり、自傷も、他害も、破壊行為もあった子である。
だが、成人した今、支援を受けながらの生活ではあるが、上記のような問題行動は見られなくなり、落ち着いた生活を送っている。


この子の問題行動を治したのは、親御さんである。
学校の先生や支援者たちが、「この子はADHDもあるし」「知的にも重度だし」「言葉も出ないし」「将来は施設だし」と言うのを、「そうです。そうです。うちの子は、将来福祉のお世話になります」と言いながら、でも、「人としてやってはいけないことは、障害に関係ない」と譲らず、同世代の子の親と同じように、むしろそれ以上に厳しく、問題行動に向き合ってきた。
構造化された支援を取り入れていたが、「やってはいけません。“×”」なんて甘っちょろいことはせず、「ダメなものは、ダメ」と厳しく、毅然とした態度で親として、子どもよりも先に生きる大人として当然の関わりをしていた。


周囲から見れば、特に支援者から見れば、「重度の子に、そこまでやっても…」「かわいそうでしょ」「障害の理解がない」など、白い眼で見られていたが、そして問題行動も続いたが、親御さんはブレなかった。
思春期を過ぎたあたりから落ち着き始め、あれだけ大変だった問題も起こさないようになった。
私は、この姿を見て、親御さんの「他人に迷惑、害を及ぼすような行為は、絶対に許さない」「この子が、将来、支援を受けながら生きる際に、マイナスになる行為は絶対に治す、成人後に問題を先送りしない」という想いが、言葉を超え、支援者を超えたのだと感じた。


こういった親子は珍しく、現実は、子ども時代の問題行動を、成人後まで引きずっている方が多い。
幼少期から療育を受け、頑張って外でも、内でも支援されてきた若者が、子どものときのまま、問題を起こしている、障害の程度に関わらず。
成人後に先送りした課題を、本人と一緒に誰がやってくれるのだろうか。


私が見てきた約15年の範囲だが、厳しいことを書かせていただく。
有名支援者による「自閉症の子を怒ってはいけません」「視覚的に示して理解を促すのです」というセールストークを真に受けた人。
「どうせ、将来は施設の、福祉のお世話になるし」という意識、または無意識の思いによって、問題を先送りにしてきた人。
「支援さえ、ちゃんとしていれば」「良い支援を受けていれば」と子育てではなく支援、親ではなく支援者になってしまった人。
「問題行動は、周囲の無理解、不適切なかかわりが作ったもの」「この子の持つ障害がすべて悪い」というように責任、原因を本人の内側ではなく、外に作ってしまった人。
こういう人達が送りだした若者たちの多くは、問題を引きずり続けている。


ギョーカイに、問題行動を治せる者など、ほとんどいない。
治せるのなら、私のところに辿りつく前に治しているはずだ。
早々と診断し、幼少期から療育をしているのだから。
いくら自閉症、発達障害の認知、理解が進んだとしても、問題を起こす人を隣人は、地域は、社会は受け入れてはくれない。
私は問題行動と向き合うとき、「絶対に先送りにしない」「私が問題の芽を摘まなければ、誰が摘むんだ」という想いでいる。
また、このような想いがないと、問題行動を治せないと考えている。
そう教えてくれたのは、支援者ではなく、上記の親御さんであり、成人した今の本人の姿、結果である。

2017年8月15日火曜日

信念を持った生き方を

近頃、自分でも“定まった”という感覚があります。
揺らぎはありますが、揺らぎながらも、ある一定の場所に向かって前進している感覚です。
立ち止まっての揺らぎがなくなりました。
私に“定まった”という感覚を与えてくれたのは、「治る」であります。


「治る」という言葉が、治った人たちが、私の仕事人としての生きる道を定めてくれました。
「治る」というのが、私の信念です。


「治る」という信念に向かって仕事をしていく、と表明すると、2つの意味で驚かれることがあります。
「治る」を信念にして仕事をすることに。
そして、信念を持って仕事をすることに。


事業を起ち上げてからずっとですが、「不安はないのか?」と尋ねられます。
5年半が経ちますが、不安を感じながら仕事をしたことはありません。
何故なら、私には信念があったから。
「この地域には、選択肢が必要だ。一生涯、支援者の手の中で生き続ける人生以外の選択肢が」
この信念と「治る」が出会い、私は定まりました。


「治る」という信念に驚かれるのは想像がつきますが、信念を持って仕事をすることに驚かれるのに、私の方が驚きました。
世の中には、信念がないまま仕事をしている人がいるのだろうか。
世の中には、信念がないまま子育てをしている人がいるのだろうか。
世の中には、信念がないまま生きている人がいるのだろうか。


こういった初めての疑問を懐くと、自分はどうして信念を持って仕事をし、生きているのか、それが当たり前だと思っているのか、自分の物語を振り返り、考えました。
すると、私自身が信念をもって育てられたからだと気が付くのです。


数年おきの転勤。
そういった中で子育てをしていれば、住む場所住む場所で、いろんな歴史があり、考え方があり、文化があり、人がいる。
そんな中での子育ては、信念がなければ務まらなかったのでしょう。
周りの価値観にいちいち揺らいでいたら、親子共々、土台から崩れていたはずです。


また同じように父親も、その土地土地の人と文化と歴史と対峙して仕事をしてきた。
ただ単に、その土地土地に合わせて、次の転勤まで仕事をしていたのでは、同じように勤まらなかったはずです。
40年以上も、常に第一線として大変な仕事を勤め上げました。
父親も、信念を持って仕事をしてきた、そう思うのです。


このように、私を「信念のある生き方」に導いてくれたのは、信念のある子育て、信念のある仕事をしてきた親がいたからだと思います。
「治る」という信念を定めてもらったのは、治った人たちと治すために尽力されている人たち。
また、そのような信念に向かって仕事ができるのは、親の存在が大きいのだと考えました。
子ども時代に、私は「信念に向かって生きる」という土台を築いてもらった。


私は、仕事を通して、多くの子ども達、若者達と接しています。
どの人にも、治ってもらいたいと思っていますが、それよりもその先に信念を持った生き方をしてほしいと願っています。
そのためにも、私自身が信念を持った生き方をしなければならない、と改めて思うのでした。

2017年8月11日金曜日

「発達障害、治るが勝ち!」(花風社)を読んで

私の母は、「その時々で、ベストだと思う道を選択してきた」と言っていました。
父の仕事は、数年おきに転勤があり、北は北海道から南は九州まで、全国各地に行き、そして誰のことも知らない土地で、私と弟を育て上げてくれました。
私も、弟も、転校という不安を感じていましたが、同じように母も転勤という不安を抱えての生活だったと思います。
それこそ、いつ言われるか、どこに行くかわからない中での生活でしたので、「その時々で、ベストだと思う道を選択する」しかなかったのでしょう。


私も仕事柄、本人や親御さんから相談を受けることがあります。
特に、選択肢に関する相談が多いです。
「こちらの道と、あちらの道、どちらを進もうか…」
特別支援の世界は、人生を決めかねないような選択肢が否応なしにやってくるので、またその選択肢同士が両極端なので、そして選んだ結果が人生に大きな影響を与えるのを肌身で感じているので、大いに悩まれます。
自分自身が歩んでこなかった特別支援の世界はわからないことだらけ、という親御さん。


私は、何をやったら変化するか、どう変化するか、どのくらいで変化するか、を見ることはできます。
でも、どの道を選べば、その人が幸せになるかはわかりません。
また、わかる必要はないと思っています。
ですから、選択肢に関する相談を受けたとき、私は必要な情報提供をしたあと、「今、ベストだと思う道を選びましょう」とお話ししてます。
結局、未来は誰にも分かりません。
そのときの選択によって、将来、幸せになることもあれば、後悔することもあるでしょう。
しかし、大事なのは、自分の人生を主体的に歩むことです。
その時々で、自分の腹で、自分がベストだと感じる道を力強く歩んでいくこと。
そういった積み重ねが、自分の人生を色付け、充実した人生を送ることにつながるのだと考えています。


その時々で、ベストな選択をする際、直感だけに頼るのは危険も伴います。
特に、自分が経験してこなかった特別支援の世界で、しかも大事な我が子に代わって選択しなければならない親御さんはなおさらです。
そういったとき、今回、花風社さんから出版された『発達障害、治るが勝ち!』が、親御さん達に大きなヒントを伝えてくれます。


私もそうですが、著者の浅見さんのように、ギョーカイの言う「発達障害者の自立支援」に期待していた一人です。
しかし、実際は、ギョーカイの言う自立支援を受けて、自立できた人はほとんどいなく、むしろ真面目に自立支援を受けてきた人ほど、社会から遠くなり、どんどん障害者っぽくなってくる。
「私達の地域に支援センターを」
「教員、支援者に専門性を」
と頑張ってこられた親御さん達も、まさか発達障害を持つ人達が自立した生活ではなく、支援者の“めんどり”としての生活が待っているとは思っていなかったと想像します。


自立支援が始まり、10年以上が経ちました。
その中で、いろいろな人達が、いろいろな選択をしてきました。
ギョーカイの導く道を信じ、選択してきた人。
ギョーカイの言うことに納得ができず、別の道を選択してきた人。
10年経てば、その結果が表れます。


偶然、仕事を通して出会った自閉症の人達。
そして、その人達の身体感覚の違いから世界観への繋がりを知り、身体をラクにする方法、発達のヌケを育て治す方法、言語以前のアプローチ、発達障害を治す方法まで辿りついた浅見さんが、ギョーカイの主張する数々の名(迷)言の真の意味を解説し、どういう結果を招いたのかを教えてくれます。


本文中にあるように、「健全な分断」が必要なのだと思います。
私の周りにも、治りたくない人、一生発達障害のまま、一生支援を受け続けたい人がいます。
そういう人は、それで良いのだと思います。
それが、自分の頭で考えた結果なら。
自分の人生を決めていくのも、その責任を引き受けるのも、その人自身ですから。


しかし、私は治りたい人のために、自分の人生を使おうと思います。
ただ本人ではなく、親御さんが代わって、治る道か、治さない道かを選ぶとき、この『発達障害、治るが勝ち!』の本を読んでほしいと願います。
一度読んでからも遅くないはずです。
もし「治さない道」を選択し、歩んできたとしても、真実を知れば、10年間の結果を知れば、考えが変わるかもしれません。


障害者支援、福祉、教育というだけで、それに携わる人間が志のある、本人のことを第一に想う素晴らしい人物だと無防備に受け入れてしまっている人達が多いことに驚くことがあります。
あまりにも、特別支援の世界の仕組みを知らなすぎますし、イメージが先行しているような気がします。
障害者支援をただの労働の一つと考えている人は、たくさんいます。
直接支払いがない分、お金と関係なく、想いで支援しているような錯覚を起こしやすいかもしれませんが、実際は支援=仕事であり、お金なのです。
そういった仕組みを知っておくことも必要だと思いますし、大切な我が子の人生に関わるのですから、親御さんは知っておくことが大事だと思います。


是非、自分の人生のために、我が子の人生のために、知識を得てください。
そのあと、その時々でベストだと思う選択肢を掴んでいただきたいと思います。