2018年1月21日日曜日

「元刑事が見た発達障害」(花風社)を読んで

できることなら、14年前の自分に渡したい本だと思いました。
14年前の今頃、配属先が決まり、私は社会人の第一歩を入所施設の支援員として踏みだすのです。


私が働いた7年間は、障害者福祉の転換期だったと思います。
戦後から長らく続いていた措置制度から支援費制度への転換。
ノーマライゼーション、障害者の権利擁護、サービス利用者と提供者の対等な関係…。
急激な変化の波にのみこまれ、どうにか海面から顔を出そう、みんながもがいていたように見えました。
それまでずっと愛称で呼んでいた入所者の人達が、「利用者さん」という呼び名に変わりました。
とにかく利用者さんには、「怪我をさせてはいけない」「身体に触れるのは必要最小限にし、誤解を招かないようにしなければならない」「言葉使いも丁寧な言葉にするように」と、何度も、何度も言われました。


強度行動障害を持った人達がいた施設でしたので、「利用者さんを怪我させないで、自傷、他害、パニックを制止する方法」などという研修会もありました。
しかし、それを主催する管理職が本を片手に、しどろもどろに説明する姿を見ていると、社会の変化に福祉が追い付くのは、まだまだ先だと感じました。
私が働いた7年間は、旧来の福祉と新しい福祉が同居し、混ざり合おうとするけれども、混ざり合えない、そんな風に見えました。


現場に「ケガせず、ケガさせず」の方法を教えられる人も、実践できる人もいませんでした。
上司からは、「とにかく利用者に何かがあってはいけない」と言われます。
その言動から「支援者がどうなろうとも」という音のない言葉が、いつも聞こえてきました。


職員一人で15名、20名の利用者をみなければいけない環境。
そんな中で、上司からは「利用者だけは怪我させてはいけない」とプレッシャーを掛けられる毎日。
職員はただでも厳しい労働環境の上に神経をとがらせ続けないといけなくなる。
そして著者の榎本氏の言葉をお借りすれば、施設全体で「エネルギー戦争」に突入していたのだと思います。


職員が慢性的なエネルギー不足になり、利用者からエネルギーを奪う。
奪われた利用者は、自傷、他害という自己治療を始める。
その場にいた職員は、上司から責任を問われ、注意を受け、さらなるプレッシャーを掛けられる。
だから、「ケガせず、ケガさせず」の知識も、技能も、視点もない職員は、とにかく自傷、他害という自己治療を止め続ける。
その結果、能力的にも、環境的にも、自己治療できない人は、自滅を選んでいく…。
「誰も幸せにしない」
そう感じたのが、施設職員を辞めようと思った始まりでした。


某有名支援者がノリノリだった時期とも重なって、『鬼手仏心』の鬼手ばかりを求められ、自傷、他害、パニックを止めるのも、自傷、他害、パニックを起こさせるのも、すべてWHATとHOWだと言われました。
だから、必死に「目に見えるもの」を高めようと突き進んだ。
でも、榎本氏がおっしゃるように、仏心があっての鬼手。
「身体、非言語、情のアプローチなど措置制度時代の古くて、牧歌的な支援だ」
そんな風に切り捨てられたことも影響したのでしょう。
あの当時の私が、この本を読んでいれば、もっとお互いが幸せて、自由という雰囲気の中で交流できたかもしれないと思ったのでした。


私もこの本を読むまで、テレビのイメージと狭い知識の中でしか司法を捉えることができていませんでした。
「警察が何を守っているか」を知れば、社会の中でよりよく生きていくための学びへとつながる。
「何をすればおまわりさんに捕まるか」を知れば、自由に生きることへとつながる。
私達が発達を後押ししている子ども達の「共存」を真剣に考えるとき、土台となる知識とヒントを与えてくれる本だと思いました。
子ども達が伸びやかな生活、人生を送られるようにするために、我々大人がきちんとした共存のためのルールを知り、遵法教育をしていくことが大切だと改めて教えていただきました。
貴重な知識と経験をお話ししてくださった著者の榎本氏と、この本を世に送りだしてくださった花風社さんに感謝です。


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2018年1月20日土曜日

動きを生む言葉

セッションの報告書、引き継ぎ資料を作成する際、「受け取った人に自然と動きが出るようなものを書こう!」と強く意識したのは、2016年に出版された花風社さんの『人間脳を育てる』という本を読んだからなんです。
いや、厳密に言えば、2つの言葉に出会ったから。
その言葉とは、「発達のヌケ」「回数券を使い切っていない子」です。


この言葉を目にしたとき、私は動きを感じました。
そして、この言葉は、本人や親御さん達に動きを生みだすと思ったのです。
それから、ずっとこの言葉を好んで使うようにしています。


自閉症や発達障害は、「先天性の障害」「風邪のように治らない」「一生涯の支援」などという無機質な言葉で表現されることがあります。
また、その言葉をそのまま丸飲みにしている本人、家族は多いです。
こういった方達は、皆さん、動きが失われています。


でも、「発達のヌケ」「回数券を使い切っていない子」という言葉を見聞きした瞬間、私が感じたのと同じように、自然と身体が動き始めるのです。
「発達のヌケ」と聞けば、「じゃあ、ヌケを育て直そう」と動きが出ます。
「回数券を使い切っていない子」と聞けば、「じゃあ、使い切れるよう後押ししよう」と動きが出ます。
私がこの言葉をお伝えすると、ぱっと顔が明るくなり、動き出そうとする親御さん、動きたくて仕方がなくなる本人たちの姿をたくさん見ました。
言葉には、動きを持った言葉が、人を動かす力を持った言葉があるのだと思います。


花風社さんは、自閉症、発達障害に関する書籍を多数出版されています。
「治す」という道を探り、求め、進まれていること。
次々に魅力的な人達を見つけ、その方達の知見を世に送りだしていること。
これが他の出版社さんとの違いであり、花風社さんの特徴だと思います。
しかし、一番の魅力であり、私が花風社さんから出版される本を買い続けている理由は、上記のような「動きのある言葉」「自然と動きの出る言葉」を多数届けてくれるからだと思っています。


花風社さんの本を読んで気がつくのは、つくづくギョーカイの届ける言葉というのは、自分たちを着飾る言葉であり、まったく動きを生まない言葉だということ。
「先天性の障害です」
「風邪のように治りませんから」
「一生涯支援が必要なんですよ」
これらの言葉は、「だから、私達の言うことを聞け」「だから、私達がやっていることは専門的なことなんだ」という支援者の心のうちを現します。
また、これらの言葉を聞いた人達には動きが出てこないのです。
そして、我が子のために動きたい親心がどこにもいけなくなり、親御さん達の中に行き場のなくなった悶々とした感情が現れるのです。


ギョーカイは、動きを止める言葉ばかりを使っています。
何故なら、本人たちにも、親御さん達にも、動かれては困るから。
自分たちの元を離れるための動き、自分たちの力を必要としない動きを恐れているからです。
だからこそ、私は花風社さんの生みだす「自然と動きの出る言葉」に魅力を感じ、また自分自身もそのような動きだそうとする言葉を使いたいと思っています。


受け取った人に自然と動きが出るような言葉、「よし、やってみよう!」と前向きになれる言葉。
そして、その人の中に着想や試行錯誤を生むような言葉。
また同じように、言葉を通してだけではなく、私自身の態度、関わり方、心持ちでも、そういった動きが生まれるようにしていきたいと思っていますし、それが私の目標になっています。

2018年1月19日金曜日

封筒に想いを乗せて

元日のブログ更新からだいぶ時間が経ってしまいました。
「おっ、とうとうネタ切れか」とほくそ笑まれた方もいらっしゃるかとは思いますが、別のことを優先して行っていたのでした。


私は、あるお子さんに向けて、あるご家族に向けて、レポートを書いていました。
これから家族が中心となって進めていく発達援助を後押しするためのレポートです。
私はこのレポートを書く際、2つのことを心に決め、作成していきました。
それは「ご家族が試行錯誤できる文章にすること」と「心を込めて文章を書くこと」です。


日頃から、受け取った人に自然と動きが出てくるような報告書を書こうと思っています。
文章を読んでいて、その人の頭の中に着想や試行錯誤が生まれない報告書は意味がないとも考えています。
定期的にお会いできない方ですし、今回が最初で最後の直接的な発達援助になる可能性が高いですから、なおのこと、私の書いたレポートがバイブルにならないように、私の書いたレポートがご家族のアイディアの範囲を決める枠にならないように気を付けました。
枠ではなく、自由で活発な試行錯誤を生むための踏み台というイメージです。


最初にこのご家族から依頼が来たとき、私はお断りしようと考えていました。
しかし、やりとりを行わせていただいている中、その言葉からご両親の想いが伝わってきたのです。
「我が子には、自分の人生を自分自身で選び、決めて、歩んでいく人になってほしい」
「そのためには、親ができることは何でもしたい」
そういった我が子を想う純粋な親心を見ました。


このご家族の元に伺う前日、私は花風社さんが主宰する栗本さんのコンディショニング講座『自発性・やる気は育ちますか?』に参加しました。
栗本さんの講演と実技、会場の方達の言葉と反応を感じている中で、私はこのご家族によって心も、身体も動かされたのだと思いました。
距離は離れていても、面と向かってお話ができなくても、想いは伝わるし、その想いは人を動かすことができる。
振り返れば、年末の私は、自らの意思で学び、やる気に溢れていました。
このご家族の想いが、私の自発性とやる気を引き出し、成長させてくれたのです。


当日は長い時間のセッションとなりましたが、私の感覚ではあっという間の一日だったように感じました。
そして何度も、自分の頭の中になかった言葉が、発想が出てくるのに気がつきました。
きっと本人とご家族の「一つでも多くのことを吸収したい」「より良い成長と、より良い人生のために頑張りたい」という想いが、私自身が気づいていなかった言葉や能力を引き出したのだと思います。
帰りの飛行機の中、私は心地良い疲れでいっぱいでした。


栗本さんのコンディショニング講座を挟み、ご両親からの依頼、実際のセッションがありました。
だからこそ、私は「心を込めてレポートを書こう」と思ったのです。


これからの子育ての中で、また環境の変化の中で、本人も、ご両親も悩まれることが多々あると思います。
また専門家と呼ばれる人や学校の先生、支援者、同級生の親御さんなど、様々な人が様々なことを言ってくるはずです。
でも、このご家族なら共に成長し、困難も乗り越えられます。
どんな専門家、支援者、学校の先生よりも、我が子の成長と幸せを心から願い、我が子の発達を後押しできるのが、お父さんとお母さんです。
発達のヌケは埋まり、伸びやかに成長していくはずです。
将来、自分の資質を他人とより良い社会のために活かせる大人に成長できます。
きっと治ります!治っていきます!


栗本さんは「物を手渡す」ことを通して、私達に大事なことを教えてくださいました。
だから私は、このような想いを込めて文章を書き、そしてこのような想いがレポートを通してご家族に届くようにと気持ちを込めました。
レポートの内容もそうですが、封筒に込めた思いが、お子さんの発達とご家族の発達援助の後押しになれば、これ以上、嬉しいことはありません。


2018年1月1日月曜日

2018年も一人ひとりの命と真剣に向き合う発達援助!

私は、どの親御さんにも、お子さんがお腹にいたころの様子、出産時の様子を必ずお聞きします。
この時期の話の内容は、とてもプライベートなことです。


親御さんによっては話すことに抵抗があったり、「もしかしたら自分のせいで」と傷つかれることも多々あると思います。
でも、私は敢えてお尋ねします。
それは親御さんを責めるわけではなく、発達に遅れが出た原因を探したいわけでもありません。
目的はただ一つ。
発達のヌケを育てなおすためです。


ギョーカイの支援者にとって、妊娠中の話、出産の話に触れることはタブーとなっています。
それは「発達障害は親のせいではありません」という戒律があるからです。
発達障害は生まれつきの障害であり、親の育て方でなるものではない。
古くは、親の愛情不足が自閉症の原因だと言われ、親御さんが責められていた時代がありましたので、その揺り戻しとして決して親御さんを責めるようなことは触れてはいけないと頑なになっているのです。
また職業支援者は、親御さんがお客様ですので、少しでも気分を害されるようなことには触れないのです。


目の前の子と真剣に向き合おうとしたら、生を受けた瞬間から今までのその子の物語を見る必要があります。
生を受けた瞬間とは、出産時ではなく、受精したその瞬間のことです。
その子の生きてきた物語の流れを知らずして、今の発達援助も、未来の予測もできるはずがありません。
ある一部分を切り取ったら、それは流れのない、生を感じない支援になるのです。
ですから、ギョーカイの支援とは、過去と未来とのつながりのないその場限りのものになっています。


定型発達と呼ばれている子ども達だって、順風満帆な順序通りの発達をしているわけではありません。
発達の凸凹は誰にだってある。
だからこそ、一人ひとりの発達の物語を見て、どこから、何から育てなおすかを知る必要があります。


医療が進歩し、以前だと生まれてくることができなかった子ども達がこの世に飛び出すことができるようになっています。
医療の進歩の歴史と人類の進化の歴史を比べると、とてつもない時間の差があります。
ですから、遺伝子レベルで変化に追いつけていないこともあるでしょう。
しかし、この世に生まれてきたことは素晴らしいことであり、一人ひとりがこの社会、未来を築いていく大切な子ども達です。
変化に適応できず、その結果として発達に何らかの影響があるとしたら、それを育てなおしていく。
それこそが、人間の知恵であり、一人ひとりの人間を大切にすることだと考えています。


私は初日の出を見ながらランニングをしてきました。
おせちをお腹いっぱい食べました。
家族みんなで元旦を過ごしました。
当たり前のように新年を迎えたように思えますが、それもこれも元気な身体があり、生きているから味わえたことなのです。


商売を重視すれば、ギョーカイ支援者と同じように、妊娠、出産の話題に触れない方が良いのかもしれません。
でも、それはその子の生命と真剣に向き合っていないことだと思います。
真剣にその子の命と向き合うからこそ、真剣にその子の発達のヌケを育てなおしたいからこそ、その子の歩んできた物語を切り取ってはならないと思うのです。


発達のヌケは、言語以前の段階で生じる。
だからこそ、受精からの出産、生後数年の話が重要です。
私は、今年も一人ひとりの命と真剣に向き合う発達援助を行っていきたいと思います。
どうぞ本年も宜しくお願いいたします。